コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
  
 光を感じ、目を覚ます。
「ん……んー……んっ?!」
 目覚めのあとのまどろみは、至福の時間。だが、ふとベッドに自分以外の重みを感じて横を見やると。
「な、な、な……なんでっ……」
 すやすやと寝息をたてる義姉の姿があった。確か、眠る前は、隣にあるベッドに入ったはず。それが、何故、自分の隣に。しかも、すやすやと。
「んー……おはよ」
 不意に明日菜が目を覚ました。にこりと微笑む。
「あ、おはよ……じゃなくてぇ! どうして、俺のベッドで寝ているんですか……!」
 反射的に挨拶を返したあと、はっとしてそう声をかけるが、まるで聞いている様子はない。
「あー、よく寝たっ!」
 明日菜は軽く目を擦ったあと、伸びをして元気よくベッドから飛び起きる。
「確かに、寝る前は自分のベッドにいたはずなのに……どうして……なんで……」
 そんなことを考えていると、そんな自分をにこやかとも面白そうとも判断がつかない表情で見つめている明日菜に気づいた。
 ……からかわれている。
 はっと気づき、がっくりすると、明日菜はくすりと笑った。
 なんだか、朝からいきなり心臓に悪い経験をしたあと、支度を整える。朝食はレストランへ食べに行くことも可能だったが、部屋に運んでもらうことにした。
 運ばれてきたものは、サンドを主体とした軽いもので、サラダにスープが添えてある程度のものだった。船内には飲食店が充実しているから、足りなければそっちで満たせということなのかもしれない。
「そうだ、あのね……」
 その朝食の席で、明日菜は昨日にあったことを話しだした。それによると、脅迫状を受け取ったバンドのメンバーや、何やら様子を伺っているらしいものの、封筒を忘れていった女と出会ったらしい。
「と、いうわけで……暇があったら協力してほしいんだけどなー?」
 そして、最後にそう言った。
「脅迫状をもらった青年に何かを見張っているらしい女性……そうか、他にもワケありっぽい人がいるのか……」
 自分はスーツにサングラスの一団や何もない空間を見つめてため息をつく少女に出会ったが、他にもなんだかワケがありそうな人間が乗船しているらしい。まあ、これだけの人が集まれば事件も起こるかと思いながら口を動かしていると、明日菜がじっと見つめていることに気がついた。
「あ、いや、えーと。わかりました、余裕があったら手伝います」
 何か言ってくるかなと思ったが、明日菜はとくに何も言ってこなかった。じゃあ、余裕があったらよろしくねとそれで話が終わる。それはそれでよかったはずだが、あまりにあっさりと納得され、なんだか気が抜けている自分がいるのは……気のせいだろう、きっと。そんなことを思いながら、裕介は最後のひとくちを口へと放った。
 
 朝食のあと、明日菜は部屋を出て行った。
 それをいってらっしゃいと見送り、義母へ連絡をいれる。
 呼び出し音が響き……切りかわった。
「あ、もしもし……おはようございます。俺です」
『あら、おはよう。仲良くやってる?』
 穏やかな声が返ってくる。
「え、ええ、まあ……」
 と、返す自分の声が引きつり気味で、笑みが苦笑い気味なのは……どうしてだろう。
『それはよかったわ』
「えーと、それで……ちょっと調べてもらいたいことがあるんです。実は、昨日、不審な会話を耳にして。この船に潜入している組織や企業のことが知りたいんですが……」
 結局のところ、自分が電話をかけた理由は仲良くやっているよという報告ではなく、義母の情報屋という側面を頼るためだ。我ながら何をやっているんだろうと思うところだが、義母は気を悪くした様子もない。
『わかったわ』
 穏やかにあっさりと承諾する。
「そう、そのうちのひとり、指揮をとっているらしい人物の名は、高木でした」
『高木ね……はい、了解』
「それともうひとつ、プリンセス・ブルー号についても調べてほしかったりするんですが……」
『プリンセス・ブルー号ね。ファックス機能はついているのかしら?』
「あ、はい。ついて……いますね」
 電話機を確認し、裕介は答えた。
『なんだかよくわからないけれど、気をつけてね』
「はい……」
 苦笑いを浮かべ答えたあと、受話器を置いた。とりあえずはこれでいい。調べがつき次第、義母が情報を送ってくれることだろう。
 小さく息をついたところで、ふとあの少女のことを思い出す。
 何もない空間を難しい顔で見つめては、ため息をつく。
 あのため息の原因と言葉が気になる……。
 そうだ、あの少女を探してみよう。
 部屋をあとにしようとすると、電話機がファックスを受信した。まさかと思いつつ、排出された紙を手に取った。
 プリンセス・ブルー号について。
 そんな見出しから始まって、つらつらと文章が並んでいた。
「義母さん……仕事早すぎ……」
 裕介は苦笑いを浮かべながら送られてきた情報に目を通す。さすがに、企業や組織についてはまだであるらしく(それが普通だが)送られてはこなかった。
 義母の情報によると、プリンセス・ブルー号というのは、国内では当時最大級の、やはり豪華客船でアトランティック・ブルー号と同じ航路を辿る予定であったらしい。だが、処女航海において、消息を絶ち、その後、行方は知れないという。原因は不明ではあったものの、最終的に、波と風の影響を受けて沈んだということになった。以後、その海域で霧と共に彷徨うプリンセス・ブルー号を見たという者もいるらしい……。
「……」
 同じ航路、同じ豪華客船、そして処女航海というところが少し気にかかるが……あまり関係はなさそうだ。
 裕介は印字された紙を置くと、部屋をあとにした。
 
