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<東京怪談・PCゲームノベル>


『花唄流るる ― 窓を1cm開けて、あたしは風の音を聴きます ― 』

 昔、ここには病院があって、あたしはそこに入院していたのよ。

 うん、そう。あたしは肺の病に犯されていたの。

 ここにはたくさんの同じ病の子がいたわ。

 それでなんでかわからないけど、あたしはその子らのお母さんであり、お姉さんであったの。

 訳なんかわからない。気付いたらあたしはそういうポジションにいたの。

 ねえ、何でだと想う?

 あたしがそう訊くと、その人は銀色の髪を揺らして小首を傾げた。さらりと揺れた前髪の奥にある青い色の瞳が柔らかに細まる。そして薄く形のいい唇が静かに動いた。

「それはあなたが優しいからでは?」

 優しい? 優しい…ね、さあ、どうなんだろう?

 自分ではそんな自覚は無いわ。だって誰かがやらなきゃならない事でしょう? なのに誰もやらない。だからあたしが代わりにそれをやってただけよ。そういうのあたし、性格的にダメなの。誰かがやらなきゃならない事を誰もしないで、それがそのままになってるのって。それでしょうがなくあたしがやってただけ。
 それでやるとなったら、やらなきゃならないから、だからそれを一生懸命やってただけ…って、何を笑っているのよ、白さん?

「いえ。ほら、やっぱりあなたは優しいですよ。優しくなければそんな事はやれやしない。それに子どもの人を見分ける目というのは正しいものですよ。子どもに好かれる人は心根が本当に優しい人だ」

 そんな事無いわよ。あたしって嫌な女なのよ? ええ、それはもう悪女。

「照れてるのですか?」

 うるっさい。あなたって、意外と意地悪?

「さあ、どうでしょう」

 そう言って白さんは形の良い唇に軽く握った拳を当ててくすくすと笑った。


 ――――――――――――――――――――

 それはいつ頃の事だったかしら?

「いつ頃って、ちゃんと時を把握していないのですか?」

 うーん、たとえばコップに水を注いでいって、その許容量を越える量を入れたら、零れてしまうでしょう?
 それと同じよ、記憶だなんて。
 私は神。【享楽】の神。古の真名すら忘れるほどに生きているのですもの。些細な事なんか忘れるわ。

「見かけによらず、年寄りなんですね、真さんって。若作り?」

 って、何をくすくすと笑っているのよ? 最近、またいい性格になったんじゃない、まあやちゃん?

「あははは。褒められちゃった」

 褒めてないわよ。まあ、いいわ。
 そう、永久という時を生きる私にとって今を生きる人間なんか、ほんの一瞬擦れ違うだけの影のようなモノ。
 いちいち覚えてなんかいられない。
 いえ、覚えたくなんかないのでしょうね、きっと。

「・・・真さん」

 そんな顔しないで、まあやちゃん。それでもね……
 ………うんそう、それでも時折、深い水の奥底から泡が浮かんでくるように、昔の記憶が唐突に浮かび上がる時があるわ。


 そう、たとえば擦れ違う人間の鼓動の音。
 人の心音は違う。ひとりひとり。そう、その脈打つリズムは千差万別。人の数だけ存在する。
 それでもそう、私の生きた長い時間という時・・・間の中ではそれは起こりうる偶然なのよ。
 ほんのごく稀に私の耳朶にはかつて聴いたことのある心音が聴こえる時がある。
 その時には記憶が浮かぶわ。
 私が触れた人の温もりが、
 私に触れた人の温もりが、
 私がその人に触れた時の吐息、
 私の身体に触れた吐息、
 交わした何気ない会話、
 共にすごした泡方の時、
 そんな脆くも儚いモノがどうしようもなく浮かんで、


 そして私はどうしようもなく寂しくなるのよ。
 ――――残されていく悲しみを覚えて。


 それにそう、匂いでもそうなのよ。
 さっと人と擦れ違う時に、風が運ぶ香り。
 その人の魂が香らせる匂いだって私の心を悶えさせるわ。
 そう、私だけではなく、
 しんや、
 さなの心だってね。


