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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 夕陽を眺めたあと、時計を確認する。
 そろそろ夕飯の時刻ではなるが、まだ時間はある。デッキから船内へと戻り、ラウンジの椅子に軽く腰掛ける。そして、メモを取り出した。
『アトランティック・ブルー号はパシフィック・ブルー号の姉妹船として誕生し、国外級の規模を誇りながらも、処女航海は国内に決定。設計はおろか、構成部品、内装から皿やフォークといった備品に至るまで、姉妹船であるパシフィック・ブルー号とまったく同じである。記念すべき航海にも関わらず、セントラル・オーシャン社の上層部および上層部の血族は揃ってキャンセル、乗船せず』
 やはり、このことが気になる。真偽のほどは定かではないが、気になるものは気になるのだから、仕方がない。
 それに。
 そのメモの内容は、とある有名な某豪華客船沈没事件の逸話を思い出させる。船の名前を伏せた状態でこのメモを見たとしたら、あの事件のことだろうと思うかもしれない。だが、船の名前は、アトランティック・ブルー号。自分が現在、乗船しているこの船のもの。……気にするなという方が無理な話、凪砂は小さくため息をついた。
 とにかく、知ったからには調べてみよう……自分の納得がいくまで。
 幸い、この船は外界との繋がりを断たれた孤島というわけではない。電話も通じれば、インターネットルームという便利なものまである。……まったく、便利な世の中になったものねとしみじみ頷きそうになる。
 まずは、あまりに遅くなると悪いからと電話をかけてみることにした。電話は至るところに置いてあるが、部屋からもかけられる。あまり他人に聞かせたい内容のものでもないので、部屋に戻ってからかけることにした。このことが噂になっていらぬ混乱を招くという事態は避けたい。
 凪砂は部屋に戻ると受話器を手に取った。通常は船内用ということで内線になっているが、外へかけられないわけでもない。外へのかけるための手順を踏んだあと、チケットを取ってくれた企業の番号を押した。
 呼び出し音が響く。
『もしもし』
 切りかわり、男の声が答えた。
「あ、もしもし……あの、雨柳ですけど……」
 直通番号であるため、男が答えることはわかっている。
『ああ! 凪砂お嬢さん、どうしました? 土産なら豪華客船饅頭でかまいませんからね、ご両親にはそりゃあもうお世話になって……』
 朗らかな声。いつもの調子で両親に対する賛美が始まった。昔、会社が倒産まで追い込まれたというその男は両親の援助で、危機を乗り切った。以来、そのときの恩を忘れずに、両親亡きあとも……というより、両親亡きあとにいろいろと力になってくれている。
「お嬢さんは恥ずかしいので、あの……それから、豪華客船饅頭は置いてないみたいです。クッキーならあるみたいですけど……」
 苦笑いを浮かべつつ、凪砂は小さな声で告げる。
『じゃあ、それで。お嬢さんはすぐにそっちの方に気を遣うから。土産なんて話でいいんですからね。楽しんできてくださいよ』
「え、ええ、楽しんでます。あの、それで……ちょっとお訊ねしたいことがあるんですけど……」
『何か粗相がありましたか?』
 声の調子が変わる。何か失礼があったら断固抗議してやるというような調子に、凪砂は思わず、受話器を持ったままふるふると横に首を振った。
「そ、そうじゃありません。いろいろとよくしていただいていますっ」
『それはよかったです』
 声の調子が戻る。凪砂はほっと息をついた。
「いくつかお訊ねしたいんですけど……あの、プリンセス・ブルー号というのはご存じですか?」
『プリンセス・ブルー号……号ということは、船の名前ですね。……ああ、そういえば、そんな船がありましたね……』
 しばらく記憶を探ったと思われる沈黙のあと、男はそう答えた。
『もう十年近く前になるかと思いますが、当時では国内最大級を誇った幻の豪華客船ですよ』
「幻……なんですか?」
『ええ。処女航海に出たまま消息を絶って、沈没したとか。……船旅をしているお嬢さんにこんな話をするのもどうかと思いますが……』
 言いにくそうに男は言った。
「いえ、それは……あと、セントラル・オーシャン社のことなんですけど……」
『何か粗相が、』
「いえ、そうじゃないんです。そうではなくて、そのちょっと気になって……」
