コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2 
 
 何やら、騒がしい。
 慌てふためくような声を耳にし、目を覚ます。
「んー……おはよ」
 にこ。目の前に見える顔に微笑みかける。
「あ、おはよ……じゃなくてぇ! どうして、俺のベッドで寝ているんですか……!」
「あー、よく寝たっ!」
 眠い目を擦ったあと、伸びをしてベッドから飛び起きる。背後では義弟が、確かに寝る前は自分のベッドにいたはずなのに……などと、何やら文句にも似た言葉を口にしているが、それは気にしない。いや、むしろその言葉に満足する。……悪戯は成功。
 支度を整えたあと、部屋で朝食をとる。
 運ばれてきたものは、サンドを主体とした軽いもので、サラダにスープが添えてある程度のものだった。船内には飲食店が充実しているから、足りなければそっちで満たせということなのかもしれない。
「そうだ、あのね……」
 その朝食の席で、昨日にあったことを話してみる。脅迫状を受け取ったバンドのメンバーのこと、何やら様子を伺っているらしいものの、封筒を忘れていった女のこと。それらを簡単に話して聞かせたあと、こう言葉を結ぶ。
「と、いうわけで……暇があったら協力してほしいんだけどなー?」
 そして、ちらりと義弟の表情を伺う。
「脅迫状をもらった青年に何かを見張っているらしい女性……そうか、他にもワケありっぽい人がいるのか……」
 もぐもぐとサンドを口にしながら裕介は呟く。何事かを思案しているらしいことはよくわかったが、気になるのは『他にも』という言葉だ。
「あ、いや、えーと。わかりました、余裕があったら手伝います」
 視線に気づいたのか、はっとしてそんな言葉を付け足す。どうやら、義弟は義弟で何か気になることがあるらしい。それならそれで仕方がないか、余裕があれば手伝ってくれるらしいし……明日菜はぱくりと最後のひとくちを口に放ると頷いた。
 