「皆、あなたを残して逝ったのですね。そしていつかあたしも・・・」


 そうね。いつかあなたも私を置いて逝くのでしょうね。
 この時に生き、今と言う中で私が触れ合っている者たちに私はまた置いて逝かれるのでしょうね。
 確かにそれは私の魂に傷をつけていく。
 それが嫌じゃない訳が無い。
 それはとても哀しいわ。
 それはとても苦しいわ。
 だけど私は神。
 そう、神なのよ。
 だから私は人を見届ける神の義務があるのよ。
 どんなに目を逸らしたくってもね。

「神の義務、ですか? それが要するにあなたの運命だったと言いかえれますね。だけど義務に縛られるのって、たまらなく心が悲鳴をあげませんか? 真さん。それは……運命に縛れていると言う事は………それなら人は…どうして生まれてくるのでしょうか? あたしは運命論って嫌いです。だってそれは要するにあたしが恋をしたら…それは要するにそうなるように予め決まっていたからで、それじゃあ、それに対するあたしの恐怖とか、それを乗り越えるために奮った勇気とか…そういう大切なモノが何もかも無意味なモノのように感じてしまう。白々しく感じてしまう。それではいつか空を飛ぶ鳥すらも、そう見えるように運命付けられていたあの空の蒼さに白々しさと嘲りを感じて、飛ぶのをやめてしまう。白々しいのは人の言葉だけで充分です。話半分にしか聞けないのは人の言葉で充分。それ以外のモノはあたしはすべて信じたい」

 あら、でも今のあなたには紡いでくれた言葉すべてを信じたい人ができたでしょう?

「それは・・・・どうしてもそっちに話を持っていきたいのですか?」

 あら、嫌だ。そんな睨まなくってもいいじゃない。じゃあ、その事には触れないで、っと。だけどさ、まあやちゃん。確かに人の中には話半分にしか聞けない人っているわよね。口先だけの人。だけどそれって、その人自身の人間性の問題よね? 人間すべてが話半分でしか聞けない…その場のノリだけでただ調子を合わせてしゃべってるだけの薄っぺらい奴ばかりではなく、どんな時も真摯に自分の想いを紡ぎ、自分が言った言葉に誠実であろうという人はいるでしょう? たとえ相手が自分に対して不誠実な人間でもそれでも誠意を持って、当たってくれる人っているじゃない。

「それは・・・まあ、いますね、中には」

 そうよ。人間だってまだまだ捨てたもんじゃないわ。

「と、言うか。あなたはどうしてそんなにも人を…人間を信じられるのですか? 人はそんなにも清い…神であるあなたがそんなにも信じるに…好意を持つに値するべき生き物ですか? たとえば旧キリスト教の教えにはこんなものがあります。人はこの地上の管理者として神に創生された地上の番人であるから、この地上すべてのモノを自由に扱っても良い、と。それでそれを信仰していた人間はたくさんの動物を虐殺した。自然を破壊した。その教えを大義名分にして。今だってこうしている間に何の罪も無い人は死んでます。政治家や支配者の己が欲望を覆い隠すための大義名分によって。同じ人間の手にかかって。人は本当に取るに足らない理由で平気で人を殺せる。そんなモノをなぜにあなたはそうも信じられるのですか? あなたの長い生、人に裏切られた事もあったのでは?」

 はぁー。あなたは痛い所をさらりとつくわね。
 そうね。確かに人は人を殺す。
 他の動物は、自分がその日生きる分しか殺さないのに。だけどそれはそれだけの能力しかないってだけで、それ以上の能力さえあれば殺しているという説もあるけど。
 人は人を裏切る。
 ええ、そうね。私にも確かにあったわ、そういう事。そう、あった………
 その逆に私が人を傷つけた事もね………


 ――――――――――――――――――――


 あたしは嫌な娘よ、本当に。とてもね。

「何を後悔しているのですか?」

 え?

