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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 扉を開けると部屋の入口にはマールがいて、にゃあんと声をあげる。
「ただいま、マール。お留守番、ごくろうさま」
 両親とともにメインレストランでの夕飯を楽しむあいだ、マールは部屋でひとり(一匹?)留守番をしていた。ラウンジやその他のフードコーナーはペット同伴が認められているものの、メインレストランだけは認められないといわれたからだ。
 マールに声をかけ、そのまま部屋のソファへと向かう。マールは猫らしいしなやかな動きで足音もたてずに茉莉奈のあとに続き、ソファの上へちょんと跳躍する。そして、そこが自分が場所だと言わんばかりにごく自然な動作で茉莉奈の膝の上に乗った。
「とても綺麗なレストランだったよ。料理も美味しくて」
 マールを撫でながら茉莉奈は言う。自分にとってもマールがそこにいることはごく自然で当たり前なこと。違和感など感じない。
「みゃう〜」
「ごめんね、連れて行ってあげたかったけど……」
 少し不満そうに啼いたマールに、茉莉奈は苦笑いを浮かべて謝る。マールは小さくにゃうにゃうと不満らしきものをもらしたあと、すりすりと頭を擦り寄せた。
「そういえば、ななこちゃんはどうしているかなぁ?」
 ふと、ななこのことを思い出す。自分は両親と夕飯を食べ、その両親は……レストランの料理と内装にご満悦、夜はまだまだこれからだと、遊戯場へ行こうか、いや劇場だ、映画館だと楽しげに話しあっている。その光景を見て、くすりと笑ったあと、ななこの父親のことを考えた。
「せっかくこんな豪華客船に乗っているのにパパがお仕事なんて不思議だよね」
 両親からマールへと視線を移す。マールは小首を傾げた。
「ねこきちも不思議。誕生日の記念品にしては、変わってるし……パパがもらってくる記念品といえば、お菓子が多かったよね」
 少なくとも、大人の男がもらっても処理に困るようなものではなかった。タオルをもらってきたこともあるし、ハンカチ、置き時計だったこともある。だが、どれにしても、大人向きのデザインであって、子供向きではなかった。だから、余計にクマのぬいぐるみ『ねこきち』の存在が不思議に思える。
「にゃう」
 こくこくとマールは軽く上下に首を動かした。頷くような仕種でにゃうと啼く。
「やっぱり、ぬいぐるみメーカーさんの誕生日に行ったのかな?」
 自分に関わるものを記念品として渡すこともある。ある日、薔薇の花束を母親にプレゼントした父親は、実は薔薇園を経営している人の誕生日に行ってもらったものだとあとでこっそり教えてくれた。
 そんなことを考えていると、パンフレットを広げていた両親が自分の名を呼んだ。その顔を見て、でかけるつもりなのだと悟った。事実、そのとおりで、母親は劇場に行くわよと告げる。やれ遊戯場だ劇場だ映画館だと言っていたが、最終的に、劇場に決定したらしい。
 部屋の時計を見あげた。
 まだ、部屋を訪ねて失礼となる時間ではない。
「……また、遊びに行っちゃおうか♪」
 茉莉奈はマールを見つめ、にこりと笑う。にゃあんとマールも肯定するように啼く。
 ……夕飯後も夫婦水入らずを楽しんでもらうことにした。
 
 部屋がどこであるのかは既にわかっているから、迷うこともない。
 階段をおり、三等客室フロアにある数多くの扉のうちのひとつを目指す。もう少しで扉だというところで、抱いていたマールが腕から飛び出した。
「あ、マール?!」
 マールは曲がるべき角ではないというのに、そこを曲がってしまう。ななこたちの部屋はもうひとつ向こうの角。
「待って、そっちじゃなくて……」
 言いかけ、茉莉奈はそのままマールのあとを追った。何か気になるものを見つけたのかもしれない。マールは少し走ったあと、立ち止まる。その近くには見覚えのある男の姿があった。焦燥の表情で何かを探すように周囲を見回している。
 あの人……。
