コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


恋文


オープニング

繰り返し繰り返し、クレヨンの赤で書き殴られている言葉の羅列は、
それだけで最早ある種の呪として完成されているように思われる。
少なくとも草間武彦は、一目見て頭痛に襲われた。
一枚の画用紙一杯に書き殴られている子供のような字。
そして、その画用紙にべったりと散っている、
クレヨンの赤よりも尚一層赤い血の雫。
「最早、何か嫌だ」
武彦は、その画用紙を見下ろしげんなりとした表情で呻く。
これは、30分程前に訪れた客が置いていったものだった。

「半年位前かだ、ま…毎日、届くんです」
疲れ切った表情で、30代半ばと思われる男性が呻く。
武彦は、銜えていた煙草を灰皿に押し付け眉を顰めた。
「それは、それはまめな奴ですね。 で、こんな嫌がらせをしてくる人間に心当たりは?」
「あ……ありません」
「では、警察へどうぞ」
依頼主の答えに殊更冷たい風情で、切り捨てて武彦は少し首を傾げた。
「何にもやましい事がないのなら、
高い金を払って探偵に調査依頼をする事ぁ、ないでしょう? 警察に頼みなさい」
それから表情を緩め、頭を掻きながらぼやくように呟く。
「依頼して頂くというのは、大変有り難いんですけどね、
全てをお話頂かないと、分かるもんも分からないでしょう?
探偵には守秘義務が御座います。 
こちらでお話しされた事は絶対に外には漏れないとお約束させて頂きますんで」
そう言いながらチラリと、依頼主に視線を流せば、
ガタガタと身体を振るわせて、それからか細い声で呟いた。
「あ…あります」
「何がです?」
「心あたり」
「それは、誰でどんな心当たりなんですか?」
武彦の問い掛けに、一瞬依頼主は躊躇を見せ、それから勢い込むようにして告げた。
「で…でも、もう、相手は死んでいる筈なんです!
「………えー」
その瞬間、物凄い勢いで武彦の目が死んだ。
「え…、えーって…」
「また、アレですか? 怪奇っぽい依頼ですか?」
「いや、それはまだ分からないんですけど、こういう感じの事は、
此処に来れば大丈夫って聞いたものだから」
「大丈夫って、ねぇ?」
「はぁ…」
「俺、怪奇探偵って呼ばれる為に探偵やってる訳じゃないし」
「そう呼ばれてるんですか?」
「はい。 何か、怪奇探偵って、俺が怪奇なの?位の勢いで」
「へぇ…」
「多分、俺のお袋とかも、息子がそんな風に呼ばれてるって知ったら、辛いと思うんですよ。 
探偵ですら、胡散臭いのにその上怪奇探偵て!って感じじゃ無いですか? 真っ当じゃないでしょう?」
「まぁ……ねぇ」
「あと、その画用紙」
「あ、はい」
「禍々しい!」
「え、まぁ、そうだからこそ、此方に依頼する事に決めたんですけど…」
「見ただけで鬱入る位、禍々しいですよ、それ」
「私も、郵便受けを開けて、是が入っているのを見る度に、辛くて辛くて…」
武彦は、すこぶる真面目な顔で告げた。
「明らかにヤバイ匂いのする仕事ですね。 こうなっては是非、この依頼はお断りしたいと……」
「お願いしますぅぅ!」
きっぱりと断りかけた武彦に突如、縋り付くように依頼主は腰にまとわりついた。
「怖いんですよ!」
「俺だって怖いですよ」
平然とそう言い放つ武彦に、男は諦めずに言い募る。
「こ、こここ、この、画用紙に付いてる血、ほ、ほんもんなんです!」
「本物?」
「人間の血なんですよ!」
「一年間、毎日送られてくるのに?」
「そ、それも同じ人間の!」
違う人間のならば、余計に怖いが、
これだけの量の血を毎日流して平気だとすると、余程血の気の多い奴と考えるか…、
まぁ、「怪奇現象」と嫌々ながらも捉えるべきか。                                                                                                                                                                                                                  
武彦は依頼主の、見上げてくる縋るような眼にもう一度溜息を吐くと
「分かりました。 詳しくお話下さい」と、答えた。

依頼主は、昔、ある女を裏切った。
依頼主は、実は実家がある食品会社を経営しており、なかなかに裕福な身の上であったのだが、
それ故自由の少ない身であり、学生の時に既に幾つかの見合い話が決まっているような状態だったという。
だが、依頼主にはその時心に決めた女がいて、二人は手に手を取って駆け落ち同然で逃げ出したそうだ。
身元もはっきりしない若い二人が稼ぐ手段は殆どなく、暮らしは加速度的に貧しくなっていった。
初めの内こそ、甘い事ばかりを言い合っていられたが、その内依頼主は元の何不自由ない暮らしが恋しくなり、
そんな時期に依頼主の行方を探し当てた実家が「×月×日に組んであるお見合いの席に、
大人しく出席するならば今回の事は不問に付す」と連絡を取ってきた。
依頼主は、これ幸いとお見合いの日に実家に戻り、女はそれを知って、男を取り戻そうとしたのだろう。
殆ど半狂乱の状態で後を追い、途中で交通事故にあって死んだ。
腹の中には、妊娠三ヶ月を越えた依頼主と女の子供がいたという。

「そ、その後、勿論お見合いの話は壊れ、私は自分の行った行為を恥じ、
女への罪悪感を抱き、実家を出ました。 
ある企業に就職し、一人で孤独に、でも平凡に時を重ねてきました」
男は、頭を抱えながら言う。
「そして、会社で私は、愛おしいと思える女性に出会い、結婚の約束を交わしました」
「それからなんですか? この、画用紙が届くようになったのは?」
「…はい。 そのせいで、なかなか結婚に踏み出せず、その女性にも悪い事をしているとは思うのですが…」
確かに、こんなものが毎日届く状況では、結婚なんて出来たもんではない。
「友人に大学病院に勤めている人間がいたので、何枚か検査して貰ったら、
人間、それも同じ人間の血だと真っ青になりながら教えられました」
武彦は、恐怖に固まった表情で言う。
「画用紙に付着していた血はね、探偵さん。 
DNA検査の結果、私と、その死んでしまった女の間の子供の血と判明されたんですよ」


