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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 部屋の番号を確認し、扉を開ける。
 まだ誰にも使われたことのない部屋。
 そこに足を踏み入れると、新しい匂いがした。とはいえ、べつにペンキの匂いがするとか、そういうものではない。具体的にどのような匂いがするわけではなく、新しい匂いとしかいいようがない。
 置かれているオフホワイトのソファ、ローテーブル、やけに重厚な造りの見事な木製の机、座り心地が良さそうな椅子、薄型のテレビ、クローゼット……そして、個人部屋だというのに、やけに広いベッド、これらもまだ誰にも使われたことがない。すべてにおいて自分がこの部屋の第一号。それを考えるとなんだか不思議な感じがする。これから長い歴史を綴っていくだろうこの部屋の一番最初のページに自分は刻まれるわけだから。
 たまには、そういうのも悪くはない。
 飛鳥は荷物を置くと本を片手にソファではなく、ベッドに腰をおろした。そして、手にしていた本を開くと封筒を取り出す。そのなかから丁寧に写真を取り出し、一枚ずつ、ぴしりと隙がなく敷かれているシーツの上に並べる。
 四枚の写真と一枚の手紙。
 落ちついた状況で改めて写真を眺めてみる。
 古そうな鏡。
 細長い桐の箱。
 漆の箱。
 箱の中身は見えないものの、その三つから思わず三種の神器を想像してしまう。弥生はこれらの品物を追っているのだろう、おそらく。それは……飛鳥は手紙を手に取り、文面を確かめる……どうやら、間違いなさそうだ。
 手紙を置き、最後の、恰幅のいい男の写真を眺める。
 弥生が様子を伺い、追っていた男。
 周囲に数人を引き連れていた男の実際を思い出してみる。ラウンジで少しの間、この男の様子を伺った。そのときの様子をもう一度、思い返してみる。
 すべての行動はこの男が中心だったような気がする。周囲の男たちは、この男の行動に従っていた。力関係としては、この男が上で残りは下……そう結論を出しても差し支えはないだろう。社長とその部下という構図が頭に自然と浮かぶ。これは自分だけが受けた印象ではなく、彼らを見た誰もが思うところだと思う。
 顔つきや物腰、態度には、権力者、もしくは地位の高い者特有の強気とも強引ともいえるものが漂っていたような気がした。
 写真や手紙、それらを踏まえて考えてみる。男が三枚の写真にあるものを手にしていて、弥生と三上という存在がそれを追っている……これは、間違いない。わからないのは、世間一般的に見て、どちらが善なのかということ。
 男はこの三つの品物を不当な方法で手に入れ、弥生はそれを奪い返そうとしているのか。はたまた、男はこの三つの品物の正当な持ち主で、弥生はそれを奪おうとしているのか……。
 まあ、どちらであれ、彼女に味方をした方が楽しいでしょう……飛鳥は写真を眺めながら、ほんの少し目を細める。
 男が不当な方法で三つの品物を所持しているというのであれば、それはそれで面白くはない。男が正当な所有者で弥生はそれを狙う現代の怪盗……まあ、いってしまえば泥棒なのだが、それであったとしても、それはそれでまた一興。ただ、あの行動からは鮮やかな手口で警察を唸らせる構図は想像できない。
 飛鳥はベッドの上にごろりと横になると天井を見あげた。それから、手を伸ばし、手紙を手に取る。
『ひとつは陸路、もうひとつは海路、残るひとつの経路は不明だ。私は陸路を押さえる。君は海路をよろしく頼む。乗船券はどうにか手配した。三上。追伸。あまり無茶はしないように』
 飛鳥は改めて文面を読み返し、苦笑いを浮かべる。
「三上さん、彼女はしっかり無茶をしているようですよ……」
 そして、そう呟いた。
 
 船内を見てまわることはせず、部屋でゆったりとした時間を過ごす。
 ソファに腰掛けながら、用意してきた本を読む。
 海が荒れているということがないせいか、それともそれが豪華客船というものの性能なのか、揺れというものをほとんど感じない。本を読んでいて気になることもないし、ふと自分が船の一室にいることを忘れてしまうほどだ。とはいえ、自分の集中力がそうさせているだけかもしれないが。
 区切りがついたところで、ふと顔をあげる。
