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<東京怪談ノベル(シングル)>


雨上がりの休日
■□■

 雨上がりの気持ちの良い朝。台風が過ぎ去った後というのはいつも爽やかだ。
 空は青空が広がり、太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでくる。
 縁樹は大きく伸びをして起きあがるとカーテンを開け、太陽の光を部屋いっぱいに取り込んだ。
 アッシュグレイの髪が差し込む太陽の光に煌めいて光る。青い空を見上げて縁樹は嬉しそうに微笑むと、ベッドを降りてもう一度大きく伸びをする。
 窓を開けると澄んだ風が入ってきて縁樹の髪を揺らす。
 天気がよい日は気分も軽くなるような気がした。
 そして縁樹はまだ寝ている相方の人形を揺り起こす。
「ほら、朝だよ」
『うーん』
「ほら寝ぼけてないで。天気良いし、ご飯食べたら散歩に行こう」

 いつからか始まった縁樹の宛てのない旅。
 しかしその宛てのない旅の途中で縁樹はこの街にたどり着く。
 誰かが誰かを求めて、必要とし必要とされて。
 この街はいつもそんな想いで溢れている。
 縁樹はそんな街が好きだった。
 相方の人形と暮らす日々が大好きだった。

 既に着替え終えた縁樹は珈琲を淹れながら、思いついたように人形に告げる。
「そうだ。途中で1日限定10個のケーキを買って草間さんとこに遊びに行こう」
 草間の名前が出た途端、不機嫌そうな声を上げる人形。
『草間のところって…また変な事件に巻き込まれたらどうするんだよ』
 んー、と暫く考えていた縁樹だったが笑顔で言う。
「ま、その時はその時。大丈夫だよ、きっと」
『そのきっとが当てはまらないから毎回毎回……』
 まだ不服なのかブツブツと言い続ける人形を優しく見つめて、縁樹は淹れた珈琲に口を付けた。



■□■


「えっと、これと、あとコレ。それと限定のケーキってまだ残ってますか?」
 縁樹が巷で大人気のケーキ屋で店員に尋ねると、ニッコリと営業スマイルを浮かべた店員が頷く。
「はい、残り4個ですけど」
「あ、それじゃあ全部下さい」
「はい、承知致しました」

 そうして限定品のケーキを手に入れた縁樹は足取りも軽く草間興信所に向かう。
 しかしご機嫌な縁樹の肩の上で、気の進まない人形はしつこく言い続ける。
『縁樹、本当にアイツのとこに行くの?このまま公園とかで食べちゃった方が……』
「やっぱり美味しいものは皆で食べた方が美味しいと思う。草間さんもきっと今日くらいは美味しい飲み物を出してくれると思うんだよね」
 そんな縁樹の言葉に、うっ、と人形は言葉を詰まらせる。
 縁樹の「今日くらいは」という言葉にいつもの草間の対応の悪さが窺えたが、それでも通い続けているのはお茶のみ友達というより腐れ縁的なものではないかと人形は思う。
 確かに縁樹の言う通り、美味しいものはたくさんの人と食べると喜びも倍増するような気がする。人形もそう思ってはいたが、ただ場所を選んだ方が良いのではないかと思っただけなのだ。いつもいつも例外なく事件に巻き込まれるあの場所を何故選ばなければならないかという疑問が人形の中に残る。
『でも、やっぱり……』
 そう人形が呟いた時、目の前を歩く草間の姿を縁樹が発見した。
「あ、草間さーん」
 ぱっと走り出す縁樹。瞬間的に、縁樹にしがみついて人形は落胆する。
『なんで珍しく出歩いてるんだよ…アイツ。普段もやしっ子のクセに!』
 人形の嘆きもなんのその。
 縁樹は草間に追いつくと草間が手にしているものに視線を向ける。
「あれ?鳥の巣…と雛?」
「あぁ、昨日の強風で落ちたみたいだったから戻してやろうかと」
 そう言って見上げた草間の上には手を伸ばせば届きそうな枝がある。
「そうですね。戻してあげましょう」
 草間の言葉に頷いて縁樹はケーキの入った箱を地面に置いてひょいっと飛び上がる。
 軽々と木の枝に腰掛けて草間から鳥の巣を受け取る。今度は落ちないようにしっかりと設置して満足そうに縁樹は微笑んだ。
「これで良し」
『お前らも落ちるなよー』
 人形が雛たちにそう声をかける。
 そして上った時と同じようにひょいっと枝から下りた縁樹は草間に告げる。
「今から草間さんとこに行こうと思ってたんですよ。今会えるなんてラッキーですね」
「あー、今日も相変わらず暇だったからな。零も居ないし」
 その言葉に縁樹はがっくりと肩を落とす。
「居ないんですか。せっかく限定品のケーキ持ってきたのに」
 はぁ、と溜息を吐く縁樹を人形が励ます。
『冷蔵庫あるんだし帰ってきてから食べて貰えばいいって』
「うん、そうだね」
 そうして三人は草間興信所へと向かったのだった。


