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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
「嘘だー! マジもんの幽霊船?!」
 薄いもやをまとうその船体を前に、思わず声をあげる自分は、とりあえず妖怪だったりもするが。
 妖怪だとて驚くときは驚く。そういえば、舟幽霊などという妖怪もいたりするが、あれは海面に腕を出し『ひしゃくをよこせ〜』と声をかけ、よこせばよこしたでざっぱざっぱと舟のなかに海水をいれて沈めるわけで、幽霊船とは少し違う。……名前はすこぶる似ているが。
 もう一度、船体の文字を確認してみた。
 プリンセス・ブルー号。
 やはり、何度見直しても、瞬きしても、目を擦ってみても、プリンセス・ブルー号とある。ただ、その船体を取り巻く気配は、決して良いものではない。清々しいの反対……つまり、重々しく、おどろおどろしいから、正直なところ、嫌な予感はしている。だが、このまま見逃すのは癪にも思える。
 乗り移って、正体を確かめなくて気がすまないところなのだが……鎮はちらりと海里を見やる。
 すぐ目の前に、プリンセス・ブルー号のデッキが見えている。ぴょんと乗り移ることは、誰であれ、たやすいだろう。隙間に転落することができないくらい、二つの船は近づいているのだから。だが、それがいつまで続くのか、乗り移ったあともそのままである保証はどこにもない。自分ひとりならば、風に乗って戻れるものの、二人で風に乗ったことはない。
「海里!」
 呼びかける声に、鎮も反応し、顔をあげる。そこには見覚えのある男がいた。そう、自分を踏んでくれたあの男だ。思わず、小さく声をあげる。と、男も覚えていたのか、表情を変える。
「あ、君は……」
「どうしたんですか、晴彦さん」
 海里は男を見つめ、そう呼びかけた。どうやら、親しい相手らしい。
「あ、この人は都築晴彦さん。僕の伯父にあたる人なんだ。こちらは鈴森鎮くん。今日、仲良くなったんだ」
 微妙な表情で見つめあっている二人に気づいた海里は、それぞれにそう紹介する。
「ふぅーん。オジサンなんだ。晴彦オジサン、よろしく〜」
「う。よ、よろしく……晴彦で、いいよ……」
 オジサンはいらないから……もしくは、オニイサンでも……と小さく晴彦は付け足した。どうやら、オジサンとはまだ呼ばれたくない微妙な年頃であるらしい。とりあえずの見た目は、二十代後半といったところで、まだ三十代にはなっていないだろう。
「それで、どうしたんですか?」
 海里にそれを問われると、晴彦は表情を引き締めた。
「どうしたんですか、ではないよ。すぐに部屋へ戻りなさい。理由は……言わなくてもわかるだろう?」
 晴彦はやや厳しい調子で言い、プリンセス・ブルー号を見つめた。
「……」
「それから、君も」
 今度は鎮に向かい、言う。まあ、それが普通だろうな、もちろん、戻る気なんてさらさらないけどと思いながら、鎮は海里を見やった。はっきりと口にしたわけではないが、言葉の端々から海里の両親がプリンセス・ブルー号に乗っていたということはわかっている。そのプリンセス・ブルー号が目の前にある。おとなしく部屋に戻るだろうか?
