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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 深い霧のなかを緊急避難用の小型船が進む。
 もう、どれだけ霧のなかを彷徨ったのか……覚えていない。
 遠くに朧気な影が見えてきた。
 ゆっくりと船を近づける。
 
 その船の存在を知ったのは、まったくの偶然だった。
 最近、どうも港の方が騒がしいと思ったら、ビルに匹敵するほどの巨大な船が入港してきた。その船の名はアトランティック・ブルー号。東京から出航し、四国、九州に寄港して、最終的には沖縄に向かう豪華客船であるらしい。その処女航海が迫っているために、やれ搬入だ、手続きだ、取材だとなんだかんだと港周辺は騒がしい。
 港の周辺の警備は厳重で、近づくことは容易なことではなかった。が、夜の闇に紛れてしまえば、そう難しいことでもなくなる。積まれた荷物の影に隠れながら、警備員の目をかいくぐり、港へと近づくと、船を見あげた。
「……」
 夜の闇のなかに浮かびあがる白い巨体。高さは桟橋から見あげても40メートル近くあるだろうか。水面からの高さであれば、それ以上となるだろう。全長はぱっと見て200メートル……いや、それ以上。暗くてよくわからないが、かなりのものだ。
 ここからでは内装や設備はわからないが、おそらく豪華客船の名に恥じぬ素晴らしく金をかけたものなのだろう。となれば、自然と乗客もそうなるもの。所謂、金持ちと呼ばれる類の人種が集まることだろう。
 様子を見るだけのつもりだったが、気持ちが変わった。
 このまま船へ潜入することを決める。そう、潜入する手段は……荷物に紛れる……これが常套手段だろうか。
 港を見てまわり、アトランティック・ブルー号に積み込まれる予定の荷物が保管されている倉庫はないかと探す。ほとんどが運び込まれてしまっているのか、なかなか目的の倉庫は見つからない。やっと見つけ出した倉庫のなかには樽が並んでいた。
「……ワイン」
 樽の中身はワインだった。このなかに隠れて忍び込む……悪くはない。だが、そのためには中身を空にしなくてはならない。神夜はおもむろに剣を取り出すと、鞘から抜き放ち、樽の隙間に刃を突き立てる。そして、刃を引き抜く。ワイン樽からしみ出るようにワインが流れだす。空になったことを確認してから、円筒形の樽の上部を剣で目立たぬように傷つけ、ぱかりと外す。それから、ひらりと樽のなかへと飛び込み、外した円形の木の板を内部からはめ込もうとした。
「……」
 棺桶が邪魔だった。
 自分は身を屈めることで樽に入ることはできるが、棺桶はそうはいかない。樽から突き出してしまっている。仕方なく、その樽は諦め、もっと大きな樽を探すことにした。同じようにして樽を空にし、ひらりと樽のなかへと飛び込む。
「……よし」
 今度は棺桶が突き出しているようなことはなかった。円形の木の板を内部からはめこみ、準備は完了。あとは、このまま船内へ運ばれるだけ。
 数時間の後、運ばれる感覚を身体で感じながら、時が訪れるのを待った。
 目的は、乗客の金品や食料。
 それを盗むには、やはり昼間よりは、夜間が適している。そこそこな広さの樽のなかで時折、体位を変えつつ、静けさが訪れるのを待ちつづけた。そのうちに、眠気をおぼえ、少しだけ眠る。
 どれだけ眠ったのか、正確にはわからない。
 ただ、目が覚めると周囲は静かになっていた。人の声も物音もしない。神夜は内部から木の板を外す。まずは樽からちょこんと顔を出しながら周囲を見回し、人の姿がないことを確認すると樽の外へと出る。それから、伸びをした。
「……酒臭い……」
 くんくんと鼻をきかせると、ワイン樽のなかにいたせいか、妙にワイン臭い。身体に匂いが染みついてしまっている。服にも赤いワインが染みつき、それが血に染まっているように見えた。
 改めて周囲を確認する。同じような樽がいくつも保管してあった。出入口はひとつなので、迷わずそこへと向かう。ボタンを押し、扉を開いた。人の気配がないことを確認してから廊下へと出る。適当に歩くと、壁に案内図が張ってあった。どうやら、一般乗客は足を踏み入れてはならない場所であるらしい。自分が目的とするものは乗客の金品や食料であるから、ここは目的の場所ではない。
 案内図に従い、倉庫フロアをあとにし、客室フロアへと向かう。立入禁止区域は出たはずなのに、乗客はおろか、乗務員とも出会わない。時折、壁に張ってある船内案内のプレートを参考に、ラウンジへと向かってみる。
 赤い絨毯が敷かれた廊下を歩くうちに、ふと鉄臭さを感じた。わりと厚みのある絨毯の上を歩くと、びちゃりという音がする。湿ったというよりも濡れて重い感覚を受けた。足をあげ、靴の裏を見やると……赤く染まっていた。
 ワイン……いや、血……?