 茉莉奈はその男がななこの父親であることに気がついた。同じくして、ななこの父親も茉莉奈に気づく。はっとした表情で駆け寄ってきた。
「君は、さっきの……ななこを、ななこを見なかったかい?」
「え……み、見ませんでしたけど……あの、ななこちゃんは……」
 茉莉奈は戸惑いながら答えた。その言葉だけで何が起こったのかを理解することができる。
「そうか、ありがとう……。ななこがいなくなってしまって……」
 こめかみに手を添え、苦悶の表情でななこの父親は言った。あれほど部屋を出るなと言ったのにとため息をつく。
「本当ですか? ……」
 もしかしたら、私のところに来ようとしたのかも……茉莉奈は俯き、考える。そして、顔をあげた。
「私にも探させて下さい!」
「いや、でも……ありがとう」
 戸惑う表情のあと、ななこの父親はそう答えた。本当は迷惑ではと断ろうとしたのだろう。だが、自分の決意の表情を見て、言葉を変えた。茉莉奈にはそう思えた。
「マールもななこちゃんを探すの手伝って!」
 足元のマールはにゃんと強い調子で啼いた。それが頼もしく感じる。
「いつ頃、いなくなったんですか?」
「夕飯を食べたあと……私は部屋で仕事を再開し、ななこにはテレビを見せていたんだ。子供向けチャンネルがあったから、それをつけて……ネコのアニメか何かを見ていたと思う。そうしたら、ネコがどうの、歌がどうのという話をしてきて……」
 ななこの父親は表情を曇らせる。
「私は、仕事の途中だったから、あとにしなさいと……そのあと、ななこはテレビの前に戻ったと思っていたんだ……気づくと、部屋にはいなかった……」
 あのとき、ななこの話をきちんと聞いてやれば……小さく聞こえた呟きに、茉莉奈は胸に手を添え、拳をきゅっと握る。
「わかりました……私はこっちを探してみます。行こう、マール!」
 茉莉奈は失礼しますとぺこりと頭を下げたあと、身を翻した。
 
 それなりに人が行き交う三等客室前の通路をななこを探し、彷徨う。
「どこに行っちゃったんだろう……」
 もし、自分を探して部屋を出たとしたら……茉莉奈はななこと出会ったときのこと、そのあとのことを思い出す。
 出会ったとき、ななこはひとりで通路に佇んでいた。部屋にいろと言われたのに、部屋をあとにし、かといって部屋に戻ろうとしても部屋がわからず、途方に暮れていたように思える。そのあと、自分と出会い、父親の帰りを待った。部屋はわからなかったから、エレベータの前で。
 もしかしたら、エレベータホールの前にいるかもしれない。
 茉莉奈はななこと共に父親を待ったエレベータホールへと向かった。
「ななこちゃん……」
 観葉植物の陰や、オブジェの陰も調べてみる。だが、ななこの姿はなかった。このフロアにはいないのかしらとため息をつき、次はどこを探そうかと考える。フロアは広いが、探す場所はそう多くはない。
 エレベータが開き、客が乗り降りする。それを見つめながら、茉莉奈はあることに気がついた。エレベータには、それを操作する専用の乗務員が乗っている。所謂、エレベータガール(ボーイの場合もあるが)と呼ばれている彼らなら、ここの様子をよく知っているかもしれない。
「すみません!」
 利用客に悪いと思いながら、茉莉奈は声をかけた。
「はい、上に参りますが、お乗りになりますか?」
 にこやかに制服の女性が言う。
「あの、そうではなくて……ここのホールでクマのぬいぐるみを持った女の子を見かけませんでしたか?」
「……ああ、あのクマのお嬢さんですね。先程まで、そちらに」
 にこりと笑みを浮かべ、乗務員は答える。示された場所は、ななこの父親を待った壁際だった。
「いたんですね! ひとりでしたか? いつまでいましたか?」
「ひとりでしたね。確か……いなくなってから、二、三往復しているから……二十分くらい前だと思います」
「お仕事、中断させてしまってすみません。ありがとうございました」
 茉莉奈は丁寧に礼を言い、頭を下げた。
「ここにいたことは間違いないみたいね」
「にゃうん」
 顔を見あわせ、頷きあう。しかし、ここにいたとなると……誰かを待っていた……? その誰かとは……私?
