コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


『砂糖菓子 ― 夏祭りの想い出 ― 』

 セミがみんみんと鳴いている。
 高校の夏休み。
 私はこれから遊びに行く祖父母の要望に応えて、学校の制服を着て、田舎のあぜ道を歩いていた。
 周りはのどかな田園の風景。
 小学生ぐらいの子どもたちが田金魚やザリガニなどを手に持った網で捕まえて騒いでいる。
 私は頬を伝って顎から落ちる汗を手の甲でぬぐいながら、くすりと笑った。私の視線の先にいる幼い兄妹。
「お兄ちゃん、そっちに行ったよ」「ああ、わかってる。この・・・うわぁー、転んだ」「わわ、お兄ちゃん、大丈夫」「ああ、って、ほら、ザリガニ、捕まえたぞ」「やぁー、気持ち悪い」
 私はくすくすと笑ってしまった。妹さんはどうやら田金魚が欲しかったようだ。
 そういえば・・・
『結珠、もう取れたよ、大丈夫』
 肩にくっついたセミが怖くって泣いてしまった私からセミを取って、優しくそう言って微笑むお兄ちゃん。
 あれはやっぱり今と同じ夏と言う季節。
 当時、体が弱かった私のために夏休みの大半は東京よりも空気が綺麗な母方の田舎で過ごす事が多かった。
 東京よりも草の匂いがする澄んだ空気、青い空、たくさんの色んな種類のセミの声。清らかな小川。祖父母の家の近所に住む同年代の子どもたち。そのどれもが私にはとても魅力的に見えて、よく心配する母や祖父母、そしてお兄ちゃんに、
『うん、大丈夫。平気。だからお外に行っていい?』
 と、わがままを言っていたものだ。
 そして珍しくそれを押し通す私は、お気に入りの白いワンピースドレスに、麦藁帽子をかぶって、お兄ちゃんと一緒に手を繋いで外に遊びに行った。
 あの子らのように祖父母の家の田んぼに入って田金魚を追いかけもしたし、
 ザリガニ釣りもやった。
 たもを持って蝶やトンボも追いかけたし。
 ああ、あとは近くの池で段々投げもやった。お兄ちゃんは上手に5段ぐらい石を水面で跳ねらせる事ができるのに、私はどうしても石を跳ねらせる事ができなくって、それでまたよく泣いてお兄ちゃんを困らせたものだ。それでもお兄ちゃんは優しく表面の滑らかな石を選んで、それを私に握らせてくれて、
『結珠、いい? 投げる時はこう肩の力を抜いて、手首に・・・』
 って、手と手を取って教えてくれた。
 優しいお兄ちゃん。私はそんな優しいお兄ちゃんが大好きで、それでお兄ちゃんの声とかを一生懸命に聞いて投げたものだ。
「それでようやく石を一回跳ねらせる事ができたら、そしたらお兄ちゃんの方が喜んだのよね」
 私はくすりと笑った。
 そうだ。また池に行って挑戦してみよう。そう想った私はなんだか心がわくわくして、お兄ちゃんに会う時みたいに軽やかなワルツを踊る心臓の音を聴きながら、祖父母の家に向った。
「こんにちは」
「おお、結珠。久しぶりだなー、大きくなって」
「まあ、結珠ちゃん。綺麗になったわねー」
 祖父も祖母も私の今の姿を見て、まるで私と同じ歳の頃であったお母さんを見ているようだ、ととても喜んでくれた。
 女の子は父親に顔がよく似る? と、言われるが、私はどうやら母の血を色濃く継いだようだ。だけど私はそれを嬉しく想う。だって母はとても美人で、優しくっておおらかで・・・そう、私やお兄ちゃんを分け隔てなくとても大事に育ててくれた情のある人。私もそんな風になれたらいいと想う。
 そう、父の横で幸せそうに微笑んでいる母のように、いつか私も心の奥底から愛せる愛されたいと想う人と巡り合って、そして幸せな結婚生活を送れたらって・・・
「ん、どうした、結珠? 顔が赤いぞ」
「まあ、大変。こっちは随分と東京に比べれば涼しいだろうけど、それでも結珠にはちょっと外にいる時間が長かったかねー? ささ、早くお家にあがりんさい。スイカも冷やしてあるで」
「あ、はい」
 私は頬にかかる髪を掻きあげながら、祖母に頷いた。
 結婚生活の事を考えていたら、なぜか前に見たタキシードを着たお兄ちゃんの姿が思い浮かんで、それで顔が赤くなってしまったなんて口が裂けても言えない。それにしてもなぜにお兄ちゃんの姿が・・・
「さあ、食べり」
「結珠、塩は?」
「あ、じゃあ、少し」
 私は祖父ににこりと微笑んだ。
 スプーンでスイカをすくって口に運ぶ。しゃくりとした食感と冷たいスイカの甘い果汁が口の中に広がってとても美味しい。
 もう一口食べようとスプーンを運んで、それでふと感じて視線をあげると、祖父母はにこにこと私を見つめている。
「どうしたの?」
「ああ、悪い。悪い」
「いえね、結珠ちゃん、高校の制服が似合ってるわねー、と想って。とてもかわいいわよ」
「あ、ありがとう」
 私はちょっと恥ずかしくって、顔を俯かせながら頬にかかる髪を掻きあげて耳の後ろに流した。