「晴彦さん、僕は……」
 海里の言葉はそこで途切れたが、その表情で海里の船への思いを悟った。そうだろう、両親が行方不明になったのだから、行きたい気持ちは自分以上なはず……鎮はうんうんと頷く。
「おまえの気持ちはわかる。だが、どう見ても、どう考えてもこの船は得体が知れない。そんな場所へ行かせられるわけがないだろう?」
 晴彦は真剣な表情で言う。そうだろう、まさにその言葉のとおり、この船は得体が知れない。そんな場所へ甥を行かせられるわけがない……鎮はさらにうんうんと頷いた。
「そうかもしれないけど! 確かに、どう見ても、人が乗っているようには思えないし、どう考えても、こんなぎりぎりに並びあって衝突しないなんておかしい……」
 おかしいのはそこかい……鎮は心のなかで冷静に突っ込んだ。確かに、そこもおかしいんだけど。
「確かにな」
 あっさり認めるのかい……鎮はもう一度、心のなかで冷静に突っ込んでおいた。
「だから、それの調査は大人に任せて、おまえは部屋に戻るんだ。船に乗り込むメンバーは、今現在、緊急会議で選抜している」
「え……」
 それは少し意外な言葉にも聞こえた。まさか、船に乗り込もうとしているとは。自分と同じく好奇心が旺盛なのか、それとも乗り込まなくてはならない理由があるのか。
「ねぇねぇ、あからさまアヤシイことがわかっているのに、あの船に行こうとしているわけ?」
 鎮は晴彦に訊ねてみた。ややあって、晴彦は答える。
「本当は、行くべきではないだろうね。だが、エンジンは停止、通信は不能、回復の見込みはたたず……この状況では、やれることはすべてやっておかないと」
「そのやれることのひとつが幽霊船の探索なの? ……危なくない?」
 鎮は晴彦の顔を覗き込む。……自分は、もちろん、行く気満々であるが。
「多少の危険は覚悟の上だよ。もしかしたら、向こうの通信機器が使えるかもしれないからね……」
 その可能性が少ないことは晴彦も承知しているのだろう。答える表情は明るくはなく、可能性を信じているようには思えない。
「それに、行方を絶った理由がわかるかもしれない」
 静かな声で付け足す。こちらが本当の理由のように思われた。
「とにかく、部屋に戻りなさい。……君も。いいね?」
 晴彦は何度となく念を押したあと、呼ばれ、去って行った。それを見送ったあと、鎮は海里を見やる。
「部屋に戻る?」
「まさか」
「だよね」
 鎮は答えながらプリンセス・ブルー号を見やる。万が一の場合の脱出手段、救助ボートはあるだろうか……と、あった。が、使えなくては意味がない。壊れていないだろうかと眺めるが、普通に使えそうだ。これなら一緒に行っても大丈夫だろう。
 顔を見あわせたあと、プリンセス・ブルー号に乗り込もうとすると、海里がその手を止めた。
「あ、ちょっと待ってて」
 そう言うと海里はデッキから離れる。鎮はそれを見送り、海里を待つ間、周囲の様子を眺めていた。誰もが目の前の現象について、なにこれ、信じられない、だけど確かに目の前にある……といった戸惑いを隠せずにいる。乗務員に止められつつも、デッキで船を眺める者があとをたたない。
 そんな光景を眺めながら、ふと、考える。こんな大勢で幽霊船を目撃、これも海上のミステリーとしてそのうち本に載せられたりもするのかな……アトランティック・ブルー号、乗客乗員が目撃、幽霊船プリンセス・ブルー号の謎……とかいう見出しで。
「お待たせ」
 海里が戻ってきた。
「じゃあ、行こうか」
 顔を見あわせ、頷きあう。今度こそ、プリンセス・ブルー号へと乗り込んだ。
 
 見た目ではわからなかったが、乗り込んでみると、塗料が剥げていたり、錆が浮いていたりと、それなりの時の経過を感じさせる劣化があることに気がついた。
 とりあえず、デッキから離れ、開け放たれたままの扉から船内へと足を踏み入れてみる。灯など点いていないから、なかはデッキ以上に薄暗く、何かが転がっているらしいがそれがなんであるのかよくわからない。
「真っ暗だー……」
 すると、かちりという音がして、少しだけ明るくなった。海里が懐中電灯を手にしている。もう一本を鎮へと差し出した。
「あ、さっき、これを取りにいったんだ?」
「うん。……風雨にさらされている感じだね」
 転がっていたものは、椅子やテーブル、植木鉢といったもので、窓ではぼろぼろになったカーテンが軽く風に揺れている。
 船を取り巻いているもやは、さすがに船内では見られなかったが、それでも嫌な気配は強くなっているような気がした。このまま奥へ進めば、気配は強くなるかもしれない。何かあった場合を考えて、出口は意識しておこう。……そう、いつでも逃げだせるように、海里とも離れないようにしよう……。
「……と、心掛けているそばから、いないし! おーい?!」
 ふと隣を見ると、海里の姿がない。忽然と消えている。はっとして見回すと、さらに奥の通路へと進んでいた。移動するときは、一声かけて、連れてって……お願いだから。鎮は慌てて海里を追いかけた。
「おーい……おいってば!」
 海里は呼びかけても反応せずにすたすたと歩く。追いつき、その腕を掴むと身体をびくりと震わせた。
「先が気になるのもわかるけどさー、置いてかないでよ……」
「あ、あれ? ごめん……」
 海里はきょろきょろとあたりを見回す。その動作に不審を覚えた。
「……何か、見た?」
「いや、何も……」
 絶対、見たに違いない。自分を怖がらせないためか、それとも説明がつかないものを見たのか、説明するのが面倒なのか……とにかく、自分にも見せてくれと鎮は思う。もしかして、妖怪だから、こういうことに耐性があって見えないとか?
