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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 いつものようにテクニカルインターフェイス・ジャパン(TIJ)の社長室で業務を行っていると。
「ん……?」
 とさり、何かが床へと落ちた。反射的に視線をやると、青地に白のストライプという封筒が落ちていた。どうやら書類の間に挟まっていたらしい。あまり見ない類の封筒だと思いながら、拾いあげる。
「セントラル・オーシャン社……」
 まずは社名の確認。呟いたその名前には、覚えがあった。封筒を開き、中身を確認する。それはアトランティック・ブルー号のVIP招待券だった。それを手に、しばらく考える。
 確か、今、巷で噂になっている豪華客船ではなかっただろうか……考えていくうちに思い出した。船の航行方法やセキュリティシステムの構築をTIJで引き受けている。その関係で、処女航海の特別招待券を受け取っていた。
 内線を押す。
「アトランティック・ブルー号の資料を用意してもらえますか」
 そして、秘書にそう告げる。しばらくして、秘書が姿を現した。その手には自分が望んだ資料がある。それらを眺めるうちに、ふと乗客名簿に気になる名前を見つけた。貴城は無意識に姿勢を正し、興味深そうに名簿を見つめる。
 間違いない、その名前は、TIJで極秘に調査した特異能力者のものだ。さらによくよく眺めると、他にもいくつかこちらで調べあげている特異能力者の名前があることに気がついた。
「これは興味深い。これではまるで、洋上に浮かぶ実験プラントではありませんか」
 こうしてはいられない。招待券もあることだし、早速、手続きを……と、招待券を見やると、今日が処女航海の当日だった。
「以後の予定はすべてキャンセルとします。乗船手続きをよろしくお願いします」
 そう告げるが、秘書は戸惑う表情を浮かべている。
「どうしました?」
「あの……予定のキャンセルは問題ありません。ですが、船は既に出航時刻を迎え、港をあとにしています」
 秘書の言葉を聞き、考えること、一秒。いや、即答。
「屋上のポートからヘリで出ます」
「すぐに手配致します」
 秘書は頭をさげると部屋をあとにした。
 
 ヘリコプターは屋上から飛び立ち、海上の豪華客船へと向かう。
 貴城はある程度、進んだところで招待券と共に封筒に入っていたパンフレットを取り出した。
パンフレットを眺める。
 船の構造についてや施設について簡単なことが書かれている。
 アトランティック・ブルー号の総重量は118000トン。最大乗客は約3000人。全長は約300メートル。幅は約45メートル。水面からの高さは約55メートル。客室は1340室。船の規模としてはかなりのものだ。
 船の施設に関しては、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミングなど……およそ室内で可能だと思われるものは用意するように努めたようだ。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているため、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料という扱いになっている。
 乗客にはブルーカードというものが手渡され、それがルームキーや身分証明の役割を果たす。船内の至るところに設置されている端末からイベント等の情報を引き出したり、また予約なども行うことが可能。とりあえず、施設を利用する際に提示することが原則なので、乗客の行動、足取りは調べようと思えば簡単に調べることもできる。……もちろん、それ相応の権限を持つ者でなければ、閲覧は許されないのだろうが。
 パンフレットの次は用意した資料を眺める。
 そうして、どれだけの時間が過ぎたか。
「もう少しです」
 告げられた声に青い海原を見おろす。
 さざなみたつ海原の航跡を辿る。
 白い船体……アトランティック・ブルー号が見えてきた。
 