 あの少女はどこにいるだろうか。
 昨日の僅かな会話から推測するに、他の乗客のように船旅を、船内の施設を楽しむということはなさそうだ。よって、プールや劇場といった娯楽施設にいるという可能性は少ない。それらを却下していくと、昨日と同じように通路で出会う確率が高いのだが……船内は、かなり、広い。
 この範囲を捜索することは結構、難儀なのでは……と唸りながらも、まずは行動と少女がいそうな場所を探してみる。三等客室通路から、特等客室通路、デッキやプロムナードへも行ってみる。
「いない、か……」
 どれだけ時間が過ぎたか。かなり広大な船、自分も動いていれば、相手も動いている。せめて、相手が動かなければ……と、いうことは、自分が動かなければいいのだろうか。少女が現れそうな場所でひたすら、待つ……しかし、それも、なんだか。
 ともかく、少し喉が乾いてきた。
 時計を見れば、十二時が近い。とりあえず、昼食にして、午後からまた捜索を始めるか……とラウンジへと向かう。
 そういえば……昼食ということは、あの少女も昼食に現れたりするのでは……いや、しかし、船内には飲食を行える場所がそれなりにある。夕食はメインレストランとしても、昼食をそこでとるかどうかは、また別の問題だ。軽食で済ませてしまうかもしれない。
 そんなことを考えながら歩いていると、目の前の通路をふいっと見覚えのある少女が通りすぎた。
「あ!」
 あの少女だ。裕介が声をあげると、少女は声に反応し、振り向いた。
 視線が交差する。
 少女はほんの少し目を細めた。表情が少し柔らかくなる。
「奇遇だな……」
 少女は言った。その奇遇を好意的に受け止めていることは、その表情でわかる。
「奇遇というか……奇遇なのかな?」
 探していたわけだが、出会ったことは偶然。奇遇とも言えなくはない。
「ん?」
 少女はじっと裕介を見つめる。澄んだ黒い瞳は好意的。だが、興味深いものを見つめる眼差しでもある。視線をまるでそらさずに見つめられ、照れとも居心地の悪さともいえないものを感じた。それを振り払うように、咳払いをする真似をする。
「えーと。俺は、田中裕介といいます」
「私は八神早姫という。田中裕介か、おまえ……二度も私に声をかけるとは、つくづく……」
 八神早姫と名乗った少女はくすりと笑う。
「ええ、まあ、なんといいますか……今夜、夕飯をご一緒にいかがですか、と」
「良いのか?」
「はい。時間、ずらします」
 裕介はきっぱりと言った。
「私に断る理由はない」
 ほんの少し笑みを浮かべ、早姫は答える。
「時に、田中裕介」
「あ……」
「どうした?」
「フルネームではなくても……裕介で……」
 田中裕介。確かに、自分の名前だし、それが悪いわけではないが、なんだか奇妙な気分になる。
「では、裕介と呼ばせてもらう。昼食は終えたか?」
「いや、まだ……」
「そうか。ならば、少し付き合ってもらえまいか?」
「ええ、喜んで」
 お付き合いしますよと裕介は微笑んだ。
 