■□■

 縁樹がウキウキと限定品のケーキを皿に載せる。
 限定品というだけあって、手の込んだデコレーションでとても美味しそうに見える。
 しかしそんな縁樹の横で草間が入れている珈琲はいつもと変わらずインスタントだった。
『今日くらいはさ……インスタントじゃないと思ったんだけどな。茶菓子は毎度ボク等持ちなんだからもっといいもの出しても罰当らないよきっと』
 その様子を縁樹の肩から眺めていた人形が呟く。その言葉を耳にした縁樹は苦笑するしかない。
「まぁ、もうその辺は諦めてるんだから言わないでよ」
『だから毎回毎回…!』
 もう一度草間について文句を言ってやろうと人形が口を開きかけた時、コンコン、と草間興信所の扉がノックされた。
『開いてるよ』
 草間が言うよりも早く、人形がそう告げる。
「オイオイ…」
 しかしいつもの事なので草間はそれ以上何も言わず、開いた扉を見つめる。
 そこに立っていたのは腰までの長い髪の4歳くらいの少女だった。
 草間の顔を見ると一気にその少女の顔が綻ぶ。
 そして少女はそのまま草間めがけて駆け寄り抱きついた。緩いウェーブのついた髪が揺れる。
「草間さん……その子隠し子?」
『草間、お前何時の間に!』
 縁樹と人形の声が興信所内に響く。
「は?え?…いや、俺は無実だっ!というか、その目は何だ」
 二人に訝しげな瞳を向けられ草間はたじろぐ。
「本当に俺は知らないって」
『信じられないね』
 きっぱりと人形がそう言うと少女が口を開いた。
 ………パパ、と。
 パパという前に口が他の言葉を告げたような気もしたが、次の瞬間にはしっかりとパパと聞こえた。
 そして再度、訝しげな瞳が草間に向けられる。
「…草間さん。案外大人げないんですね」
『認めてやれよ、可哀想に』
 冷たい視線が草間を射る。
「だからこの場合可哀想なのは俺だと思うんだが……お嬢ちゃん、俺はパパじゃないと思うぞー。間違えたんだよな?」
 そう草間が尋ねると少女の目には涙が浮かび始める。
「だってパパだもん……ナルのパパだもん」
 ふぇっ、としゃくり上げた少女を縁樹が抱き寄せる。
 縁樹の胸で自分のことをナルと呼んだ少女は泣き始めた。人形もそんな少女を眺め、それから草間に言う。
『お前なぁ、いくら気が利かないにしたって言って良いことと悪いことがあると思う』
「だから!お前らも俺の話を聞け。そんな覚えはないんだよ、本当に」
 それはそれで淋しい気もしますけど、という縁樹の鋭い突っ込みに言葉を詰まらせる草間。無意識の攻撃ほど痛いものはない。
「とにかく、俺はその子の父親じゃない」
 断固としてそう言い張る草間に縁樹と人形は顔を見合わせる。
 そして縁樹は腕の中で泣きじゃくるナルを見つめた。

