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<東京怪談・PCゲームノベル>


庭園に住む精霊

-1-

 アーチ状の門をくぐり抜けて中に足を踏み入れると、すぐそこに大きな庭園が広がる。
 季節等の事情に関わらずに様々な植物が入り乱れ咲き誇り、心を落ち着かせてくれる香りが一面に漂っている。

 若き総帥セレスティ・カーニンガムがその屋敷を訪れるのは、これで二度目のことになる。
深奥の魔女と称される少女との茶を嗜もうとして屋敷を訪れたのだが、彼の目はふいに庭に佇む庭師に向けて止められた。
庭師である青年ラビはゆったりとした動作ながらもきびきびと無駄なく動き、何かを確かめてはそれをノートに書きとめているようだ。

「どうされましたか?」
 ラビの動きに興味を惹かれ、セレスティは杖つく足先を屋敷ではなくラビに向けた。
ラビはセレスティの声に振り向いて会釈すると、短めに切り揃えられた髪を片手で撫でつけた。
「ようこそいらっしゃいました、セレスティ様。――エカテリーナ様の元までご案内いたしましょうか?」
 手にしているノートを閉じて脇に抱え持ち、白いシャツの衿を正しながら告げると、ラビは当然の事であるように
セレスティを屋敷の中へと案内しようと歩き出した。
「ああ、いえ、特に用があって伺ったわけではないのですよ。……それより、何か書きとめていらっしゃいましたが」
 ラビの動きを制して微笑みを浮かべ、セレスティは先ほどまでラビが眺めていた場所に向けて視線をおろす。

 色とりどり、形や大きさも様々な花がそこに咲いている。

「これですか?」
 セレスティの視線に合わせて自分も視線を花にあて小さな嘆息をもらすと、ラビは閉じていたノートをはらりと開く。
「エカテリーナ様から承りまして。その、この庭園にある花や植物等に住みついている精霊達の調査なのですが」
「精霊達の調査、ですか?」
 興味をそそられ、視線をラビに向ける。
ラビはセレスティの視線に気付くと小さく笑って頷いた。
「実態調査といいますか、生態調査といいますか……住みつく精霊達の中には稀に悪質なものもおりますし、
そういった存在も含めて全てを知っておきたいのだと、エカテリーナ様は時折思い出したように仰るのです」
「なるほど……これだけ広い庭で、これだけの種類があるとなると、容易ではありませんね」
 言いながら庭をぐるりと見渡す。

 白い壁で覆われた屋敷には蔦が群生してはりつき、その屋敷を中央に置いて取り囲むように数知れぬ植物達の姿が見える。
花々もあれば果樹もあり、薬草もあればもちろん毒草もあるだろう。
そのどれだけに精霊が住みついているのかは解らないが、仮に全てに住みついているとすれば、調査は一日で済むはずもない。

「私でよければお手伝いいたしましょうか?」
 セレスティは広い庭を眺めながらそう告げた。
 思いがけない発言に驚き、返事に戸惑うラビの表情は複雑そうだ。
「いえしかし、大切なお客様であるセレスティ様にそのようなことをお願いするわけには」
 断わろうとしているラビの言葉を片手で制し、若き総帥は深い海の底を映したような青い双眸をゆるりと細める。
「構いませんよ。今日はこれといって用事もありませんし」
 何よりどんな精霊が居るのか、興味をそそられますしね。
そう続けてみせると、セレスティはラビを見据えて柔らかな笑みを浮かべた。

-2-

 庭園は規律などといったものの存在がないためか、非常に雑然として色々な植物が入り乱れていた。
和を思わせる花の横にオリーブの木があり、その下には牡丹が誇らしげに花びらを揺らしている。
レンギョウと共にコスモスが並んでいたりもする。
「これでも少しづつ移し替えたりして、統一感を出そうとしているのですけれども……」
 ラビはそう言って気恥ずかしそうな顔で笑った。
「設計図なども一応作ってみてはいるのですが、どうも僕はこの仕事に向いていないらしくて」
 そう笑って告げる彼に、セレスティは小さな笑みをこぼす。
「そんな事はありませんよ、ラビさん。この庭にあるものはどれも、とても活き活きとしているじゃないですか。
それはあなたが心をこめて手入れをしているからではないのですか?」
 セレスティの言葉が持つ温度に表情を緩め、ラビは小さく頭をさげた。
「ありがとうございます、セレスティ様。……ここはなんとか形になってきている部分です」
 杖をついて歩くセレスティの足元を気遣いつつ、ラビは庭園の一箇所を指で示した。