 部屋に置いてある時計を見やり、時刻を確認した。
 十八時。
 そろそろ、頃合いか……飛鳥は栞と共に写真と手紙が入った封筒を本の開いていたページへと挟み、ぱたんと本を閉じる。その本を手にしたまま、ソファから離れ、部屋をあとにするとメインレストランへと向かう。
 軽食を楽しむ場所は船内の至るところにあるものの、メインレストランだけは一か所のみ。飛鳥はその入口近くのホールの隅に佇み、レストランの入口を見つめる。やがて、あの恰幅のいい男が姿を現し、それに伴い、弥生が姿を現す……と踏んでいるのだが、どうだろう。
 夕飯時となり、次々と乗客たちがメインレストランへと足を運んでいく。子供から大人まで客層は実に様々だと通りすぎる人々を観察していると、見覚えのある一団が現れた。そう、あの恰幅のいい男とそれに従う数人である。彼らも弥生とはまた別の意味で目立つといえば目立つので、見つけ出すことにそう苦労は感じない。
 さて、弥生は彼らの近くにいるだろうか。それとも、尾行に失敗してここには現れないだろうか……あの調子ではそれもあり得るかもしれないと思いつつ、飛鳥は視線を彷徨わせた。
 ……いた。
 が、彼女は彼らに集中していて、とても自分には気づきそうにない……そう判断し、飛鳥は自分から弥生に近づいた。そうしている間に、彼らはレストランのなかへと姿を消している。
「弥生さん」
 驚かせないように、なるべくやわらかに声をかける。
「! あ……」
 呼びかけると弥生は即座に反応して、顔を向けた。その顔には明らかに驚きが見て取れたが、同時に笑みも見て取れた。
「また、会えましたね」
「ええ。奇遇ですね。こんなに広い船内で人がたくさんいるのにまた会えるなんて」
 弥生はにこやかに笑う。封筒のことにはまだ気づいていないのか、それとも既に諦めているのか……飛鳥は行き交う人々の邪魔にならぬように、気持ち、壁際へと寄った。
「奇遇……ではないかもしれませんよ?」
 意味ありげな笑みを浮かべながら言うと、弥生は小さく、えっと声をあげた。僅かにその頬が紅潮する。
「運命かもしれません」
 ……と、いうのは少し気障すぎますかねと言いながら、本を開く。挟んであった封筒を取り出し、弥生へと差し出した。
「これを渡さなければいけないと思っていました」
 どういう反応を示すだろう。飛鳥は弥生の行動を見守る。
「あ……これ……どうして……?」
「先程、ラウンジでご一緒したときに、弥生さん、忘れていったでしょう? 私も最初は気づかなかったのですが……」
「預かっていてくれたんですね。ありがとうございます」
 封筒をそっと受け取り、弥生は言う。
「ええ。それで、ウェイトレスさんに呼び止められまして。僣越ながら、中身だけは確認させていただきました。……すみません」
「いえ、いいんです。……」
 弥生は封筒を手に俯き、僅かに視線を伏せた。
「どうです、折角のご縁ですから私を頼ってみませんか?」
 しばらく弥生の様子を見守ったあと、やんわりとした口調で切り出す。すると、弥生ははっとして顔をあげた。
「これでも結構お役に立ちますよ? ……たぶん、おそらく、もしかしたら」
 そう続けると、弥生はくすりと笑った。
「飛鳥さんって……」
「頼ってみる気になりましたか?」
 にこりと笑みを浮かべると、弥生はこくりと頷いた。
「はい。でも、このなかの手紙を見ると、私が南条さん……ああ、写真のあの人のことなんですが……の宝物を狙っているように思えたんじゃないかと思うんですけど……」
 戸惑い気味な笑みを浮かべながら弥生は言う。
「確かに、そうとも取れる文面でしたね。けれど、それなら、それで」
「え? 私が宝物を狙う泥棒でも構わないんですか?」
 弥生は驚き、目をぱちくりさせる。
「ええ、構いませんよ。あの三つの宝物も、あの男性の所持品であるよりも、あなたの所持品である方が喜ぶというものです」
 少なくとも、私が宝物ならそんな気持ちです……とうんうんと頷きながら続ける。弥生はまたもくすりと笑った。
「やっぱり、飛鳥さんって……でも、あなたなら……力を貸していただけますか?」
 飛鳥を真っ直ぐに見つめ、弥生は言う。
「はい、喜んで」
 答えはもちろん、決まっていた。
 
「封筒のなかの三つの品物は、とある博物館で飾られる予定のものです」
 弥生はやや厳かな表情で切り出した。