 男が言い終える前にやや強い調子で否定する。うまく訊ねないと対応について問題があると思われてしまうかもしれない。
「えーと、業績とか、どうなのかなーって」
『お嬢さんも経営に興味を持たれるようになりましたか。詳しいデータはありませんが、世間一般として、業績はすこぶる好調ですね』
「経営について黒い噂のようなものは……」
『そういったものも、ちらほらと聞かないわけではありませんが……成功者を妬むいわれなき噂はいつの世にも存在するというものです』
 曖昧に男は答えた。
「……」
『お嬢さんがセントラル・オーシャン社に興味がおありなら、私の方でデータをまとめておきましょう。あとで、またお電話ください』
「あ、すみません……」
『何に首を突っ込まれているかはわかりませんが、気をつけてくださいよ』
「……気をつけます」
 凪砂は受話器を静かに置くと、深いため息をつく。それから、再び、受話器を手に取った。今度は、アトラス編集部の番号を押す。
 呼び出し音が響く。
『は、はい、アトラス編集部です……!』
 切りかわり、そう言った声には聞き覚えがある。三下だ。その背後で聞こえる「三下くん!」という凛々しい女声は碇だろう。
「あ、雨柳です。……取り込み中、でした?」
『雨柳さんですか……あ、いえ、取り込み中というほどでは……今、電話中なんです、少し待って下さいよ〜……あ、失礼しました、なんですか?』
 相変わらず、背後では碇の声がする。
「あの、碇さんに少しおはなしが……」
『あ、はい。すぐにかわりますね』
 三下が碇を呼ぶ声が聞こえる。保留に切りかえないので、向こうの音がすべて聞こえてしまう。碇が誰なのと問いかけたあと、三下が答える前に、碇の声がした。
『はい、もしもし、お電話かわりました、碇です』
「あ、雨柳です……お忙しいところをすみません」
『あら。今日は噂の豪華客船に乗っているはずではなかったかしら?』
 名乗ると碇の声の調子が変わった。
「はい、今、その噂の豪華客船から電話をかけています……あれ、あたし、碇さんに告げましたっけ?」
 ふと基本的な疑問をおぼえた。自分は碇にアトランティック・ブルー号に乗り込むことを告げていただろうか。……告げていないような気がする。
『ふふふ……私の情報網を甘くみないことね。……なんて、本当はテレビの中継で見つけただけよ。偶然ね』
「え? 中継って……」
『出航式典の様子がどこの局でも流されてね、とりあえず、今日の注目はそこね』
 デッキに出たあのときのことかと凪砂は出航時のことを思い出す。そういえば、あのとき、港には報道関係者が集まっていたっけ。
『それで、どうしたの? 何か面白いネタがないか気になった?』
 からかうような調子で碇は言う。
「ちょっと気になることがあったんです。もしかしたら、事件性があるかもしれないと思って……」
『……なに?』
 碇の声が引き締まる。
「ええ、実は……」
 凪砂は拾ったメモの内容を碇へと告げた。碇は相槌を打ちながら、凪砂が読みあげるメモの内容を聞く。
『それ、どこかで聞いたことがあるような話ね……』
「やっぱり、そう思いますか?」
『気になるわね……。こちらで調べてみるけど……そっちも現地取材ということでよろしく頼むわよ』
 きりりとした声はやる気に満ちている……ような気がした。
「え?」
『ついでに、豪華客船に怪奇なネタがないか探しておいて。こちらから連絡をとるのは難しそうだから、そっちからお願いするわね。じゃあ、気をつけて。……ちょっと、三下くん』
 がちゃん。つー、つー。そんな言葉を最後に電話は途切れた。
「……」
 なんだか自発的、なかば趣味的な取材のはずが……受話器を静かに置いたあと、凪砂は再び深いため息をついた。
 
 電話を終えたあと、今度はインターネットルームへと足を運んでみる。
 いくつかのパソコンが置かれ、衝立で仕切られている。空いている場所を探し、椅子に腰をおろす。座り心地はすこぶるよい。利用するにあたって、ブルーカードが必要とある。必要最低限の管理かと『カードを置いてください』とある場所にカードを置いた。
「さて、と……」
 豪華客船だからと置かれているパソコンが豪華であるとか、そういうことはなかった。……機能性には優れている高価なものではあるが。
 調べたいことは、三つの船や、この船の出資元であるセントラル・オーシャン社に関すること。