「あ」
 少し先にエレベータホールが見える。だが、電源がすべて落ちている船内のエレベータが機能しているわけがない。機能していたとしても、この状況で乗り込むにはそれなりの勇気が必要だ。
「えーと。こっちに行くとレストランで、こっちに行けば階段。こっちに行くとブリッジかな」
 少し考えたあと、海里は言った。何故、船内に詳しいのかと思ったが、目の前の壁に船内案内図のプレートがある。
「階段は最後かな」
「そうだね。それじゃあ、レストランを通り抜けてブリッジへ行ってみようか」
 暗く、荒れ果てた通路を歩く。絨毯が敷いてあったのだろうが、ぼろぼろで水分を含んだそれの上を歩くのは微妙に気持ちが悪い。
 レストランの扉は開け放たれていたが、ガラスは割れてしまっている。その扉をくぐると、そこにはテーブルや椅子が散乱していた。が、それを予測していなかったわけではない。驚くこともなく、周囲を見回す。そして、海里の動きが止まっていることに気がついた。また、何か違うものを見ているのか……とその腕を掴んでみると、はっとする。
「……何か、見た?」
「僕、疲れているのかな……」
「何を見たわけ? 知りたいなー、知りたいなー」
 せがみ、じっと海里を見つめてみる。海里はそんな鎮を見つめたあと、口を開いた。
「不意に、大勢の人が見えるんだよ。こんな荒れ果てた状態じゃなくて……普通なんだ。そこで、人が楽しそうに……今も、そこで食事をしている人たちが見えて……」
「……なんで、俺には見えないんだ……」
 俯き、ぽつり鎮は不満げな顔で呟く。そのあと、顔をあげた。
「霊感、強いの?」
「ううん、全然。金縛りすらないよ」
「……」
「げ、幻覚だよ、きっと。行こう?」
 そのままレストランを通り抜け、裏方である調理場の方へとまわる。そこにあるもうひとつの扉をくぐるとブリッジのある通路へと出ることができる。
「うわー、そのままって感じ」
 そこには鍋やら包丁やら、まな板やらが適当に置かれていた。すぐにでも調理が始められるような状態にある。
「冷蔵庫の中身もそのままだったりするかもね」
 調理場の扉を開けて、通路へと出る。鎮が海里のあとに続こうとすると、目の前でいきなり扉が閉まった。
「?! お、おい?!」
 凄まじい勢いだった。あの勢いで扉に挟まれたらと思うとぞっとする。鎮は扉に手をかけ、開けようとするが、扉はまるで動かない。どんどんどんと勢いよく叩く。
「し、鎮くん?! どうしたの? ここを開けてよ!」
 扉の向こうから海里の声がする。だが、それはそのままこちらの台詞だ。
「開かないんだって!」
 尚も開けようと扉と格闘していると、背後でかちゃんという音がした。そのあと、何かが耳のすぐそばを横切り、ドスッという音がする。見れば、扉に包丁が突き刺さり、その勢いの反動でびよよよんと揺れていた。
「……」
 はっとして振り返る。包丁やナイフ、フォークといった、何故か危険なものだけが宙に浮かび、人に向けてはいけませんという部分が自分の方向を向いている。
「!」
 そのうちの一本が自分目掛けて宙を飛んだ。驚きのあまり、耳と尻尾とヒゲがぴょんと出る。はっとして身体をそらせると、まっすぐにそれは扉へと突き刺さった。
「……マジですか……うわ〜、殺る気かよーっ」
 鎮は扉から離れ、レストランの方へと走る。入ってきた扉から通路へ出ようとしたが、ばたんと勢いよく扉が閉まる。