本編



「あーあー、男と女の間には深くて広い川があると言うてたのは、どのドラマの主人公やったかなあ? なんや、うちこういう事件は好きくない」
今回の相棒と初めましての挨拶もそこそこに、むくれた調子でそう呟いたのは大曽根つばさだった。
新緑眩しい公園の中で、ウーンと一回伸びをしている。
一つ括りにした茶色の髪をピョンピョン揺らし、自分自身もピョンピョンと跳ねるように歩いているその隣を、銀色の髪と赤い目をした美しい少女がペタペタと歩いていた。
「そお? 何だか、愉しそうじゃない。 だって、見たでしょ?」
鬼丸鵺という変わった名を持つ少女は、名前以上に変わった外見をしている。
シャギーの入ったショートヘアは、鵺の小さな顔を際だたせ、不健康に見えるくらいの白い肌に、赤い目が、一瞬ギョっとさせるような、強烈な印象を見る人間に与えた。
ガサガサと音をたてて、大きな紙袋を提げている。
つばさの、年相応というか、天真爛漫な表情を鵺は凝視してみる。
(ホントウかしら?)
この子、今、ホントウかしら?
それは、鵺が、常日頃から人に相対する際に考えてしまう事。
この子、きっと嘘をついてる。
だって、こんなに虚ろな笑い方、おかしいもん。
つばさの真っ黒な目を、燃えるように赤い瞳でマジマジと覗き込むと、そう結論付けて、心の中で忍び笑う。
(かーーわいいv)
そんな事を考えられているとは露知らず、自分よりも大分小柄な体を見下ろしつばさは、鵺に首を傾げて聞いてきた。
「見たって、何をさ」
「が・よ・う・し」
指をピンと立てて、愉しげにそう言った鵺は、「アハハハ」と明るく笑った。
「凄いよね? かなりサイコ入ってたじゃない? どうしよう。 すんごいヤバイのが待ってたら。 うわ、愉しみぃ」と、心からウキウキした様子で言う鵺に呆れたような視線をつばさは送ってきた。
「あ、何? 何、その温度にして摂氏マイナス入りましたーv的視線は」
「いや……。 あんたって、うちと同い年やんなぁ?」
「そうだよ?」
「あー、うん。 13才にしては…」
「しては?」
「言う事が、イっちゃっとるなぁ思うて」
「え…、え? 嘘? え? トキメかなかった? 武彦りんに画用紙見せられた時」
「や。 どうしよう、『武彦りん』なんていまだかってない呼び方してはるわ、この人。 30のおっさんに『りん』て、『りん』ってどうよ? そしてアレは、どう考えてもトキメキアイテムちゃうやろ。 ていうか、トキメキて! 血塗れの画用紙にトキメキて!」
思わず関西人の性で突っ込んでしまうつばさに、ポンと手を叩き、ニッコリ笑って鵺は別の言葉に言い換えた。
「そっか! トキメキじゃなくて、ほのかな恋心みたいな感じかな?」
「違う! ってか、余計悪くなっとる! なんで、恋心やねん! しかも、『ほのか』て! 『ほのか』て!」
「えーと、情熱的な恋心?」
「あー、ほのかを情熱的にねぇ〜って、そこじゃない! うちが否定してるのは、そこじゃない!」
「アタイ、あんたにホの字なのさ…って事?」
「え? え? ちょっと待ちぃ? 何の話? コレ、何の話?」
「だぁかぁらぁ、画用紙見た時、なんかフォーリンラブな予感が…」


それから、二人は最初の目的地である都立図書館にたどり着くまで、延々ボケツッコミを繰り広げ続けた。


「疲れた…」
呆然とした声で呟くつばさに、鵺がスキップしながら言う。
「やー、愉しい人ね。 つばさちゃんって。 鵺、すんごい気に入っちゃったぁ」
「あー、うん? 気に入られたんやぁ…。 へー…」
どうでもよさそうに脱力した声で呟くつばさの腕に自分の腕を絡めて、「ではでは〜、お仕事開始致しましょうかっ!」と鵺は元気一杯に宣言した。
ここは、広い公園を抜けた先にある図書館。
つばさの提案で、まず、当時の事件のことが掲載されている新聞記事に目を通してみようという事になったのだ。
「依頼人の人、なんや武彦さんに依頼する時点で、最初は本当の事隠して喋ってらしいし、今やって、全部の情報が手の内にあるかどうかは怪しいやん? せやで、まず、依頼人にあったりする前に、ちぃっと報道の力を借りよか」
そう言うつばさに、鵺は目を輝かせて「やんv つばさちゃんて、明らかに脳味噌の重さが人より軽そうな言動及び、外見の割りに結構賢い系?みたいな感じよね」と、嬉しげに誉める。(?)
つばさは、もう、何も言う気力もなく、「うん。 そうなんやわぁ。 賢い系でごめんね」と力なく呟くと、カウンターへと足を運んだ。
「あの、スンマセン。 かなり前の、新聞とかって、ここありますか?」
カウンター内に座る年輩の女性にそう尋ねると、「いつの時期のものをお探しですか?」と、問い返される。
「えっと……」
ゴソゴソと、武彦から預かったメモを取り出すと、つばさはそこに書いてある、依頼者から聞いた事故当日の日付を告げた。
カウンターに座る女性は頷くと、「少々お待ち下さい」と言って席を立つ。
「アッレ? いつの間に、そんなもの貰ってたの?」
カウンターから、ピョコンと頭を出して、メモを覗き込む鵺に、呆れたようにつばさは言った。
「見てたやろ? うちが、メモ預かるとこ」
「うーーーん? なんかね、武彦りんと、零ちゃん見てるのが楽しくて、そういうのは覚えてないや」
「楽しい? あの二人が?」
「うん。 なんかね、面を打ちたくなる二人だよね」
「は?」
「ていうか、今一番打ちたいのはつばさちゃんだけどね」
「何、言うてるん?」
「だってぇ……」
唐突に、鵺は背伸びをして、つばさの目の奥まで赤い瞳でマジマジと覗き込んだ。
「ひぃ…ふぅ…みぃ……、たっくさん! 傷跡が見えるよー?」
「……よう、分からん子やわぁ」
溜息を吐きつつ、目を逸らしたつばさに「アハハハ」と笑いかける。
「鵺はさ、精神病院の院長さんの娘だから、仮面被ってる子みると、剥がしたくてゾクゾクしちゃうんだよねぇー。 つばさちゃんはさ、今まで見た子の中でも、かなり固い仮面被ってるかも」
つばさのぎょっとしたような視線を無視し、うっとりと笑って鵺は言う。
「つばさちゃんの面は、固ぁく、固ぁく、作ってあげる。 ま、それまでに、もうちょっと観察させて貰うね?」
つばさは、じっと眼を見られるのが嫌い。
それは、自分に自信がないから。
この子、きっと昔にとっても寂しい思いをしている。
つばさの中に、13才の少女が感じているとは到底考えられないほどのストレスを見出し、鵺は心を浮き立たせる。
(この子面白い。 こんな歳で、こんなに嘘吐きだなんて、一体何があったのかしら?)
つばさの中が覗きたくて、覗きたくて、こんな自分はちょっとおかしいのかしらん?と、すこーしだけ鵺は考えた。