「後悔しているのでしょう、何かを? あなたはとても悲しそうだ。見ていると胸が張り裂けそうになるぐらいに痛くなる。だからそんな姿にまでなってここにいるのでしょう?」

 やっぱり、白さんって優しいわ。そんな風に人に共感できるのですもの。だけどあたしはダメ。そうやって共感はできなかった。自分の想いが先に立ってしまった。醜い嫉妬と言う想いでいっぱいになってしまって……。
 うん、あたしは自分が一番じゃなきゃダメだったのね。
 あたしは皆のお母さんであり、お姉さんだった。
 心の中でどうしてあたしがこんな事しなきゃならないのよぉ、
 とか、
 どうして誰もあたしの気持ち、言ってる事をわかってくれなくって、
 なんであたしの想いや行動に応えてくれないのよぉ、
 なんて・・・酷く子どもじみた発想しかできなくって、
 それであの悲劇を招いてしまった。
 後悔しているというなら、そう。
 あの日、あの時、どうしてあたしはあんな事をしてしまったのだろう…ってそれだけ。時間が戻るなら、そしたらあたしは何よりも先にその時の自分に伝えたいわ。馬鹿な事はやめなさいって。
 そうよ。そう。ただそれだけ…それだけなんだわ。
 あたしはそれを酷く後悔して、こんな姿にまでなってここに残ってる。
 それだけあたしは酷い事をしてしまったのよ……。

「何があったのですか? 僕でよければ聞かせてください。一人で悩むよりも二人で悩んだ方がいい。その方が解決策が浮かぶし、心も軽くなれる」

 同じ事を言っている。

「え?」

 あの人と・・・。


 ――――――――――――――――――――

 時は大正12年でございました。
 少女、諏訪原・都は肺を病み、病院に入院しておりました。
 その病院には数多くの子らが同じように結核に苦しみ、家族から離されてその病院に隔離させられていました。
「都お姉ちゃん、鶴折って」
「わ、わたしも欲しい。わたしも」
「ああ、はいはい。順番ね。って、こら、ゆかや。ダメじゃない。おしっこならおしっこって言わないと」
「うわぁーん」
 そんな感じで都は身体が楽な時は、幼い子どもらの世話を焼いておりました。
 それが彼女の性であったのでしょう。彼女は13という年の頃なれど、幼き頃より身体が病弱であったので、そのせいでどこか人から見放されぬように自分の周りの人が望む自分を演じる、という事をしていたのです。無意識に想っていたのでしょう。そうすれば、誰も自分を見放さぬと。
 そんな感じでしたから、彼女は誰にも自分が本当はどれだけ苦しいのかと悲しいのかとか、そういう事は一切口にせずにただ健気にがんばっておりました。
 だから周りの人間も彼女のそんな弱さと言う優しさに気がつかずに、ただ甘えておりました。それがまた彼女を追い詰めているとは知らないで。
 それでも人は誰かに優しくすれば当然に無意識ながらにその代価を求めてしまうものです。
 声をかけたのなら、声をちゃんと返して欲しい。
 優しさを与えたのなら、優しさを返して欲しい。
 気遣うのだから、気遣って欲しい。
 そう、都という少女は、幼き頃より自分が病弱だと言う事に負い目を感じて生きてきましたからそういった想いが人一倍強かったのでございます。


 あたしは愛する分だけ、愛して欲しいの・・・


 それは人として当然の欲求でしょう。
 誰もが持っている感情。
 都はそれが人よりも数倍強かった。
 だけど都は人から嫌われる事をだからこそ何よりも恐れていたのです。
 文句も言えませんでした。
 泣き言も。
 ただ心の中に溜め込んでいったのです、彼女は。


 どうして誰も聞いてくれないのだろう、あたしの声を?
 ――――あたしは皆の声を聞いているに・・・


 どうして返してくれないのだろう言葉を?
 ――――あたしはたくさん言葉を送っているのに・・・


 どうして応えてくれてないのだろう?


 どうして報われないのだろう?


