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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


違和感

 行っといで、って気軽に言うなっつうの。この、常識知らずのクソガキの御守をすんのは俺なんだからな。
 「…レージ、今、俺の事をコドモだとか常識知らない奴とかって思っただろ」
 「……」
 何でこんなに勘が鋭いのに、それなのに日本における社会常識は未だに幼稚園児レベルなんだ、こいつは?
 ババア…っと、ババアって呼ぶとえらい怒るからな。バーのママ、つまりは俺の雇い主の考えるこたぁ気紛れで全く困る。他にも沢山の野郎を侍らせてる癖に、わざわざ俺と黒鳳に買い物に行け、だと?しかも、ホームセンターで錠前やら何やらを買って来いって…俺らは小学生のお遣いかっつうの。社会勉強だなんて大層な理由つけてやがったが、ありゃどう考えても、俺らが揉めて騒動起こすのを楽しんでるとしか思えねぇ。そんなのは癪に触るから、とっとと買い物を済ませてスムーズに帰宅…てのも何だか腑に落ちんな。まるで、俺と黒鳳の仲がヨクなったみてぇじゃねぇか。
 ……。うわっ、考えただけで鳥肌立ってきた!
 まぁいい…とっとと済ませて帰ってこよう…四の五の抜かしたって状況が変わる訳じゃねぇしな。何が起こるかなんて、ここで考えてたって分かる訳がねぇ。だったら出たとこ勝負の行き当たりばったりだ。何があっても、まぁどうにかなるだろ。今までもそれで切り抜けてきたんだしな。

 さて、帰りには荷物も増えている事だし、俺のバイクで…ってこらこらこら!とっとと一人で先に行くな!
 「てめっ、まさか歩いて行く気じゃねぇだろうな!?」
 「おまえこそ、まさかバイクの後ろに俺を乗せるつもりじゃないだろうな?おまえと二人乗りは懲り懲りだ」
 「だからって歩いて行くっつうのも原始的な話だな。まぁ、サルと同レベルのお前じゃ、しょうがねぇ話かもなー」
 「誰がサルだ、誰が!」
 ああ、こんなんでスムーズに用事が済ませようなんて、ちらりとでも思った俺が浅はかだったぜ。口を開けば悪態しか付かねぇコイツが、俺の言う事を素直に聞く筈など無かったんだ…。
 それでも歩いて行く事だけは何とか阻止し、かと言ってバイクは絶対厭だとごねやがるから、しょうがなくまた電車で行く事となった。最初は、「お前だけバイクで行くがいい、俺は電車で行く」なんて言ってたんだけど、ホームセンターの場所を知ってんのかってツッコんだら、黙りこくっちまった。いつもそんな風に素直だと、ちったぁ可愛げも出て来るんだろうけどなぁ。素材は決して悪くない、寧ろ極上の女なんだから…。
 ……。うわぁっ、俺、何を言ってるんだ!?とっ、鳥肌がっ!
 「………。レージ、何を一人で百面そうしているんだ」
 「う、煩い」
 ああ、焦った。いや、気が緩んだとは言え、一瞬とは言え何を考えたんだ、俺は。
 横目でちらりと黒鳳の方を盗み見ると、奴ぁ妙に楽しそうな顔をしている。ホームセンター如きでここまで楽しめる奴ってのは幸せだと思ったが、考えてみればコイツは今まで、こう言った場所に全く縁のない生活を送ってきた…らしいのだから(いや、詳しい事は俺は知らねぇんだけど)しょうがねぇのかな。あれか、ガキが何にでも興味を持つのと一緒か。
 ああ、それに、さっき出掛ける時、ババアが黒鳳に、何か一つ好きな物を買っていいって言ってたな。それで今から浮かれてんのか、オメデタイ奴。ホントにこう言うところがガキなんだもんなぁ。ま、俺に危害が及ばなければ何だって構わねぇんだけどさ。…つか、こうやって浮かれてる時の黒鳳は、全く周りが目に入らなくなって迷子になる危険性MAXじゃねぇか。やっぱり俺に迷惑掛けるんじゃねぇかよ!…しょうがねぇ、ここは社会人の先輩として、俺が目ぇ光らせてるしかねぇな。こんな、期待に満ち満ちた顔でいられちゃ、何も言えねぇっつうの。
 ………ん?何だ。何だ、この違和感は。
 どこかから誰かに見られている感覚。だが、見られているのは俺じゃない。俺は、ソイツの視界に映っているだけ。ソイツに一挙一動見張られている奴は、俺のすぐ傍にいると言う事か。
 ……黒鳳、か?
 黒鳳の方を見ると、奴はこまごまとした雑貨が置いてある棚を、腰を屈めて覗き込んでいる。♪マークが飛び交っていそうな程の楽しげな様子から思うに、視線の気配にはさっぱり気付いていないらしい。いつものコイツなら、もうとっくの昔に気付いているはずだ。初めての場所で、緊張感が緩んで意識が散ってるんだろう。
 そう言えば、あの店に来たばかりのコイツは、何かに妙に怯え、精神は荒んでいた。寒くてひもじくて、辛くてしょうがねぇのに全身の毛を逆立てて唸り声を上げる、痩せっぽっちの野良猫みてぇだった。ここに来る前、奴に何があったかは俺は知らねぇ。ババアも話さねぇし、俺も聞く気ねぇし。何かあったのかもしんねぇし何も無かったのかもしれん。何しろ、ババアが誰かを連れて来る時なんざ、ただの気紛れと興味本位でしかねぇんだからな。
 いずれにせよ、このまんまじゃマズイ。とりあえず、黒鳳を別の場所に……。