「これ、なーにー?」
そう言いながら、鵺がつばさの手の中にある箱を指差す。
「ねぇ? 鵺は、聞いてた? あのおばちゃんの話聞いてた? っていうか、人の話を聞くつうのをさぁ…」
「えー、だって、あの人の話長くて、つまんないんだもーん! 面だって、作り甲斐のなさそうな人だったしぃ」
そう膨れる鵺に、眉根を寄せて、それでもつばさはカウンターの女性に、聞いた話を繰り返してきれた。
「つまり、あんま、古い新聞とか保存きかへんし、場所とるしって事で、ここの図書館では1年以上前の新聞はぜぇんぶマイクロフィルムにしとる訳や」
「ふんふん。 でも、このままじゃ、読めないよ?」
「せやで…」と、言いながら、辿り着いた部屋の扉をよっこらしょと開ける。
扉の向こうには、古めかしい手動映写機が並んでいた。
「この機械を使うて、記事を拡大して読むわけや」
そう言いながら、つばさが一番手前の映写機の前に座ったので、一人掛けの席だけど小柄な自分なら大丈夫だろうと踏んで、鵺はチョコンと隣りに腰掛けた。
「ちょ…、邪魔やねんけど」
つばさの冷たい視線が、鵺に向けられる。
「えー! だって、鵺もみたいもん」
そう駄々を捏ねるれば、溜息を吐きつつも、受け入れてくれたらしく、つばさはカウンターの女性に教えられたとおりにフィルムをセットし、ライトをつけた。
すると、目の前に、新聞に書かれている文字が、はっきりと浮かび上がる。
「うわぁv わぁ! わぁ!」
途端に、大声をあげて喜ぶ鵺。
「ちょっ! 図書館やで? 静かに…」
「だって、この部屋鵺達以外誰もいないじゃんー。 っていうか、凄いよ! こんな風にして新聞読むの、鵺初めて」
嬉しげにはしゃぐ鵺に、つばさは「まぁ、ええか」と苦笑を浮かべ、ピントを調整し、それから機械についているハンドルをグルグルと回し始めた。
「ええか? 教えた日付の日に来たら、ストップ言うて?」
「ラジャー!」と、元気に答え、じっと画面を凝視する鵺。
ん?
んん?
んんん?
グルグル変わる画像を眺めていると、何だか…。
ちょ、ちょっと……。
鵺は、胸の奥がムカムカしてくるのを感じ、暫くして、「つ…つばさちゃん」と、震える声でつばさの名を呼んだ。
「んあ?」
ハンドルを回転させつつ、つばさがこっちを向いたので、ウルウルと目に涙を溜めながら口に手を当てて、見上げてみる。
「ちょっ! どないしたん?」と、焦った様子で問われたので鵺は「グルグルしてて、気持ち悪くなったぁ〜〜」と正直に嘆いた。
「はぁ?」
つまり、回転する画像を真剣に眺めすぎて酔ったのだろうが、自分でも、図書館で酔うハメに陥るとは想像もしなかった。。
信じられない言葉に、目を剥くつばさに「だってさ、だってさ、ちゃんと見て、一番のタイミングで教えてあげたら、つばさちゃん喜ぶと思ったんだもん」と、口を尖らせる鵺。
そういう顔を見せられば、つばさはもう何も言わず、ガクリと肩を落とすと、「分かったで、もう画面見んと、じっと待ってて。 記事見付けたら教えたるで」
と言ってきた。
流石に殊勝にコクンと頷いて、下を向いてブラブラと足を揺らしながらつばさが自分を呼んでくれるのを鵺は待つ。