 どうして…どうして………どうして…………


 たとえば病院の廊下で都は子どもらの相手をしている。
 とても優しくその子の言葉を聞いてやって、
 世話も焼いてやる。
 都は想う。
 ああ、この子はこんなにも自分を頼ってくれる。だったら自分の言葉もこの子には届くのだろうかって?
 だけどその子はさあ、都がその胸にある想いを告げようとすると、さぁっと消えてしまう。大好きな看護婦さんとか、他の子どもの所に行ってしまう。
 その姿を見送って、
 独り廊下に残されて、
 そして彼女は想う。ああ、あたしって何なんだろう…って。あれだけやってあげたのに…って。そしてそう想ってしまう自分がとても悲しくなって、それでとぼとぼと自分の病室に戻るのです。
 都の病室は個人部屋でした。都は実は政治家の娘なのです。ですが決して都は親の愛情を一身に受けられた訳ではございません。都の容姿は悪くはありませんでした。病弱で肺を患っていても、その美貌は失われる事はありませんでした。性格も控えめ。頭も良い娘でした。人の世話も焼ける。そんな娘。そうただ身体が弱かっただけ。だからこそ余計に疎んじまれたのです。父親や兄に。
 女とはこの時代は…特に政治に携わる者にとっては上へ行くための道具でしかなかったのですから。それでもただ病弱なだけであったのなら先に述べた通りに都は美人でしたから、まだ使い道はいかようにもあったのでしょうが、哀しい事に彼女は肺を患ってしまいました。それはこの時代ではもはや決定的な事だったのです。
 故に彼女はこの病院に隔離と言う名の下に捨てられたのです。そしてそれを一番にわかっているのも都でした。
 だからこそこの病院に来てからの都の周りの人の望む自分でいなければ、という想いは強くなったのです。
 そうして都はどんどん自分を追い詰めていってしまったのです。
 だけどそんな都にも楽しみがありました。
 それは病室の窓をほんの1cmだけ開けておく事でございます。ただそれだけでそこから聴こえてくる風の音は他の音とは違っておりました。
 都はその音が大好きでした。
 風が都に語りかけてくれているような気がしたのです。
 風のある日だけ、都は都だけの病室が、だけど他の誰かと一緒にいられるように感じられました。
 そうして彼女は過ごしていたのでございます。
 しかしある晩の事、いつものように都が「どうしてあたしだけ? なんで誰も気がついてくれないのだろう?」とひとり布団の中で両足を抱え込んで丸くなっていると、

 あらあら、悩み事? それは尋常じゃないわね♪ どれ、私に話してごらんなさいな。

 と、言う声が聞こえたのです。
 都は驚きました。声は女性のもの。だから都に惚れた男が逢瀬を楽しみたくって夜這いしに来たのではないことはわかりましたが、それでも怖い。彼女はがちがちと震えております。

 怖がる事は無いわ。誰もあなたを取って食べたりはしない。

 声はそう言ってます。だけど都は気がついています。この部屋に誰の気配もしない事に。とうとう自分は幻聴が聞こえるぐらいに狂ってしまったのかと不安になりました。

 んー、ダメね。どうやったら怖がるのをやめてくれるのかしら? まあいいわ。いきなりってのも確かに無理な話よね。それじゃあ、また来るわ。

 見知らぬ者の声はそう言いました。
 そしてその瞬間に都は跳ね起きたのでございます。
「待って、行かないで!!!」
 そう都は叫びました。矛盾した話ですが、確かにその突然に聞こえた身も知らぬ声は実に恐ろしかったのですが、しかし嬉しくもあったのです。なぜならその声は都にだけかけられた声だったのですから。

 あらあら、私はここにいても良いの?

 都はそう言う誰かを探します。でもおりません、誰も。
 そして彼女は気がつきました。
 その声は1cm開けた窓の隙間から聞こえてきていることに。
 都は驚きました。
 風が本当にしゃべっているのです。
「風、なのですか、あなたは?」
 都はそう訊きました。

