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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ささやかな反乱


■オープニング■


 桜の花も散り、すっかり葉桜になる頃になるとやたらと街頭演説をしている集団を見たことはないだろうか?
 統一メーデーだのいって頭にハチマキを巻いたおじさんたちが街角に立ち集団で雇用改善の為に一致団結する日である。
 そして、今日、ここアトラス編集部でも、ささやかな1人メーデーが行われていた。
 机の周りに形ばかりのバリケードを作り、給料改善の為に戦う男、三下忠雄。
 しかし、編集部の面々はその光景に泡を吹いて倒れそうになっていた。
 編集長碇麗香に歯向かう三下など、今だかつて見たことが無かったからである。

「おかしい」

 それがその場に居合わせた全員の今日の三下に対する感想だった。
 “アノ”三下が“アノ”碇麗香女史に逆らうなど、どう考えても天変地異の前触れであるとしか思えない。
 一方、楯突かれている麗香の方はいつに無く寛大で寛容で、その三下の姿を見ても何を言うわけでもなかった。
「え? 三下君がおかしいって? そんなのいつものことでしょう」
 麗香はそう言って妖艶に微笑んだが、実は彼女だけは真実を知っていた。
 三下が先日取材に行ったメーデー参加者の強い思念に取り付かれていると言う事を。
 しかし、
「ちょっと面白かったからそのままにしておいたんだけど……もう、そろそろ目障りだから、それ片付けちゃってくれないかしら?」
と、指示を出した。


■■■■■


「雇用条件を見直せ―――! もっと給料を上げろ―――!」
 確かに、三下の給料は全国の最低賃金以下だし、ある意味労働基準法全く無視の雇用条件であるからして、言っている事は至って当たり前のことである。当たり前のことではあるのだが……
「三下さん、いつになく勇ましいよねぇ」
「うん。何か悪いものでも食べたのかしら?」
 女子高生、丈峯楓香(たけみね・ふうか)と夕乃瀬慧那(ゆのせ・けいな)は暢気にその三下の様子を眺めながら持ち込んだお菓子を食べながら微妙に感心したような口調でそう言っていた。
「でも、何で突然あんなこと言い出したんだろうね?」
 三下の雇用条件の悪さなど昨日今日始まったわけではないし、今更なことをなぜ突然言い出したのか、楓香は至極不可解な顔をしている。
「今日はメーデーですからね」
と、ケーナズ・ルクセンブルク(けーなず・るくせんぶるく)が答えた。
まだ学生の楓香と慧那の他にこの場に居合わせている面子と言えば、陰陽師という名の自由業でる真名神慶悟(まながみ・けいご)と某財閥所有庭園を全面管理してはいる庭園設計者のモーリス・ラジアル(もーりす・らじある)と―――見事なまでに非サラリーマンばかりである。
 厳密な意味では一般サラリーマンとは微妙に違うかもしれないが、裏ではフリーの諜報員をやっているケーナズは表向きはちゃんと製薬会社に勤める研究員であるから、1番ソレに近い彼が気付くのはごくごく自然な流れであった。
「あぁ、今日は5月1日でしたね」
「俺には縁が無いから全く気にしてなかったな、そんなこと」
と、大人たちは自分にはあまり関わりのないものであるが、一般常識としてそう頷く。
「はーい、センセイ」
 楓香が元気良く挙手する。
 誰が“センセイ”なのだと、3人は顔を見合わせた。
 これが、慧那の発言であれば彼女のセンセイ=慶悟であるから判りやすいのだが。
「メーデーって……船が遭難しそうな時に叫ぶアレ?」
 何かの映画でそんな台詞であったような―――
「今言ってるメーデーってのは労働組合の集団ストライキやデモをするあれですよ」
「労働条件がとかいって学校で習ったような気がする……かなぁ」
「……楓香ちゃんたら」
 一般的には遭難のメーデーの方があまり知られていないと思うのだが、とっさに出てきたのがそっちと言うのがなんだかいかにも楓香らしくて慧那は飽きれるやら感心するやら、微妙な反応を示すしかなかった。
「三下君が何かに憑かれているのはいつもですが、勤労意欲というか、活動的な彼にはどうにもそそられませんよね」
 そう言うモーリスにケーナズは含み笑いを浮かべる。
 ケーナズとしても、いつもペット扱いの彼のいつもと違う様子がどうも可笑しいというか微笑ましいと言うかいじましいと言うか―――一言で言うならば面白いらしく自然笑いを完全に抑えきれないらしい。
 モーリスの―――生きとし生けるもの全ての存在を調律・調和し、あるべき姿に戻すことの出来るハルモニアマイスター―――能力をもってすれば三下を元に戻すことくらい簡単ではあるのだが、それでは面白くも何ともない。
 ふ……と、モーリスはケーナズ同様に人の悪い笑みを浮かべた。