 それでは……。
 あれは男の所持品で弥生はそれを途中で奪おうとしている……? いや、まだそう判断するには早い。飛鳥は黙って弥生の話を聞いた。
「個人所有の品物でしたが、寄贈していただけることになりました。南条さんは博物館と所有者さんとの間に立って、話をつける……言ってみれば、仲買人のようなことをしているわけなんですが、ふと三上さんがあることに気づいて……あ、三上さんというのは、博物館の人です」
 手紙を書いた人物で、三つある品物のひとつを追っている存在だっけと飛鳥は文面を思い出しながら考える。
「博物館に並んでいるものが、どうも本物ではないらしい、と。もちろん、博物館に展示する際に複製を作る場合もあります」
「そうですよね。本物は劣化を防ぐために保存、展示は複製であることも少なくはないですよね」
「ええ……でも、今回の場合はそうではなくて……どうやら、本物であった展示品がすりかえられているみたいなんです……」
「そして、裏側で取引がされている、と……?」
 こくりと弥生は頷いた。
「その疑惑の人が、南条さんというわけなんですね」
「はい。南条さんはなかなか慎重な人で、隙を見せなかったんですが……どうにか、今回の情報を掴みました。沖縄でそういった裏側の取引が行われるらしいんです」
「なるほど……確かに慎重な人かもしれないですね……」
 三つの品物をばらばらに運んでいるところにその慎重さの一片が伺える。
「まだ、疑惑でしかないから、あまり騒ぎ立てるわけにもいかなくて……とにかく、証拠を押さえようと、今回、私と三上さんは動きました」
「ふたりだけなんですか?」
 動いている人数の少なさに驚くところだが、それも仕方がないのかもしれない。あまりに大勢であると、相手に気づかれて警戒される可能性もある。
「ええ……あまり時間がなくて……それに、証拠がないから、うかつに人には話せなくて……」
「それで、ここまでの成果はどうですか?」
 尾行で鉢合わせしそうになったり、封筒を忘れたり。弥生の行動の一部を知っているから、結果はなんとなくわかっている。だが、敢えて訊ねてみた。
「それが……その……ええ……」
 弥生は曖昧に答える。やはり成果はあげられていないらしい。飛鳥はほんの少し笑ったあと、こほんと咳払いをする真似をした。弥生が恨めしげに見あげていることに気がついたからだ。
「にわか探偵さんなら、そういうものですよ。今まで、こんな探偵の真似のようなことをしたことがなかったんでしょう?」
「はい……ないです……」
「それなら。けれど、とりあえず、事情は……簡単ですが、呑み込めました」
 弥生と三上は博物館の展示品が偽物にすりかえられ、本物が裏で取引されているらしい事実を知った。
 その疑惑の人物が、写真の男である、南条。
 今回、どうにか手に入れた情報は、あの三つの品物が沖縄へと運ばれ、どうやらそこで取引がされるらしいというもの。そして、三つの品物は別々のルートで運ばれている。判明している二つのルート、陸路は三上、海路は弥生が追うことになった。
 目的は、疑惑の証拠を押さえること。
 そして、弥生は自分と出会うことになる。
 なかなか運が良いみたいですね……飛鳥は弥生を見つめ、思う。もし、自分と出会わずにひとりで行動をしていたら……証拠は掴めないばかりか、下手をすると相手に気づかれて大変なことになっていたかもしれない。……どうにも、彼女は頼りなく……うっかりしているから。
「具体的にはどうしようという計画なんですか?」
「取引をされる前に、運んでいる品物を押さえることができれば、これほど嬉しいことはありません」
「そうですよね。これ以上はない証拠品です」
 飛鳥はやんわりと頷く。
「南条が自分で運んでいるらしいことは、なんとなくわかっているんですが……ここまでに尾行して、どうにか耳にした話だと、今夜、倉庫である人物に品物を見せるらしいんです。そのときに、こっそり……本物を奪い返すことは、私にはできそうにないですから、せめて写真だけでも撮れたらと思っています」
「今夜、倉庫で……品物を誰かに見せる……」
 飛鳥は呟き、考える。
 とりあえず、弥生は……目立つ。少なくとも、自分の目には止まった。それは、華やかな雰囲気のせいだけではなく、その行動にも原因がある。
 南条は本当に弥生の存在に気づいてはいないのだろうか?