「少し多めにケーキ買ってきて良かったね」
 微笑んだ縁樹は人形にそう告げる。
『ねぇ、縁樹。そんなことより……しっかり事件に巻き込まれてるじゃないか』
「あー、そうだね。なんでだろうね」
 おかしいなぁ、と縁樹は草間の膝の上で幸せそうにケーキを頬張るナルを眺める。
 草間は困惑顔で二人に助けを求めていた。
「美味しい?」
 縁樹の問いかけにナルは大きく頷く。
「おいしいっ!」
 食べ終えたナルは縁樹の肩に座る人形に興味を持ったようで縁樹の側へとやってくる。
 やっとナルから解放された草間は、どっと疲れたようにソファにもたれ掛かって溜息を吐く。
「おしゃべりするの?」
 きょとんとした表情で縁樹に問いかけるナルは普通の子供と変わらないように見えた。
『おぅ。話せて投げナイフも得意な人形。って…そうそう、コレは聞いておかないと。ナルはどこから来たんだ?』
 しかし人形の問いかけに答えず、ナルは人形の後ろに付いているチャックを発見しそれを下に引く。
 人形自身ではなく、人形のチャックに興味の対象が移ったようだ。
『ちょっ……待て、待てってば!止めろって!』
 手を入れてごそごそと人形の中を探りはじめるナル。
 手に取ったものを外に出しては物色する。
「お菓子ー!わー、何だろう、コレ。重いねー」
 縁樹の愛銃コルトトルーパーMkV6インチだった。もちろん、弾は入っているし本物だ。
 底なしの人形の背中にあるチャックの中の空間。そこの一番奥に隠してあるコルトを捜し出すなんてナルはよっぽど運が良いのだろう。
 それまではのほほんと傍観していた縁樹だったが、それを見て慌ててコルトをナルから取り上げる。
「コレは僕の大切なものだからごめんね」
 うーっ、とまた泣き出しそうなナルに縁樹は自分のケーキを差し出す。
「ほら、泣かないで僕とお話ししよう」
 ケーキと優しい縁樹の言葉につられてナルはすぐに笑顔になる。
 意外と子供の扱いは上手いのかもしれない。

「ナルちゃん、一人でどうやってここまできたの?」
「歩いて!」
「そうなんだ。大変だった?遠くから来たんでしょ?」
「ううん、とっても近いの」
 その言葉にチャックの中に引き出されたものを草間に仕舞わせていた人形は顔を上げる。縁樹は人形を見つめるが、すぐに会話を終わらせてしまわないようその先をナルに続けさせる。
「近いの?それじゃナルちゃんのお家はどこ?」
 そう尋ねるとナルは窓へと走っていく。
 それに縁樹たちも続く。
 興信所の窓から見えるのは近くの公園だった。
 そしてナルが指さすのもその公園の一角。
「ちょっと待って。ナルちゃんの家は公園?」
 こくん、と頷くナル。
『草間、お前いくら金がないからって……』
「だから俺は無関係だって」
 じとーっとした目で草間を見る人形に草間は左右に首を振って無実を訴えた。
 その時、縁樹は先ほどナルを抱きしめた時に感じた違和感を思い出す。
 ナルの背中に固い感触と柔らかい感触を感じたのだ。
 まるで羽でもあるような……。
 そこまで考えて縁樹の思考回路がかちりと噛み合う音が聞こえる。
「…草間さん、僕分かっちゃいました」
「何が?この子が誰か?どっから来たか?」
「んー。とりあえず全部かな?…ちょっといいかな?」
 縁樹は、ナルに背中を見せて、と告げる。首を傾げながらもナルは頷いた。
 縁樹が淡い色のワンピースのジッパーを少しだけ下ろすと、そこから小さな羽が現れる。
「羽???」
『草間、お前ついに人を越えたのか』
「ちがうっ!」
 人形の突っ込みを全力で否定した草間だったが、自分でもその羽を見て何かを思い出したようだった。
「草間さん、今朝鳥の巣を拾い上げた時に、雛が孵ったりとかしませんでした?」
「……ぼーっとしてたからあんまり記憶は定かじゃないが、割れた卵が一つあったな。落ちた衝撃で卵が割れたのかとあの時は思ってたんだが」
 確かめなかったからよく分からない、と言う。
『それだよ、きっと。鳥って一番初めに見た奴の事を母親だって思うらしいし。だからさっきパパって言う前に一瞬口籠もったのか。ママって言いたかったのかな?』
「その時からお前気づいてただろう……俺が父親じゃないって」
 なんのこと?、と素知らぬフリで人形は縁樹の肩に這い上がる。
「とりあえずね、この子は多分その時の雛で家は今朝僕が設置し直したあそこでしょう。ただ、どうして人間の姿になってるのか……」
 縁樹がナルの方を向くとナルはまたしても泣き出しそうになっている。
「大丈夫。怒ったりしないから」
 安心させる笑みを浮かべた縁樹の服をぎゅっと掴むナル。もうすっかり懐かれているようだった。
「ナル……会いたかったの。朝に巣を拾ってくれた人に。ナルね、一生懸命殻を破ってるとこだったの。途中ですごい衝撃が来てビックリして……暗い夜がやっとあけて朝の光が中途半端に壊した殻の中に入ってきて。そして持ち上げられた感覚でナル、穴から顔を出したの。そしたらパパが居て」
 あのままじゃきっと死んじゃってたから、とナルは告げる。
 その時人形が、ぽんっ、と縁樹の肩からナルの頭に飛び移った。
 綿100%の人形が勢いよく飛び降りたところでほとんど衝撃はない。
 そして人形は小さな手でナルの頭を撫でた。
『いいんじゃない?今ちゃんと生きてるんだし、ちゃんと会えたんだし』
 たまにはいいことするよな、と人形は笑う。
「珍しく外に出て良かったですね、草間さん」
「お前ら二人して俺のことを誉めるのかけなすのかどっちかにしてくれ」
 項垂れた草間にナルが駆け寄って抱きつく。
 突然加速をつけられ人形は後ろに転がり宙を舞うが、上手い具合に縁樹が人形をキャッチする。
 抱きつかれた草間は驚いた表情で小さな少女を見た。
「ありがとう、パパ。本当はそれだけ言いたかったの」
 幸せそうに微笑んで、ナルは草間から離れるとバイバイと手を振る。
「あぁ、元気でな」
『随分間抜けな挨拶だな』
 人形の言葉に縁樹は苦笑する。
「ナルね、空の上からパパの事見てるから」
 笑顔を浮かべてナルは満足そうに草間興信所を去っていった。