 デッキへと降り立ち、役目を終えたヘリコプターは早々に飛び去る。
 軽く手をあげ、それを見送ったあと、デッキにはふたりの男がいた。ひとりはがっしりとした体型の風格のある男。資料によれば、その男は船長の富永で、その隣には地味ではあるが、誠実で真面目そうには見える二十代後半の男がいた。確か、都築といっただろうか。取引の関係上、何度か顔をあわせたことがある。
「こんにちは。いつもお世話になっております。お忙しいところをようこそおいで下さいました」
 深く頭を下げ、都築は言う。
「いえ、こちらこそ。慌ただしい登場になってしまい、ご迷惑を」
「いえいえ、滅相もございません。このような場所ではなんですから、お部屋の方にご案内させていただきます」
 どうぞこちらへと言う都築の案内で、客室へと向かう。その際にデッキやプロムナードを通りすぎたが、そこでは既に乗客たちが明るい笑顔を見せている。それぞれに楽しんでいるらしいことはその表情でよくわかった。
「こちらです。それから、こちらが……このお部屋専用のカードになります」
 通称『ゴールド・ブルーカード』ですと都築が差し出したカードはパンフレットにあったブルーカードのようだったが、少しばかりデザインが違う。主体となる色は青ではなく、金だった。
「確かに、受け取りました。都築さん」
「はい」
「今回は一般の乗客と同じように楽しむつもりでいます。そう気を遣われる必要はありません。こちらのことは、どうかお気になさらずに」
 貴城は穏やかな表情で、笑みさえ浮かべてそう言った。しかし、有無は言わせぬ雰囲気は拭えない。都築は素直に頷いた。
「はい。何か思うところがありましたら、遠慮なくお声をおかけ下さい。それでは、良い船旅を」
 都築と富永は頭を下げると去って行った。それを見送ったあと、扉を開け、部屋のなかへと進む。自分が案内された部屋の構造は、資料によって既にわかっている。ただの客室ではなく、ビジネスにも対応している特別客室だ。貴城は迷うことなく机の上にノートパソコンを置き、起動させる。そして、アトランティック・ブルー号のセキュリティシステムに接続、干渉する。自社が構築しているシステムであるのだから、実に干渉はたやすいことだった。
 あらゆる場所への監視を可能にしたあと、貴城は指先をくむ。
「さて、どんなショーが始まるのやら……」
 そして、画面を見つめ、そう呟いた。
 
 船のデータを頭に叩き入れるためにノートパソコンを向き合っていると、異能力者のひとりが監視カメラの映像により、映し出された。
 どうやら、周囲を多少、気にしている様子。何かを行うのかもしれないと注意をその男へと向けた。何かをしきりに伺っている。貴城はノートパソコンのキーボードに触れ、指先を動かす。監視カメラに干渉し、微調整を行う。
 男が気にしているのは、角を曲がったところにいる幼い娘らしい。クマのぬいぐるみを抱いたその少女はきょろきょろと周囲を見回している。
 そのまま様子を見守っていると、男は目元に手を添えた。それとほぼ同時に、少女が抱いていたクマのぬいぐるみが動きだす。やあ!とばかりに手をあげ、ぴょんと少女の腕から飛び出した。そして、くるくると回転したあとに、片手を腹に添え、片手で大きく振りかぶり、挨拶をする。少女は驚き、言葉を失っているが……まあ、それも普通かとさらに動向を見守った。
 クマのぬいぐるみは、くるりと少女に背を向けるとすたこらさっさと走りだす。そして、角を曲がり、男のもとへとやって来た。男は目元から手を離す。クマのぬいぐるみはその場に崩れ落ち、男は傍らにあった紙袋からまったく同じクマのぬいぐるみを取り出すと、歩いてきたクマのぬいぐるみを紙袋へとしまう。
 そこへクマのぬいぐるみを追ってきた少女が現れた。男はクマのぬいぐるみを差し出す。少女はそれを受け取り、男としばらく会話をしていたが、やがて手を振って去って行った。男も手を振り、それを見送る。
 男は少女の姿が完全に見えなくなったことを確認すると、紙袋を手に歩きだした。貴城はカメラを切り換えながら、男の動きを追う。男は人けのない場所へやって来ると、紙袋からぬいぐるみを取り出す。そして、ナイフを取り出すとその腹を切り裂いた。そこへ手を入れ……綿のなかから何かを取り出した。よくはわからないが、小さなケースだろうか。男はそれを開け、中身を確認する。そして、頷き、ふたを閉めた。
「……」
 一連の動きを追い、考える。
 あれは……何か価値のあるものだろうか。……あるものだろう、おそらく。何かの機密の匂いがする。
 気になり、リストアップしてある異能力者のデータを確認してみる。
 男の名前は、陣内真澄。年齢は二十八歳。職業は警備員となっている。しかし、船内警備を請け負っているようにはどうあっても、見えない。一般乗客として乗船しているらしいが、どうにもあの行動は胡散臭く、解せない。
 頭の片隅に置いておくとしよう。
 貴城は小さな吐息をつくと机から離れた。
 船は最終的に沖縄へと向かうが、四国、九州に寄港する。とりあえず、四国へ向かうまでにまだ時間はある。
 息抜きに船内を歩いてみることにした。
 逃げられる心配はない。
 ……ここは海上であるのだから。
 