 本当は気づいていて……などということになると、弥生が話した今夜の倉庫の状況はまた変わってくる。
 つまり……罠ということも考えられるようになる。
「弥生さん、南条さんとはどれくらい親しい間柄ですか? あ、いえ、どれくらいお互いを見知っているのかな、と」
「私は博物館に出入りをしているといっても、下っぱ……というか、ただの学生ですから、南条さんからして見れば、顔を見たことがある……そんな程度だと思います。すれ違えば挨拶をしますけど、それは誰にでもするものですから……」
「なるほど……ほとんど他人という間柄なんですね」
「ええ。話をしたことも一、二回、それも大したことではないです」
 しかし、弥生はそうは思っていても、相手はそうではないかもしれない。自分の評価と相手の評価がいつでも一致するとは限らない。むしろ、それは一致しないものだ。
「普段の弥生さんは、こういう雰囲気ですか?」
「え?」
「尾行するにあたって、今日は変装とか……普段とは変えようと意識していますか?」
「あ、はい。今日は、いつもより華やかな雰囲気なんじゃないかなと思います。スカートだし……心持ち、お洒落をしている感じです」
 少し恥ずかしそうに弥生は答える。
「とてもよくお似合いですよ」
 弥生はさらに恥ずかしそうに視線を伏せると、小さく、ありがとうございますと口にした。
「さて……ん」
 ふと近くに微妙な妖気を感じた。だが、振り向くというようなことはせず、そのままやり過ごす。
「……」
 そういえば、あの少女が気になることを言っていたような……それも、それは同属であれ、牙を剥くとか剥かないとか。まあ、牙を剥かれたら、剥き返してやれば……。
「飛鳥さん?」
 弥生に呼ばれ、気持ちを弥生へと向ける。あれは通りすぎた。こちらで過敏な反応は示していないから、おそらく気づかれてはいない……だからこそ、あっさりと通りすぎたわけであるし。だが、何かが船に乗り込んでいることは間違いなさそうだ。
「いえ、なんでもありませんよ」
 やんわりと笑みを浮かべ、飛鳥は答えた。
「いつまでもここに立っているのもなんですね」
 周囲の人々はレストランへと向かっている。そう、彼らは既にレストランへと足を運んでいる。今夜の倉庫のことも気にはなるが、ここはひとつ、とりあえず。
「それじゃあ、弥生さん、今度こそお食事を一緒に、ね?」
「はい、喜んで」
 控えめに、だがにこやかに弥生は頷いた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2736/東雲・飛鳥(しののめ・あすか)/男/232歳/古書肆「しののめ書店」店主】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、東雲さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
#1の感じで大丈夫ということでほっと安心しました。展開上、語られてはいませんが、実は、弥生が追っている宝物は呪われているという噂が実しやかに囁かれていたりもします。もし、#3も引き続きご参加いただける場合はプレイングの参考になさってください。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。