「ななこちゃん……やっぱり、私を待っていたのかな……」
 ななこは父親と共に乗船している。他に知り合いはいないような雰囲気だった。ネコや歌の話をしたあと、部屋を出たというのであれば……茉莉奈は胸元に手を添える。
「ここにいれば、マールや私に会えると思って……」
 しかし、それも二十分くらい前までの話。それ以降は、ななこはここにはいなかったという。もしかしたら、ななこの父親がななこを見つけたかもしれない。茉莉奈は一度、部屋を訪ねてみることにした。
 ななこを探しながら通路を歩き、扉の前までやって来る。軽く扉を叩いてみるが、扉が開く気配はなかった。
「ななこちゃんのパパ、まだ探しているんだね……」
 どうやらななこは見つかっていないらしい。茉莉奈は再び、ななこを探して三等客室フロアを彷徨う。階段を使ったかもしれないと下の三等客室フロアにも行ってみた。上の二等客室フロアにも行ってみた。だが、時間が経過するだけで、ななこは見つからない。
「どこにいるんだろう……」
 ななこの足ではさほど遠くまでは行けないはず。それに、誰かが迷子だと気づいてもよさそうなもの。それなのに。
「ねぇ、マール。ななこちゃんがいなくなったことに、ねこきちやななこちゃんのパパのお仕事が関係していたりしないよね?」
 これって私の考えすぎだよねと茉莉奈は不安げな表情でマールを見つめる。マールは曖昧に小首を傾げ、小さく啼いた。
「……覚えたてだけど……」
 茉莉奈は俯き加減に小さく呟く。そして、意を決した表情で顔をあげた。
「人探しの白魔法を使ってみよう。ここだと人が多いから……」
 ほとんど人が訪れない階段の踊り場へと向かう。そこで、発動させるための媒体を手に、精神を集中させながら魔法の言葉を紡ぎだす。魔法の使い手、魔法の種類によって媒体は違う。それは水晶のついた綺麗な杖であったり、宝石のついた指輪であったり、なんの飾り気もないヤドリギであったりもする。自分にとっての媒体は……ピンク色のハンディカラオケマイク。媒体はなかったとしても魔法は使える場合もあるが、成功率の面で変わってくる。
 魔法の言葉を紡ぎおえるとハンディカラオケマイクが眩い光を放った。
「成功……ね……? あれ……?」
 ハンディカラオケマイクは方位磁針にその姿を変えていた。円形で北や南を指し示すアレである。それがぐるぐるとまわったかと思うと、とある方向を指し示す。
「うーん、かなり旧式な道具になっちゃった……まだまだ修行がたりないみたい」
 今の自分にはななこの居場所を指し示す方位磁針がやっとであるらしい。母親が使えば高性能レーダー、いや、ななこの姿を映し出す鏡が出現したかもしれない。
「にゃおん」
 茉莉奈を見あげ、マールは尻尾をゆらゆらと揺らしながら啼いた。
「そうね、覚えたてでこれなら問題ないよね。成功しているんだもん。ななこちゃんは……こっちみたい。急ごう、マール!」
 茉莉奈は方位磁針の針が示す方向へと走りだした。
 
 スタッフオンリーと書かれた、所謂、一般乗客立入禁止区域の前までやって来た。
「ここって……入っちゃいけないところだよね……こんなところにななこちゃんが?」
 針はかなり強い調子で方向を示している。かなり近いということだ。
「迷いこんで……ううん、もしかしたら……」
 ななこが目の前にある倉庫に続きそうな重厚な造りの扉を開けたとは考えにくい。そうなると……ここに至るまでの状況から不穏なことも考えてしまう。
 誘拐。
 その二文字が頭を過った。
「本当は、入っちゃいけないんだろうけど……」
 茉莉奈はマールを見つめる。マールはこくりと頷いた。茉莉奈もこくりと頷き返し、重そうな扉に手をかけた。レバーをおろし、押し開ける。見た目どおりに重い扉の向こうは通路だったが、造りは明らかに違う。新しくはあるが、絨毯が敷いてあるわけでもなく、壁に飾りが施されているわけでもなく、ただそのままの状態でそこにある。学校の廊下を思い出した。
「誰もいないみたい……」
 幸い、人の気配はなかった。立入禁止区域へと足を踏み入れ、扉を閉める。がたんというわりと大きな音が響いたが、誰かが現れる気配はなかった。