 部屋を離れ、どこへ向かおうかと考える。
 デッキで潮風にあたる、劇場で観劇、ラウンジで一息、装飾を見てまわるのも悪くはない。彫刻や絵画はそれなりのものを集めているという話であるから。
 考えていると、悲鳴が聞こえてきた。
「?!」
 反射的に悲鳴が響いた方向に視線をやる。次の瞬間には、その方向へと動きだす自分がいる。悲鳴の方向に向かう自分とは対照的に、その方向から逃げてくる数人がいる。その数人とすれ違い、通路の奥へと向かう。と、ひとりの男がいた。
「……馬鹿っ、こっちへ来るな!」
 自分よりも年下、二十代半ばと思われるその男はそう叫んだ。腕を負傷しているらしく、袖が赤く染まっている。
「逃げろって……! ……!」
 貴城を気にしている男の正面に不意に女が現れる。整った顔だちであれど、どこか冷たさを感じさせるその女は、拳を突き出した。男は腕でその一撃を受け流した。その動きは、その場の判断からして妥当なものではあったが、男は踏みとどまることができずに、勢いよく吹っ飛び、強か背中を打ちつける。床に転がり、呻いているところへ女が迫る。
「……」
 女は足をあげた。勢いよく男の頭部にその足を振りおろそうとしたが、間一髪、男は避ける。
「は、早く、逃げろよ……殺されちまうだろう!」
 男は言う。
「あなたが、ね」
 貴城はそう答えるとさらに男を痛めつけようとしている女へと迫った。女はそれに気づいたのか、顔を貴城へと向ける。その顔には表情がなく、首を向ける動きにはどこか不自然に感じる。
 何に不自然を、違和感を感じるのか。
 貴城は女を見つめ、考える。そして、瞬時に答えを導き出した。女の動きはどこか硬く、人間らしい動きではないように思える。
 女は完全に貴城へと向き直った。男を吹き飛ばしたように、拳を突き出してくる。その速度は意外と早かったが、かわせないほどでもない。貴城はひらりと身をかわし、逆に女の腕を掴む。
「失礼」
 そして、投げるように床へと叩きつける。腕にかかる負荷が女をひとり投げているという程度のものではなかったが、それでも叩きつけることには成功した。
 女は顔色ひとつ変えなかった。普通の人間であれば、少しくらい呻いてもいい場面である。それでも、眉ひとつ動かさず、呻くこともしない。女は動じることなく、起きあがり、再び、貴城へ向かってくるような素振りを見せたが、周囲に人が集まる気配を感じとると、その場から逃げだした。追おうとしたが、気のせいだろうか……人ごみに紛れた途端、女の姿が消えたような気がする。
「……大丈夫ですか?」
 追うことは諦め、呻いている男のもとへ歩き、手を貸した。
「ありがとうございます……強いんですね」
 疲労の見える笑顔で男はそう言った。それから、俯き、ため息をついた。
「いえ、それほどでもありませんよ。痴話喧嘩にしては……派手ですね」
 貴城は集まってきた人々から離れるように、男の背を軽く叩き、歩きだす。
「とりあえず、手当てをした方がいいでしょう。医務室はこちらです」
「あ、いえ、この程度、なんでもないですから」
「すぐそこです」
 逃げだそうとする男を半ば強引に医務室へと連れて行く。あの女のことも気になるが、この男のことも気になる。あの女とは無関係ではないだろう。この男から情報を得ることができるかもしれない。
 しかし、あの女……。
 見た目の体型と重量とが一致しないような気がする。それに、あの表情、動き。そういった訓練を受けているにしても、あの衝撃で眉ひとつ動かさず、呼吸さえ乱れないとは。ただの人間ではなさそうだが……そうなると。
 異能力者?
 だが、リストにあっただろうか、あの女の顔は。
 ……覚えがない。
 どうやら、自分が思うものとはまた別のものが乗船しているらしい。
「ふふ……」
「……どうしたんですか?」
 思わず、口許に笑みが浮かぶと男がそれに気づいたのか、小首を傾げた。
「いえ、なんでもありませんよ」
 答え、貴城は医務室の扉を開けた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1865/貴城・竜太郎(たかしろ・りゅうたろう)/男/34歳/テクニカルインターフェイス・ジャパン社長】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、貴城さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
事件っぽいものは二つほど起こっていますが、関連はありません。もし、#3も参加いただけるときは、片方にしぼるか、両方を追う場合はどちらかに重点を置いていただけると嬉しいです(……いえ、両方を同時進行も可能なんですが、事件の方向性が違うので、まとまりがなくなりそうな気配が)

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。