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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


fruition

 どんな伝承や誇りも、近代化と技術の進歩には敵わない。歴史ある里も時代の流れには勝てず、いつしか廃れて普通の人里へと化していくのは世の常だ。
 だが、その根っこにある、人にあらざる達は何も変わらない。時の流れは人のそれと同じではないが、綿々と受け継がれる流れを、人にあらざるもの達は変える事はない。だから、現代社会とのズレが生じ、時に騒動となる訳だが、その時犠牲になるのは、大抵人にあらざるもの達の方なのであった。


 その里には、他の地にはない気脈があると謂う。それが白日の元に晒されるのは千余年に一度きり。人の寿命が延びたとは言え、千年生きる人はいる筈もなく、当然、その伝承を事実として知る者が次の機会まで生きている訳が無い。普段は里の大切な秘密として、大切に守られ言い伝えられ続けた伝承である。人々はその伝承を誇りに思い、そんな里の民である己をも誇りに思った。だからこそ、千年の間、里は伝承を護り続ける事が出来た。しかし、とある戦いで大勢の里の民が死に、里の古きを知る者が激減、自然と伝承を言い伝える者もいなくなってしまった。伝承はただの御伽噺と化し、里に何の愛着も持たぬ若者は里を捨て、街へと出てそれっきり戻っては来ない。残るのは老人と一握りの民、そして枯れ掛けの古木。そのいずれも、朽ち果てるのは時間の問題と言われていた頃の事である。

 気とは明確な定義を持たぬエネルギー。この世界には数え切れない程の気の流れがあり、大抵それらは決まった軌跡を描いて永遠に巡り続けると言う。その中の一つ、地を流れる龍脈が、どう言う具合でかは分からないが、方位を改めていつもと違う地を流れ始めた。それに引き寄せられるかのよう、天の気も遥か遠くから地を目指して降り注ぐ。それらが丁度交差する点に、里の古木があり、龍脈気はその根に、天の気は枝に満ちた。それらの膨大なエネルギーは古木に生命力を与えたのだが、それはただの生きる力ではなかった。古木の枯れ掛けた枝は太く瑞々しく変化しただけでなく、そこに黄金の葉、黄金の花を付け、やがて花は黄金の実を実らせたのだった。
 これが、里に古くから伝わる由緒正しき伝承。神が宿ると言われる神聖なる木に、千余年に一度だけ実る、黄金の実。だが、伝承はそれで終わりではないのだ。
 「…何や、今日はやたらと山が騒がしいのう…風も吹いておらんのに」
 「獣達もざわついておるようじゃの。家畜もそれに釣られて騒ぎ立てておるし、何かあったのかの…」
 山のざわめきに尋常ならざるものを感じ、里の民は不安を隠し切れなかった。伝承と共に生き続けている山は、千と余年振りの出来事に、ただ歓喜の声を上げていただけなのだが、伝承の事を忘れ掛けている人々にはそれが分かる訳もない。ただ、多少なりとも里の歴史に興味を持つ者が、伝承の事をふと思い出す。資料をあさって計算したところ、どうやらその時が訪れているらしい事に気付く。その男は数人の村人を連れて山へと登り、そして千余年振りの目撃者と化したのだった。
 「……まさか、本当の話だったとは…」
 「なんと眩い…神々しいとはこの事を言うのだな…」
 伝承の事は信じていなかったにしろ、この里に残っていたと言う事は里にそれなりの愛情を持っていたと言う事だ。煌く実を見て人々は純粋にその美しさを湛え、気高さに自然と跪く。ふと、民の一人が男に問うた。
 「そう言えば、伝承にはその先があったような気がするのだが…」
 「ああ。龍脈気と天の気が交わり、神気を宿した仙木は黄金の葉、黄金の花を咲かせ、黄金の実を宿らせる。そして、その実からは神の…」
 男の言葉が途中で途切れた。同時にその場にいた人々の視線も、黄金の実に集中する。男がそう言っている間に、仙木がそれに応えたかのよう、枝を細かく震わせたのだ。その振動は実にも伝わり、重そうに熟したそれは、枝から離れる。そのまま重力に引かれて地面に激突するか、と人々は肝を冷やしたが、何か見えない手がそれを受け止めたかのよう、黄金の実はゆっくりと下へ下がり、そっと柔らかい下生えの上に優しく横たえられたのであった。
 「実が…割れるぞ……」
 乾いた声で村人の一人が呟く。割れると言うよりは避けると言った方が正しいであろうか。爪の先で付けた程の小さな裂け目は、やがて上下に同じ速度で大きくなり、ほぼ真っ二つになった。そしてその中央には、不思議な事に、一人の赤ん坊が安らかに規則正しい寝息を立てていたのだった。
 「神子、だ…」
 溜息と共に民が漏らしたその一言に呼応するよう、目覚めた赤ん坊が堰を切ったように泣き出した。