 って、いねぇよ、あのバカ―――!!!

 意識を周囲に巡らせてみると、さっきまでの気持ち悪ぃ視線はどこかに消えてしまっている。これで確実に、狙われているのは黒鳳だと判明したな。だが、それで安心できるどころか、もっとヤバいじゃねぇか。違う場所でなら、アイツが自分で何とかするだろうが、今はダメだ。今の黒鳳は、ただの女に近くなっちまってる。…っつか一番恐いのは、いつもなら楽に倒せる相手でも、相手の正体を知った時にあいつが通常の戦闘能力を発揮できる程に冷静でいられるかどうか、って事だ。こればっかは実際にその場面になってみねぇと分からねぇが、できればそんな場面には出くわしたくない。
 俺は、ぐるりと大回りをして、黒鳳が行ってしまったと思われる周囲を、素知らぬ顔で歩き出す。奴を狙っていた奴があいつしか見てねぇんだったら、黒鳳を中心に据えてそいつの外側に俺が出れば、気付かれずに近寄れる筈だ。黒鳳を間にしてソイツと向かい合っちまうと最悪だが、その辺は俺の運、日頃の行いの良さに賭けるとしよう。
 視線だけで俺は注意深く周囲を探る。黒鳳が、今度はガーデニングコーナーで、素焼きのウサギの置物に目を奪われているのが見えた。
 と、その背中をじっと見詰める男が居る。格好はそこら辺にどこにでも居る、妻一人子二人、マイホーム所有でその住宅ローンが後三十年、と言った感じの平凡な男だ。だが、その身から醸し出すオーラが何か違う。一般市民を装ってはいるが、隠し切れない何かがあるのだ。幸か不幸か、今の俺の周りに大勢いるのと同じ匂いがするから、すぐに分かった。さっき、黒鳳に視線を向けていたのはコイツなのだと俺は確信した。
 と、なれば先手必勝、善は急げ、静かなる事風の如し。俺は足音を忍ばせつつ、素早く男の背中に近付き、思い切り愛想のいい声を掛けつつ、その肩をぽんと叩いた。
 「あの、すみません」
 「?」
 「『喋るな』!『動くな』!」
 反射的に振り向いた男に向け、立て続けに二つの言霊を放つ。俺の目に射抜かれたかのよう、男は強張った表情のまま、僅かに唇を上下させる事が可能なだけだ。
 「ちょっとお尋ねしますが…って、ええ、気分が悪いんですか?そりゃ大変だ!」
 周りには誰も居なかったが、念の為と言う事で白々しい芝居を打つ。男の身体を半ば引き摺るようにして、俺はトイレへと男を連れて行った。
 個室の一つに奴の身体を蹴り込み、意識だけははっきりしている男の顔を見下ろす。男はどこがと言う特徴もない、その辺の道端で十把一絡げで売られてるような平凡な男だ。が、その目だけが尋常じゃねぇ。多分、普通の奴なら気が付かないが、同じ何かを持つ、或いは知っているヤツらなら容易に感じる事が出来る、ある種のフェロモンみてぇなもんだな。こいつから、何故黒鳳を狙うのかを聞き出すのは簡単だ。だが、それはしてはならない事だと俺は感じたし、またしたいとも思わなかった。俺は、男の額に人差し指をずいと突き立て、睨みつける。
 「いいからゆっくり『寝てろ』」
 本当は『一生寝てろ』とか言ってやりたかったが、本当に永眠しちまう可能性があったから止めた。男の目がぐるんと白目を剥き、それを隠して瞼が閉じる。そのうち、充分に惰眠を貪ったら自然と目が覚めるだろ。そん時には、もうここは閉店しちまって真っ暗かもしんねぇけどな。


