コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


光の騎士の物語 −辻−



  ひぃ、ひぃ、ひひひ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
  今宵もやるよ、光の騎士さまの物語を。
  やあ、あんた、また来たね。
  ひぃ、ひぃ、ひひひ、このお話の面白さに、気がついてくれたんだねぇ。
  ひぃっひっひっひ、さぁさ、早速、はじまりはじまり。



 コントローラーが、誇りをかぶっている。
 もう、手のひらにじわりと浮かんだ汗に濡れることがないのかもしれない。
 持ち主の藍空マコは、最早0と1が作り上げる、画面の中の物語にはあまり多くを求めなくなった。
 何故ならば、彼女は現実の中で自分だけの物語を得ることになったから。
 何故ならば、彼女は光の騎士だから――。

 血に餓えた光の剣が、真紅の力を持って魔物を討ち取った。
 藍空マコはそう信じていた。
 しかし実際のところ、マコが残虐に殺めたのは普通の人間で、両親が流した涙は感嘆と歓喜のものではなかった。マコの母親は、どうして、なぜ、と繰り返した。
「お母さん、仕方ないのよ。マコ……私は、選ばれたんだもの。生まれる前から決まっていたの。魔物を倒して、世界に平和をもたらさなくちゃいけないっていうのは、確かに危ないし、難しいことだけど――私、絶対あきらめない。お父さんとお母さんに……ううん、世界中のみんなが幸せに暮らしてほしいもの」
「マコ! ああ!」
 マコは、母が自分の未来を心から心配して泣いてくれているのだと思った。それは得てして事実なのだが、真実とは程遠いものがあった。

 ひ、ひ、ひ。

 マコが預かり知らぬところで、大いなる力を持つ彼女の両親が動き、マコが犯した罪は見事に隠蔽された。血に染まった村正は、いずこかに隠された。数日の間マコは藍空邸に軟禁されたが、「光の騎士であること」を秘密にすることを条件に、外出と登校を許されたのだった。
「藍空さん、久し振り!」
「マコ、大丈夫なの? 風邪引いたんだって?」
 クラスメイトの態度も変わらず、担任も特に何も言わなかった。マコはそれが少し不満なような、けれどもホッとしたような、複雑な気持ちになった。
 自分は、光の騎士だ。ここで将来あまり役に立ちそうもない勉強をしている間にも、魔王は着々と世界征服の手筈を整えているかもしれない。魔王のもくろみを打ち破ることが出来るのは、選ばれし自分のみなのだ。
 おしゃべり好きなクラスメイトたちの話題に時折のぼる闇は、学校近辺で起きている通り魔事件のものだった。すでに被害者は6人にものぼり、そのうちの死者は今日の未明に2人になった。マコはその話題に反応した。自宅にいた数日間、確かに何度かニュースで耳にしている。
「テレビじゃ言ってなかったけど」
 マコの友人のひとりが声を落とした。
「殺された人、舌を切られてたんだって。そいでそいで、歯がね、トンカチでぜんぶ折られてたって――」
 目もバッテンに切られて。
 耳にも切れ込み入れられて。
「……許せない!」
 マコはぎりりとどこかを睨み、唸り声を上げた。深い青の瞳に、怒りの焔よりも禍々しい光が――紅い光が、宿った。