 端末に向き合い、操作をする。家でもやっているようなことを、まさかここに来てやるとは思わなかったけれど……凪砂は気になる言葉を打ち込みながら苦笑いを浮かべ、リターンキーを押した。
 しばらく調べた結果、メモにあるとおり、アトランティック・ブルー号はパシフィック・ブルー号の姉妹船であることがはっきりした。船の構造、機能などの設計面は同じであるらしい。だが、皿やフォークなどの備品も同じであるということについては、はっきりと答えが出せなかった。それに触れている情報はない。
 そのパシフィック・ブルー号は現役の国外航路の定期船で、日本と米国とを行き来しているらしい。やはり豪華客船で、定期船としての実績、歴史はそこそこ長い。
 プリンセス・ブルー号というのは、やはり聞いたとおりで、当時国内最大級の豪華客船であったものの、処女航海で消息を絶ち、沈没したといわれているらしい。近づいていた熱帯低気圧の影響でその日の波は非常に高く、それに煽られたとの見方が強いらしい。航路は、今回のアトランティック・ブルー号とまったく同じ……ふと、あの少年が口にしていた言葉を思い出す。
『この船がプリンセス・ブルーと同じ航路を辿ると聞いて、どうしても……』
 あの少年の家族、もしくは友人、近しい人物がプリンセス・ブルー号に乗船していたのかもしれない。そうすれば、あの言葉と憂いの表情には説明がつく。
 セントラル・オーシャン社については、企業のサイトがあったので、それから情報を得てみようと試みる。しかし、アトランティック・ブルー号の処女航海に因んだことばかりが書かれているだけで、実のある情報が得られない。……時期が時期だけに仕方がないのかもしれないが。
 そこで、視点を変えてみる。セントラル・オーシャン社についてのニュースはないかと調べてみた。業績は安定しているのか、話題にすらのぼらない。それでも根気よく調べていくと、パシフィック・ブルー号で火災があったらしいことが小さく書かれていた。ひどいものではなく、すぐに消し止められ、乗客にも船体にも被害はないとある。
「……」
 凪砂はマウスを動かす手を止め、かつて沈まない船と言われ、沈んだあの船のことを考えた。
「……さま、雨柳さま」
「は、はいっ……! ……あ……」
 不意に肩に手を置かれ、驚き、振り向く。そこには、昼間に挨拶に訪れた都築の姿があった。
「また、驚かせてしまったようですね……」
 複雑な表情で都築は笑った。
「い、いえ……あ、これは……」
 都築の視線が端末にあることに気づいた凪砂は罰の悪さを感じた。都築はセントラル・オーシャン社の人間である。取材の際、あのメモの内容についても訊ねてみようかと思っていたが、これでは心の準備もできていない。
「ああ……この火災……」
 都築は何度か頷いた。
「あの船も航行歴が長いですからね……」
 しみじみとした調子で都築は言ったあと、穏やかな笑みを浮かべた。
「取材の件なのですが、これからでよろしいですか? どうしても、対応に追われ、昼間の方が忙しくなってしまいがちで」
「あ、はい。すみません、お忙しいところを」
「いえいえ。では、参りましょうか……カードは忘れずに。悪用されてしまいますよ」
 立ち上がり、都築のあとに続こうとすると、にこりと笑みを浮かべ、軽くカードが置いてある挿入口を示す。
「あ、すみません」
 凪砂はカードを取り出し、しまった。
「ところで、雨柳さまはどちらを見学なさりたいですか?」
「えーと、船橋や通信室、機関室なんて見学できたらなと思っています……どれも施設的には重要ですけど……可能ですか?」
「ええ。あまり長く時間は取れませんが……私も同行致しますが、あまり説明はできないかもしれないですね……」
 苦笑いを浮かべ、都築は言う。
「都築さんはセントラル・オーシャン社の……お客様担当の方なんですよね……?」
「そうですね。広義でそう捉えてくださって結構です。今回は、初の大仕事なので、何かと至らない点はあるかと思いますが……ひとつお手柔らかにお願い致します」
 その言葉を聞き、凪砂は改めて都築を見つめた。二十代後半の誠実そうな雰囲気の青年だ。初の大仕事……確かに、この若さであれば、一般の乗務員であってもおかしくはない。だが、実際はかなり上の地位にいるはずだ。……コネなのかな……などと一瞬、思ったりもする。そのあとで、いやいや、有能で大抜擢されたかもしれないと思いなおす。
「いえ、こちらこそ……あの、都築さんはお若いですよね」