 ええ、そうよ。私は、風。

 そうして一陣の強い風がその隙間から病室に入り込んだかと想うと、そこにはひとりの若い女がおりました。夜の帳ゆえに白き肌が目立つ見目麗しい女でございました。都は同じ女性ながらもその人の美しさに眼と心を奪われてしまいました。
「物の怪故の美しさでしょうか?」
 そう都が漏らすと、その人はくすりと笑いました。軽く肩をすくめながら。
「物の怪、って、あのね。私は神なのだけどね」
 その女は都に風祭・真と名乗りました。
 真は姉と言うよりも母親のような強い母性を感じさせる女性でした。
 人の愛に飢えていた都は、だからこそ受け入れてくれる真の事が好きになり、深く慕うようになっておりました。
 それから毎晩、都は真が来る夜を楽しみにし、色んな事を話しました。
 幼い頃に飼っていた猫が死んでしまって、死、というモノを深く感じて、夜、布団の中でずっと死が怖くって泣いていた事。だけど今は早く死んでしまいたいと想っている事。
 自分は嫌われたくなくって、相手の事を想って、優しさで言ったのに、それを勘違いされて嫌われてしまって哀しかった事。
 たくさんたくさん、他の誰かに言ったら引かれてしまいそうで怖くって言えなかった事を真に話しました。真はそれをただ黙って聞いていてくれたのです。それが都には嬉しかったのです。
 都は本当に真を深く慕いました。だけど………故に悲劇は起こってしまったのでございます。


 ――――――――――――――――――――

「どこかしんさんの昔の物語や、前に聞いた真さんのお話にも重なりますね?」

 ええ、そうね。だからこそ、私も彼女に声をかけたのよ。あの二人を思い出させる彼女に。
 だけどそれはやってはいけない事だったのかもしれない。
 私は彼女が必死に押し込んできたモノを中途半端な優しさで開けてしまったから・・・。
 誰かに優しくするなら、優しい言葉をかけるならそれに己が全てをかけなければダメなのかもしれない。その人のすべてを受け入れてあげられないなら、わかってあげられないなら、優しくするべきではないのかもしれない。
 そう、私がした事はそういう事だったのよね。
 私は彼女に取り返しのつかない事をして、傷つけてしまった。

「真さん・・・それは違うと想いますよ。だって、ほら、あたしがここにいるじゃないですか・・・。あたしは・・・嫌いじゃないですよ、真さんの真さんらしいところ。ただ・・・そう、ボタンをかけ間違えてしまった・・・そういう事なんでしょうね、都さんの事は・・・。お互いに・・・。だからこそ、終わりがそうだったけどだけど、あなたが彼女にしてあげた事すべてを否定するのは間違いだわ。だって楽しい時・・・二人笑えた時も確かにあったでしょう? 終わり良ければすべて良し・・・終わりが悪くってもその過程は大切にしなければその時間がかわいそうだわ。そう、二人とも」

 まあやちゃん・・・。ごめん。ありがとう。


 ――――――――――――――――――――

 風祭・真はその夜、綾瀬・まあやと別れてから、風に乗り、空を飛んでおりました。
 まあやとの会話から思い出された記憶・・・諏訪原・都。かつて自分がどうしようもなく傷つけてしまった娘。できるならば時を戻したいと想った事もしばしば。だがそれで何ができましょうか?
 ボタンの掛け間違え・・・確かにそうだと想いました。だけどどこで何を間違えたのか、真にはわかりません。長き生ゆえに自分は何かが欠けてしまったのか、それともそれが生きるという事の性であるのか・・・。真にはわかりませんでした。


 そうして運命の歯車は噛みあうのです。がしりと。
 綾瀬・まあやは言いました。運命論は嫌いだと。そうなる事が予め決まっていたのなら、それまでの事がすべて無意味に思えてしまうと・・・。
 ですが生とは時にはどうしようもなくそういう法則に乗ってしまうのです。それは詮無き事。


 真は【神】。【享楽】
 陰陽五行において真という存在の属性は【火】に値すると申して良いでしょう。
 そして白は【木】。または【水】。

 五行の循環。
 木は火を生む 木は燃えて火を生み

 火は土を生む 火は灰から土を成し

 土は金を生む 土はその内部に金属の原石を内包し

 金は水を生む 金属板を良く磨くとその表面には水滴は生かび、

 水は木を生む 水は植物を育てる。


 【木】は【火】を生む。
 【水】は【火】を消す。
 故に運命はそう動く…決められていたのでしょう。
 それは必然の風。
 風に乗って空を舞う真。
 過去の苦しみに息苦しさを感じた彼女は故に、地上の香りがしない場所まで行きたいと、強く強く強く風を起こしました。
 成層圏まで浮かび上がれるほどに。
 そうしてその香りを孕んだ風は真の鼻腔をくすぐったのです。
 真はその香りに目を大きく見開きました。
 そして己が身体を維持できずに、重力の法則に乗っ取って、地上へと落ちていくのです。


「雨?」
 白は自分の頬に落ちた水滴を感じました。
 そして空を見上げます。
 深い藍色…深海と同じ色の空。そこに輝く幾千億の星々。そしてそこから落ちてくる女。


 女?


