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<東京怪談ノベル(シングル)>


一輪と一振り


「カシラぁ、今外出ンのヤバイすよ。マジでヤバイす」
「うっせ、どけこの。おまァらいつだってヤバいんだろォが!」
 朝っぱらからこれだ。
 俺の家の玄関に、若い衆が3人も固まってやがる。そうして俺を何とかして家ン中に閉じこめておこうってわけだ。そいつは軟禁と何にも変わりゃしない。軟禁ったァ犯罪の一つだ。
 だが、藤巻やらのヤクザな連中が、ホーリツに素直に従うやつらばかりだったら、世の中はもっと平和なのさ。たぶん。いくら平和で住みやすい日本でも、光があれば影がある。俺は藤巻諫矢として、その影の中を生きている。影の中で生きているやつらのほとんどは、自分からすすんでこの世界にやってきた。
 俺はどうだ。不幸なもんだ。
 親父が組のアタマだったせいで、生まれたときからこのざまだ。
 俺は物心ついたときから意地を張り、カタギを貫いている。誰が何と言おうと俺はカタギだ。若い衆や本部長から『カシラ』だ『若』だ『若頭』だと呼ばれても、俺はカタギだ。――たぶん。
 カタギである証拠なのかどうかの判断は他人に任せるとして、俺はミカジメやらの薄汚いカネで生きてるわけじゃアない。要するに、まともな企業に就職して、まじめに働いてるってわけだ。
 今日は平日だ。で、今は8時。出勤時間だ。
「だったらせめてオレらが送ります!」
「例の糞どもが最近幅ァきかせてんですわ。イッソクショクハツっス」
「イッショクソクハツだ莫迦」
「いやマジで今日はヤバイすよ!」
「やつらの初代の命日すよ。その初代は鉄砲玉にとられちまったんだ。毎年この日はピリピリしてンの、知ってるでしょう」
「知るか、会社遅れンだろうが、どきゃがれガキらァ!」
「ごわァ!!」
 ……結局俺は若い衆を蹴散らし、外に出た。
 知るか、たァ吐き捨てちまったが、実は知ってる。確かに毎年、今日はやつの組と喧嘩が起きたり起きそうになったりしてるんだ。べつにやつの組の初代を殺ったのは俺たちの組――とと、親父の組のモンじゃない。ただ、やつらが不必要なほど気が立つ日だ。ヤクザってのァ、狂犬と同じだ。いつだってイライラしてて、視界に入ったモンが気に食わなけりゃ、脊髄反射で咬みつきやがる。気の毒なビョーキ持ちなのさ。
 特に藤巻ってのは、ギョーカイでも古き良き石頭として名が通ってる。今時ヤクとカタギに手ェ出さないなんて、最近のやつらから見りゃ粋がってンのもいいとこだろう。気に食わないのさ、要するに。
 そうだ、ここまで知ってるんだ……。
 今日はヤバイんだ。
 去年は確か、有給取ったはずだ。ぶつくさ言いながらも家で大人しくしてた。親父もそうだ――今年はどこで何してんだか、朝から姿を見てねェが。まったく、若い衆も、俺の他にもっと心配するべきやつが居るじゃアねェか、ほんとに馬鹿だ。
 でも、今日はとにかく、俺は行かにゃならなかった。


 今日もあの花は桜の花びらを掃いてるんだろうか。
 あいつは歌っているんだろうか。
 あいつは今日も花みたいに、夜の荒野に佇んでるんだろうか。
 俺は荒野を駆けてあの花を見に行く。
 まだ、摘む時期じゃない……だから俺は、風やら雹やらから守ってやって、水をやるだけだ。俺に今のところ許されてるのは、そんな行動だけだろう。
 あの花の気持ちは、まだ確かめてないんだ。