 レンガを積み上げて風除けを作り、その壁に囲まれて手作りと見受けられるテーブルセットが置かれてある、砂岩のテラスだ。
その周りでは緑豊かな常緑樹が生い茂っていて、天気の良い日などにここでお茶を嗜むにはうってつけだろうと思われる。
「これはアジア風ですね」
 丁寧に積み上げられたレンガの壁を軽く撫でながらそう言うと、セレスティはラビの顔を見やって目を細ませた。
ラビは片手を持ち上げて髪を撫でつけ、照れたように睫毛を伏せる。
「この森は比較的霧の日が多いので、アジア調にするのもどうかと思ったのですが」
 そう応えて顔を上げると、ラビはテラスの周囲を指で示しながら説明をはじめた。
このテラスを中心にアジア風な庭園にして、屋敷を挟んで向こう側をイングリッシュガーデンにしたいのだと続けた。
セレスティはラビの言葉の一つ一つに頷いてみせながら、「やはり向いていないという事はありませんよ」と笑った。

「しかしこの場所、どうもしっくりとこないものがありますね……」
 ありがとうございますと応えるラビに微笑みかけ、セレスティは首を傾げた。
「アジア調にまとめているわりには、一つ何かが引っかかるといいますか」
 言葉を続けながら周囲を見渡し、ラビの表情を確かめる。
ラビはセレスティの言葉に頷くと、そうなんですよと溜め息を一つついた。
そしてテラスの敷石を指で示し、その花のせいなんですよと口にする。
ラビの指が示すものを確かめてみれば、そこにあるのは白く可憐な花の姿だった。
「スズラン、ですか」
 セレスティの言葉にラビは頷き、片膝をついてスズランに手を伸べた。
「どうにも主張の強い種でして、このように一面に群れてしまいました」
 ラビが触れるとスズランは芳香を漂わせ、もたげた首をかすかに持ちあげて揺れる。
 セレスティは辺りに漂う香に気を良くして辺りを見渡した。
「なるほど、これでは他の植物がしぼんでしまいかねませんね」
 青い瞳をゆったりと細めて眺める先に広がっている、スズランの群生。
「スズランは比較的自生しやすい種類だと言いますしね。……それにしてもこれは凄いですね……」
 視線に入ってくる一面に揺れる白く小さな花の群れ。
森が持つしっとりと湿った風が舞い上げる芳香が、手入れの届いた庭に伝って流れていく。
 セレスティの言葉に頷き、小さな溜め息を洩らすと、ラビはゆっくりと立ち上がって微笑んだ。
「何度注意しても聞いてくれないんですよ」
「注意、ですか? 誰に?」
 訊きかえして口をつぐむ。
 立ち上がったラビの肩に座っている小さな女性の姿を見とめたからだ。

-3-

 腰下ほどまで真っ直ぐに伸びた髪は薄い水色で、肌の色は透き通るような白。
髪の色と同じ色彩をした瞳を三日月型に細めると、ラビの肩に座っている女性はふんわりと微笑んだ。
「……なるほど」
 ラビの言葉の意味を知り、セレスティは納得しつつラビの肩に手を伸べた。
 セレスティが自分の肩にいる存在に気付いたことを知り、ラビは安堵の息を一つつく。
「見えましたか――? いや、見えますよね。……こいつ……いえ、彼女がスズランの精霊です」
 ”こいつ”という呼ばれ方が気に入らなかったのか、聞き取りにくい小さな声で苦情を訴えている精霊をみつめ、セレスティは小さく笑う。
 精霊に礼を示してみせたセレスティにラビは首をすくめ、精霊はほんのりと頬を紅く染める。
「はじめまして、――――なんというお名前であるのかは存じませんが、たおやかな花にふさわしい方なのですね」
 精霊は紅く染めた頬をますます紅くしてうつむき、上目遣いにセレスティを見つめる。
セレスティは口許に薄い笑みを浮かべつつラビを見やり、
「私がどうにか応対してみましょうか? 広がりすぎず、せめてもう少し自制してくださるようにとお願いすればいいのですよね?」
 そう告げる声の麗しさに精霊は宙を舞い、ひらひらとした蝶のようにセレスティとラビの間を飛び交った。
その舞を見つめた後にラビは丁寧に頭を下げる。
「本来であれば僕が務めるべき交渉ですが、うまくいきませんで……ご迷惑をおかけしてしまいます」
 ラビの言葉は申し訳なさげな気持ちと、それでいてどこか安堵したような響きを持っていた。
それほどにこの精霊との相性が悪かったのだろうか。セレスティは小さく笑って頷いた。
「構いませんよ。見れば、清楚で可憐な女性ではありませんか。安心してお任せください」

 ラビが首を縦に振るのを確かめ、セレスティはゆったりとした歩を進める。
そして宙を舞う精霊に片手を差し伸べた。まるでダンスを申しこむかのような動作で。
精霊は伸べられた手の上で羽を閉じると、長い髪を撫でつけながらすまし顔で膝をおった。
「改めてはじめまして。私はセレスティと申します。……ご覧の通り、貴方と同様に人ではありません」
 精霊はセレスティの言葉に深く頷き、陽に透かすと銀にも見える瞳をふわりと緩める。
――セレスティに気を許した表情。
しかしすぐに話を展開させては、せっかくの信頼が泡となってしまいかねない。
 セレスティは微笑み、続けて言葉を述べる。
「――――私の屋敷にも庭があるのですよ。抱えている庭師の腕が非常に良いので、
それは見事な庭園になっています。もちろん、この場所もまた美しい場所だと、心から思います」
 深く青い海のような色の双眸を細めて笑むと、セレスティは精霊の顔を見つめた。
 スズランを住居とした彼女は返事を返す様子もなく、ただじっとセレスティの言葉に耳を傾けている。