 朝食を終えたあと、部屋をあとにし、芸能雑誌を置いていそうな場所を探す。
 ラウンジには新聞が置いてあるが、芸能雑誌はなさそうに思えた。図書館もあるようだが、図書館に置いてあるだろうか……あれも、一応は本であるし、置いてあるかもしれない。手始めに図書館へと向かってみる。
「芸能系の雑誌とかって置いてありますか?」
 司書であろう女性に訊ねてみる。すると、司書はにこりと微笑み、すぐに新聞や雑誌が置かれている棚へと案内してくれた。図書館とはいえ、娯楽のための場所であるから、雑誌類も結構、多いらしい。
 ありがとうございますと礼を言い、早速、目的の芸能系雑誌を手に取る。
 調べることは、マジェスティック・サイレンの和泉について。
 目次でそれらしきページを探してみるが、どうにも扱いが小さい。なるほど、まだまだ売出し中なのね……と少し苦笑いにも似た笑みを浮かべながらも、そこに置いてある芸能系雑誌を次々と調べていく。
 どうにか、取材記事を見つけ、それの内容からわかったことは、通称はイズミでベースを担当していること、かつてサイケデリック・エコーというバンドにいたこと、その関係でかつて属していたバンドのファンと何か問題があったらしいこと、そして、そのかつて属していたバンドから戻らないかと声をかけられていること。記者にそれについて訊ねられ、和泉ははっきりと否定している。それは、あり得ない、と。
「ふぅーん……」
 雑誌の和泉は、確かに昨日とはまるで別人で、眼鏡をかけてはいない。あのおどおどびくびくしている姿は想像できないほど精悍なのだが……それはうまく化けているのか、カメラマンの腕前がいいせいなのか。
 とりあえず、雑誌レベルの情報は手に入れた。一般的に知ることができる基本的情報を仕入れたところで、次は和泉本人を探す。図書館をあとにし、出没しそうな場所を考える。昨日はデッキにいたが、今日はどうだろう。まずはそこから探してみようかと明日菜はデッキへと向かう。
「今日も沈んでるねー、元気だせ、和泉クン!」
 昨日とほぼ同じ位置に和泉はいた。その背を見つけると、そんな声と共に背中を軽く叩く。
「うわっ……その声! やっぱり、昨日の……」
 振り向いた和泉はなんとも言えない顔をしている。明日菜はにこりと笑みを浮かべながら、和泉を見あげる。
「ここ、好きなの?」
「好きっていうか……好きなのかなぁ?」
 和泉は自分のことであるのに、曖昧に答える。
「曖昧だね。どう、その後、アレのことは気にしないことにした?」
「アレ……アレか……悪戯かもしれないけど、やっぱり気にはなるから……」
「そっか。そうだよね。よしよし」
 頷く明日菜を和泉は怪訝そうな顔で見つめる。
「私でよければ協力するけど?」
「え?」
「犯人探し。護衛もしちゃうよ」
 にこりと笑うと、和泉もにこりと笑った。
「女の人に守ってもらうほど……」
「えいやぁ! ……と、まあこんな感じで」
 明日菜は回し蹴りを披露したあと、ひゅんと拳を突き出し、和泉の顔面で寸止めをする。さらりと風が起こり、和泉の顔を撫でた。
「……頼んじゃおっかな……」
 やや引きつり気味の笑みを浮かべ、和泉は呟いた。
「おっけー! それにしても、脅迫状かあ……何か面白そうな予感」
「……面白がらない、そこ」
 そんな和泉と顔を見あわせ、お互いににこりと笑う。
「さて、じゃあ、詳しい状況から教えてもらおうかな。まずは、脅迫状はどうやって受け取ったのか、ここよね」
 確か、昨日の脅迫状は船のメモ用紙に書かれていた。乗船してから脅迫することを思い立ったように思える。……誰にでも手に入れられる紙だから、特定が難しくなるようにそれを選んだという可能性もないわけではないが。
「えーと。部屋に荷物を置いて、一旦、記念式典を見ようかなとデッキへ出て、それから、部屋に戻ったら、扉のところに封筒が差し込んであったんすよ。で、その中身が昨日のアレで」
「ふぅーん。わりといきなりもらったのね」
「ええ、もう、いきなりっすよ、本当に。最初は腹が立ったものの、よくよく考えてみると、部屋を離れていたのは、せいぜい、二十分。乗船してそれほどの時間は過ぎていなかった……考えたら、恐ろしくなっちまって。部屋を飛び出して、少しでも人が多いところへ……というわけで、デッキへ」
「それでがくがくぷるぷるしていたわけか」
「そう、がくがくぷるぷるして……って、おい?!」
「ごめんごめん。それで、他のメンバーには送られていないの?」
 それを問うと、和泉は複雑な表情を浮かべた。
「……。昨日、言ったかな……実は、俺らのバンド、この船でライヴを行うことになっていたんすけど……」
「そういえば……そんなことも言っていたかな?」
「そう、それがいきなり中止。直江が……あ、サイケデリック・エコーというバンドがライヴを行うことになったんすよ……」
 和泉は憂鬱な吐息をつく。
「そういえば、そのサイケなんとかというバンドにいたんだって?」
「あれ? どうしてそれを……俺のこと、全然、知らないみたいだったのに」
「まあ、そこはそれ。クライアントについて調べるのは基本中の基本ということで。どうして、そこを辞めちゃったの? ……あ、言いたくなければいいけど」
 誰しも口にしたくはないことはある。無理に聞き出すつもりはなかったが、和泉は特に気にした様子もなく、答えた。
「お気遣い、どうも。けど、大した理由なんてないから……方向性の違いというか、そういうの、よくあるんだ、この業界では。べつに仲が悪くなったとかそういうんじゃなかったけど……最終的には、喧嘩別れかな……抜ける、抜けないでちょっとモメたし」
「あれあれ? でも、船でライヴを行うのは、サイケなんとかでしょう? でも、本当はあなたたち、なんとかサイレンがやる予定だったわけで……でもでも、脅迫状を受け取ったのは、あなた……なんだかおかしくない?」
「そう。俺が送る方でしょ、やっぱり」
「そうそう」
 うんうんと和泉は頷く。
「実は二、三通送ってたり……」
「そう、実は送って……ないっつの! ああ、そうだ、他のメンバーは受け取ってないっすよ。バンドのメンバーでこの船に乗っているのは、俺だけだから」
「そっか。じゃあ、サイケなんとかがライヴを行うのはいつなの?」
 それを問うと、和泉は今夜七時からだと答えた。そうなると、ライヴは船が四国に寄港し、九州に向けて出航したあとということになる。脅迫状の内容は、四国でおりろとあった。その文面を素直に受け取るならば、四国までの安全はとりあえず保証されているということになる。
「なるほど、ね。それじゃあ……」
「和泉」
 ふと横からそんな声が響く。明日菜と和泉は声のした方向へと顔を向けた。そこには、年齢的に和泉とそう変わらないだろう細身の男が立っている。やや不健康そうではあるが、整った顔だちではある。
「直江……」
 和泉は戸惑う表情でそう呟く。
「女連れとは、な……」
「この人は! ご……ご……」
 和泉は護衛と言おうとしたのだろうが、途中でそれもどうかと口を噤んでいる。
「? ……話があるんだ」
 ちらりと明日菜を見やったあと、直江は言った。明確に言葉にはしていないが、二人で話がしたいという意思は十分に感じられた。和泉は戸惑う表情のまま、明日菜を見つめる。その瞳はどうするべきかと訴えていた。
「……少し、席を外すね。とりあえず、四国までは安全だろうし……」
「ありがとう」
 あとでねと言葉を交わし、明日菜は和泉と別れた。
 
