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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


雨の深夜便


 〜♪
 さてさて午前三時
 待ってましたのオンエアでございます
 二時間の行く手を占う今夜の一発目
 待っていました一年ぶりの新曲
 荷は人の心
 荷は人と人とを繋ぐ絆の証
 それはあまりに無口にして饒舌
 運びます運ばせて頂きます
 国道を征く我らが鉄火姫よろしくWant you
 この夏に帰って参りました
 星光(ほし・ひかる)で『雨の深夜便』
 ちぇきら!
 〜♪

  ◆ ◆ ◆

 チャーミングに装飾したトラックのコクピットの中、ラジオから歌謡曲が吐き出されて行く。
 その席に座っている、鉄火肌を感じさせる娘――流耀(ながれ・よう)は、雨は嫌いでは無い。
 雨そのものに対しては、どことなく落ち着きを感じさせてくれる、自然なものと感じている。
 むしろ嫌いのは湿った地面である。
 車のタイヤが滑るからだ。
 ABSのついた一般自動車ならばいざ知らず、今こうして大きなハンドルを握っている、伝統有る看板トラックには、そんなものはついていない。
 だが、これまでずっと使われてきたトラック――『星翔号』。
 車が歩んできた年月を表しているとも言える、足回り周辺に手を入れるのは、なんだかとても寂しいことのように思えているから、特に対策はしていないのが現状である。
 自分がしっかりと運転していれば問題は無いのだし、そもそもそういう緊張感がないと、お客様の荷物を扱うにも資格はないというものだった。
 目下の問題は、都の排ガス規制である。
 先のような理由で、エンジンのオーバーホールはするものの、環境に対応したエンジンと排気系への換装はやらずじまいだ――排気に関しては一度変えてもみたのだが、どうもフィーリングが肌に合わないのと、結局規制値を大幅に上回ってしまっているということで、既存のものに戻してしまった。
 耀が、この話をとあるP.Aで同業仲間に話したところ、

『耀ちゃん、やっぱりそのトラックは手を入れちゃあいけないよ』

 と、言われたものだった。
 止まってしまうその時まで、星翔号とは一緒にいよう――そう思っている。
 ……けれど、
「こ、こわいッ……こっそり後輪滑ってるでやんすよ……」
 『星翔号』は昔のトラックだから、昨今の車とは異なる、後輪駆動である。
 なのにエンジンは前方に積んであり、しかしトラックは荷を後ろに積載するから、どうしても尻重になってしまう。
 それに加えて、この雨――視界こそクリーンに近いが、路面は冷たく、そして水っぽい。
 変に曲げようものならば、途端にトラックは滑り出す。
 1ナンバーのトラックが、スリップしようものならば……事態はJAFどころの騒ぎでは無い。ニュース速報でいの一番に取り上げられる大惨事だ。それだけは避けなければならない。
 幸いと言えば、荷を殆ど運び終わり、あとは本社――自分が社長である――の倉庫に運び込めば、そこからは丸一日の休日。
「タイヤくらいは、ケチらず変えた方がよさそうでやんすね〜」
 どうやって会計を口説き落とそうかを考えながら、三宅坂通りを走る耀。
 意識こそはっきりしていたが、ちょっぴり、夢想めいていた。
 だから、歩道を走る、そいつに気づいたのかも知れなかった。
 ……犬が人を――じゃない、人が、犬を抱えて走ってる――
 世の中に、ワケありという人間は、数多い。
 だから、そこに、無理には干渉をしない……それが耀のポリシーだった。
 逆に、頼ってくれた人に対しては、全力でその気持ちに応える娘ではあるものの、曲がりなりにも、社員の生活を預かる社長としての気風も、確かにあった。
 けれども、耀は、トラックを左に寄せた。

