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<東京怪談・PCゲームノベル>


【狭間の幻夢】ユニコーンの章―鳥―

●公園で●
夜も更けた頃。
ある公園のベンチに座る、2人の人影があった。
嘉神・しえると護羽だ。
…とはいっても2人は別にアベックというわけではない。
むしろ、『加害者と被害者』といった感じの関係の方が、似合ってる。
優雅に長くすらっとした足を組んで話を聞いていたしえるは、終わると同時に頬に手を当てて溜息を吐いた。
「…なるほどね」
「まぁ、そんなわけでキミの協力が必要なんや。
 すまんけど協力してくれへんかなぁ?」
しえるのどこか呆れたような呟きに、護羽が後ろ頭を掻きながら笑顔でそう言う。
『かなぁ?』とか言いつつも逃げることを許さないような響きがある辺り、あまり悪いと思っていない気がしてならない。
そんな護羽の様子に、しえるはふぅ、と溜息を吐いた。
「…『嫌』って言っても、あなたは無理矢理連れてくんじゃないの?」
「あ、分かってもうた?」
やー失敗失敗、などと言いながらも全然困ってない顔をしている護羽。…イイ性格をしてる。
「…人が仕事で疲れてるってのにお構いなしね…近道だからって公園なんか通るんじゃなかったわ…」
「あはは、ま、僕に会ったんが自分の運の尽きやと思って諦めや☆」
嫌味を込めて呟きながら深々と溜息を吐いても、護羽が爽やかに笑いながら肩を叩くだけでまったく通じてない。
嫌味だと分かってて知らないフリをしているのか、本当に気付いていないのか。まぁ、どっちにしてもかなりの大物だろう。
しえるは疲れたように頭を緩く左右に振り、ゆっくりとベンチから腰をあげた。
立ち上がったしえるを不思議そうに見上げる護羽を見下ろし、しえるは仁王立ちで口を開く。
「…できれば帰っちゃいたいところだけど、関わったモンは仕方ないから…付き合ってあげる。
 どっちにしても手伝わされるんだったら、自分から手伝った方がマシだもの」
しえるの言葉に嬉しそうに顔を輝かせる護羽を呆れたように見ながら、しえるは勘違いしないように、ときっぱり言い切った。
「それでもええわ。有難う♪」
立ち上がりながらそう言ってにっこり笑う護羽に、しえるも負けじと爽やかに微笑み返して口を開く。
「―――だから、お礼宜しくね♪」
「任しとき…へ?」
物凄く爽やかに言われた言葉に反射的に胸を叩いて答えた護羽は、その言葉の意味を飲みこんでから間抜けな声をあげた。
「よし、頷いたわね?頷いたからにはちゃんとお礼して貰うわよ」
腕を組んで満足そうに笑うしえるに、護羽は苦笑気味に口元を引き攣らせる。
「…ねーちゃん、ちゃっかりしとんなぁ」
「当然の権利よ。ギブ&テイク。これ、常識でしょ?」
「はは、こりゃ敵わんわ」
ふふん、と笑いながら言うしえるに、護羽は諦めたように笑い返す。

「…ほな、心当たりのある思い出の場所は?」
気を取り直して質問する護羽。
「思い出の場所、ねぇ…じゃ、あそこかな?」
しえるは少しの間考え込むように頬に手を当てていたが、ふと思いついたように顔を上げる。
「ん?思い当たる場所あったん?」
「えぇ。
 場所は東京タワーの特別展望室よ。お小遣いはたいて時々行ってたの。
 多分、そこで合ってると思うわ」
「保証付き、てコトか。
 ほなとりあえず当面の行き先は決まりやな」
しえるの答えに満足げに笑う護羽。
その様子を見ていたしえるに、護羽は微笑みながらしえるに話し掛けた。