 壁にはこの区域を示す地図がある。それによると、ここから奥は貨物エリアとなっているらしい。人があまりいない理由がなんとなくわかった。ここに人が頻繁に訪れるようになるのは、船の発着時である。
 茉莉奈は針の示す方向へと慎重に歩く。角を曲がったところで、誰かが倒れていることに気がついた。
「! 大丈夫ですか?!」
 自分が忍び込んでいることも忘れ、反射的に駆け寄る。作業服のようなものを着ている男は、小さく呻いた。
「う、ああ……お、男に……殴られた……ひ、人を、よ、呼んできて……くれないか……?」
 力なく男は言う。意識はどうにかあるものの、息をするのも辛そうに見えた。
「クマのぬいぐるみを持った女の子は見ませんでしたか?」
「あ、ああ……い、一緒に……」
「! 人は必ず呼んできます。待っていて下さい!」
 ななこは人を殴るような男と一緒にいる。自分からついて行くとは思えない。誘拐の疑惑は確信へと変わる。男に人を呼ぶことを約束しつつ、ななこの安否を優先する。
「あ、そっちは……駄目だ、危険だ……!」
 男の声を背中で聞きながら、茉莉奈は角を曲がり、強い勢いで針が指し示す扉の前へと立った。
 
 扉を開ける。
 かなり広い部屋と思われるそこには、様々な大きさの木製の箱があり、高く積みあげられていた。
「こっちはガキに顔を見られてるんだ、それくらいはいただかないと渡せないな」
 男の声。茉莉奈は反射的に木箱の陰に身を隠す。
「それはあんたのやり方に問題があるだけ。子供からクマを取りあげる、楽な仕事じゃないの。私でもできるわ」
 今度は、女の声。
「とにかく、俺の言い値で取引をしないというのであれば、構わない。他を探すさ。これが欲しい奴は他にもいる。……知っているんだぜ、あんたと同じようにこれを狙って乗船している奴がいるってこと」
 再び、男の声。会話の様子からすると、人数は二人。内容から察するに、取引の最中。子供というのは、ななこのことで、クマとはねこきちのことに違いない。そうなると、狙いは、ねこきち……? でも、なぜ? なんだかすごい値打ちモノのぬいぐるみだったの? 茉莉奈は難しい顔で考える。
「あんたの気が変わったら、部屋に来てくれ。……手遅れにならないうちにな」
 取引は終了しそうな気配だ。そうなると、この扉を通って外に出ることになる。ここにいては見つかる。茉莉奈はこそこそと木箱の陰を移動する。積み立てられた木箱の隙間はまるで迷路のように思える。
「じゃあな。……い、いない?!」
「え? ……あら、隠れたのね……。ふぅーん……いい根性しているじゃない……」
「くそ、手間をかけさせるガキだな……おい、どこに隠れた! 出てこい!」
「そうよ、おとなしく出てきちゃいなさいな。……痛い目を見る前に」
 ……出ていくわけないじゃない。茉莉奈は心のなかで憤慨する。嘘でもいいから、猫撫で声くらい出したらどうなのと思う。こんな脅し文句で出ていくわけがない。
「マール、ななこちゃんはこの部屋のなかに隠れているみたい。あの人たちより早く見つけだして、ここから逃げよう!」
「にゃん!」
 自分たちの利点は小柄であるため、通り抜けができる隙間が多いことだ。それに、ななこの居場所を示してくれる方位磁針もある。ななこを探す声と鉢合わせしないように、木箱の隙間を通り抜けた。どうしても声のそばを通らなければならないときは、マールが様子を見てくれる。
「!」
 前方の木箱と木箱の隙間にななこの姿を見つけた。くまのぬいぐるみをぎゅっと抱き、顔を伏せている。近づき、そっとななこの肩に手を添えた。ななこの身体がびくりと震える。
「! ……!」
 顔をあげたななこが叫びそうになるところを、軽く口で押さえ、片方の手を自分の口許へと運び、唇の上に人指し指を乗せた。そして、安心させるようににこりと笑みを浮かべてみせる。
「大きな声を出しちゃだめ」
「お、おねーちゃん……」
 泣きそうな顔でななこは茉莉奈を見あげる。じんわりと涙が滲んでいることに気がついた茉莉奈は、ななこの身体を抱き寄せ、軽くとんとんとその背中を叩く。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