 物陰からこっそり様子を見ていようかと思ったが、直江はなんだか自分のことを気にしているような気がする。
 会話の内容はあとで和泉に訊ねればいいかとその場は離れ、一旦、部屋へと戻ることにした。もうひとつの気になることについてやっておきたいことがある。
「裕介、いるー?」
 部屋に戻り、一応、声をかけてみる。が、返答はない。義弟なりに動いているのだろうと思いつつ、ファックスの前に立った。昨日、ラウンジで拾った封筒のなかに入っていた写真を取り出したあと、義母へと連絡をいれる。
 呼び出し音が響く。……切りかわった。
「あ、もしもし。私だけど……」
『はい、もしもし。あら、今度はあなたなのね』
 穏やかな義母の声。気になるのは『今度は』という言葉。
「もしかして、裕介が連絡入れてた?」
『ええ。仲良くやっているかしら?』
「もちろん! それで、ちょっと調べてほしいことがあるんだけど……今から写真をファックスするから」
『構わないけど……二人ともいったい何をやっているの……』
 返ってくる義母の声で、なんとなく表情が想像できる。おそらく、苦笑いを浮かべていることだろう。
「帰ったら、詳しいことを話すからね」
 気をつけるのよという言葉を受け取ったあと、ファックスに切り換え、写真を送る。
 とりあえず、こっちはこれでよし。
 義母からの連絡を待つことにして……あの二人は、そろそろ話を終えただろうか。
 明日菜は再び、デッキへと向かう。
 探すことなく、和泉の姿を見つけた。先程と同じ場所で、ひとり海を眺めている。今度はどうやって声をかけようかと近づいたところで、和泉が振り向いた。
「あ。気づいた」
「いつも驚かされてばかりじゃないっすよ」
「話の内容って……」
「大事な話があるから、あとで控室に来てくれって」
 答え、和泉はため息をつく。
「それって……サイケなんとかに戻って来いというおはなし、かな?」
「それも知っているのか……。おそらく、それだと思う。けど、戻る気はないし、あいつがそう考えたところで、他の奴らがどう思っているか……」
「行くの?」
「一応。もしかしたら、他の悩みかもしれないし……今となっては属するところが違うけど、やっぱりダチだし」
 困っていたら力になってやりたいですよと和泉はにこりと笑った。
 
 和泉が控室へと呼ばれた時間になるまで、船内散策を楽しんだ。
 まだ行ってはいなかった遊技場で遊んでいると、脅迫状のことも忘れそうになる。ポーカーで大きな賭に出て大当たり、たくさんのメダルを手に入れたものの、スロットですっからかんとなった頃。
「そろそろ時間かな?」
 指定された時間になったので、控室へと移動する。通常なら立入禁止区域ではあるものの、呼ばれたのだから仕方がない。無視して通路を進んだ。
「えーと、ここだな。……直江、俺だ」
 コンコンと扉を叩きながら和泉は言う。だが、扉の向こうからの反応はない。声もしなければ、動く気配もない。
「直江! ……なんだかな、人のことを呼んでおいて……」
「鍵、かかってるの?」
 その扉は客室とは違い、カードキー仕様ではない。ドアノブがあり、鍵穴がある一般的なものだ。
「どうかな……あ、開いてる」
 ドアノブは抵抗なくまわる。和泉は扉を開いた。控室というよりも休憩室といったそこには、長方形の机が並べてあり、折り畳み式の椅子がいくつかある。だが、椅子には誰も座っておらず、部屋のなかには誰の姿もない。
「……誰もいないね」
「部屋、間違えたかな……」
 和泉は一旦、通路に出ると扉を確かめる。その間に明日菜は部屋のなかを見回した。机の上には、ペットボトルがひとつ。出しっぱなしだったのか、表面に水滴がついている。他にはふたつのグラスが置いてあるが、使われた形跡は見られない。
「間違ってないな……」
 明日菜は部屋のなかを歩き、ふと机の陰に何かがあることに気がついた。
「ん?」
 なんだろうと覗き込むと……人だった。倒れたままぴくりとも動かない。
「ねぇ……」
 明日菜は和泉を呼ぶ。じっと一点を見つめている明日菜に気づき、和泉は扉口から歩いてくる。
「どうしたんすか? ……直江?!」
 机の陰に倒れているのはデッキで会った直江、その人だった。
 
 −完−


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2922/隠岐・明日菜(おき・あすな)/女/26歳/何でも屋】
【1098/田中・裕介(たなか・ゆうすけ)/男/18歳/孤児院のお手伝い兼何でも屋】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、隠岐さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
……なんか、倒れていますが。この後、和泉は満場一致(という表現もどうか)で犯人扱いされます。動機もあったりするので……しかし、和泉は隠岐さまとずっと行動を共にしていました。ちなみに直江は死んではいませんが、しばらく意識は取り戻しません。#3に参加いただける場合は参考までにどうぞ。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。