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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 それは完全に不意なる出来事だった。
 あまり人通りのない通路とはいえ、人が通らないわけではない。喧騒が聞こえるなか、背後に気配を感じる。
 はっとして振り向く。
 ……誰の姿もない。そこには自分が歩いてきた少し厚みのある絨毯が敷かれている通路が伸びているだけだった。
 気のせいか……再び、歩きだそうとしたその瞬間。脇の通路から伸びた腕に引き寄せられる。何が起こったのかを理解するまえに、意識はもう遠くなりかけている。それでも、なんとか……抵抗らしきものを試みようとしたが、無駄だった。
 胸元に何者かの手が伸びる。
 そこで意識を完全に失った。
 
「……村、志村……!」
 壁を背にだらしなく座り、がくりと首を折っているその姿は、一見すると酒に酔ってここで眠ってしまったというように見える。だが、アルコールの匂いはまるで漂ってはいない。
「起きろ! ……駄目だな」
 声をかけ、何度か肩を揺さぶった。だが、反応はない。
「水でもかけてあげたらいかがですかー? はい、どうぞですー」
 にこやかに差し出される水筒。一応、差し出されたそれを受け取ったあと、蓋をあけて、遠くから匂いを確かめる。……そして、眉を顰めた。
「これ、水じゃないだろう……」
「よく燃えますよー」
「……。志村、燃えたくなかったら、起きた方がいいぞ!」
 もう一度、声をかけ、肩を揺さぶる。すると、小さく呻いたあと、顔をあげた。
「あ……加藤さん……?」
 志村は目の前の加藤に気づき、その背後にいる高木、その隣にいる中本に気がついた。そして、はっとする。
「じ、実は、何者かに襲われました……!」
 志村の言葉に加藤は振り返り、高木を見あげた。
「……だろうな。奪われたものは?」
 高木は静かな声で答えた。志村は飛び起きると軽く叩くように服に触れ、それから、胸ポケットへと手を伸ばした。
「気を失う前に、手を伸ばしている光景が見えました……あれ?」
 そこには高木から渡された写真を入れていた。てっきり奪われたものだと思っていたが、写真はそこにある。さらに記憶にないものが増えていた。
「……?」
 それを取り出してみる。なんてことはない、どこにでもある紙ナプキンだった。こんなものは入れた覚えがないと思いつつ、広げる。そこには文字が書かれていた。
「どうした?」
「あ、はい……あの、こんなものが胸ポケットに……」
 志村は高木に紙ナプキンを差し出した。高木はそれを受け取り、目を通す。
「<ラボ・コート>乗船中。1ミッション、3万円で手伝える。19時、レストランでシーフードに一切口につけていない男が連絡係だ……なんだ、これは?」
「わかりません、気を失う前は、確かにそんなものはありませんでした……」
 志村は答える。高木は見せてくれという加藤に紙ナプキンを手渡す。
「おー、こりゃ、ひどい字だな〜。俺よりひどいぞ」
「こういう場合、アシがつかないようにわざと雑に書くんじゃないですかー?」
 少し嬉しそうに言った加藤に中本はにこやかに告げる。加藤ははっとしたあと、むっとした顔でそれくらいわかってるよと言葉を返した。
「相手の顔は見たのか?」
 おそらく見てはいないだろうと思いつつも、確認のために訊ねてみる。思ったとおり、見ていないらしく、志村はすみませんと小さく謝り、俯いた。
「気にするな。だが、その文面によると、どうやらどこからか今回の任務を嗅ぎつけたらしいな……条件にあえば、協力するということだが……<ラボ・コート>とはいったい何者なんだ……?」
 高木は難しい顔で呟く。加藤と志村はそんな高木を見つめ、同じように難しい顔をしていたが、中本だけは別だった。
「あれあれ、高木さん、知らないんですかー?」
「……おまえは知っているのか?」
「はい、知ってますですー。腕のたつ傭兵さんですよー」
 その言葉を受け、高木は加藤と志村に知っているかと目で訊ねる。加藤は軽く頷いたが、志村は横に首を振った。
「知っているのか……」
 と、いうか、中本が知っているのに自分が知らないというのがなんだかちょっとかちんとくる……と思いながらも、そんなことは顔には出さず、高木は加藤に訊ねた。
「噂くらいだけどな。まさか、この船に乗っているとは……で、どうするよ?」
「信頼できるのか?」
「傭兵は信用こそが第一ですー。不義理なことをしなければ、不義理なことはされないと思いますよー」
「おまえにそう言われるとなんだか複雑だが……そうだな、信用が大切であることはどこであれ、変わらないか……」