 耳元で何度となく大丈夫と囁くと、次第にななこは落ちつきを取り戻した。が、相変わらず、男の声はしている。このままここにいたところで見つかるのは時間の問題。ななこが落ちついたところで、扉へ向かうことにした。
「ななこちゃん、私とマールについてきてね」
「……うんっ」
 行きと同じように帰りも声に注意し、マールに様子を見てもらいながら木箱の間を通り抜ける。ゆっくりと慎重に進んだため、時間はかかったものの、気づかれた様子はない。目指す扉が見えてきた。
「あともう少しだからね……!」
 小さな声で囁き、励ます。ななこはこくりと頷いた。茉莉奈は頷き返したあと、扉へと歩きだす。扉へと辿り着き、手をかけた途端。
「はい、ご苦労さん」
 だんっと強い勢いで背後から扉に手がつかれた。押さえ込むようなその手と耳元で囁くその声にはっとする。振り向くと二十代後半かと思われるくらいの女がいた。
「出入口はね、ひとつしかないわけよ。ふふ……残念ねぇ」
 目を細め、女は余裕の笑みを浮かべながら茉莉奈を見おろす。
「おねーちゃん!」
「出てきちゃダメ!」
「……おとなしくそれを渡しなさい」
 笑みを消し、女は言う。見つけたのかと男が近づいてくるような声もする。
「……」
 自分にはとてもではないが、大人の男女を拳でどうにかするだけの力は、ない。同年代の男女であっても、どうにかできるとは思えない。一歩、二歩と女が近づいてくる。それにあわせて、後退する。だが、それにも限界がある。
 茉莉奈は人探しの魔法を解除した。手にしていた方位磁針がハンディカラオケマイクの姿へと戻る。それを手に、すっと腕を伸ばす。
「マリリル」
「?!」
 女は眉を顰める。その背後に、男が現れた。だが、茉莉奈はさらに腕の角度を変えながら、言葉を呟く。
「マリリル」
「な、なんなの? なんのつもり?」
「リルリルラー!」
 茉莉奈は声高らかに宣言した。
 
 茉莉奈の身体が眩い光に包まれる。
「なっ?!」
 光が消え去ったあと、男と女は驚愕の声をあげた。茉莉奈の服がかつてのアイドルを思わせるようなフリルのついたミニスカートのワンピースに変わっている。手にしているハンディカラオケマイクから曲が流れだした。
 茉莉奈はリズムをとったあと、曲にあわせて歌いだす。軽やかなリズムの曲と歌声が響くなか、二人はぽかんと茉莉奈を見つめる。だが、不意にはっとし、茉莉奈へと迫った。それでも茉莉奈は歌い続ける。
「……なに、この気持ち……」
「心が軽くなるような……ああ、こんな子供相手になにやってんだろう……」
 二人は静かになった。歌が終わる頃、扉が開き、人が現れる。
「大丈夫か?!」
 現れた数人によって男と女は取り押さえられたが、抵抗はしなかった。茉莉奈は物陰でもとの姿へと戻る。それをななこが不思議そうに見つめていた。
「……よかった、無事だったみたいだね……」
 少し苦しそうな顔でそう言ったのは、通路に倒れていた作業服のあの男だった。
「ごめんなさい、人を呼んでくると言ったのに」
「いいんだよ。二人とも無事でよかった……」
 男はほっと胸を撫でおろす。それを見つめていると、ななこが袖を引っ張った。
「おねーちゃん、おねーちゃんって……まほーつかいさん……?」
「うん。でもね、内緒なの」
 茉莉奈は唇の上に人指し指を乗せ、にこりと笑う。
「だから……ね?」
「……うんっ。なな、誰にも言わないよっ」
 輝かしい笑顔でななこは強く頷いた。
 
「このぬいぐるみが狙いだった……?」
 ななこを父親のもとへ送り届け、再三、礼の言葉を受け取ったあと、男女の狙いがぬいぐるみであったことを告げた。
「はい。何か特別なものなんですか……?」
「特別といえば、特別なのかもしれないけどねぇ……限定100個、大隈会長の誕生日祝いに造られたものだから……。ああ、取引先の会長さんでね、特注のものなんだそうだ。だが、誕生日の記念品、それ以外に意味などないと思うよ」
 戸惑う表情でクマのぬいぐるみを左右に傾けながらななこの父親は言う。ななこはといえば、上機嫌でマールと遊んでいる。