 早姫と昼食をとることになり、数多い飲食店のなかから和食の店を選ぶ。これは自分の趣味ではなく、早姫の意向。
「すまないな、付き合わせて」
 背後に流れる音楽は琴の音色。店内も豪華客船という雰囲気ではなく、和風そのもの。自分が豪華客船に乗船していることを忘れそうになる。
「いいえ」
 運ばれてきたお茶を飲む早姫の態度は堂々としているものの、控えめにも感じる。口調は凛々しいが態度の節々に礼儀作法が行き届いているような気がした。
 メニューを開き、それぞれに注文を終えたあと、改めて早姫と向き合う。夕飯のときに聞き出そうと思ったが、せっかくこうして向き合う機会を得たのだからと、気になっていたため息の原因について訊ねてみることにした。
「昨日、通路で気になることを言っていましたね」
「……」
「何かを探しているらしいことは、わかりました。よかったら、理由を教えてもらえませんか?」
 早姫はじっと自分を見つめている。その眼差しを受け止め、見つめ返す。
「なんだか困っているようですし、協力できたらと思っています」
「何故?」
「それは……」
 裕介は一呼吸、置いた。
「あなたのことが気になりましたから……ね」
 そして、そう続ける。
「口説いているのか?」
「いや、まあ、その……率直にそう言われてしまうと、なんていうか……」
 ハイと言っていいものやら、イイエと否定してもなんだかと裕介が苦笑いを浮かべていると、早姫はくすりと笑った。
「私に関わると厄介なことになると告げなかったか?」
「言っていたような気がしますが……まあ、厄介ごとを引き受けるのは性分ですから……」
 裕介は苦笑いを浮かべたまま答える。そんな裕介をしばらく見つめていた早姫は、やがてこくりと頷いた。
「おまえはどちらかといえば、こちらに近い人間のように思える。おまえならば……私の話も信じられよう……」
 早姫はそう呟くと、改めて裕介に向き直る。そして、真剣な表情を向けた。
「私は、この船に乗り込んだ異形を追っている」
「異形?」
「人に仇なす人とは異なる存在だ。それは古来より魔や鬼、妖といった言葉で表現されている。私が追っている異形は、本来、低級な奴ではあるのだが、人にとりつき、人の世を生きるうちに狡猾さと力を手に入れた」
 早姫の表情が僅かに曇る。
「人を糧としか見ないはずが……人の世を動かすことに興味を覚えている。人を食らうことで、その人物の影を手に入れ……なりすます」
「そんなものがこの船に……」
「奴は実に巧妙で妖気を隠す術さえ学んでいる。目的となる人物の周辺の人物を襲い、なりかわり、やがて目的の人物へと到達する。そうやって、今日まで生き延びている……やっと、誰であるのかを突き止めた。だが、奴は私に気づいたのか……誰かを食らったらしい……」
 早姫は視線を伏せた。つまり、早姫が追っている異形は、既に他の、誰とも知らない姿をしているということになる。
「この船で片をつけたいところ……ですよね」
 裕介は顎に手を添え、呟く。船が沖縄へと辿り着き、乗客が下船してしまっては、探すためにまた大変な労力を使うことになるだろう。これがいってみれば機会なのかもしれない。
「人を食らうときは妖気を隠すことはできない。同様に、妖気を隠すとはいえ、限界がある。すぐ近くであれば気づくこともできるのだが……」
「なるほど……」
 その異形の行動について、考えてみる。狡猾らしいそれが、この船に乗り込んだ理由とは、なんだろう。わざわざ閉鎖された空間へとやって来る。追われている自覚がないのか、それとも、追われていたとしてもあしらえる自信があるのか……それとも、危険をおかしても乗船しなくてはならない理由があったのか……。
 そういえば、早姫が気になることを口にしていた。その異形は、人の世を動かすことに興味を持っているとか、いないとか。
 もしかして。
 この船は、豪華客船。処女航海ということで、様々な方面の著名人が乗り込んでいる。狙いは、そういった人間……?
「手には終えないか?」
 考えていると、早姫がふとそんなことを言った。なんであれ真っ直ぐ見つめる強い意思を持つ瞳がほんの少し不安に揺れているように見えた。その眼差しを受け止める
「断る理由を考えていたわけではありませんよ」
 そこへ注文した料理が運ばれてくる。
「とりあえず、食事を楽しみましょうか」
 裕介はやんわりと微笑むと箸を手に取った。
 
 −完−


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1098/田中・裕介(たなか・ゆうすけ)/男/18歳/孤児院のお手伝い兼何でも屋】
【2922/隠岐・明日菜(おき・あすな)/女/26歳/何でも屋】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、田中さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
夕食で聞き出す……予定でしたが、お姉さんとの時間が大きく開いてしまうので、昼食の席で会話をしています。高木方面の情報は展開上、書いていないのですが、ある開発チームの開発者が乗船していて、それを狙っている存在がいるらしい……というようなFAXが届きますので、#3に参加いただける場合は参考までにどうぞ。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。