「え? あ、はい、独身ですよ。……いえ、わかっています、そういう意味ではないですよね」
 にこやかに都築は笑う。そして、通路を歩き、スタッフオンリーと書かれた扉を開けるとなかへどうぞと凪砂に軽く頭をさげる。
「示し合わせたようにその言葉を投げかけられますからね、お客様は。確かに、若造ですからね、不思議に思うかもしれません」
 都築は自らも扉のなかへと足を踏み入れたあと、扉を閉める。
「いえ、そんな……」
 あたしも思っていました……とは続けられず、凪砂は曖昧に笑ってごまかす。
「大抜擢なんですよ……本当に」
 そう呟いた都築の横顔と言葉に憂いを感じた。この感覚は……あの少年に感じたものと似ている。
「さて、こちらが船橋……ブリッジになります。富永もこちらにおりますので」
 しばらく通路を歩いたあと、見えてきた扉を開けながら都築は言った。
「……写真撮影は……ありがとうございます!」
 こくりと都築が頷いたことを確認し、凪砂はカメラを用意する。開かれた扉の向こうには、電子機器が並ぶ空間が広がっていた。誰もが忙しそうに働いているかと思ったが、それほど忙しそうではない。
「わりと……あの……ヒマそうといったら申し訳ないんですけど……」
「船も近代化が進んでいますからね」
 答えた声は都築ではなかった。顔を向けると富永がいる。
「舵も最近では、このようなものに変わりました」
 そこにあるものは船は必ずあると思われた舵ではなかった。様々なレバーやボタン……そして、円形のボールが半分ほど埋まっているようなものがある。
「これが……舵?」
「ええ。操作に多少の慣れは必要ですが、これで船の向きを変えます」
「そうなんですか……」
 カメラにおさめておこう。凪砂は舵ではないそれにファインダーを向けた。
「現在は、波も安定しているようですね」
 画面を見つめ、都築は言うが、凪砂にはどこをどう見て波が安定していると口にしたのかがわからない。
「ああ、安定しているよ。今のところ、すべて順調だ」
 答える富永を見つめたあと、凪砂はふと思い出したように自分のなかにいるフェンリルの感覚を少しだけ解放した。……影響を受け、外見が変わらない程度に。
 ……異変はとくに感じられない。
「雨柳さまは通信室と機関室を見学なさりたいそうです。そちらの案内は私では……同行していただけますか?」
「ああ、同行しよう。都築くん、少し休んだらどうだ? 顔色が悪くはないか?」
「……いえ、大丈夫です。行きましょう」
 船橋の見学のあと、通信室へと案内される。かなり狭い部屋には、やはり機器が溢れていた。
「最近は衛星で場所を把握しますからね。本当に便利になったものですよ……」
 富永はしみじみと言う。
 そこでも特別な気配というものは感じなかった。機械についての説明を簡単に受けたあと、機関室へと向かう。下層に位置するので、かなり歩かなければならなかったが、その間も異様な感覚というものは感じなかった。だが……どうにも誰かに見られているような気配は感じた。とはいえ、誰もが見学者である自分を物珍しそうに見ているから、これはこれで不思議ではない。
「万が一、何かあった場合の避難経路とかは……」
「ええ、そちらも万全ですよ。乗務員にそちらの教育を徹底するのが、セントラル・オーシャン社の方針です。各部屋に避難経路が書かれたマップを置いています」
「あ、そうなんですか……」
 でも、見てないかも。ホテルなどに宿泊すると、大抵の場合、そういった簡単な地図が入っているが、確認している人間は、果して何人いるのだろうと思う。
「ここからが機関室になりますね。ここだけは危険ですので、入口付近のみで」
 重厚そうな扉を開けながら富永は言う。
「はい。無理を言ってすみません」
「一応、義務なので」
 どうぞと差し出された真新しいヘルメットを頭にかぶる。そして、扉をくぐった。少し歩くと轟音が響いてきた。
「こちらの扉の向こうが、船の動力となります。そして、こちらの扉の向こうは電力系統です。これだけの船になると、消費する電力は小さな町と同じくらいになるんですよ」
 富永の説明のあと、扉が開けられる。何がどういう役割なのかはわからないが、とりあえずかなり大がかりなものであることはわかった。それはともかくとして。
「……あまり人がいないんですね」
「そうですね、見回り、点検は行いますが、実際の制御は管理室で行いますからね」
 その言葉になるほどと頷きながら、ここに忍び込むことはそれほど難しいことではないのかもしれないと思う。