 夕暮れ時、私はあの頃のようにノースリーブの白いワンピースドレスを着て、麦藁帽子をかぶって、道を歩いていた。
 見上げた空にある橙はとても綺麗で、泣きたいほどだった。
 そして田舎独特の夏の夕暮れ時の音色。昼間はあれほどにうるっさく感じられたセミの声が今は私に郷愁の念を覚えさせる。
 群れを成して飛んでいく鳥はどこへ行こうと言うのであろうか?
「お兄ちゃん、待ってよぉー」
「遅い。遅い。もっと早く走れよ」
「無理ぃ〜」
 私を追い越していく男の子。そしてそれに続く息せき切って走る女の子。だけどその子は無理しすぎて足がもつれて転んでしまう。
「うわぁーん」
 泣き出してしまう女の子。
「大丈夫?」
 私は慌てて、女の子に駆け寄った。そして取り出したティッシュで女の子の傷口を拭いてあげると、ハンカチを巻いてあげる。
「あ、お姉ちゃん・・・」
 心配そうにそう言うお兄ちゃんに私はにこりと微笑む。
「大丈夫だよ」
 そして私は視線をぼろぼろと大きな瞳から涙を零す女の子に移した。そっとその娘の頭を撫でてあげる。
「大丈夫? 痛くない?」
「痛い。歩けない」
 そう言ったその娘に私はくすりと笑ってしまった。
 そしてその娘に私は背を向ける。
「乗っていいよ。お姉ちゃんが家まで負ぶってあげる」
「え、あ、でも・・・悪いよ。歩けるだろう、おまえ? 甘えるなよ」
「歩けない〜ぃ」
 そう言ってまた泣き出してしまう女の子。私はそんな彼女の姿にくすりと笑ってしまう。そうやってわがままを言える事が良いな、と想ってしまったのだ。
 それは私だって、少しはわがままを言った事はあるが、それでも大半のわがままは飲み込んでしまっていた。それは私が病弱だから。ずっと父や母、周りの人たちに心配をかけている私はだから他の子が平気で口に出来るようなわがままも口にする事ができなかった。だけど・・・


『ほら、結珠。乗りな』


 そう、お兄ちゃんにだけは違った。


「はい、乗って」
「うん」
「ごめんなさい」
「いいよ。さあ、行こうか?」
「うん」
 私は女の子を負ぶり、左手で彼女のお尻を支え、もう片方の右手は男の子の手を繋いで並んで歩いた。
 歩きながら色んな歌を一緒に歌う。
 小学校で歌う童謡や、流行の歌、それにアニメの主題歌なんかも一緒に。セミやカラス、虫達の鳴き声を伴奏にして。
 そう、幼い頃のお兄ちゃんと私もそうだった。
 お兄ちゃんがとめるのもかまわずに外を走り回って、遠くまで行って、行き過ぎて疲れて動けなくなって、おまけにもうその時点で迷子になっていて。だけどお兄ちゃんは泣いている私を怒らずに文句ひとつ言わないで、優しくおんぶしてくれて、学校で習った歌を歌ってくれたり、私が大好きだったアニメの歌を歌ってくれたりした。


 そう、私はお兄ちゃんだけにはわがままを安心して言えたのだ。
 ――――お兄ちゃんはとても優しい人で、
 ―――――――――そして私はお兄ちゃんが大好きだから。


 それからは私は夏休み中、その子らやその子らのお友達と一緒に遊んだ。
 ザリガニや魚を一緒に釣ったり、女の子と一緒にきゃーきゃー言いながら針にミミズやみの虫をつけようとして、だけどできなくってそれをやってくれた男の子たちに感謝したりって。
 もちろん、祖父母の家で皆で集まって、夏休みの宿題を一緒にやったり。・・・だけど途中からやっぱり遊びになってしまうのだけど。
 そんな感じで過ごす楽しい休みはあっという間に過ぎ去り、そしてとうとう私が帰る日が近づいた。
「結珠お姉ちゃん」
「ん?」
「今晩、暇?」
「え? うん」
「じゃあ、お祭りに行こうよ。村の天神様のお祭り」
「あ、うん、良いよ」
「ねえねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんも浴衣着るでしょう?」
「え、浴衣?」
 浴衣は持ってきていないな。どうしよう?
「えっと、ちょっと待っててね」
 私は祖母に浴衣があるか訊いてみた。
「結珠ちゃん。浴衣なら、お母さんの奴があるで、それを着ていきんしゃい」
「あ、ありがとう。おばあちゃん」
「やったー。ねえねえ、お姉ちゃん。髪型は一緒におだんごにしよう」
「うん、いいよ」


 天神様のお祭り。
 浴衣で着飾った私は子どもらとの待ち合わせ場所にうちわを持って行く。そしたらいつも騒がしい男の子らが、皆俯いてしまって、私はどうしたのだろう? と小首を傾げる。そしたら小学校6年生の女の子が、
「結珠ちゃんが、あんまりにも綺麗だからみんな、照れてるんよ」
 と、笑いながら言った。
 私はくすりと笑ってしまった。


