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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


あやかし遊戯


 晴れた昼下がり、里見佑介は本日あやかし荘に入居するため、小さなスーツケースを片手に管理人室にやってきていた。
「ごめんください」
 なんとなく人の気配がしないことはわかっていたが、いちおう声をかける。
「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいませんか?」
 ……返事がない。1分間ほど待ってみたが、管理人はおろか、人の気配すらしない。何かあったのだろうか?
 里見は管理人室を出て、とりあえず廊下を進んでみることにした。誰でもいいからあやかし荘の住人に会って、管理人の行方を聞き出したい。
 廊下は薄暗く複雑に入り組んで、さながら洞窟の迷宮だった。右側の壁を伝って進めば、いつかは出口にたどり着けると信じて、里見は迷いなく歩を進める。
 そのとき里見に、本人も気づいていない、ある能力が発揮された。彼の『誰かに会いたい』という思いが、歩く先の通路を、レールの転てつ機のスイッチが切り替わるように一本に結び、ある部屋への道を示した。
 たどり着いた扉には「柊木の間」のプレート。里見は耳を澄ます。ドアの向こうで数人の男女がざわめき、喧々諤々の議論を繰り広げているようだが……。
 ここにいるだけでは埒が開かない。里見は意を決してドアノブを握り、中へ乗り込んだ。
「すいません……」
「それどころじゃないんですっ!」
 と、出し抜けに注意された。エプロン姿の若い女性は、里見に険しい表情で一瞥をくれ、
「さんしたさん、どうしましょう……」
 と、不安げな声でとなりの男性に言い募っている。男性もオロオロするばかりで、具体的になにをするというわけでもない。……なんだかとっても頼りない。
 里見は、部屋をざっと見回してみた。部屋の隅には、つけっぱなしのテレビがちんまりと据えてある。そして、日当たりの良い6畳間の真ん中に、重箱のような黒い物体がひとつ。
「おや、ゲームですか」
 里見は部屋に入るとおもむろにあぐらをかき、何の気なしにコントローラを握る。画面には、仏頂面をしている着物姿の子供と、お尻から尻尾の生えた、短パンの子供のキャラクターが映っていた。スティックを右に倒すと、着物姿の子供の右ほっぺがびにょーんと伸び、子供は『痛い痛い痛い! やめるのぢゃ!』と、大げさなリアクションを返す。
「はっはっは、面白いなあ」
 里見はにこやかに、背後のふたりに笑いかける。エプロン姿の女性も、『さんしたさん』と呼ばれていた男性も、一様に口をあんぐりと開けてこちらを見ている。見かけによらず筋がいいのに驚いているのだろう。
 すっかり気を良くした里見は、
「よし、俺のテクニックを見せてやる。必殺、ブレイブアターック!」
 スティックをめちゃくちゃに動かしつつ、ボタンを連打した。
 着物姿の子供は、飛び蹴りの体勢のまま豪快にジャンプし、どこかへ飛んでいった。画面の中で激しい衝撃音がし、ボロボロになった子供が、地を這いながら画面に戻ってくる。『お、おのれ……、このような狼藉、許さん……。絶対に許さん』と言っている。
「いやあ、しかしすごいですね最近のゲームは。なんていうんですか? CGっていうんですか? 本物そっくりですよねえ」
 と、もう一度笑いかける里見に、ぼんやりしていたエプロンの女性がようやく我に帰った。
「ところで、どちら様です?」
「はっ」
 里見はコントローラから手を離し、居ずまいを正す。
「これは失敬、申し遅れました。俺……、いやわたくし、本日より秋桜の間に入居させていただくことになりました、里見勇介といいます。あやかし荘の管理人さんを探しているのですが、ご存知でしょうか?」
 すると、女性は口元に手を添えながらバツの悪そうな顔をする。
「あ……その、あたしがその管理人の因幡恵美です」
 里見は目を丸くした。
「ははあ、ずいぶん若い管理人さんで……」
「今鍵を持ってきますね!」
 あわててきびすを返す恵美の背中に、『こらあ、恵美! さんしたぁ!』と、子供の声が降りかかった。
『たわけが! おんしら、この期に及んで逃げる気か? さっさと助けるのぢゃ!』
 さっき操作してみた着物姿の子供が、すごい剣幕で怒鳴っている。
 里見はうなった。「うーむ、ずいぶんと口の悪いゲームですね。作った人の感性が問われるというか……」
『そうだそうだ! そこのお兄ちゃん、何とかしてよ!』
 尻尾で短パンの子供が、こちらを指差しながら声を張り上げる。なんだか、自分が指差されているみたいで気味が悪い。
「あの、実は……、ゲームの中にいるのも、うちの店子さんだったりして……」
 恵美はうつむきながら口ごもる。
「はい?」
「あっ、ひとりは座敷わらしさんで、店子というのはちょっと違うんですけど……」
「ははあ……」
 里見はようやく、この柊木の間で起こったおぞましい事態を想像し始めた。よく見ると、画面の中の子供たちは、一心に自分を見つめているではないか。
「管理人さん」
 里見は真顔に戻る。そして、立ち上がって言った。
「よろしければ、事情をお聞かせ願えますか?」
 空気が抜けたように、恵美の顔がほころんだ。
「話せば長くなるんですけど……」