「あーー、やっぱ死んでるわぁ」
溜息混じりにそう告げたつばさに、ピョコンと反応し、鵺は顔を上げて、つばさと頬をくっつけるようにして画面を覗き込んだ。
つばさが、鵺も見易いようにとスペースをあけてやりながら、記事の位置を調整し、読みたい部分だけ、ピンポイントで拡大する。
「ふんふんふん……。 目撃者はいなかったらしいけど、ここに書いてある現場の様子や、加害者の話から察するに……依頼者の話通り……か」
鵺は目を細めてそう呟き、つばさは、考え込む。
「じゃぁ、とりあえず、現段階では依頼主を信用した方がええっちゅう事かなぁ」
「つまり、つばさちゃんは、全部依頼主の妄想じゃないか?って考えたのね?」
鵺が、間近でつばさを見つめながら言った。
「まぁ…ね。 事件そのものの存在自体を疑った訳やけど……、流石に穿ちすぎやったな」
アハハと頭を掻きながら笑うつばさに、鵺は何気なく言った。
「つばさちゃんは、そんなにこの依頼主の人が気に入らないんだ」
「え?」
「だって、はなっから疑って掛かるなんて、結構悪意バリバリじゃん」
「ね?」と小首を傾げる鵺に、「うーー」と唸ると、観念したようにつばさは言う。
「まぁ、あんま、好きやない。 会った事ないで、こんなん言うのは失礼なんやけど、自業自得っつうか、あんま同情する気になれへんねん」
そう答えたつばさを、ニコニコと眺めて鵺は言った。
「可愛いね、つばさちゃんは」
心から言う。
ホントウに、つばさちゃんは可愛い。
然し、そんな同い年の少女の言葉が気に入らなかったらしく、つばさは鵺を睨みながら聞いてきた。
「じゃあ、あんたはどうなんよ?」
「どうって?」
「この事件どう思うてるの?」
「そうね、率直に言っちゃうと駆け落ちしたのは双方の同意の上なんだから関係壊れるのだってお互いの責任じゃんよって感じかな? 思いっきり片方にだけ責任被せて被害者面でさ、いやまぁ実際死んでしまった女性は被害者なんだろうけど思考があんまりオトナじゃないよね」
鵺は、心のままに、すらすらと言い放った。。
「死んじゃったのはさ、ごしゅーしょーさまだよ? でもね、恋愛という面においては、お互いの共同責任なのよ。 『騙された』なんて、何かあった時に喚く奴って、超ダサじゃない? それはね、恋愛というステージ上においては、『騙す』も『騙された』もないのよ。 少なくとも、一緒にいる時幸せだったでしょ? だから、恋人同士だったんでしょ? そういう美しい思い出を自分の言葉で汚すなんて、最低よ。 だからね、この画用紙の言葉もダサイ。 『あなたのせいよ』なんて、一方的に言えてしまうのは、恋愛をしてなかった証拠だね」
「……でも…、可哀想や」
つばさが、口を尖らせる。
「お腹の中の子も、その女の人も、可哀想や」
むくれたような声音。
ああ、こんな心根も隠れていたのか。
鵺は、つばさが見せる純粋な優しさに、少し驚く。
こんな心根も持っていたのか。
予想外に、なんて、複雑。
それから柔らかに微笑むとつばさにぴったりと体を寄せた。
「うん。 そうだね」
「生まれて来れへんだ命があって、なくなってしまった命があって、もし、うちが死んだ女の人やったら、やくたいもない事やって分かってても、でも、男を恨むわ」
つばさの言葉に、鵺は頷くと、ぎゅっとつばさの体に手をまわして囁いた。
「つばさちゃんって、本当にイイわぁー」
鵺の心に、ゆるゆるとぬるめのお湯のような暖かな気持ちが満ちる。
「何がよ?」
「ん? 優しいねって事よ」
そして、薄く笑った。
さぁて、今度はどんな心を見せて貰おうか?
「じゃあさ、つばさちゃん。 例えば、こんな画用紙を捏造して、死んでしまった女の人と赤ちゃんを汚す奴がいたら…どう思う?」
「許せへん」
つばさが、言葉に力を込めて言う。
「だよね? だよね? ねぇ、一番怪しいのってさ…」


「「依頼主の友人」」


二人は声を重ねて言った。




場面は変わって、国道沿いの歩道。
つばさと鵺は意見を交わしながら、並んで歩く。
「やっぱねー、そう思うか!」
「一応現実的なセンから、埋めてかんと…。 怪奇現象かどうかさえ、本当に判断つけられへん現状では、しゃぁないやろ」
「そうよねぇ。 だって、『怪奇現象』であるって、依頼主が判断したのって、ぜぇんぶお医者様の友人の言葉が元でしょ? あーやしいなぁ。 怪しい、怪しい」
わくわくした様子で言う鵺を、つばさは気味悪げに眺めて「何が、そんな楽しいん?」と問えば、「だぁってさ、その人が今回の事件の首謀者としてよ? あの画用紙見る限り、か・な・り、キちゃってる人じゃん? したらさ、相当病んでそうだからウチに強制入院させちゃおっかなぁvって思ってぇ。 商売、商売っ!」と、跳ねる鵺。
「武彦はんめ! なぁにが、結構仲良く出来るんじゃねぇか? や! こんなけったいな子と組ませて。 扱いにくい事この上ないしぃ〜」
そうブチブチ文句を垂れているつばさの腕をグイグイ引いて、鵺は先を歩き出す。
「んじゃ、んじゃ、ご友人様に会いに行きますか〜? 勤め先の場所知ってる?」
「聞いてあるしぃ、ちゃんとアポも取ってもろとる」
「うあ! 凄い! つばさちゃんったら天才!」
「ってか、友人を疑うんやったら、是位の手回しは当然やん」
引っ張られながらも、少し得意げに言うつばさと、機嫌良さそうに駆け足で進む鵺との凸凹コンビは、次いで、友人の勤め先である付属病院へと赴いた。



「貴方達が?」
驚いたように尋ねられるのも仕方ないだろう。
中学一年生の二人組が、興信所の者ですなんて言って訪ねてきたのだから。
つばさに至っては、制服姿だったりするので、余計に訝しまれていたが、名刺を出し、興信所の印が押してある紹介所を出して、やっと信用して貰えた。
病院の喫茶室で、向かい合って座る。
「女性の方…やったんですね」
つばさの言葉に、不思議そうな顔を見せる女性。
「いえ、なんや、依頼者の方が男性やもんで、友人も男性やと思てました」
つばさがしどろもどろになって言えば、鵺が笑って「異性の友達っていうのも、いたっておかしくないですよねぇ?」と相手に声を掛けた。
「それにしても、キレーな喫茶室ぅ〜」
嬉しげに言う鵺に、つばさが不思議に思って声を掛ける。
「え? あんたんトコの実家も病院やろ? そんな物珍しいもないやろ」
つばさの言葉に、女性も興味をそそられたのだろう。
この派手な髪と、目の色をした少女が、病院の娘だという事に驚いたらしく、少し身を乗り出して聞いてくる。
「そうなんですか?」
「うん。 そうですよ。 でも、ホラ、精神病院の雰囲気ってさ、良くも悪くも、ちょっと違うんだよなぁ。 一般的な病院とはさ」
と、答え、それから好奇心一杯の目でメニューを覗いた。
「ねぇ、ねぇ、つばさは何にする? 鵺は、この、グレープフルーツのフレッシュジュースにしようと思うんだけど……」
「え? そんなん、あるん? うわぁ、シャレてるわぁ、近頃の病院。 したら、うち、オレンジのフレッシュにするで、一口くれへん?」
「いいよ、交換ね。 あ、どうぞ、勿論こちらで会計持ちますんで、好きなもの頼んで下さい」
相手の緊張をほぐす為に意識的にではあるが、呑気なやりとりを目の前で見せる二人に、毒気が抜かれたのだろう。
身を固くしていたのを、少しリラックスしたような様子を見せ、不思議そうに聞いてくる。
「二人は、アルバイトか何かなの? 見たところ、まだ、中学生よね? その、不思議な力?とか、持ってたりするの?」
依頼主から、情報を入手したのだろう。
怪奇事件専門の興信所から、調査員が派遣されてきたのだ。
しかも、それがこんな子供とくれば、そういう風に考えるのも不思議ではないだろう。
「あ、はい。 まぁ、自慢する程のもんちゃいますけどね」
照れながら答えるつばさと、何も言わずに笑って頷いて、「で、何にします?」と、問い掛け食券を買いに行く鵺。
少し、好奇心にかられたような表情を見せた女性だが、それ以上深く聞くのも怖く感じたらしい。
口調を変えて、沈んだ声で問うてきた。
「それで、あの、彼は大丈夫なんですか? 毎日、あの…」
「画用紙?」
「はい。 あれが届くせいで、殆どノイローゼみたいに…」
飲み物をトレイに乗せて戻ってきた鵺が、
「まぁ、そうなの? じゃあ、是非、一度鵺の病院に来て貰わなきゃ」
と、場違いに嬉しげな声で言えば、つばさに思いっきり足を踏みつけられた。
「そりゃ、怖いですよね。 自分の子供の血がべったり付いてるような、画用紙が毎日届くのは…」
つばさがそう言いながら、チラリと女性の表情を眺めるが、青ざめた顔は、何の動揺も見せない。
しかし、鵺は、女性から伝わる異様な音に神経を研ぎ澄ましていた。
どうしてだろう?
グチュグチュと、湿った、嫌な音がする。
女性の顔をじっと眺める。
(何かに似ていると思ったら、そうか、この人……)
鵺は、緩く微笑みながらじぃぃっと凝視した。