 呟く隣で、それはどういう意味ですかーと中本が言っていたが、高木は敢えてそれを無視した。
「三万円……」
「僕たちは五人いるわけですしー、ひとり五千円ということで、いかがですかー?」
「……それ、足りてないだろう……」
 高木は呟く。その間に、加藤と志村は財布を開け、五千円札を取り出していた。
「そこは、ほら、やっぱりー、高木さんはリーダーですからー。あ、僕は現金は持ち歩かない主義なのでー」
 立て替えよろしくお願いしますーと中本はにこりと笑った。
「じゃあ、これな。すまんな、最近、金欠でな……子供って本当に金がかかるから」
 すまん、許してくれと加藤は五千円を差し出す。
「すみません、あとは万札で……」
 志村も五千円を差し出す。高木はそんな二人を手で制した。
「いい。19時までに任務を遂行できないときは……俺が全額負担しよう」
 ため息をつき、高木は言った。
 
 写真を取り出し、改めて見つめる。
 写っている人物は、二人。
 白衣を着た二十代半ばの女と中学生くらいの少年。
 この船に二十代半ばという女は多数乗船しているが、中学生ほどの少年となると、そう数は多くはない。とはいえ、船内は広く、知りえている外見的情報は、この写真だけ。名前はわかってはいるものの、乗客名簿のなかにその名前はなかった。だが、この船に乗船していることは、確かなスジからの情報であるし、また自分たちと同じようにこの二人……正確にいえば、二人のうちのひとりなのだが……を追っている『奴』もこの船に乗船したとあれば、間違いない。二人は確かに乗船しているのだ。
「まったく、とんでもないものを作ってくれたな……」
 高木は写真をしまい、ため息をつく。
 やはり、この仕事を受けるべきではなかった。自分が仕事を選べる立場にあるとは思っていない。だが、それでも、仕事を受け、こうして動いているというのに、そんなことを考える。
 仕事としては、実に単純で、この船に乗り込んでいる人物を見つけ出す、言ってしまえば、ただそれだけのこと。しかし、その人物は『奴』に命を狙われている。だから、『奴』よりも先にその人物を捜し出さなければならないのだが、『奴』は、その人物の命を消すために何人の命が失われることになろうが、例えこの船が沈むことになろうが、気にも止めないときている。
 それだけなら、よくある(?)危険な任務で、それほど気にとめることでもない。だいたいにおいて、引き受ける仕事とは危険なものだ。危険だからこそ、自分たちに話がまわってくる。そういうもの。だが、今回はそれだけではないような気がした。
 自分の勘が正しければ……おそらく。
 だからこそ、部下には戦闘は徹底的に回避する方向で言い聞かせた。……自分の言葉をきちんと理解してくれているといいのだが。妙な欲をだし、目標を確保するよりも敵を排除する方が早いと考えでもしたら……いやいや、それはするなと釘をさしておいたのだ、大丈夫、大丈夫……。
「高木さん」
 そんな女声に振り向く。……新居だった。私服で、すっかり乗客に溶け込んでいる。声をかけられなければ、気づかなかったかもしれない。
「ああ……どうだ?」
「目標については、何も。でも、『奴』かもしれない……という気になる存在を見つけました」
 新居は周囲を見回したあと、小さくそう告げる。
「なに……?」
「それで、もう一回、『奴』のデータを確認しようと思って……」
「そうか……『奴』の現在の姿は、わからない。だが、とりあえずの姿は、これであるらしい」
 高木は写真を取り出した。その写真には若い女が写っている。その腕に赤ん坊を抱き、微笑んでいる。
「あ、そうです……こんな感じです。でも……ちょっと、違うような気もします……表情が違うからかもしれないですが」
 写真を見つめ、新居はうーんと唸る。
「『奴』は耳にした音を再現することができる。目にしたものについても同様だ。姿を変幻自在に変えるという。但し、骨格の問題上、縮小、拡大には制限があるらしいな。だが、俺やおまえは、十分に範囲といえる」
「……それじゃあ、『奴』は私はともかく、高木さんの姿になることもできるというわけなんですか?」
「理論上では、そうなる。視覚や聴覚でデータを採取した相手に変化する能力が売りであるらしいからな……」
 高木はため息をつく。ただでさえ、戦闘能力が高いらしい話を聞いているというのに、そんな能力まで持っているから、嫌になる。
「スーツケースのようなものは持っていなかったか?」
「え? スーツケース……ですか?」
「『奴』は末端……というと、また語弊がありそうだが、言ってみれば、手足として動く人形だ。本体……いや、あれも本体といえるのだが、思考や分析を司っている機能は、また別にある。それからあまり離れては行動ができないらしい」