  ◆ ◆ ◆

 どのようにして、ここまで来れたのか、憶えていなかった。
 ただ、分かっているのは、こうして抱えている犬が、殺されそうになっていたのを公園で見て、それを助けようとした――それだけだ。
 誰もいない、深夜の三宅坂通り。
 雨の中を走りながら、黒澤藤斗(くろさわ・ふじと)は、先程目にした、異質な"儀式"を思い出していた。
 公園の休憩所で、犬が、串刺しにされそうになっていたのを見かけたのは、偶然か?
 それを阻止しようと大声を上げて――そのためか、そいつの手元が狂ったのも、偶然か?
 コトは失敗に終わったらしく……瀕死の犬と、周囲に墨で描かれた梵字基調の結界の跡、そして自分がそこに残った。
 血まみれの小さな体を、反射的に抱えて、走り出した。
 自分があの場所に居合わせたから、弱っているとは言え、この犬は今、生きているのだ。
 ……自分が助けなければならない。そう思った。
 どうすれば助けられる?
 犬だから……獣医、か?
 しかし、そういった世界を全く知らないから、どこにあるかも分からない。
 雨に濡れた手で、公衆電話ボックスの電話帳を見れば、深夜にやっていてここから近いのは、日比谷の医院――タクシーを使おうとしたが、血に埋もれた犬の姿を見ると、どの運転手も乗車を拒んだ。
 ……走るしかない。
 走った!
 走った!
 雨の中を走りまくった!
 転びそうになりながら、時たますれ違う人にぶつかりそうになりながら、藤斗は走った!
 ……何人目のすれ違いだろうか。
「乗るでやんす!」
 湿気の内に乗った、その明るい声は、耳にとっても優しかったような気がした。
 懐の犬が、くぅん、とうめいた。

  ◆ ◆ ◆

 夜が明けようとしていた。
 犬は一命を取り留めた。
 雨によって傷口が洗浄されていたのと、比較的処置が早かったのが、功を奏したとのことだった。
 皮肉にも綺麗な刺し傷だったために、傷をふさぎ、薬を与え、包帯で固定する……それで、犬は多少の血気を取り戻していた。
 耀の表情は真剣だった。
 藤斗から、儀式のことを聞いたからである。彼女も、この世ならぬものに関しては、多少の繋がりを持っていたから、他人事のように思えなかった。
 車を止めてよかった。心からそう思っていた。
「飼うでやんすか……?」
「飼う、って?」
「その犬」
 言われて、助手席の藤斗は、腕に抱いた小さな体を見やった。
「そうだな――」
 あんなことがあって、俺に助けられた……そのことは、藤斗にとって、とても重要なことのような気がした。もちろん、耀の助けがあったからこそ、のことでもあるが。
 奇妙な繋がりを感じた。
 公園に自分が居合わせ、そして、三宅坂で耀が居合わせた。
 そのことは、この犬にとってだけではなく、自分や耀にとっても、重要なことなのではないか――そんな思いがあった。
 けれども……出て来た言葉はあまりにシンプルで、
「一人じゃ寂しいだろ?」
 藤斗自身、その自らの吐いた台詞に驚いた程だった。
 けれども、そういうものなのかもしれない――そう思うと、どこか笑みがこぼれてくるのだった。
 その笑顔に、耀も微笑し、
「じゃあ、あっしも時々見に来るでやんすよ」
「……ああ」
 藤斗も、今度ははっきりと笑った。
 都ビルのジャングルの雲間から、朝の光がのぞき……藤斗は優しく犬の頭を撫で、耀はその眩しさに目を細めた――
 
  ◆ ◆ ◆
 
 〜♪
 さてさて午前五時
 お別れの時間でございます
 けれども昨日も今日も
 明日も明後日も
 ぶっちゃけ平日深夜は毎日放送で
 あなたのそばに優しさと温もり送ります
 ドライバーの皆さん
 心の安全運転どうもありがとう!
 愛らぶトラッカーまた明日
 しーゆー!
 〜♪