 ヤバイ。イカン。
 こっそり撮った写メール見てたら顔が緩む。
 幸い緩む前に俺は携帯をしまい、デスクワークに戻っていた。こんな顔、親父たちはもちろん、同僚にだって見られたくない。
 ……今日は、逢う約束があった。最近いろいろと忙しいあいつも、今日、午後の休暇を工面できたらしい。その貴重な休みを、俺のために割いてくれた。
 それでも――。
 ヤバイってことはわかってたのに、それを考えたら断れなかった。
 どうする、もし、あの花が俺のせいで、ろくでもねェ社会のクズに摘み取られちまったら。ぶちぶち茎を折られて、葉っぱが飛び散ったら。
 花には、上手い摘み方があるんだ……。俺だってまだその摘み方を知らない。
 俺はこっそり、メールを打った。
 ……悪い、残業が入って……。
 我ながら、なんてベタな嘘だろうなんて、呆れちまった。嘘も飾りも、俺はずっと苦手だった。
 嘘にすることも出来たのに、俺はひどく後ろめたくなって、嘘を本当にしてみた。残業を入れたのだ。だが、いろいろ考えてたせいで仕事はサッパリ進まない。
 これじゃイカンだろ。
 ……つうことで、俺は残業を30分で切り上げ、とっとと退社した。
 ぼんやり空いた時間をぼんやり過ごして、俺はやたらとデカい自宅に戻った。


「カシラァアアあ! ヤバイことになっちまったよ!!」
 ドアを開ける前に、俺はすっ飛んできた若いやつのタックルをまともに受けた。加減を知らない野郎だ。俺は後ろにコケそうになった。
「ぁあッぶねェだろうが!!」
「すんません! つい!」
「何なんだよてめェは!」
 俺はそいつに抱きつかれて、悪態をつきながら家の中に入った。若い奴らの顔色は悪かった。で、いつもならそんなシケた顔してたら喝入れてるはずの親父は、まだ帰ってきていないらしい。
「――親父?」
 俺は思わず、呟いた。
 妙だ。
 いっつも下らねェことで口喧嘩してたり、下らねェワイ談に花咲かせてる連中が、仲良く黙りこんでやがる――
「あの、若」
 ひとりがぽつりと呟いた。
「今日、野暮用あるんじゃアなかったんスか」
 ――なんでおまァが、知ってんだ。

 いや、知ってたのはこいつじゃない。
 こいつは聞いただけなんだ。
 知ってたのはあの馬鹿親父だ。馬鹿で頭がカタくても、子供のやることはお見通し、ってか――。
 いつもいつも、こういう問題が起きりゃ関係ねェだのいい加減にしろだの怒鳴ってる俺でも、かわいい息子だってのか。
 かわいい俺のかわいい恋路を邪魔するやつは、それこそ『野暮』だってのか――。

「馬ッ鹿野郎が……」
 俺はネクタイをゆるめて、ジャケットと鞄を放り投げた。若い衆のひとりが、すぱっとそれを受け止めた。
「仕方ねェ。場所どこだ!」
「カシラぁ、ブッコミかけてくれるンすね!」
「ゴタゴタが終わってから喜べ、馬鹿! 行くぞオラ!!」
「応!!」
 まったく、いつの間にこんなに集まってやがったんだ。それに俺も馬鹿だ。売り言葉に買い言葉みてェな、いわゆる「勢い」ってやつだが、「行くぞオラ」って何だ馬鹿。
 俺の一声に呼応して、どたどたと組のやつらが集まってくる。……かえって邪魔なんだが、ここで「来ンな」と暴れて体力使うのはごめんだった。

 俺はそうして、花を取り戻しに行く。


 翌日事件は新聞に載っちまったが、俺は変装してたおかげで世間に正体をバラさずにすんだ。ちいっと油断して顔につけられた傷は、「階段から落ちた」って上司に説明しておいた。俺はやっぱり嘘が下手だ。……さすがに、刃渡り五〇尺の刀振り回して暴れてたらその辺にあった壷投げつけられてつけられた傷ですなんて答えられないことはわかってる。こんなこと正直に言うくらいなら、下手に嘘ついてすこし疑われる方がまだマシだ。
 ――桜の花びらを掃いてるだろうあの花も、知らずに済んだだろうか。
 彼女があんな糞みてェな事件に興味を持つたァ思いたくねェが、もし話題にのぼったら、俺はどう嘘をつこう。
 白々しく、「物騒な世の中だなァ」とか何とか、言うんだろうか。

 あァあ、馬鹿臭ェ。




<了>