  ひひひひひ。

 光の騎士が通り魔という『魔』を裁く決意を固め、数日後。
 通り魔事件の被害者は10名にのぼり、死者も4人に増えていた。
 両親も心配し、送迎を出そうとする中で、マコは「大丈夫だから」とひとりで登下校を続けていた。
 マコは古びた街灯の明かりを頼りに、ひっそりと静まりかえった夜道を歩く。
 ――遅くなっちゃったなあ。こんなに遅くなるとは思わなかった。
 もう、夕食時だ。両親には、今日は役員会があるから遅くなる旨を登校前に伝えてある。それでも、思っていたよりもずっと遅すぎた。
 ジジジ、と電灯が呟いた。春の陽気に目覚めたばかりの蛾を焼いているのかもしれない。
 ひひひ、と笑い声が聞こえた。マコはその声に、足を止めた。
『騎士さま……光の騎士さま』
 振り返ったマコが見たのは、ぶかぶかの服を着た老いた妖精だ。本の中に閉じ込められていたところをマコが救った。妖精は、光の騎士の従者であった。数日前に、マコの自宅にはびこる『魔』の気配を察知してくれてから、しばらく顔を見ていなかった。いつでもマコのそばにいるようで、姿は見えないのだ。
「なに、もしかして魔物がそばにいるの?」
『さようで。魔の臭いがしますぞ……』
 妖精はにやにやと笑いながら、大きな鼻で辺りの臭いを嗅いだ。
『後ろ……のようです』
「私が背中を取られるなんて!」
『ひひひ、何の心配があるんだね……あんたは、光の騎士さまなのだよ』
 妖精は、それからあらぬ方向を見て、大仰に手を広げた。
『おお……戻ってきた。光の騎士さまのために、伝説の武具が、自ら……舞い戻ってまいりましたぞ。ひっひっひ……』
 たし、たし、たし。
 静かな夜の住宅街に響く、足音。
 ひっひっひっひっひ。
 妖精の引き攣った笑い声。
 そしてマコは、スポットライトを浴びて光り輝く伝説の武具を見つけだした。
「戻ってきた……!」
 マコの目が、歓喜のあまり、真紅に輝いた。


 いびつな笑い声と、荒い息遣いが、マコの耳に届いていた。
 紺色のウインドブレーカーを着た黒ぶち眼鏡の青年が、並びの悪い歯を見せつけながら笑いつつ、マコに襲いかかった。通り魔という『魔』であった。
 10人の血を吸ったらしい柳刃包丁は、洗っていないらしい。茶色に変色した血が、刃にこびりついていた。通り魔は右手にその出刃包丁を持ち、左手には金槌を持っていた。金槌には、髪の毛と肉片がこびりついていた。
 だが、伝説の武具を身につけたマコにとって、それらの狂気と凶器は何ら問題ではなかった。
『殺すのだ! 騎士よ!』
「わあああああ、許さないぞ、魔物めぇ!!」
 ぞばっ、と通り魔の右手が縦に斬り裂かれた。二又になった腕が、はね上がる。手にしていた包丁もまた、縦に真っ二つになっていた。
「魔物めぇ!!」
 真紅のもう一閃が、左手を斬り飛ばした。
「魔物めぇぇーッ!!」
 三度目に振り下ろした刃は、ガツリと通り魔の脳天にめり込んだ。その衝撃たるや、普通の女子高生が生み出し得ない甚だしさ。通り魔の眼球は勢いよく飛び出し、鼻は削げ、不揃いな歯は残らず抜けて飛び散った。黄ばんだ歯はアスファルトに落ちて、ぱちんかちんと軽い音を立てる。赤い血にまみれた脳髄が、恥ずかしげもなく姿を現した。
「うぉぉおお、うぉぉおおお、うぉぉおおおお!!」
 マコはすでに絶命した通り魔に、わめきながらさらに一太刀浴びせかけた。ぐらりと傾く通り魔の肩口に食い込んだ刃は、そのまま斜めに胴を断ち斬った。胃袋が裂け、白い粥じみたものが流れ出す。夕食に食べた飯は、まだ消化の途中であったらしいのだ。
「勝ったーッ!! どうだーッ!! 見たか、光の騎士マコの力をォォォ!!」

  ひぃっ、ひぃっ、ひぃひぃひぃひぃ!

 勝ち誇る真紅の瞳の騎士は、薄汚れたフルフェイスのヘルメットをかぶり、千子村正を高く掲げていた。ヘルメットは、その辺りのゴミ集積所に打ち棄てられていたものだ。村正までもがそこに捨てられていたかどうかは誰も知らない。
 光の騎士マコさえも知らない。

 こうして、通り魔は無事討伐された。
 叫び声に駆けつけた警官が一瞬見たのは、ヘルメットをかぶった女子高生。
 惨たらしい殺戮の現場に倒れていた死体を、警官は、通り魔事件の新たな被害者と勘違いをした。



  ひぃ、ひぃ、ひひひ、今日の話はここまでだよ。
  なに、続きがもっと気になるって? もっともっと話せって?
  ひぃ、ひぃ、ひひひ、そいつは嬉しい言葉だねぇ。
  まっかな月がのぼる夜、またここに来るといい。
  ひぃっひっひっひ、光の騎士さまの物語は、まだまだ続くんだよ。




<おしまい>