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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


「二人だけの奇跡」

それは…小さな奇跡。
全ての者に訪れる永遠に紡がれてきた魔法…。

「来城法律事務所」その2階は今、緊張に包まれていた。
差し出されたレポートを彼女はぱらぱらと捲る。息を呑む職員達。トントン、書類を揃える音と下を向く所長。
そして…彼女は笑顔を向けた。
「OK!これでこの仕事は終わり!お疲れ様!」
わあっ、歓声が上がる。長くかかりきっていた仕事が一つ終わったのだ。
「あら、もうこんな時間。みんな今日は上がっていいわ。お疲れ様。」
「はい!所長。ありがとうございます。」
「じゃあ、お先に失礼します。」
足音と、いくつもの声が消えると部屋は急に静かになった。残るのは彼女一人。
ふと、リモコンのスイッチを切ってみる。電気が消え部屋は闇に包まれた。
窓から射すのは静かなる月光。夜の眷属に相応しい。
目を閉じる。誰かが自分を呼ぶような声が聞こえる。
『圭織…。』
「…龍也。」
圭織は目を開く。そこには誰もいない。自分と…机の上の写真。あの人の…。
何時の間に目を閉じた時、あの人の声でなく、彼の声が聞こえるようになったのだろうか?
彼の事を思い出すようになってしまったのだろうか?
「あなたとは、まったく違うのよ。でも…龍也って、な〜んかよくわかんないんだけど頼りになる。好きか嫌いかよくわかんないんだけど、拒みたくないというか……。変よね、全く」
机の上の写真をピンと弾いた。彼は写真の中で微笑んでいる。写真の中でだけ…。
「あなたが逝ってしまってから7年。…もう、恋愛なんてしないって思ったけど…彼とならいいかなって思っているの。許して…くれるかしら。」
ねえ?圭織は写真に問いかける。写真は答えない。
「ふっ、ずるいわよね。あなたは微笑むだけ。でも…。さあて!帰りましょ。」
写真立てを机の上に置いて圭織は立ち上がった。戸締りを確認し、鍵をかける。
もう、部屋には誰もいない。写真以外は…誰も。

ざわめく闇が牙を剥き、襲い掛かってくる。
「そんなに死にたいなら手伝ってやるぞ。」
彼は剣を抜き放ち、振り下ろした。
人には見えぬ異界の生き物達がその一刀の影に消える。
もう、この世のどこにも存在しない。
「あ、ありがとうございます。日向さん。本当に、ありがとうございました。」
少し離れた木の影から怯えたように見ていた女は、そう言って頭を下げた。
「もう大丈夫なはずだ。家に戻れ…。」
自らを射抜くような冴えた赤い光。女はまるで酔うようにその眼から自分を離す事はできない。
「…日向さん、私…あなたのことが…。」
女はそう呟くと男の胸に顔を寄せた。男は腕を伸ばし、抱きしめようと…。
その時、目の前に影がよぎった。闇色の影。声が聞こえた。自分の名を呼ぶ声。
『…龍也。』
「圭織…。」
「えっ?」
男は女の身体を前に押しやった。自分を見つめる女に背を向け後ろ手に手を振る。
「もう帰れ。俺のことは…忘れろ。」
「日向さん!」
女の呼び声を、日向・龍也は無視してその場を離れた。
ふっ、自分自身の行動に笑いがこぼれる。女好きと呼べるはずだった自分が、なぜ、女の誘いを拒むようになったのか。
なぜ、あいつの顔が…浮かぶのか。
「今までいろんな女と一緒にいたが、圭織といるときだけは今まで感じたことのない、心地よさがあるんだよな。こういう気持ちをずっと感じているってのも悪くは無いかもな。」
今まで、一人の女に括られるなんてまっぴらだと思っていた。
だが、あいつとなら…それでもいいかもしれない。
かさり、ポケットの中のものが音を立てた。
空には白い月、夜の守護者。
月が生み出す自分の影を見つめながら、自分の想いが可笑しくて龍也はかすかに笑みを浮かべていた。