 セレスティは視線を精霊の奥へと向ける。
ラビがその視線に気付き、そっと会釈をする。
会釈を返す代わりに首を傾げてみせると、セレスティは再び精霊に向けて目をおろした。
 その時、穏やかに微笑むセレスティの瞳に一瞬だけ宿った輝き。
――――もっともそれにはラビも気付きはしなかったのだが。
 精霊の顔が真っ赤に染まる。
 その顔を確かめてやんわりと笑むと、セレスティはささやくように言葉を発した。

「スズランの花言葉は純粋・繊細といいますが、その反面で毒をも含むとされていますね。
……美は毒をはらむからこそその美しさを増すとも言います。……しかし」
 少し翳りを見せたセレスティの顔を見て、精霊もまた表情を曇らせる。
そして耳には届くことのない声で何かを必死に訴えかけている。
 セレスティはその言葉に小さく頷き、困ったような笑みを浮かべた。
「美は希少であればあるほどその美しさを際立たせるものであると、私は思っています。
――――どうでしょうか。貴方の美しさを誇らせるために、ラビ君が用意した場所でたおやかに
可憐な花を揺らしてみては――――?」
 海の色が瞬間深く揺れる。
 精霊はセレスティの言葉に深く頷き、華やいだ微笑みを顔一杯に浮かべた。


-4-

「ありがとうございました、セレスティ様」
 屋敷の中を案内しながらラビは深く礼をする。
それを制して笑いながらセレスティは首を横に振った。
「たいしたことはしていませんから、そう何度も礼をされては却って恐縮です」
 肩をすくめてみせるとラビは小さく笑い、かすかな嘆息を一つ。
「おかげで助かりました。――正直、さすがに全部の精霊と相性が合うわけではありませんし。
その精霊の性質に限らず、今回のように往生してしまう事が毎度あったりするんですよね」 
 深い溜め息をついてから笑うラビを見据え、セレスティは首を縦に振る。
「それはそうでしょうとも。……今回は少しでもお役に立てたようですし、光栄ですよ」
 笑みを返して窓の外に視線を向けると、たった今しがた場所を移して植え替えたばかりのスズランが目に入った。
森を吹く風に揺れるその姿はいっそ儚いほどに愛らしく、清楚という花言葉そのもの。
「そういえばラビさん。私にはあの精霊は女性に見えていましたが、キミにはどのように見えていたのですか?」
「どのように、ですか?」
 セレスティの問いが意外だったのか、ラビはエカテリーナの部屋に向かって動かしていた足を止めて振り向いた。
「ええ。精霊の姿は見る者によって変化するというではないですか。私が見ていた彼女と、キミが見ていた彼女とでは
同一の存在でありつつも、見目に違いがあっても不思議ではないと思うのですよ」
「ああ、そうですね――……僕にはハニーブロンドの性格のキツそうな女性に見えていましたが」
 苦笑しながらそう応える。散々自分の言葉を無視しつづけていた精霊の顔を思い出しているのだろうか。
ラビの表情を見やって笑うと、セレスティはなるほど、と相槌を打った。
「もしかしたらキミはスズランという花の毒性に気をとられているのではないですか?」
 そう問うとラビはわずかに目を見開いて首を傾げた。
「ええ、仰る通りですが……なぜわかったのですか?」
 セレスティは口許を片手で隠し、声に出して笑った。
「――――いえ、思っただけですよ」

 ラビはしばらくの間、それきり黙ってしまったセレスティを眺めていたが。
「そうですか」
 小さく礼をして踵をかえし、再び歩みを進める。

 先を行くラビの背中を見やってからもう一度視線を窓の外に向けると、セレスティはスズランの姿を見とめて目を細くさせた。

――――もしかしたら精霊の姿が見る者によって異なるというのは、各々が持つイメージに左右されるからなのかもしれませんね。

 誰にともなく呟く声は、セレスティ本人の耳にしか届かない。
 森の風に揺れる花に住む精霊にも、気付かずに歩いていくラビの耳にも。
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】



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■         ライター通信          ■
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お世話様でございます。
今回「庭園に住む精霊」を書かせていただきました高遠です。

ここしばらく、納期をぎりぎり一杯まで使わせていただいてばかりです。
申し訳ありません;
もう少し余裕のある納品を心掛けたいと思いつつも、どうにも適いませんで。

スズランという花をご指定いただきましたが、描写等はいかがでしたでしょうか。
ラビの対応が多少くだけてしまったような感がありますが、もしもお気に触りましたら
申し訳なく思うばかりです。


今回の物語で少しでもセレスティ様が楽しんでくださっていればと思います。
それでは、よろしければまたお相手してやってくださいませ。