 こういうときだけ、自動かよっ。
 こんちくしょーと思いながら、尚も走る。その後ろをナイフやフォークがついてくる。扉に辿り着き、手をかけるが、まるで開きそうにない。その間もナイフやフォークが飛んでくる。
「な、なんなんだよ〜っ……あ!」
 鎮はガラスが割れていることに気がつき、鼬の姿になると、するりとその隙間から通路へと出た。このときほど自分が小さくてよかったと思ったことはない……と後の自分は語るかもしれない。
 ふぅと一息ついていると、隙間を通り抜けたナイフやフォークが雨のように降り注ぐ。驚きながらも、素早くささささっと身をかわした。そのすべてを避けたところで、人の姿へと戻り、案内図をもう一度よく眺めたあと、レストランを経由しない通路でブリッジのある方向へと進んだ。
 進んで行くと、扉を叩く音が聞こえてきた。その方向へさらに進むと扉を叩く海里のもとへと辿り着く。
「……あ。なんだか、叫んでいたみたいだけど……大丈夫だった?」
 心配そうに海里は言う。
「うん、あんなの余裕!」
 ……だけど、あれは一歩間違えば、ぐっさり。ここはかなり危険な幽霊船であることを鎮は認識する。ただ、海里の身には刃の雨が降り注ぐということはなかったらしい。
「どうしていきなり開かなくなったんだろう……鍵がかかってしまったのかな……」
「……」
 自分と海里を引き離そうとしているのかもしれない。……理由はよくわからないが。誰の思惑だかわからないが、絶対にそのとおりになるものか、俺は負けない……と鎮は心に誓う。
 気を取り直し、ブリッジへと進む。普段であれば、足を踏み入れることなどできない場所。とはいえ、自分はアトランティック・ブルー号裏側の旅でちょこっと覗いていたりもするが。
 扉を開ける際に、海里は一瞬、躊躇った。そのあと、改めて手を伸ばし扉を開ける。また閉まってはたまらないと鎮はそそくさと扉をくぐった。
「……」
 誰もいないブリッジは荒涼としていた。なんの音もせず、人の気配はまるでない。書類が床に散乱していたが、何が書いてあったのか、既によく読めない状態にある。
「父さん……?」
 海里の呟きに、鎮ははっとした。海里は舵のある方向を見つめている。しかし、自分には何も見えないし、感じない。鎮は海里の腕に手を伸ばしかけ、その手を止めた。声をかけると、自分には見えない幻覚のようなものは途切れるらしい。父親をここで見ているのであれば、もう少し……。
 と、思ったが、ブリッジを出てどこかへ行ってしまうとなれば、話は別だ。鎮はおいおいと思いながらブリッジを出ていこうとする海里の腕を掴む。
「どこに行くわけ?」
「あ。……また、幻覚を見ていたみたい……」
「うーん。どうして俺には見えないのかなー?」
 それが船の意思? ……なんて嫌な意思なんだろう。不公平だ。自分にも見せろと思いながら鎮はブリッジをあとにする。階段へ行く途中にに、三階層くらいをくりぬいた吹き抜けがあったので、そこから階下を眺めてみる。ゆるやかな螺旋階段の下にはホールが広がっていた。
「結構、高いね」
 海里は転落防止用の手すりから下を眺める。
「どれどれ?」
 鎮も手すりの隙間から下を眺めてみる。と、ぐらりと手すりが揺れ、外れた。体重をかけていたものだから、そのまま手すりと共に落下する。
「うわーっ?!」
「鎮くん?!」