(夜叉の顔をしている)



実は、ここを訪れる前に、鵺はつばさにある事を頼んでいた。
鵺の特殊能力である、本性を暴く事の出来る能面の制作の為に必要な情報を、彼女から引き出すように言ったのだ。
質問事項も、鵺が決めた。
質問者の役割をつばさに頼んだのは、観察に専念したいからだった。
つばさが聞いている間、女性の反応をつぶさに眺めるつもりだ。


覚悟なさいな。 すぐに、裸にしてあげる。
鵺は、そう決意を固めた。


まず、依頼主と、どういう経緯で知り合ったのか、どういう友人関係だったのかを、問うたつばさに、女性は暗い表情で、元は亡くなった女性の友人で、そこから依頼主とも知り合ったと答えた。
「彼女は……明るい、とてもいい人でした。 どうして……あんな……」
「え…、じゃあ、その女性とも友人関係を結んでいたんですね?」
「はい。 小・中・高と一緒で……」
そう言いながら、俯いてしまう女性を、鵺はじっと眺めてる。
(あ、スカートを掴んだ。 あーあー、そんな風に握り締めたら皺になっちゃうのに)
依頼者の、一挙一動に神経を研ぎ澄ませる。
「じゃあ、今回の依頼者の男性を、恨んでますか?」
単刀直入に聞かれれば、女性は即座に否定した。
「それは……ないです。 そりゃ、最初は、思いました。 駆け落ちをしておいて、生活が辛くなったら、逃げるだなんて、なんて酷い人だろうって。 でも、それと、彼女が死んでしまった事っていうのは、別の話です。 それに、とても反省して、孤独で質素な生活を送る彼を見ていると、恨んだり、責めたりなんて事、とても出来ません」
「血…」
「え?」
「画用紙に付着してた血液って、ほんまに依頼者と、その恋人の間に生まれる筈やった子供の血ぃなんですね?」
「…はい」
「どんな気持ちがしました?」
「怖かったです。 それは、もう、怖かったですよ。 あの画用紙を見せられた時も悲鳴をあげてしまったんですが…、検査結果を見た瞬間、目の前が真っ暗になるような…」
ガタガタと身を震わせながら、女性が言う。
(震えてる。 目を、ぎゅっと閉じて。 罪悪感? 悔恨? あ、俯いた。あらら、この人 笑ってる。 笑ってるわ、絶対)
鵺の目と、思考は付かず離れず、めまぐるしく動き周り続ける。
「今まで、私は職業上、あまり、こういう超常現象?みたいなものに、不理解な人間でした。 だけど、そういう結果が出てしまった以上、認めざる得ないというか…」
「どう思います?」
つばさが、唐突に聞く。
女性の顔が、ポカンとした表情を晒した。
これは真心から現れた、真の表情。
(ナイスタイミング! つばさちゃん。 掴んだ。 これで、掴んだわ)
鵺が、胸中で快哉をあげた。
「へ?」
「あの画用紙やら、画用紙に書かれていたメッセージやらです。 どういう意味やろって考えます?」
「どういう意味って……」
「どういう意味のメッセージなんやろ?って事です。 あの、『あなたのせい』って言葉ですよ」
つばさも、じっと女性を見た。
鵺は、元より瞬きすら惜しんで、女性の観察をしている。
「彼女からの、恨みの言葉だと思います。 きっと、彼の結婚を許せないんでしょうね」
女性が、沈痛な表情で答えた。



「……分かったん?」
「うん。 OK」
指で、マルを作って答えてれば、つばさは不思議そうな顔で問うてきた。。
「なんや、よう分からんだんやけど、あんたにはどの情報が必要やったん?」
つばさが聞くと、鵺は、「『どの』って言うと答えられないのよねぇ」と、笑う。
「つまりさ、鵺の作る面の材料はさ、普通に必要な材料の他に、制作対象の『感情』が必要なのよねぇ。 それが少しでも分かれば、本性を現した面を打つ事が出来る。 だから、対面・そして観察っちゅうのが、いっちばん大事な訳なのです」
つばさの腕にぶらさがるみたいにして歩くのが気に入ったので、まつわりつくみたいにして、つばさの側を歩きながら、鵺は言う。
「だから、つばさちゃんに聞いて貰った幾つかの質問は、あの人の仮面を剥げるんじゃないかな?っていう質問なわけ。 仮面被ったままでいちゃ、本性を現す面は打てないでしょ? 本当のお顔が、少しでも知りたかった訳よ」
「分かったんか?」
「んー? 実は、最初に顔を見た時点で、大体分かったかも。 でも、打ってみないと、まだ、ハッキリとは言えない」
そう言いながら、ヒョイと手に提げていた、大きめの紙袋を掲げた。
「ずうっと気になってたんやけど、何それ?」
「鵺の愛用能面製作キット」
「は?」
「いつでも、どこでも、気軽に能面が打てるキットです」
「はぁ……」
「お値段、19800円」
「えーと、や…すいん?」
「タカタさんはそう言ってた」
「ええ? ジャ、ジャパネット?」
あそこ、手広いよねーなんて、呟きつつ、鵺はつまらなそうに言う。
「だけど、あんな場所で流石に打つ訳にはいかなかったしね」
「ていうか、そんな簡単に能面て打てるん?」
「まさかぁ! そんなんだったら、職人さん商売上がったりじゃない。 鵺の場合は、術を行使して仕上げるから、普通の手順とは違うのよ」
そう笑い、それから紙袋から一枚紙を取り出した。
「……夜叉」
「え?」
鵺は黙って、その紙をつばさに見せる。
「…うあ」
つばさは、小さく呻く。
その紙には、先程迄喋っていた女の顔の絵が浮かび上がり、そこに重なるようにして、鬼の顔が描かれていた。
「簡易キット、便利道具その1。 写紙。 事前に呪をかけておけば、対象が会話の中で『感情』を見せた際に、その感情にもっとも相応しい妖怪の絵を浮かび上がらせてくれる。 鵺は、これを参考に能面を打てばいい」
「夜叉」
「そう、狂った女の鬼の姿よ」
「全ての犯人はあいつ…なんやろ?」
つばさが、確信を込めて聞く。
鵺は頷いた。
「た・ぶ・ん・ね?」