 そして十年余りの年月が過ぎ去った。
 その船は有り体に言うと、違法船と言うのだろうか。正確には、どこの国にも属していないから、どこの国の法律を当て嵌めればいいのか分からない、だから構わないんだと言う話もある。飛び交う言葉はアジア圏の言葉だが、それもどの国と言う訳でなく、あらゆる国の言葉が右往左往していた。
 「や、お久し振りですな!ご健勝で何より」
 「おまえ、女への挨拶と言えば、相変わらずお美しいとか若々しいとか、そう言うのが定石だろう?」
 勾音がそう言うと、船の持ち主でもあるその男は、豪快に笑って後ろ頭を掻いた。
 「や、敵いませんなぁ。御前様を普通の女扱いしちゃ失礼かと思ったんですがね」
 「おや、失礼な。幾つになっても女は女さ。おべっかと分かっていても、容姿を褒められれば嬉しいもんさね」
 「御前様相手におべっか使うような勇気のある奴ぁ、この船には乗ってませんぜ。ところで今日は何をご入用で?」
 「いや、特にこれといって……ところでおまえ、いつから人身売買まで始めたんだい?」
 それを咎める訳でもなく、勾音がそう言って男の背後を指差す。商人であるその男は、勾音の爪先の行方を振り返って確かめ、ああ、と声を出した。
 「これぁ、掘り出し物と言うか、貴重品ですぜ。何しろわしが十年掛けて追い求めたものなんですからね」
 「と言うと?」
 「こいつは神の子なんですよ」
 商人の言葉に、一瞬バカにしたように勾音の片眉が持ち上がる。その表情を見て、その神の子とやらは怯えたようにただでさえ小柄なその身体を小さくちぢこませた。
 「ほぅ?神の子、ねぇ?」
 「バカにしちゃいけませんぜ、御前様。わしが信頼するスゴ腕の占い師を擁して、神の子が生まれ出その時を占わせ、風水と占の力でその場所を探したんですよ。驚くなかれ、千余年に一度しか生まれない、奇跡の子供ですよ」
 「…へぇ、……?」
 「そりゃもう、金と宝を積んだ積んだ。なかなか里の奴ら、承諾しねぇもんでね…最後は半ば脅しみたいにして連れて来ましたがね。だが、奴らはただ大事大事で育ててただけみたいですからな、そりゃ宝の持ち腐れっつうもんっすよ」
 「……ふーん…」
 興味を惹かれたよう、勾音は腰に両拳を宛がい、上体を屈めてその子供の顔を覗き込む。黄金の実から生まれたその子供は、大事に大事に育てられたのが良く分かる、傷一つない綺麗な肌をしていた。日に焼けた事など全く無さそうな白い肌は、恐らく殆ど屋内で育てられたからであろう。大きな緑色の瞳が、じっと勾音の赤い瞳を見つめる。惧れを知らぬその無垢な瞳に、勾音は何故か何かを試されているような気がした。暫くの間、子供は勾音をじっと見詰め続けていたが、やがてにこりと微かな笑みを浮かべる。ほんの少し、唇の形が変わって頬の筋肉を動かしただけの笑みであったが、瞬間、その場の空気が一気に清浄化した、そんな気がした。
 「面白い。この子、私が貰うよ」
 「へ?」
 商人が間の抜けた声を漏らす。返事も聞かず、勾音は子供の細い上腕を掴むと立たせ、自分の方へと引き寄せた。子供も素直に立ち上がり、勾音の腰辺りに縋るようになる。そうすると、多分生まれて一度も切った事がないのだろう、腰辺りまである長い髪が、さらりと勾音の肘を擽った。
 「ご、御前様、何をいきなり…第一、この子供をどうするおつもりで?」
 どうする、との言葉の中には、どう扱うかとかどう利用するのかと言う意味合いも含まれていた。それを分かっていて、勾音はわざと、そうさねぇととぼけた声を出す。
 「私のメイドにでもしようかね。可愛い顔をしてるし、私の傍に置いとくには丁度いいだろう?」
 「そ、そんな…その子供がどう言う子だと……」
 「おまえ、私のする事に文句があるのかい?」
 そう言って口端で笑う勾音、その表情も声も穏やかそのものだが、赤い瞳のその奥底にある、勾音の本性のほんの一部が垣間見え、商人は思わず総毛だった。
 「安心おし、おまえの言い値で買い取ろうと言うんだ。商売人としては悪い話じゃないだろう?」
 「そりゃ、…まぁ……」
 「何だい、信用ならないかえ?この私が、支払いを渋った事など一度たりとて無いだろう?」
 いいね?と言い切り、商人が頷く前に勾音は子供の手を引き、すたすたと歩き出す。その背中を、商人はただ呆然と見送るしかなかった。