■□■

「はー、なんか台風みたいな子だったね」
 縁樹が自分でお茶を入れながらそう言うと人形も続ける。
『ほんと、台風が去った後の気分』
「その渦中にいた俺の方が大変だ」
 はぁー、と溜息を吐いた草間はソファーにぐったりと沈み込む。
『毎回毎回事件に巻き込まれるボク等の方が大変だと思うんだけど』
 しかも原因はいつも草間でボク等は巻き込まれてるだけ、と人形が反論する。
「体質だと思って諦めてくれ」
『諦めきれるわけないっ!』
 そんな草間と人形の会話を楽しそうに眺める縁樹。
「今日も天気良くて気持ちが良いね」
 窓辺に座った縁樹が笑顔でそう呟く。
『ほんとにね。天気だけは最高』
 人形はそう相づちを打ちながら、縁樹がこの中で最強だと思う。
 何か事件があっても最後にはこうやって幸せそうに微笑むのだ。
 事件に巻き込まれることすら楽しむかのように。
 毎日の日々の中で、小さな幸せを見つけて。

 そんな事を人形が思っていると、ぽん、と手を叩いた縁樹が草間と人形を振り返る。
「今度、草間さんも一緒に公園でピクニックなんてどうですか?」
 そしたらあの子にも会えるかも、と縁樹が言う。
『縁樹、ボク等だけにしようよ。ピクニック……』
 顔をしかめた人形を諭すように縁樹が告げる。
「ピクニックは大勢の方が楽しいんだよ」
『う…そうだけど。でも毎回同じメンツじゃ……』
 一度は引き下がるが、やっぱり腑に落ちないらしい。
 今日も結局は事件に巻き込まれてしまったのだから。
「仕方が無いじゃない。僕等と草間さんはお茶飲み友達なんだから」
 爽やかな笑顔でそう締めくくられると人形には反論することすら出来ない。
 やっぱり縁樹は最強だ、と人形は小さな溜息を吐いた。