 びちゃりびちゃりと音をさせながら廊下を歩く。そのうちに見えてきたエレベータの電灯は点滅し、扉は開閉を繰り返す。閉まりかけては、開く……その繰り返し。近づくと、扉の開閉部分にクマのぬいぐるみが落ちていた。どこか人を馬鹿にしたような、滑稽な表情のクマのぬいぐるみ。それを拾うと扉は閉まり、エレベータは動きだした。階層表示を見あげると、下降しているらしい。その速度が徐々に早くなる。そして、遠くで衝撃音が響き、軽い振動が伝わってきた。
「……」
 拾ったクマのぬいぐるみを見つめる。片手がぶらぶらと動く。何か強い力に引かれたように腕が外れ、糸だけで辛うじて繋がっている状態だった。
 金目のものではない。
 神夜はクマのぬいぐるみを捨て、ラウンジへと歩きだす。
 エレベータホールからラウンジはさして遠くはない。目の前が開け、ラウンジへと辿り着く。ガラス張りの天井、ソファとローテーブル、カウンターバーがあり、螺旋状の階段が高くそびえている。ところどころにある彫像や絵画。それだけを見るならば、確かに豪華客船の名に恥じない。
 だが。
 色のセンスが良くない。床の絨毯にしても、ソファにしても、ローテーブルにしても赤一色なのはどうだろう。この船の名は、確か、アトランティック・ブルー。アトランティック・レッドに変えた方が良いのではと思えてしまう。
 それに、この妙な鉄臭い匂い。
 ある意味慣れた……いや、慣れてはいない。かなりの時間が経過した血の匂いには。これは、とても新鮮とは言いがたい血の匂い。
 しばらくラウンジを見つめたあと、近くにあったパンフレットの存在に気づき、手に取ってみる。内装は白を主体としているらしい。パンフレットのラウンジの画像は、白いソファ、白いテーブル、白い絨毯となっている。
 視線をパンフレットからラウンジへと移す。
 赤で染まっていた。
「……」
 ラウンジには自分の目的とするものはない。パンフレットの船内地図を見やり、客室がある階層へと向かう。念のため、エレベータは使わずに、階段で。
 船内は静まり返り、自分の歩く音だけが響く。
 やがて辿り着いた客室フロアでもそれは同じだった。人の姿もなければ、気配もない。扉は開け放たれたまま。おかげで、簡単に忍び込むことができたが……客室のなかにも人の姿はなかった。金品と思えるものを近くにあった鞄に詰め込むだけ詰め込み、次々と部屋を漁っていく。
 これ以上は持てないというほどの金品はすぐに集まった。目的のものを集めてしまえば、あとはここから逃げだすだけ。
 神夜は緊急時の避難方法、小型船で脱出することにした。置いてあったマニュアルを読み、そのとおりに操作する。小型船に乗り込み、海上へと無事に着水すると、これまたマニュアルどおりに操作し、アトランティック・ブルー号から離れた。
 周囲は夜の闇だけではなく、霧に覆われている。
 かたんと背後で音がした。
「……!」
 振り返るとほぼ同時に身構え、包丁を音のする方向へと向ける。
 そこには毛布で全身をくるんだ少年がいた。血の気を失った顔、わななく唇、瞳には僅かに涙が浮かんでいる。
「……あ……っ、き、みは……」
 少年は言葉を口にしようとする。が、うまく声が出せないらしく、言葉は途切れ途切れとなる。
「……」
 普通に考えれば、あの船では何かが起こり、この少年は船に隠れていた唯一の生存者。いや、他にも生存者はいるのかもしれないが……そもそも、生存も何もあの船で何が起こったのかがわからない。血のような匂いはすれど、遺体のひとつも見ていない。そのかけらさえ、目にしてはいない。
「……船に、隠れ……ろって、すぐ、戻る……言ったのに……」
 少年は押し殺した声で言い、顔を伏せた。
 戻らなかったのだろう。起こっている何かに巻き込まれて。
 だが、もはやそれはどうでもいいこと。目的は遂げているし、脱出もしている。あとは陸地を目指すだけ。
「……陸地に……向かう……」
 神夜はそれだけ言うと背を向けた。
 
 そう、そして霧のなかを彷徨った。
 朧気な影にゆっくりと船を近づける。
 やがて、見えてきたものは船体。
 側面に刻まれたその船の名は。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3025/飛桜・神夜(ひおう・かぐや)/男/12歳/旅人?(ほとんど盗人)】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、飛桜さま。
今回のゲームノベルはいくつかあるお話のなかから選んでもらい、基本的に完全個別なものであったため、プレイング内容の他の参加者さまとの協力はかないませんでした。お詫び申し上げます。

今回はありがとうございました。イメージを壊していないことを祈るばかりです。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。