 そして私は皆と一緒に金魚すくいや、的当てゲーム、サメ釣り(ビニール製のサメの人形の口に番号が入っていて、その番号の景品がもらえる)、水風船釣り、たこ焼き、林檎飴、バナナチョコレート、焼きそば、お好み焼き、カキ氷なんかをめいっぱい楽しんだ。
 最後は定番の砂糖菓子だ。
「さあ、じゃあ、砂糖菓子を買ったら、帰ろうか」
「うん」
 皆で砂糖菓子を買って(お祭りに来た時にまず最初に袋の絵柄をチェックして、欲しい奴を決めたのだが、それが無かったので残念)、それで帰ろうとすると、
 皆が私の顔を見てにこにこと笑った。
「ちょい待ちんしゃい、結珠お姉ちゃん」
「そうよ。ほんの少し時間ちょうだい。ダメ?」
「え、あ、ううん。良いよ」
 にこりと微笑む。
 そうして子どもらに手を引いて連れて行かれた場所は廃校になった木製の学校だった。
「あ、ええっと、肝試し?」
 ………それだったら嫌だなぁー。
 だけど子どもたちはにこにこと笑いながら首を横に振った。そしてただ私は子どもらに手を引かれて、学校の中に入っていく。
 そして・・・


「あっ・・・」


 私はその光景を目にした。
 学校の中庭にある池に住み着いた蛍たちが、窓硝子の割れた教室の中に入ってきて、ほのかな燐光を放ちながら、暗い夜の教室の中を舞っているのだ。
 それはどこか非現実な感覚を私に抱かせて、私はとても不思議な心地を味わった。
「すごいね」
 心の奥底からそう想う。
「うん。ここは俺らだけの秘密の場所なんだ」
「え、じゃあ、そんな場所を教えてもらっても良いの?」
「うん。だってお姉ちゃんは、私らに優しくしてくれたから」
「うん。嬉しかったんだよ。だって、お姉ちゃんだけが私らに気付いてくれたんだから」
「だからそのお礼に」


「「「「「「ありがとう、結珠お姉ちゃん」」」」」」


 そして一緒にいた皆はすぅーっと消えて、
 夜の教室を舞う燐光の数が増えて、
 私はひとり、夜の教室で、頬を一滴の涙で濡らしながら、小さく唇を動かした。


「ありがとう、皆。夏の最高の想い出をくれて」


 そして私は砂糖菓子の袋をぎゅっと持ちながら、しばらくの間、飛び交う蛍を眺めていた。


【ラスト】

「じゃあ、結珠。また来んしゃいね。今度は家族で」
「うん、言っておきます」
「ほれ、土産」
「ありがとう」
 バスの後部座席に座った私は姿が見えなくなるまで幼い子どものように祖父母に手を振った。
 そして祖父母の姿が見えなくなると、私はちゃんと座りなおして、窓の向こう・・・後ろに流れていく光景に視線を向ける。
 バスが走る。
 私は小さく目を見開いて、
 そして次に唇を緩ませながら、
 天神様の社に続く石階段に立って、私に手を振ってくれる皆に、手を振りかえした。


「ありがとう。みんな。また来るね」


 ― fin ―


 こんにちは、九重・結珠さま。
 いつもありがとうございます。
 ライターの草摩一護です。


 かわいい結珠さん。好きなだけ書けて、幸せでした。^^

 内容はPLさまの余韻を壊したくないので、触れないでおきますね。
 かわりに草摩のお祭りの想い出など。

 そうですね、お祭りの楽しみはやっぱり食べ物。^^
 これ重要ですよね。焼きそばに大きなお肉があるとそれだけで得した気分になりますし。あとはフラクフルートなんかも好きです。
 あの雰囲気の中で物を食べれるだけで、幸せになれますし、普段よりも美味しく感じられますよね。

 あとは女の子にびっくり、かな。
 小学校ぐらいの時に、普段はお互い呼び捨てで、ぎゃ―ぎゃ―と騒いでいた女の子がいたんですが、お祭りで出会ったときに、その娘が浴衣を着ていて、それで一緒に行動する事になった時は無茶苦茶に緊張しましたね。^^;
 ほんとに普段は普通に遊んでいたのに、その時は浴衣を着ているせいで無茶苦茶女の子に見えて、
 ・・・しかもほんとに浴衣姿がかわいかったので、ほんとに照れた。あれは、絶対に男の子にとっては反則行為ですよね。^^


 あとは子どもってかわいいなー、と想った想い出が水風船。
 水風船を割って、泣きじゃくっていた男の子にお兄ちゃんのあげる、って水風船をあげたら、その瞬間に泣き止んで、にこり。もうまさに泣いていたカラスがもう笑った状態で、ほんとにかわいかったですね。^^


 それでは今日はこの辺で失礼しますね。
 少しでもPLさまにふわりとした心地良さを感じていただけていたら、幸いです。^^
 失礼します。