 「おまえ、名前は?」
 「………」
 子供は黙って首を左右に振る。さっきから勾音の言う事を真剣な眼差しで聞いているところを見ると、言葉が分からない訳ではないらしい。自分の聞きたい事さえ分かれば、返事があっても無くても構わないと言う勾音なので、子供から言葉が聞けない事はさしたる問題ではないらしい。
 「無いのかい。そりゃ難儀だねぇ…今まで困らなかったのかい?」
 子供はまた首を左右に振る。そうかい、と勾音が頷いた。
 「だが、私は呼び難いから困ったもんさね。どれ、ここは私が名付け親になってやろうかね」
 そう言って子供の方を見下ろすと、子供もこくこくと何度も頷く。表情自体は変わりないが、雰囲気から喜んでいる事が分かった。
 「そうさね、じゃあ…陽菜ってのはどうだい。春だし、日差しも暖かくて菜の花が綺麗な時期だからね。或いは、霞澄…どっちも女の子らしい名前じゃないか」
 陽菜、の名前には他にも由来があった。先程、商人の元を離れて船を降り、勾音の仮宿へと向かう途中。何も知らないならず者が、漁師町と言う猛々しいその場にそぐわぬ、儚げな子供を見て揶揄する言葉を投げ掛けた。その男はどうやら勾音の事を知らない愚か者だったらしく、瞬時に勾音の爪に裂かれて息絶えたのだが、その時怯えた子供が走り出し、程近い菜の花畑で躓き転んだ。その瞬間、まだ春浅く蕾しかつけていなかった菜の花が、一瞬にして満開に咲き誇り、また一瞬にして全て茶色に枯れ果ててしまったのだ。驚きで思わず放出してしまった神気の量が膨大過ぎて、菜の花程度ではそれを受け止め切れなかったらしい。
 「本当に、不思議なコだよ、全く…で、どっちにするんだい?」
 勾音がそう言うと、子供は見上げてにこりと笑う。その笑みは清々しく、まさに霞を澄み渡らせるねぇと勾音も笑った。
 「…両方」
 「何だって?」
 「両方がいい。どっちも素敵」
 子供はそう答え、またにこりと笑みを向ける。暫く考え込んでいた勾音だったが、やがて可笑しげに笑って肩を揺らした、
 「欲張りだねぇ、まぁいいさ。それぐらいでないと、私の元じゃやってけないからね」
 では霞澄・陽菜でどうだい。そう言って顔を覗き込むと、子供は嬉しそうに顔を綻ばせる。ついそれに釣られて目を細めて笑み返し、勾音は陽菜を促すと、仮宿の広大な浴室へと歩いていった。

 その後、浴室の方から勾音の呆れたような高い声が聞こえたとか聞こえなかったとか。実は陽菜は正真正銘の男であった訳で、その容姿から、今後も女とよく間違われる事になるのだが、その要因の一つに、陽菜がこれでいいと譲らなかった名前にあるとは、本人は思ってもいないのであった。