その後、依頼主の家を訪ねた二人は、今朝届けられたという画用紙に目を通した。


「殺してやる。 殺してやる。 殺してやる」


赤いクレヨンで画用紙一杯にそう書き殴られた文字と、そして赤い血。
つばさが眉を顰め、鵺は満面の笑みを浮かべる。
「髪の毛が……」
依頼主が、憔悴しきった顔で呟いた。
「え?」
「俺の写真と髪の毛の束が、俺の婚約者の家に送られてきたそうです」
「………」
「何にも言ってないから、変なストーカーでも付いてるんじゃないの?って心配されて……」
顔を両手で覆って、依頼主は呻く。
「俺だけならまだしも、このままだと彼女にまで何か危害が及びそうで…」
「その髪の毛、持ってますか?」
鵺が、依頼主の様子になど全く頓着せずに、軽い声で問うた。
「はい。 俺のトコにも送られてきたので…」
そう言いながら、髪の毛の束を近くにある机の引き出しから取り出す。
「お預かりしますねv」
手を出して髪の毛を受け取ると、鵺は依頼主に言った。
「明日、多分全て解決出来ると思います。 ただ、こぉんなこわーい、画用紙ちゃんが送られてきちゃってるので、もしかしたら元凶に対峙する際に、あなたに危害が及ぶ可能性があるんです」
「え? そうなん?」
焦ったように問うつばさに、鵺はコクンと頷いて、「だ・か・ら」と、ウィンクした。
「明日、貴方の事はこの鵺が護ります。 で、元凶をつばさちゃんに叩いて貰いますね」
「え!」
思わず大声をあげて、「ちょ、勝手に決めやんといてぇなぁ!」と詰め寄るつばさを無視し勝手に話を進める鵺。
結局、その説明が求められたのは、依頼主の自宅から、今日一日の報告の為に向かう事務所への道のりでであった。


「や、彼女が生身の人間だったら、なぁんにも怖くないけど……」
「けど…って事は何?」
「んー、断言しちゃうけど、憑かれちゃってるのよねぇ…あの人」
「い、医者のおばはんがか?」
「うん。 鵺はさ、対面した時に、ある程度は内面読めちゃうんだけど、人間の精神構造してなかったんだよねぇ。 なんか、ぐちゃぐちゃ言ってた。 内蔵を直接掻き回すみたいな音ね?」
「や、そんな具体的且つ、妙にグロい説明は求めてへんのやけど…」
鵺の言葉に、つばさが、顔をしかめる。
「まぁ、その、お腹を切り裂いて、腸を引きずり出しているときみたいな音が絶えずしてたから、既にヤバイなぁっていうのはあったんだけど……」
「わぁ。 鵺ちゃんったら、もっとヒートアップしてはるぅ…」
そう疲れた口調で呟くつばさを無視し、鵺はあっけらかんとした口調で語り続ける。
「実の所、彼女まだ、自分が憑かれてるっていう自覚ないっぽいんだけど、そういうのに憑かれている以上、あの人に攻撃を仕掛けた時点で、憑依している存在が力を振るい、その余波が恨みの対象である、あの依頼主の人を襲わないとも限らないじゃない?」
「そういう時の為の護衛ってわけか」
「そうそう。 で、そういう場合、多分つばさちゃんの能力の方が、肉体派? ガテン系? マッスル臭い? むしろ、脳内筋肉?的だから、彼女を叩くのに有効だと思うのね?」
「わぁ、凄い誉められたー。 つばさうれしー」
無表情にそう言ってやると、それから、つばさは「あんたは、大丈夫なん?」と聞いてきた。
「え?」
何が言われたのか分からず、鵺は、ポカンと問い返す。
「うちはさ、まぁ、仰る通りの肉体派ですから? なんやかや言うても、生身相手においそれと遅れはとらへんけど、あんた、一人でええの?」
鵺を見下ろし、真剣な声で聞く。
鵺は、また心に暖かなお湯が満ちるのを感じて笑う。
「ありがとう。 大丈夫よ」
そして、つばさの手を掴んだ。
「大丈夫。 大丈夫」
「ん」
どうしてだろう。
鵺ったら、こんなにも素直に、つばさちゃんに感謝してる。
「つばさちゃん」
「ん?」
「鵺、つばさちゃんの事好きよ?」
「は?」
「だから、つばさちゃんもこれで大丈夫」
「………」
「寂しくなったら、鵺の事呼んで? 大サービスで駆けつけてあげる」
「ん」
「怖い時も、そうよ? 鵺、同い年の友達全然いないの。 だから、今日ね、つばさちゃんみたいな女の子来てくれて、ホントに、ホントに嬉しかったんだよ?」
「ん」
「…友達になろ?」
鵺は心から笑った。。
「ね?」
つばさが頷いてくれて、鵺は安心した。 