■■■■■


 机の周りに没原稿の山でバリケードを作っている三下に、まず手始めにモーリスが近づいた。
「三下君、賃上げ交渉というのはもっと具体的に提示しないといけないと思うのだけど?」
 明らかにもっと何かを言わるような問いかけに、三下はほいほいと乗ってきた。
「正社員のはずなのに給料が時給制って言うのはおかしいと思いませんか!? それに取材経費ももう少し貰わないと……生活していけませんっっ」
 よよ……泣き崩れる三下の肩に、手を置いて、
「お金のことだけですか? さぁ、私がついてますから勇気を出して言って下さい」
とモーリスは微笑む。
「……モーリスさん!」
 僕の味方は貴方だけですぅ―――とモーリスの手を両手で握り締める。
「でも……こんなところで大きな声では言えません」
「じゃあ、私にだけでも、教えていただけないですか?」
 言わないと交渉は成り立たないという前提がもうすっぽりと三下の頭からは抜け落ちているようだ。
 三下はおずおずと、モーリスだけに耳打ちをする。
 そして、モーリスは小声の更なる要求を聞き、
「碇女史―――、三下君はもう少し優しい上司が欲しいとのことですよ?」
と、はっきりばっちりと告げ口をした。
 信頼させておいて突き落とす―――モーリス・ラジアル、性質の悪い男である。
 今度は、モーリスと三下のやり取りを聞いていたケーナズが微笑みながら三下に、
「キミ、賃上げ交渉は当然の権利かもしれないが、賃上げを要求すると言うことはそれなりの仕事を求められるという事だよ。キミは碇女史が満足できるだけの仕事をやっているのかい?」
と、問いかけた。
「ボクはいつも真面目に仕事をしてますっ……その度に危ない目や怖い目に会ってるんですよぉ」
 三下は必死に自己弁護をはかる。
「まぁ、確かに頑張っているかもしれないけれどね、社会人としては途中経過よりも寧ろ結果が大切なんだよ。給料だけを求めて仕事をしないのは給料泥棒ではないのかい?」
 理論的に説明されて、三下はどんどんたじたじになっていく。
 更に追い討ちをかけるように、ケーナズは三下のバリケードの一部となっている歴代の没原稿や没にされた企画書の山から没原稿の1枚を抜き取った。
「―――こんなものかな」
 そう言ってケーナズが見せた原稿は、麗香に、
「ボツ」
の一言で葬られた理由を表しているかのようにこと細かく添削さをして真っ赤になっている。
「素人で日本人ですらない私が添削してもこうなるんだよ」
 血も涙もないとはこのことだろう。
「まぁ、でも私はそんなキミが好きなんだけれどね」
と、ケーナズはそう甘いことを囁くが、すっかり逝ってしまっている三下の耳には全く入っていない様子である。
 しかし、それが良くなかったのか、一瞬黙り込んだと思った三下だったが本人の意識が薄れてより一層霊による憑依状態が強くなってしまったようで、