それは、本当の偶然だった。
「…あら…龍也じゃないの?あなたも今、帰り?」
「!…圭織…?どうして…ああ…帰り道…か。帰る場所は同じだしな。不思議は無いか。」
二人は夜道を並んで帰ることになった。
バスが、電車が、タクシーが、ほんの少しタイミングがずれていたら生まれることが無かったこの時間。
神にも匹敵する力を持った者達は、ごく普通の人間のように魔法のような偶然を感じながら、自分の足で歩いた。
一歩、また一歩。
家が近づいてくる。ふと、龍也の足が止った。
自らの影と、白い光。そして…圭織。視線と想いが軽く交錯する。
眼を軽く閉じ、もう一度開き…龍也は言葉を発した。
「なぁ、結婚するか?」
「いいわよ。」
「えっ?」
「あっ…。」
一瞬の躊躇なく答えられた返事。龍也は眼を瞬かせると圭織を見つめた。
当の圭織は自分自身の言葉の意味に気付いて頬を赤らめている。手を口元にあて下を向いているが、その瞳に後悔の色は無い。
「…本当に、いいのか?圭織?」
「あら、聞いたのは、あなたでしょ?…いいわ。…あなたなら、あなたとなら…いいわ。」
戸惑いながら問いかける龍也に、そう答えると圭織は微笑んだ。彼の瞳を真っ直ぐに見つめて。
「…圭織!」
龍也の手が圭織の背中に回り、強く引き寄せた。ほんの少し眼を伏せたが圭織は抗わない。彼の胸に顔を埋めると、聞こえてくる心臓の音。…熱い体温。
「俺は…この感情の正体を知らない。だが、戦う時よりも心踊り、誰といる時よりも心安らぐ。この気持ちが…愛ならば…俺は、誰よりもお前を愛している。圭織…。」
「龍也…。」
引き寄せられた圭織の顔と、龍也の顔がお互いを見詰め合う。静かに重なる唇。…思い。
月光の生み出す影は一つから、二つへ。そしてまた…一つへ。
静謐な夜の空気と、白い光。月だけを立会人に二人は、今ひとつになった。

…身体が…熱い。
触れるたび、熱を帯びていく自らの身体。
それよりも…もっと熱い、もう一人の自分。
近づくたび、触れ合うたび、…溶けていく。もう、どこまでが自分かも解らない。
一つになる。心も、身体も…。
真っ白に…。熱く…熱く………。

どのくらいの時が過ぎたのか。
圭織が目覚めた時、まだ外は月と太陽が交代してはいなかった。
薄紫の夜のカーテンが部屋を包み込んでいるが、彼女には自分のいる場所が、隣にいる存在がちゃんと認識できた。
ここが自分の居場所なのだ。彼の部屋。そして…隣には
「…龍也…。」
戦士とは思えないほど無防備に眠る彼の頬に触れようとした時、圭織は自分が身につけている唯一のものを思い出した。
銀白色の光が月光に似ている。自分の左手を表、裏と反し微笑んだ。
「くすっ。龍也ったら、どんな顔をしてこれを…買ったのかしら。」
心の中に、まだ消えない存在。かすかな後ろめたさは消えない針となって心を突く。
だが、きっとそれを許してくれるだろう。圭織は思った。
ひょっとしたらそれは勝手な思い込みかもしれないが。
でも、今自分は生きて生きたいのだ。…彼と。
窓の外は、一枚、また一枚。重いカーテンを削いでいく。
月もまた自分の役目は終わったというようにビルの陰に消えていった。
代わりに溢れていく太陽の光。それに包まれる自分達。
圭織は顔を寄せた。愛しい人に。唇を…そっと重ねて。
「…むっ…圭織。」
「おはよう、ねぼすけさん♪」
瞼をこすり、開く眼に映るのは…誰よりも愛しいもの。彼女の眼に自分は映っているだろうか?
「きゃっ!」
首に回された腕の力に圭織は引き寄せられた。近づいた彼の瞳に映るのは鏡に映った自分。
「…もう、放さない。」
「…放さないで。私を…。」
朝の太陽は、優しい光で二つの、いや一つの心を静かに照らしていた。


この一瞬は奇跡。
たとえ、神の力であろうとも、生み出すことはできない。
だが、二人でなら誰にでも紡げる、世界で唯一つの魔法。

love  …愛の奇跡…。