 高木の言葉に新居はこめかみに指を添え、考える。それから、横に首を振った。
「持っていなかったと思います」
「まあ、ある程度の距離は離れることが可能らしいからな。どこか安全なところに隠してあるのかもしれない」
「じゃあ、それを破壊してしまえば……!」
 新居の言葉に、高木は渋い表情で頷いた。
「まあな。だが、それだけでは駄目だ。『奴』だけでも十分に動くことができる。分析能力や思考の手助けがなくなるだけ……機能が落ちるだけに過ぎない。ともかく、『奴』に関わるよりも、目標を捜し出すことに全力を尽くしてくれ。『奴』を止める手段を本当の意味で知っているのは、目標だけなのだからな」
「わかりました」
「……気をつけていけ。ああ、新居」
 高木は行きかけた新居を呼び止めた。
「はい?」
「<ラボ・コート>を知っているか?」
「はい、知っていますけど……どうかしたんですか?」
「……いや、なんでもない」
 
 目の前を歩く男の後ろをそっと歩く。豪華さを演出しているのだろう厚みのある絨毯は僅かな靴音を消すことには都合がいい。
 手を伸ばそうというとき。
 不意に、はっと男が振り向く。その前に脇にある通路へと身を翻し、死角へと移動。小首を傾げる男が動きだす前に、行動に移った。
 小さな呻き声のあと、男は動かなくなる。
 ……顔は、見られていないはず。そんな時間もなかったことだろう。
 紙ナプキンにしたためたメッセージを胸ポケットに贈ろうと手を伸ばす。ふと、そこに入っていた写真の存在に気がついた。これは、あの写真に違いない。都合がいいから、見せてもらおう……どれ……なるほど……と、拝見したあとに、再び、胸のポケットへ写真を戻しておいた。
 それが、かれこれ数時間前の話。
「いいなぁ、夕焼けの海」
 デッキで楽しげに海を眺める少年がいる。
「……ちょっと、風が強いわ」
 その隣には、風で帽子が飛ばないようにと景色よりもそっちに夢中な二十代半ばくらいの女。
「親父にも見せてやりたかったなー」
「博士はお忙しいから……私では、役不足かしらね、やっぱり……」
「ごめん、そういう意味じゃない。美樹が一緒に来てくれて嬉しいよ。けどさ……」
 少年は女に美樹と呼びかけ、そして、海を眺めた。その横顔はほんの少し、憂いを感じさせた。
「茜くん……?」
 どうやら女は美樹、少年は茜というらしい。
「……あーあ。なんでもない。こればっかりはどうにもならないし……」
 茜はちらりと美樹を見あげる。それから、ため息をついた。
「? 何か、悩み? 私でよければ相談にのるけど……」
「いや、これはちょっと、美樹には……いや、そうだね、あの試作品のこと」
「ああ……あれね。でも、あれのどこが失敗なの? 私には成功に思えるわ。他の人も大成功だと言っていたじゃない……何が気に入らないの?」
「……全部。あー、もういいや。そろそろ腹が減ったな……美樹、ご飯にしよう、ご飯。ご飯だ、ご飯だ!」
「え? あ、ちょっと待って、茜くん! 待ちなさい!」
 茜を追いかけ、美樹もデッキから姿を消す。
 それをそれとなく見送る。
 あれが、写真の二人。
 どちらかが『奴』に狙われているということになるが……。
 城田は夜の帳に包まれつつあるデッキで海を見やる。
 それから、時計に視線をやった。
 そろそろだろうか。
 時間を確認し、デッキからレストランへと移動する。
 席に案内され、いくつか用意されているコースメニューからひとつを選ぶ。料理が並べられ、食事を開始する。
 19時をまわった。
「こちら、よろしいですか?」
 斜め後ろで止まる靴音。そして、そんな声。振り向かずともわかる。
 時間が訪れ、高木は姿を現した。
 こうして現れるということは、つまり。
「ああ、構わんよ」
 城田は手を伸ばし、隣の椅子を示した。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2585/城田・京一(しろた・きょういち)/男/44歳/医師】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、城田さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
視点、高木あたりということで……やったらめったら城田さまの出番が、台詞が少ないんですけど……(汗)
写真のふたりは見つけられないのに、城田さまのことは簡単に(?)みつけている高木については突っ込まないでやってください……。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。