 白は慌てました。だが、その女は妖の類なのか風を操り、白の目の前に降り立った。頬を一筋の涙で濡らしながら。そして女はおもむろに言った。
「教えなさい」
 詰問する。
「その香りはどこであなたについたの?」
 少し興奮しているようだ。
「落ち着いてください」
 白は銀の髪の下にある顔にふわりと優しい表情を浮かべました。
「あなたは風祭・真さんですね」
 女…真は青い瞳を大きく見開き、次に警戒の表情をしました。普段の彼女ならば、白から吹く風に、敵意があるかどうかわかるのですが、今の彼女にはそんな余裕は無かったのです。
「どうして私の名前を知っているの?」
 鋭く細まる真の青い瞳と、柔らかに細められる白の青い瞳。
「諏訪原・都さんに聞きました」
「やっぱり・・・でもどうして・・・あの時からもうどれだけ経って・・・・・」
 そして真は白の言葉の意味する事に気がつき、またぼろぼろと涙を流しました。
「馬鹿な娘・・・」


 ――――――――――――――――――――

 都にとって真はとても大切な人でした。
 真は都にとって一番でした。
 だけど・・・
 最初は二人だけの仲だった真。
 しかしすぐにその存在は子どもらの知るところとなった。
 真は優しい。
 真に母性を感じたのは自分だけではなく、
 あっという間に真は子どもらの人気者となった。
 それが都には哀しかった。とても。
 だから彼女は・・・・・・


「あれから随分と時が経ったわね、都」
 優しい声。
 あの時とちっとも変わらない。
 都の前に立つ彼女、風祭・真。
「うそ、どうして・・・?」
 都は大きく目を見開きました。大きな大きなヤマモモの樹の枝に乗っていた彼女はふわりと地上に舞い降りて、そしてあの頃とちっとも変わらない真の頬に震える手で触れるのです。
「言ったでしょう、私は神様だって。なのにあなたは・・・」
 そこで真はくすりと笑いました。とても哀しそうに。泣き出す寸前のように。
「馬鹿ねー、あなたは。あんな事なんか気にせずにさっさと逝けばよかったのに。それなのにこんな姿になって・・・」
「だってそんな・・・あたし・・・・・あたしのせいで真さん、死んじゃったと想って・・・ごめん。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ふぇ、ふぇーーーーん」
「馬鹿。怒ってるなら、あなたに逢いになんか来るわけないでしょうが」
 真はぎゅっと抱きしめました。
 成仏できないあまりに、関東大震災によって火事になってしまった病院に入院していた子どもらの慰霊のためにその跡地に植えられたヤマモモの樹に宿ってしまった都の魂を。
 そして半透明だった都の身体は真の腕の中で、すぅーっと消えていくのです。
 最後に消える前に都は真の豊かな胸の谷間に顔を埋めたまま、ずっとずっとずっと言いたかった事を言っても良い? と真に訊きました。そして真はそれに頷き、そして都は最後にそれをとても幸せそうに呟くのです。真にそっと愛おしげに優しく抱きしめられながら。
 そうしてあの大正12年 9月1日 関東大震災で亡くなった諏訪原・都の魂はようやく成仏でき、その日よりずっと苦しんでいた・・・宙ぶらりんになっていた真の痛みも消えたのでした。