 俺がそうしてトイレから出てくると、丁度黒鳳と出くわした。俺の顔を見るなり、びしぃっと鼻っ面に人差し指を突きつけてくる。
 「レージ、おまえどこに行ってたんだ!勝手に一人でうろちょろするな、捜したじゃないか!」
 「へぇ?俺の事捜しててくれた訳ぇ?そんなに寂しかったのかよ、俺が居なくてさ?」
 「なっ、何を言ってるんだ、このバカモノ!おまえなんか居なくて清々してたけど、あの方に一緒に行けと言われたから仕方なく捜してただけだ!」
 かっと激昂して黒鳳が睨み付けてくる。いつものその様子に、俺は内心では安堵を覚えつつ、表面的にはいつものようにニヤニヤ笑いで揶揄った。
 「へぇ〜、そうかぁ?うん?顔が赤いぜ〜?」
 「赤くなどない!おまえの目が悪いんだろ、頭と一緒で」
 「お前にだけは言われたくねぇな、それ…」
 「……そんなしみじみ言われると、拍子抜けするし、何故か凄い悔しいのだが…」
 ぶつくさと文句を言う黒鳳に、俺はカカカと乾いた笑い声をあげた。

 「なぁ、レージ」
 「あぁん?」
 帰り道、のんびりと歩いての帰路の途中、黒鳳が声を掛けてきた。
 「なんだ?」
 「なぁ、…ピアスが買いたいんだ。あの店に行くから付いて来い」
 「はぁ?」
 黒鳳の顔を見れば、僅かにだがバツが悪そうに、視線をうろうろさせている。あの店とは、ジョシコーセーとかが満載の華やかでお洒落なアクセサリー屋だ。俺には縁のない類いの店だが、これまでの黒鳳にも縁がなかったんだろう。
 「おまえなぁ、…そう言う時には、お願い玲璽サン付いて来て?って殊勝に可愛く頼むもんだ。いいんだぜ、恥ずかしいから独りじゃ行けねぇなんて、おまえも可愛いところあるじゃねぇか」
 「だっ、誰が恥ずかしいものか!と言うか、可愛い言うな!!」
 「はいはい、弁解はいいから行くぜ、ほれ」
 「……」
 先に立ってすたすたと歩き出すと、黒鳳も距離を置かずにすぐ後ろを付いて来る。店内はピンクやオレンジや黄色で溢れ、強い風が吹けば全部吹っ飛んぢまうような細かくてちっこいモノがいっぱいで、俺は眩暈がしそうだったが、黒鳳は目を輝かせてピアスや指輪なんかを覗き見ていた。
 そんな奴の背中を見詰めつつ、俺はこっそり周囲に注意を巡らせる。さっきのような胸糞悪い視線を感じる事は無い。今は、追手とやらも夕飯でも食いに帰ったのかもな。

 「なぁ、レージ。これなんかどうだ?」
 「ああ、オンナノコなら似合いそうだなぁ」
 「それは俺には似合わないと言う事か!」

 知りたくないと言ったら嘘になる。聞けばもしかしたら教えてくれるかもしれない。聞いたら案外、なんだそりゃって笑い飛ばして済んぢまうような事かもしれない。だが、それを聞いたら最後、今こうして俺に呑気に食って掛かっている、ガキみてぇなこいつの無邪気さが、どっかに行っちまうような気がするのはどうしてだろう。



☆ライターより

いつもありがとうございます!碧川桜です。
今回はちょっと趣向を変えて、玲璽氏の一人称でお送りしましたが如何だったでしょうか?書いている本人は楽しく書かさせて頂いたのですが…(笑)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ではでは、今回はこの辺で……。