その夜、鵺はつばさの携帯に電話を掛けた。
面を打つ事によって判明した、驚くべき真実を告げる為に。

「間違いないわ」
「面を、打ったんか?」
「ええ。 恋文」
「は?」
「あの画用紙は恋文よ。 お医者様から、依頼主へのね」

恋文。

恨んで、恨んで、それでも恋に狂うた恋文。



「……そうやったんか。 つまり、あのお医者さんは依頼主に惚れてしもうたけど、自分の友人という歴とした恋人がおった。 だから…」
そこまで言って、躊躇するようにつばさが口を噤む。
だから鵺が、言葉を続けた。
「だから、お医者様は依頼主の恋人を殺した」
「……そうなんか?」
「そうよ。 目撃者はいない。 加害者は、動揺しきっていて、よく分かっていない。 運が良かったのよ。 もしかしたら、参考人として取り調べくらいは受けてるかも知れないけど、証拠不十分で釈放されるわよね。 その状況じゃ」
「……そこまでしたのに、依頼主は別の新しい女との結婚を決めやがった」
鵺は、傍らに置いてある面を持ち上げ顔に当てる。

嗚呼、嗚呼、嗚呼、恨めしい。 
黒々とした、狂気が心の内を満たす。

「許せない。 許せない、許せない」
鵺の口調が変化した。
「あの女、殺してやったのに、お前は、また、違う女を愛するのか。 あああああああ、許せない。 お前のせいだ。 全ては、お前のせいだ。 こぉおおおろぉおおぉしいぃいいてぇぇぇぇやぁぁぁぁるぅううううううう」
「ヒッ」
つばさが小さく悲鳴をあげた。
打った面を、付ける事で、その対象の本性に変ずる事の出来る鵺の特殊能力が発動していた。
しかし、鵺がつばさに聞かせたいのは、このような恨み言ではない。
もっと、重要な一言。





「……お父さん」

寂しい声が、鵺の唇から転がり落ちた。
孤独な魂の呟き。





「…え?」
つばさが、慌てて問い返してくる。
鵺は、面を置いて、つばさに確認した。
「聞いた?」
「ああ。 お父さんって」
「そう。 彼女に取り憑いているのは、子供。 産まれなかったね」
「…ど…うして…」
「つばさちゃん、昼間言ってたよね? 彼女がクロに違いない証拠として、他の病院に血液検査を頼んだらどうだって」
「あ、ああ。 あの血液は、医者やっとんやし血もぎょーさん手に入りやすいから、適当な血液巻いただけで、検査結果は捏造したんちゃうやろかって…」
しかし、つばさは「検査結果が出るまで時間かかりすぎるな」と、止めたのだが…。
「多分ね、他の病院で検査しても、同じ結果よ」
面を被る事で判明した事実を笑い声混じりに鵺は告げた。
「あのお医者様、怖い事してるわよ? 事故当時の胎児の遺体、どうも冷凍保存しちゃってるみたい。 あの付属病院緊急指定病院でもあったわよね? 事故現場からも、そう遠くはないし、十中八九死んでしまった女性の遺体は、あの病院に運ばれてる。 事故当時運ばれてきた遺体のお腹を切り裂いて胎児の肉塊を取り出し、縫合をしてしまえば、検査は済んだ後ですもの。 だぁれも、お腹の赤ちゃんがいなくなってる事なんて気付かないでしょう?」
「え……」
「勿論、血液も大事に抜いておいたのね。 あの画用紙に散らされているのは、保存しておいた血液なのよ」
「で……でも、毎日、一年間送られてきてたんやで? 胎児ってどの位の大きさか知らんけど、そんなに血液が採取できるもんなん?」
「だから、怖いのよ。 子供の血は尽きないんだわ」
「……どういう事や」
あのお医者様ったら、よっぽど大事にしてたのね?
「冷凍保存した胎児の肉塊が、女の情念に引きずられて悪霊に変じ取り憑いちゃっているんだもの。 その肉塊から、血液はきっと流れ出している」
「……え?」
「悪夢ね。 仮初めの命が、吹き込まれているのよ。 あのお医者様、母親になったんだわ。 依頼主の子供の、母親になってしまった。 だから、鵺。 これから大事な事を言うわ。 その肉塊、肉塊を探して。 それを壊さない限り、この悪夢は終わらない」
 



鵺は、孤独な子供と遊んであげるわ。





真夜中の、依頼主宅。
リビングルームで、まんじりともせずに硬直している依頼主の隣で携帯ゲームで遊んでいた鵺は、グチュグチュとした湿った音が聞こえ、部屋中に血の匂いが満ちてくるのを感じて、顔を上げた。



「お父さん」



子供の声が響く。

「ひっひぃぃぃ!」

依頼主が悲鳴をあげた。
床に、唐突に、ゴロリとした肉塊が現れた。
「おとーーーさぁーーん」
声が、肉塊から聞こえてくる。
その肉塊が、依頼主に小さな手のようなものを伸ばしている。
血と羊水にまみれ、ズルズルと肉塊の中心から長い臍の緒が延びていた。
ヨチヨチと、這いずるその肉塊は、人間の姿に変ずる途中の、赤子の姿。
その瞬間、立ち上がって肉塊に対峙している鵺の足がズブリと沈んだ。
依頼主の座っているソファーも、ぐずぐずと沈み始める。
「異界化……ねぇ」
うっすらと鵺は笑う。
床が、壁が、薄ピンク色した肉壁へと変化し始めていた。
ヌメヌメとした光を放つ肉の壁には、赤い血管の筋が走り、ドクン、ドクンと鼓動を刻んでいる。
鵺の足は、その不気味に生暖かく、柔らかい肉に取り込まれ始めていた。
このまま、全身が沈むのも時間の問題だろう。
そう、他人事のように考えながら、鵺は、笑みを滲ませた視線を肉塊に送る。
「貴方の仕業ね?」
問えども、肉塊は一心に父親に手を伸ばし、「お父さん」とその存在を乞い続ける。
「可哀想な子」
肝心の父親は、余りの状況に腰を抜かし、ただただ目を閉じ、耳を塞いで震えていた。
(まぁ…仕方ないかぁ…)
こんな状況で、気丈に振る舞える方がおかしい。
つまり、つばさが、あのお医者様との対決を開始したという訳なのだろう。
だから、あのお医者様に取り憑いている子供の怨霊が余波となって、父親の元へと現れた。
例え、産まれ出ずる事なくとも、親を恋うる気持ちはあるのか。
欲しいのだろう、父親が。
側にいて欲しいのだろう。
だから、取り込もうとしているのだ。
そこまで、鵺は考えて、ハタと重要な事に気付いた。