 自分の名を呼ぶ海里の声が遠くなる。床が迫ってきたとき、そうだ、こんなときは風を作るんだったと、急遽、風を作り、それに乗る。ふわりと着地し、手すりは近くに転がった。
「ふぅ……」
 同じ失敗は繰り返さない……鎮は晴彦に踏まれたときのことを思い出しながら、ほっと胸を撫でおろす。
 そのあと、改めて自分が転落した場所を見あげる。そして、手を振った。海里は安心したようで、螺旋階段を使い、おりてくる。
「よかった……もう、どうしようかと思ったよ……」
 死にそうな顔で海里は言う。
「うん、俺もどうしてくれようかと思ったよ……」
 いや、まったく、どうしてくれよう。やはりこの船は危険だと鎮は再認識した。
「でも、よく無事だったね……よかった……」
 改めて転落した場所を見あげた海里は感慨深く呟く。それから、鎮を見つめた。
「どこも怪我はない?」
「元気、元気!」
「よかったけど……」
 かなりの高さがあるというのに、どこも怪我をしていないことを不思議に思うのは仕方がない。鎮はそれなりの理由をつけるために周囲を見回す。そして、近くの植え込みを指さした。
「そこに落ちたから。植物がクッションになってくれたんだよ」
 というその植え込みまでの距離は5メートル近くある。……ちょっと、遠い。
「……あれ、そこに転落したんだっけ?」
「うん、それで、ここに転がったから」
「そっか。でも、おかしいな……僕が触れたとき、手すりはしっかりしていたような気がするんだけど……今度から、気をつけようね。やっぱり、傷んでいるみたいだし」
 海里は曖昧な表情ながら、それでも納得した。が、鎮は納得がいかなかった。どうやら、この船は、殺る気満々であるらしい。包丁にしても、転落にしても、笑ってすませられるようなレベルではない。自分だから助かったようなものだ。
 とにかく、気をつけよう。
 鎮は自分に言い聞かせる。
「この階にはプールがあるみたいだね。他にもスカッシュとか……スポーツに関連した施設があるみたいだ」
 海里は早々に壁の船内案内図を見つける。プールがあるならば、早速、そこへ行ってみようとプールに向かう。長い間、使用された形跡のないプールには水が入っているわけもなく、いくつもあるプールには埃のようなものが積もっている。
 それを簡単に眺めたあと、ロッカールームとシャワールームを覗いてみる。
「そういえば、幽霊船の映画で蛇口をひねると血のシャワーが降り注ぐというのがあったっけ……」
 そんなことを言いながら、海里は蛇口をひねる。金属がすれるような音がするだけで、水のようなものとは一滴として流れでなかった。
「赤錆の水とか出るかなーとか思ったんだけど」
 シャワーを見つめ、鎮は言う。しかし、やはり水は出てはこなかった。シャワールームをあとにしようとすると、いきなり扉が勢いよく開き、扉の近くにいた海里がシャワールームの外へと放り出された。
「!」
 嫌な予感。鎮は扉に駆け寄る。扉はびくともしない。
「くっそー、またかよ……」
 扉の向こうからは、いたたたたという海里の声が聞こえた。とりあえず、痛い思いはしたらしいが、無事らしい。むしろ、無事ではないのは……自分か。
 今度はなんだと思っていると、蛇口がひとりでにひねられ、シャワーから水が溢れだした。次々と蛇口がひねられ、勢いよくシャワーが流れだすというその光景に、鎮はぽかんと口をあけてしまう。
 ……さっき、出なかったじゃん!