 実際、恵美と『さんした』の話は、それほど長くなかった。かいつまんで言えばこうだ。
『嬉璃という座敷わらしと、柚葉という狐の妖怪2名が、ゲームの中に閉じ込められてしまった』
 単純な話だ。二人を無事に画面の中から現実世界へ救い出せば、里見は晴れて秋桜の間でくつろげる。
「おふたりは少し離れていてください。これからゲーム機と融合合体しますから」
「はあ」と、管理人は気のない声を返す。
「やっぱり里見さん、ただ者じゃないんですね」
「そうですね。少なくともタダじゃないです」
 とんちんかんな返答した後、里見は深呼吸をひとつ、丁寧な手つきでコントローラを握る。
「おっ!」
 と、『さんした』が奇声を上げるのも無理はない。
 少しずつ、里見の身体から力が抜けてゆく。その精悍な瞳から、生気が抜け落ちてゆくのを見て取ったのだ。
 コントローラを握ったまま、里見は畳の上にくてっと横たわった。
 そして次の瞬間、それは起こった。
 黒のコントローラが肥大したかと思うと、それは人の形を作った。それは開口一番、あたり構わず怒鳴り散らす。
「ちくしょう、このデザインの何が悪いんだよ! ゲーム機なんてもんはな、ごつくてでかくてナンボじゃないか!」
 小太りな、30代半ばくらいの風体の男だった。
「『もっとオシャレにしてくれ』だあ? あいにく、こちとらそんなセンス持ち合わせていねえんだよ!」
 その黒く丸みを帯びたフォルムがやがて少しずつ引き締まっていき、里見の顔かたちを作った。
「失敬。今のは俺の言葉ではありませんよ。どうやら今のは、このゲーム機を作った開発者の心の叫びだったようです。製作者の思いが強いと、こういったことは良くあることでありまして、はい」
 恵美がうなずく。「叫び、ですか……。よっぽど言いたいことがあったんですね」
「ええ、作者は時代に取り残された男だったようです」
「あのー」
 そこで『さんした』が口を挟む。「早く助けてあげないと。嬉璃さん、そうとう怒ってますよ」
 里見と恵美がテレビを見ると、柚葉がむくれ顔でブラウン管の内側を叩き、嬉璃はものすごい形相でこちらを睨んでいる。それは一言で表現するなら『殺意』だった。
「失敬。ではちょっと行ってきます」
 コントローラが次第に元の形の戻りつつあった。
 そして、テレビにつながれているケーブルの一部分がぷくっと膨らみ、少しずつテレビのビデオ入力へ近づいてゆく。
 5秒後、里見は画面の下からひょっこり顔を出した。
「こんにちは。見えますか?」と恵美と『さんした』に向かって無邪気に手を振る。
「遅い!」と、背後の嬉璃と柚葉が同時に叫ぶ。
「失敬。ではすぐに出ますか? なにかやり残したことはないですか?」
「あるか! さっさと出すのぢゃ」
「じゃあ、しっかりつかまってて下さい」
 里見に促されるまま、嬉璃と柚葉は、ほとんど負んぶのような体勢で里見の背中にしがみつく。
 ブラウン管の中で、彼はちょうどビデオ入力端子のあたりをごそごそといじっている。
「あれ、ちょっと狭いな」
「通れぬのか?」と嬉璃が不安げな声を漏らす。
「みたいです。仕方がありません。ちょっと乱暴ですがこっちから出ましょう」
「ん? こっちとはどっちぢゃ?」
「しっかりつかまってて下さいね」
 二人を背負ったまま、画面に映る里見の顔が、どんどん大きくなる。
 そして、
「ブレイブセット!」
 の掛け声とともに、3人が画面から文字通り飛び出した。軽くジャンプしたみたいに里見は、畳の上にきれいに着地する。
「ただいま戻りました。これで解決ですね。さあ、管理人さん、秋桜の間へ案内してください。あ、そのゲーム機は丁重に供養してあげてください。それでもう、今回みたいなことは起こらないと思いますから」
 嬉璃と柚葉を降ろして、里見は涼しい顔で言った。
「う、うん……。そうですね、そうします。あの、こちらです……」
 そうして、恵美は部屋を出て行く。「この役立たずが!」と『さんした』を罵る嬉璃の声を背中に受け、里見も後に続いた。
「それにしても、すごいですね。テレビから出てくるなんて。……なんか、ああいう映画ありましたね。テレビ画面から女の子の幽霊が出てきて人を呪い殺すってやつ。あたし、あれ思い出しちゃいましたよ」
 螺旋回廊を進みながら、管理人は感心している風に、何度もうなずいている。
 里見は、ポーカーフェイスで答えた。
「安心してください。俺は幽霊ではありませんし、ましてや呪い殺すなんて、もってのほかです」
「あ、違うんですか」
「ええ。ここだけの話……、俺、宇宙から地球の平和を守るために来たエネルギー生命体なんですよ」
「え゛」恵美はガバッと振り向いて、目を何度もしばたたかせる。
「大丈夫、怪しい者じゃありませんから。これから、よろしくお願いします」
 そう言って、里見は深々と頭を下げる。
「こ、こちらこそ……」
 おずおずと恵美もそれに合わせる。
 顔を上げた彼女の額に、『またすごいのが来たな』とでかでかと書いてあった。


おわり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2352/里見・勇介/男/20歳/幽者

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、このたびはご依頼ありがとうございました。大地こねこです。
 里見勇介様は、動かしていてとても楽しかったです。次々と面白い言葉が出てきて、個人的に非常に楽しく書かせていただきました。
 三下さんや、嬉璃さんたちを掘り下げて書けなかったのが少し心残りですが、また次の機会にもご参加いただければ幸いです。大地こねこでした。