何処に?
何処に取り込もうとしてるのだ?
異界化は、霊的現象に間近に対峙した際に、世界が現世から異界つまり、現実ではない場所へと変ずる現象であり、異界化自体を特殊能力として有している霊等も存在しているのだが、しかし、いったいこの異界は何処なのだろう?
側にいて欲しいから、父親を取り込もうとしているという事ならば、この異界は今、肉塊が存在する場所なのだろう。
肉の壁。
蠕動する、血管や、床。



まるで、人の体の中だ…。



そして、鵺は理解した。
漸く、全てを理解した。
それは余りにも、有り得ない結論だった。





「キミ、食べられたのね。 あのお医者様に」





鵺は、今回の事件で、初めて吐き気のようなものを感じた。
あの人、食べたのだ。
この肉塊を。
体内に収めて、腹に収めて、そして母になろうとしたのだ。




うわ、キモイ。




嫌悪感を顔一杯に浮かべ、それから、ズブズブと腰まで沈んでしまった自分の状況を鑑みて、そろそろ何とかしないとねぇ…と、のんびり考える。
それから、懐から一束髪の毛を取り出して肉塊に向かってかざした。
「可哀想だから、救ってあげても良いよ?」
鵺は、笑ってそう告げる。


そして何処からともなく、一枚の面を取り出した。


女の面。
あの、医者の本性を元にして打った能面だ。


ゆっくりと、顔につけると、肉塊がようやくこちらに意識を向けるのが分かった。
手の中の髪の毛がズルズルと伸び出すのが分かる。


「どうしたの? 坊や。 お母さんよ」


鵺の喉を通って、他人の言葉が滑り落ちた。
「こんな所で、お父さんを虐めて、駄目でしょう?」
肉塊が答える。
「違う。 お母さんじゃないよ。 お前はお母さんじゃないよ」
「違わないわ。 お母さんよ? 分からないの?」
うふふふ…、面が笑った。
「可愛い坊や、私の坊や」
「あの人と…」と、言いながら、殆ど失神状態に陥っている依頼主を指差し、次いで自分を指差して、面が言う。
「私の間に、お前は出来た子供なのよ? お母さんと呼びなさい」
ズブズブと体はどんどん沈んでいく。
依頼主も、座っていたソファーはあらかた呑み込まれ、自分自身が呑み込まれ始めていた。
「違うよ。 お母さんは、死んだんだ! だから、僕も死んだんだ! お父さんのせいだ。 お父さんのせいで…」
「そうね…。 ぜぇぇぇんぶ、お父さんが悪いのよ。 でもね? 駄目よ? あなたがお父さんを貰っちゃ駄目。 私のもの、お父さんは私の物よ。 あなたも私の物よ」
肉塊がフルフルと震えた。
「だって、食べたのだもの。 覚えているでしょ? 私のお腹の中に、あなたはいるの。
だから、私があなたのお母さん。 こんなおイタをする子には、お仕置きをしてあげる」
面の口がパカリと開き、真っ赤な口が覗いた。
目がカッと見開き、手に握られた髪の毛が、物凄い勢いで肉塊に向かって伸びる。
髪の毛が、肉塊をグルグルと巻き、そして夜叉の顔と変じた面の女は髪の毛をグイとひいた。
肉塊が、赤い筋を肉の床に遺しながら、女の元へと寄せられる。



「いけない子。 可愛い子。 私の子。 ほんと、可愛くて、可愛くて、可愛くて、食べちゃいたい」


 
愉悦に満ちた、声が漏れる。
「助けて、お父さん」の声を残しパカリと大きく開いた口の中に、丸々と、その肉塊が呑み込まれた。


その瞬間、世界は正常な姿へと戻り、面を外した鵺は依頼主の家のリビングに立ち尽くしていた。
「つばさちゃんも、終わったみたいだね」
軽くそう呟き、それから依頼主へと視線を向ける。
だらしなく白目を剥いて横たわっている依頼主に、「さて、全ての真実って、探偵さんは報告すべきなのかしらん?」と首を傾げつつ、とりあえず途中で終わっている携帯ゲームの続きに取り掛かった。





「ご苦労様〜」
明け方、疲れ切った足取りで歩いているつばさに、鵺は声をかけた。
「迎えに来てくれたん?」
「うん。 途中でぶっ倒れてたら、悪戯しちゃおうと思って」
アハハハ〜と、恐ろしい事を言う鵺に、「はぁ…」と疲労の滲んだ溜息でつばさが答える。
「あの女医さんどうなったの?」
「ん? ああ、自首するてさ」
「え? 生きてるの」
「アホか! 殺人犯して13才で塀の中暮らしてやってられかぁ!」
そう叫ぶつばさはその後、気を取り直したように、静かな声で言う。
「なんか、取り憑いてたもんの息の根止めたら、すぅっと表情が静かになってな、意識も戻りはって、全部自分がどんな状態やったか覚えとってなぁ…。 恐ろしい事したって、震えてはったわぁ。 むしろ、あれは罪を償わせて欲しいと切望してるように見えたね」
そして、つばさが疲れた声のままで呟いた。
「綺麗事ちゃうね」
「え?」
「恋愛は、恐ろしい。 あんな、なってしまうんやなぁ」
夜叉の顔。
あれは、どの女にも眠るある種の本性の顔なのかも知れない。




「恋文」
鵺が唄うように言う。
「恋うて、乞うて、恋うて、だから恋文。 鵺達が覗くには、ちょっとオトナの世界過ぎたね」
そして、ひょいとつばさの手を握る。 その手の柔らかさ、温度の高さに心から安堵を覚え、鵺は思った。
アレ? 鵺も、少しは怖かったのね、と。
人の心とは、本当に奥深い。


二人の少女は、朝焼けの、美しい光の中を手を繋いで歩き始めた。




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 2414/ PC名 鬼丸・鵺/ 性別 女/ 年齢 13/ 職業 中学生】
【整理番号 1411/ PC名 大曽根・つばさ/ 性別 女/ 年齢 13才/ 職業 中学生、退魔師】





□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めまして。 ライターのmomiziです。 ご依頼請けていただきまして、真に有り難う御座いました。 えーと、話が長すぎて、容量の限界が近いので(汗)短い御挨拶とはなりますが、鵺ちゃんは書いてて、凄く楽しいキャラでした。 持っている能力の特殊性が、創作意欲を刺激してくれました。 また、ご縁が御座いますこと、心よりお祈り申し上げます。