 ――――――――――――――――――――
【ラスト】

「僕は樹木の医者。ここの管理者の方に、ヤマモモの樹を往診してくれるように頼まれて、それでここに来たのです」
 そして白は都と語らい、故に彼の体には都の魂の残り香が染み付いていたのです。それを真は嗅ぎ取った。偶然と言えば偶然。だけどそれが必然。それが世の法則。
「そう」
 真はヤマモモの樹にそっと触れていた手を離すと、公園になっているそこを・・・かつては病院があったそこを、かつての間取りを思い出しながら、歩きました。
 真が立ち止まったのは、掃除道具やら色々しまう倉庫があった場所でした。
 あの9月1日。真はここの倉庫に子どもらとかくれんぼをしていて隠れていたのです。
 そしてその倉庫の鍵はしかし誰かによってかわれてしまいました。そう、それをやったのは都でした。
「後悔してました、彼女。・・・・寂しかったんだそうです。裏切られたような気がしたそうなんです。そんな焼きもちが彼女にそれをさせてしまったのですね」
「ええ、わかっていたわ、あの娘の気持ちは。だけど私はあの娘の母親にはなれない・・・そう想っていたし、それは今でも正しい。だからあえて私が他の子と仲良くする事に焼きもちを妬く彼女に何かを言おうとはしなかった。それがいけなかったのね。ほんと、私って優しくないわね」
「だけどそれもまた、その時にあなたがしていた事も優しさだと想いますよ?」
「ありがとう」
 真は鍵をかわれた倉庫で都を待っていた。
 だけどその日、その時、大正12年9月1日という運命の日に、関東大震災という後の世に名前を残すような大きな地震が起きてしまい、
 そして真は確かに倉庫の扉の向こうから、真を助けに来た都の・・・しかし、断末魔の悲鳴を聞いてしまったのだ。
 それで真はその場に泣き崩れて、何もできず、気がついたら、何かの力が発動したのか、日本とは別の地にいた。
 それからずっと傷があった。宙ぶらりんになっていた。見ないふりして、忘れたふりしてきた。だけど時折、どうしようもなく痛くなった。
 だけどその痛みは今日、消えた。
 真は星空を見上げる。
 いつか死が怖いと言っていた都に真が言った言葉。


 人は死んだら星になる。だからあなたは星となって、永久と言う時間を生きる私を見つめていて、と。


 きっとあの娘はだから星となって自分を見ていてくれているはず。
 あの一際明るい星であろうか?


 そして彼女はそう言ったら、こうも言っていた。


 窓を1cm開けて、あたしは風の音を聴きます。
 ――――だからどうかもしもまたあたしがこの世に生を受けたら前のようにあたしに語りかけてください。


「ええ、きっとまた必ず語りかけるわ」
 真は白と共に夜空の星を見つめていた。


 ― fin ―





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1891 / 風祭・真 / 女性 / 987歳 / 『丼亭・花音』店長/古神



 NPC / 白



 NPC / 綾瀬・まあや


 


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、風祭真さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


『花唄流るる』白さんご指名ありがとうございました。^^
綾瀬・まあやも急遽ださせていただきました。



また例によって、肺結核の少女と真さんとのストーリーを書かせていただきました。
2度ある事は3度ある(1回はしんさんですが)。
過去の触れ合いゆえに、今回も見逃せなかった真、という具合です、自分では。
それと出会い希望とありましたので、それでは真さんの苦しみを救う役を白さんにやってもらいたいと想い、
こういうお話に。
真さん、白さんにとってみれば偶然のなせる出会い、という感じですが、それでも白さんがヤマモモの樹に行き、
そこで少女と出会わなければ、こういう事にはならなかったのですよね。
人と人との出会いが引き起こす想ってもみないような出来事・・・よく、事実は小説よりも奇なりと言いますが、
やっぱりあると想います。
僕もまあやと一緒で運命論って嫌いなんですが、
それでも確実に偶然に出会った人の影響をすごく受けて、
そしてその道に入り、
そうなるとしか決まってはいなかったのでは?と想えるようなすごい事になっている友人が一人おりますからね。
本当に出会いとはすごいと想います。


今回は書き方の手法もいつもとは違う事をやったので、それでも楽しんでいただけていたらと想います。^^

そして真さんと白さんの出会いに満足していただけ、何かしらを感じていただけていたら、
過去の清算をする事ができた真さんに何かを感じていただけていたら、嬉しいです。


それでは本当に今回もありがとうございました。
またよろしければ書かせてくださいませね。
失礼します。