「では、場所を変えましょうか。そう……おはなしは、私の部屋で聞いていただくとしようかな」
 富永はそう言い、やんわりと笑った。
 
 案内された船長室は、思ったよりも広くはなく、どちらかといえば狭い印象を受けた。……自分の特等客室と比べたせいかもしれないが。
「ここが、船長室……」
 木製の書棚に机、その机の上にはコンパスや海図が置かれている。これぞ船長の部屋という雰囲気が漂っていた。
「実際のところ、この部屋を使うことは少ないですよ。眠るために戻るようなものですからね。では、そちらにどうぞ」
 ソファを勧められ、腰をおろす。凪砂の正面に富永が腰をおろし、コーヒーを用意した都築が富永の隣に腰をおろした。
「あ、すみません。それでは……この船の構造をお訊ねしようと思っていたんですけど……それは、先程、伺ったので……」
 ウリや構造を訊ねようと思っていたが、それ以上に気になることがある。それを訊ねたくて仕方がないが、いきなりそれを訊ねるのもどうか……だからといって、遠回りな質問ばかりしていると、時間がなくなってしまうかもしれない。
「この船のウリとか、今後の展開とか……」
 まずはそのあたりから訊ねてみることにした。問いかけに対し、富永も都築も極めて好意的に、穏やかに答えてくれた。ある程度の質問を終えたあと、いよいよメモに書かれていたことを切り出すことにした。
「それで……アトランティック・ブルー号とパシフィック・ブルー号は姉妹船だそうですけど……」
「よくご存じですね。構造はほとんど変わりありません」
 都築は答える。
「設計が同じですからね。そういう意味では、扱いやすい船といえます」
 富永は頷いた。
「お皿や、フォークとか……そういう備品とかも同じものが使われていると聞いたんですけれど」
「え? ああ、そうですね。そうかもしれません。同じメーカーを使っていることと思います」
 にこやかに都築は答えた。
「パシフィック・ブルー号は国外航路……つまり、この船も国外航路でも十分に通用するということですよね。どうして、この船は国内航路なんですか?」
 それについてを訊ねてみる。
「手軽な気持ちで豪華客船を利用していただこうというコンセプトをもとに設計された船ですから。国外だとなかなか面倒でしょう?」
 都築の言うことはいちいち尤もで、言葉を返されるたびに凪砂はこくこくと頷く。それでは、これはどうだろうと最後の質問をぶつけてみる。
「それでは、最後に。処女航海、記念すべき航海ですよね。最初はセントラル・オーシャン社の役員さんやそのご家族の方が乗船する予定だったと聞いていますが、揃ってキャンセルなさったそうですね。これは、どうしてですか?」
「雨柳さまは、なかなか事情通ですね。ええ、それに関しては、予想以上にこの船の評判が良かったもので、ひとりでも多くのお客様に船を楽しんでいただきたい……との意向からだと聞いています」
「そうだったんですか……」
 納得がいくような、いかないような。それでもそれ以上は食い下がる術がないので、素直に頷く。
「では、すみませんが、私はこれで……」
「あ、はい。ご協力ありがとございました!」
 凪砂はソファから立ち上がると富永に頭を下げた。
 
「さて、では……次は倉庫の方を案内しましょうか」
 富永は仕事であるため、去り、都築だけが残る。
「……ちょっと、つまらないですかね?」
 言ってから、これは興味がないかと思ったのか、苦笑いを浮かべながら都築は訊ねてくる。
「いえ、お願いします」
「それでは、ご案内致します」
 都築と共に歩きながら、ふと碇のことを思い出した。何か怪奇な噂はないか探せと言っていたような……しかし、この新しい船に怪奇談が既に存在しているとも思えない。
「都築さん、この船に何か変わったおはなしというか……怖い噂のようなものは……すみません、ありませんよね」
 一応、訊ねてはみたものの、あり得ないだろうと凪砂は即座に苦笑いを浮かべた。
「そうですね、この船にはまだないみたいですね」
「この船にはまだないって……」
 それではまるで、他の船には既に存在する、この船にもやがてできるというような言い方だ。
「長い間、航海を続けていれば、得体の知れない話も増えていくというものですよ。現に、パシフィック・ブルー号には、あかずの間の話がありました」
「あかずの間?」