「とにかく、オレは賃上げを要求するっ――――!!!」

 とうとう口調まで変わってしまった。


■■■■■


 ぎゃんぎゃんと、普段からは考えられないほど三下は喚きだした。
「貴方たち……遊ぶのもそこらへんにして頂戴。本当にそろそろ邪魔になってきたわ」
 麗香が普段通りにバリバリと仕事をこなしながらそう言う。
 どうも、さすがにこう煩くては、騒ぎに慣れているアトラス編集部とはいえ職場環境に支障をきたす。
「じゃあ、ここは私が」
 そう言うと、慧那は紙の式神をカバンから取り出した。
「最近は毎日寝る前に式神を切りぬくようにしているからだいぶ枚数も貯まってきたんですよ」
などと、慶悟に言いながらそれを三下に張りつけようとしたのだが……いかんせん、暴れている三下に中々近付けないでいた。
 そんな様子を見ていた楓香は、
「取りあえず元に戻ってもらう為には……エライ人の一言なら聞くかも知れないよね」
と言うが早いか、能力である人物の幻を生み出した。
「解った!君の言うことはもっともだ。感動した!要求を飲もう!」
とその幻は言った。
「楓香ちゃん、これって……」
「総理大臣!似てるでしょう?本物かと思っちゃった?」
「……」
 一同はコメントを控えた。
 何せ、その幻は等身のバランスはおかしいし、デッサンは崩れまくっている。さらに言うならば、なんだか動きもカクカクしているし―――出来の悪いロボットかそれとも……一言で表現するならば、化け物じみていた。
「慧那、今の隙じゃないのか?」
 思わずその幻に目を奪われていた慧那だったが、慶悟にそう言われて慌てて正気に返り、紙の式をまず口に張りつける。
 しあがってみれば、三下の首から上はすっかりミイラ男のようになってしまっている。違うのは包帯ではなく慧那の式だと言うことくらいだ。
「目が見えなくなるとおとなしくなる獣もいるって言うからついでに目も塞いでみました」
 とうとう人どころか獣扱いだ。
 まぁ、ケーナズにペット扱いされているのだから珍獣と言う意味では変わりはないのかもしれない。
「今回の場合は、憑依されていると言っても目を覚まさせればきっと元に戻るだろう」
と慶悟は陰陽師としての見解を述べる。
「何事も目覚めるには激しい衝撃と相場が決まっている。激しく魂を揺さぶる言葉、耳を劈く音、痛み」
 この3つできっと憑依霊によって押し込められている三下の意識もきっと戻るだろう―――と慶悟は続ける。
―――まぁ、碇女史が「そんなに不満なら三下はクビね」と一言言えばすむだろうがな。
 モーリスといいケーナズといい慶悟といい―――すぐにでも戻る方法があるのにそれをとらない当り、この状況を面白がっているに他ならない。
「痛みですね、判りました」
 慧那は慶悟の台詞に頷いて、三下をミイラにしている式とはまた別に新しい式を取り出した。
「慧那ちゃん、大盤振る舞いだけど何するの?」
 楓香が尋ねると、
「こうするの―――三下さんを元に戻すのよ!」
と慧那が命じると、慧那の式神がそこらにあったボールペンをもって三下の頭をペシペシと叩いてみたり、くすぐったり、つねったりしだした。
「け……慧那ちゃん、さすがにこれじゃ無理だと思うけど」
 楓香は気の毒そうにそう言った。
 慶悟は慧那の式の様子を見守っていたが、
「まぁ、徐々に刺激を強くしていった方が良いだろうしな―――」
慰めになっているのかいないのか……微妙なことを言って慶悟は陣笠姿の式神を十体ほど放った。
 しばらくすると、その式たちはそれぞれ色々な鈍器を持って戻ってきた。
 式がもってきたのはそれぞれ一斗缶から始まり、タライ、バット、木槌などなど。バットは木製から釘バットまで、木槌は小槌のような小さなモノから、一体何処から入手してきたのか判らないような大きな木槌までそれこそバリエーションに富んでいた。
「死にかけたら泰山府君を奉じて魂を呼び戻してやるから安心しろ」
 取りあえず、命の保証だけはしてくれるらしい―――ただし、うっかり死んでしまったときのみだが。
「目覚めるんだ、三下」
 慶悟は三下に一撃を加える都度そう言ったが―――その台詞は見事なまでに棒読みだった。
 結果、三下は木製バットの時点でリタイヤとなった。
「案外持ちましたね」
「まぁ、頭の形も変わっていないようですし」
 気を失った三下の頭をペットの毛並みでも整えるようにケーナズが撫でている。
「三下さーん、大丈夫―?」
 楓香はそう言って三下の顔を覗き込むが目覚める気配はない。
 一方、三下を失神させた本人である慶悟と言えば、けろっとした顔で、
「目覚めれば元に戻ってるだろう……多分」
と、なんとも曖昧なことを言いながら煙草を燻らせている。
 すると、突然むくリと三下が起きあがった。
 だが、なんだか様子がおかしい。
 怪しんだケーナズが三下の眼鏡をはずすと……起きあがった三下は白目を剥いたままの状態で、
「給料……上げて…くださ、い……」
とまだ小さく呟いていた。
「三下さん……今度こそ私が戻してあげます!」
 慧那は慶悟が三下に実験(?)している間に、思いついて祖父の指南書を取り出していた。
「北方玄武は思慮に満ち―――」
 慧那がそう言って緋色の数珠を手に印を結ぶ。
 四神の中でも玄武は水を司り思慮を意味している。
 それを見て、免疫がある楓香と慶悟は素早く印を結びはじめたのを見て急いでケーナズとモーリス、そして編集部の面々をすぐにフロアの外に避難させる。
「―――何時の性根を正さん!」
 そう言って慧那が三下に玄武の力を向けた。
 そして楓香と慶悟の予想通り―――慧那のおかげで暴発した水が呆然自失状態の三下と編集部にスコールのような水が降り注いだ。


■■■■■


「……」
 さすがの碇麗香も編集部に足を踏み入れたままの姿勢で硬直している。
 それはそうだろう、三下と三下がバリケードに使っていた没原稿没企画だけならまだしも、編集部内全てが水浸しになっていたのだから。
 その編集部の真ん中で、全く状況が判っていない三下がおろおろしている。
「へ、編集長!あの、僕何がなんだか記憶がすっぽり抜けているんですけど……」
 編集部のあまりの惨状にすっかり指示を仰いだ三下だったが、麗香の顔を見たのだが―――


「三下―――あなた、当分給料全面カット!」


 給料アップどころか全面給料カットとなったアトラス編集部ひとり春闘だった……

 
fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師】

【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】

【1481 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 / 25歳 / 製薬会社研究員(諜報員)】

【2152 / 丈峯・楓香 / 女 / 15歳 / 高校生】

【2521 / 夕乃瀬・慧那 / 女 / 15歳 / 女子高生・へっぽこ陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、遠野藍子です。
 おなじみの方も、はじめましての方もこの度はご参加ありがとうございました。
 今回は大幅遅刻で申し訳ありません。(滝汗)
 取りあえず、今回は三下で楽しく遊んでみようというようなお話になってしまっていますねぇ……>他人事か
 去年の今頃はあまりの忙しさに同僚と2人春闘を企んでいましたが、転職した今年はものすごくヒマでギャップに苦しんでいます。
 
 では、また機会があればよろしくお願い致します。