 シャワーが流れだしたところで、排水口に流れてしまえば、ただ流れているだけで害はない。だが、ふと排水口を見やると、そこからも水が溢れ出ている。
「排水口のくせにーっ!」
 下から上から水が流れ出る。水は少しずつ水位をあげ、足首、膝、腿までがあっという間に水に沈んだ。扉はまるで反応しない。他に出入口はないかと探したが、扉はここにしかなく、窓はない。そうしている間にも、胸が水に浸かり、やがて水位は自分の身長よりも高くなった。
 このままでは溺死だ……と思ったところで、天井の隅にある換気口が目についた。
「!」
 そうだ、あれだ! 鎮は蓋を外すと鼬の姿になり、狭いそこへと脱出する。人の姿では無理だが、鼬の姿であれば、どうにか通れる。ぴちぴちぶるぶると身を震わせ、水分を飛ばすと換気口を抜け、通路へと出る。そのあと、人の姿へと戻り、シャワールームの前へと戻る。
「海里……海里!」
 そこには海里の姿はなかった。かわりに、ぽつんと懐中電灯だけが置かれている。
「ちくしょー、やられたっ……」
 何に? という感じだが、とにかくやられた。
 鎮は懐中電灯を拾うとプールをあとにした。
 
 海里を探し、通路を彷徨い歩く。
 しばらく歩くと、前方の暗闇にぼんやりと何かが浮かびあがった。朧気な人の姿であるそれは、階段を指さした。
 行けってこと……?
 しかし、この船は自分に対し、殺る気満々であるから、素直に受け取っても良いものか……鎮はしばらく考えたあと、行ってみればわかるかと指示されたとおりに進んでみることにした。
 いくつもの角を曲がり、階段をおりたあと、いくつもの扉が並ぶ客室の通路へとやってきた。とある扉を示し、それは姿を消す。
「……よし」
 覚悟を決めたあと、扉を開け、懐中電灯の光を向ける。
 部屋の中央の床に海里が座っていた。
「海里!」
 声をかけても反応しない。また幻覚の世界に行ってしまっているのかも……と駆け寄り、その腕を掴んだ。
「あ……鎮くん……」
「こんなところで、しかも、真っ暗闇で何をやってるんだよ〜……」
「え? あ……」
 海里はきょろきょろとあたりを見回す。
「とにかく、行こう」
 鎮は海里の腕を引いて、歩きだした。通路に出ると、不意にばんっという音が響く。はっとして通路を見ると、閉まっていたすべての扉が開いている。
「……なんか、ヤバイ感じがする……」
 扉が閉じるよりも、開く方が気分的に不気味だった。なかから何かが出てきそうな気がしてならない。鎮は海里の手を引きながら、ここまでの道のりを逆に行き、有無を言わせずにデッキへと戻った。
 足は一度として止めなかった。この船に引き止めようとする何かに捕まってしまいそうな気がして、止められなかった。
 デッキへ戻っても、まだ追いかけられているような気がして、早くこの船をあとにしなければという思いにかられた。アトランティック・ブルー号は変わらずにそこにある。海里の手を引きながら、飛び移る。
「……ふぅ」
 そうなると、やっと追いかけられているような感覚から解放された。鎮がほっと息をついていると、人々がざわめき始めた。なんだろうと視線をやると、誰もがプリンセス・ブルー号を見つめている。
「あ……」
 ぴったりと寄り添っていたプリンセス・ブルー号の姿が次第に遠く、薄くなっていく。やがてもやすらも消え、それに伴い、あの重苦しいような気配は消えた……いや、消えていない。
 鎮ははっとして気配のする方に顔を向ける。
「……」
 そこには消えたプリンセス・ブルー号を切なげな眼差しで見つめる海里の姿がある。その腕には分厚い本、指にはしっとりと血の色のように赤い輝きを放つ宝石の指輪があった。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男/497歳/鎌鼬参番手】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、鈴森さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
暴走おっけー(違)ということで、また好き勝手にやらせていただきました。なんだか半端でなくひどい目に遭わせているような気がします。……そして、はからずも、また本ネタっぽいんですが。
しかし、あの映画をご存知とは。少々、驚きました(笑)あまり有名な映画ではないような気がしますが……冒頭のワイヤーで、はうっと思ったことが懐かしいです^^

今回はありがとうございました。このまま終わるのもアリかなとは思ったりもしますが(おい)よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。