 興味を示すと、都築は頷き、あかずの間の話を簡単に教えてくれた。それによると、パシフィック・ブルー号には、ひとつだけ貸し出さない部屋があり、その部屋には幽霊がでるということだった。
「ありがちなおはなしですね」
「ええ、これだけだと単なる噂話なんですか、実際に、パシフィック・ブルー号は、ある部屋だけ、使用しないんですよ。それは、今も続いています」
「え、そうなんですか?」
 ただの噂というわけではないらしい。凪砂が驚くと、都築はにこりと笑みを浮かべ、特別に部屋の番号を教えて差し上げましょう……101号室ですと小さな声で言った。
 そんな話をしながら、積み荷が保管されているエリアへとやって来る。扉の前にある挿入口にカードを読み込ませるとロックが外れる音がした。
「都築さんのカードは色が違うんですね」
 自分が持つカードはその名のとおり、青色。だが、都築が持っているカードは黒色。ふと、疑問に思い、訊ねてみる。
「ええ。私と船長が持つカードはマスターです。このカードがあれば、どのエリアのロックでも外せます。他の作業員が持つカードは自分たちが作業を行うエリアのロックしか外せません」
「二枚しかないんですか?」
「ええ、二枚しかありませんよ。では、参りましょう」
 扉を開け、人けのない通路を歩きだす。
「人、全然、いないんですね」
「ここが忙しくなるのは、船の発着時ですからね」
 そういえば、そうかもしれない。凪砂は周囲を見回しながら都築の隣を歩く。と、そのうちに、誰かに見られているような気配を感じた。
「……?」
 ここには都築しかいない。確かに、都築は自分を見つめているが……この視線は違う。もう少し、力を解放してみれば位置までわかるかもしれないが……凪砂はちらりと都築を見やる。
「?」
 都築は不思議そうに自分を見つめている。……凪砂は小さくため息をついた。
 
「それでは、本日はこれで。良い夜をお過ごしください」
 見学を終え、客室の前まで戻ってくると、都築は頭を下げた。
「はい。ありがとうございました。それでは、また」
 都築を見送り、扉を開けようとしたところで、はっとする。
 ずっと見つめられているような気配を感じていたが、それを感じなくなった。思わず、都築が去った通路を見やる。
 ……都築さんを追っていた……?
 でも、なぜ?
 答えがでないままに扉を開け、部屋へと戻る。時間を確認したあと、もう一度、電話をかけてみることにした。受話器をとり、番号を押す。
『はい、もしもし』
「あ、雨柳です」
『ああ、お嬢さん。あれから、いろいろとセントラル・オーシャン社について調べてみましたよ。裏では、結構、経営は苦しいらしいですね……プリンセス・ブルー号の件で痛い思いをしたからか、アトランティック・ブルー号にかけられている保険は半端ではありません』
 男は告げる。
「プリンセス・ブルー号は、セントラル・オーシャン社の船なんですか?」
 そんなような気はしていたが、確認のために訊ねてみる。
『ええ。お嬢さんが仰っていたので、その船についても少し調べてみました。どうやら、プリンセス・ブルー号の船長の弟が、私が直接に話をした男のようですね。都築というんですがね』
「……」
『お嬢さん? どうしました? お嬢さん!』
「あ、ごめんなさい。なんでもないです」
 凪砂はお礼を言って、受話器を置いた。
 そのあとの言葉はよく覚えていない。
 ただ、何故だろう、胸騒ぎが止まらない……。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1847/雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)/女/24歳/好事家】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、雨柳さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。なんだかプライベートはそっちのけ、夕飯すら食べ損ねていますが……。文中には現在の展開上、はっきりと書いていないのですが、プリンセス・ブルーの沈没でセントラル・オーシャン社は傾いています。パシフィック・ブルー号の火災も深刻であったらしいことも聞きますので……次回に参加いただける場合は参考になさってください。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。