「……まあ、犯人が捕まっているなら、そっちから理由が聞けるかもしれないね。ともあれ、そんな危険なものを渡しておくわけにもいかないな。これは私が保管しておこう」
「そうですね。でも、そうなるとななこちゃん……」
 茉莉奈はちらりとななこを見やる。
「……仕事は控えるようにするよ。……接待は外せないから、しないよ、とは言い切れないけどね……」
 苦笑いを浮かべながらななこの父親は言った。……なるほど、ななこの父親は接待ゴルフならぬ、接待クルーズをしているということなのか……茉莉奈はななこの父親が仕事に忙しい理由を知った。
「船をおりたら、新しいぬいぐるみを買ってやろうかな……今度は、ななこが欲しがっていたネコのぬいぐるみを」
「……ななこちゃん、喜びますよ」
 茉莉奈がにこりと笑みを浮かべると、ななこの父親はそうかなと曖昧に微笑んだあと、少し落ちつかない素振りで、マールと遊ぶななこを見つめる。そして、言った。
「あの、触ってもいいかな……?」
「え? あ、はい、どうぞ」
 一瞬、なんのことかわからなかった。視線の先はマールにあることに気づき、頷く。すると、ななこの父親は屈み、マールの頭を撫でる。遠慮がちに触れていたが、やがて普通に撫で、最終的にすりすりと頬を寄せた。実は、結構、猫好きらしい。
「可愛いなぁ……ああ、いいな、にくきゅう……」
 マールの手に触れながら至福の表情で呟く。そのときのマールのなんとも言えない表情がおかしくて、茉莉奈とななこは顔を見あわせ、くすりと笑った。
 
 いろいろあったものの、楽しかった旅行も終わり、いつもの生活が始まる。
 学校から帰り、郵便受けを覗くと自分宛ての手紙が一通、届いていた。所謂、達筆で、楠木茉莉奈様とある。裏面には桐山ななことあった。……が、どう考えてもななこの字ではないだろう。あまりに達筆すぎる。
「ななこちゃんからだ……!」
 扉を開け、家のなかへと駆け込むと、リビングでただいまと母親に声をかけて、そそくさと手紙の封を切る。
 手紙は、二枚。
 片方は達筆な字で拝啓という文字から始まっている。ななこの父親からだった。改めて礼の言葉が綴られ、そのあとにぬいぐるみのことが綴られていた。それによると、あのぬいぐるみのなかにはある物が隠され、極秘に取引が行われようとしていたらしい。それが、手違いでななこの父親の手に渡り、彼らは取り戻そうとしていたとある。そのある物が具体的になんであるのかの記述はなかった……が、極秘で取引を行おうとしているものなのだから、そういうものなのだろう。
 もう一枚は、ななこからの手紙で、まりなおねえちゃんへという文字から始まっている。あまり上手くはない字だが、一生懸命に書いたという気持ちだけは伝わってきた。文面は実に簡素で、おねえちゃんは元気ですか、ななこは元気ですというような文のあと、新しいねこきちです、今度、マールちゃんと一緒に遊びに来てくださいと書かれているだけだった。
 封筒には、他に写真が二枚ほど入っていた。
 一枚は、船でお別れのときに撮ったものだった。ななことねこきち、マールと自分がにこやかな笑顔で写っている。
「あ……そっか、新しいねこきち……よかったね、ななこちゃん」
 写真を見つめ、茉莉奈はやんわりと目を細める。
 もう一枚の写真には、ななこと……可愛らしい子猫が写っていた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1421/楠木・茉莉奈(くすのき・まりな)/女/16歳/高校生(魔女っ子)】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、楠木さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
ネコが描けて、個人的に幸せでした……いえ、小動物好きなもので(おい)
今回は船旅にお付き合いくださってありがとうございました。楠木さまの船での出来事は一応、これで完結です。
最後に本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。ご縁がありましたら、また。