「ほな、次にあげる移動方法の選択肢から1つ選んでくれん?」

「…移動方法?」
話を流されたことに不満を言う前に告げられた変な内容に、しえるは思わず首を傾げる。
一体どんな移動方法があるというのだろうか。まぁ、時間帯や護羽の登場の仕方から考えて、少なくとも乗り物ではないだろうが。
訝しげにこちらを見るしえるに笑顔を返し、護羽は指を1本ずつ立てながら選択肢を挙げだした。
「@お姫サマ抱っこ
 A普通に抱っこ
 Bおんぶ」
「全部イヤよ」
即答。
何が悲しくて初対面の男にそんなことをされなければならんのだ。
「ちぇー。つまらんなぁ、自分」
「あなたねぇ…!」
つまらなさげに失礼なことを言う護羽にしえるが口元を引き攣らせて怒鳴ろうとした瞬間。

「ほな、『C手を繋いで』に強制決定☆」

と勝手なことを言いながら、護羽に無理矢理片手をつかまれてしまった。
「ちょっと!何なのよ!?」
戸惑うしえるを他所に、護羽は笑顔のまましえるに背を向ける。
得意の空手で倒してやろうか、としえるが思ったところで。
「しっかり僕の手、掴んどってや?」
と振り返って微笑んだ護羽が、地面を蹴った。
とん、と軽い音がして、護羽の身体が重力に逆らって跳ね上がる。
「ちょっ…!」
その動きに合わせて、自分の腕がぐっと引っ張られて身体が前に傾く。
このままじゃ前に倒れてしまう、としえるが反射的に一歩前に踏み出して地を蹴った瞬間。
―――とん、としえるの足元からも軽く地を蹴るような音がして、身体に妙な浮遊感が満ちるのを感じた。
「え…?」
反射的に閉じていた瞳を開いたしえるは、目を丸くすることになる。

―――自分の足が、地についていない。
それどころか、自分の身体より遥か下方に、公園の遊具がある。
しっかりと手首を掴む大きな手は、それが夢ではないと告げているようにすら感じた。
驚いて顔を上げたしえるの目の前には、護羽の背と風に揺られる白い三つ編みの髪。
そして、マンションや屋根に一切遮られていない、薄青い月を乗せた黒い夜空。
…空を、飛んでる…?

「ちょ、ちょっと!これどうなってるの!?」
今まで体験したこともない出来事に戸惑い半分、嬉しさ半分のしえるは、やや興奮気味に護羽に叫ぶ。
護羽はその叫びにしてやったりとばかりの笑顔で振り返る。
「僕と手を繋いでる限りは何にも起きへんから、安心してな♪」
…じゃあ、手を離したら?と聞きかけたが、怖くなったのでしえるはやめておいた。

「爽快やろ?こうやって風を感じるの、僕いっちゃん好きやねん♪」

ま、長時間は飛んでられへんけどな、と苦笑しながら話す護羽に、しえるは確かに面白いけど…と苦笑気味に笑い返す。
緩やかに落下していく護羽としえるの身体。落下先は民家の屋根の上。
屋根に爪先が当たると同時に護羽がまた地面を蹴ると、とん、と軽い音がして身体がまたふわりと浮いた。
それにつられるように、しえるも地面を軽く踏み、身体を軽く屈めてから足に力を入れると、まるで重力がない月で跳ぶように身体が軽々と宙を舞う。

夜の仄かに涼しい風が頬を撫でる。
その気持ちいい感覚や、眼下に広がる色鮮やかな明るいネオン。
何故かは分からないが…それは、妙にしえるの心を騒がせた。
この感覚はなんだろう。
『嬉しい』?『楽しい』?『悲しい』?
……『懐かしい』?
わからない。
わからないけれど…。
「結構悪くないわね♪」
「せやろ?」
今は、この瞬間を楽しんでしまおうと、しえるは思うのだった。

―――いざゆかん、東京タワー。


●展望台へ●
10分も経たないうちに、2人はあっという間に東京タワーへとたどり着いた。
そびえ立つ赤い三角形。
「すごい…!」
その真ん中ぐらいが正面に見えることに、しえるは歓喜した。
いつも見上げているタワーが、正面にも足元にも見える。
こんな面白い経験、滅多に味わえるものじゃない。
すっかり楽しんでいるしえるにくくく、と喉の奥で笑った護羽は、まだ半分近く上にそびえるタワーに、困ったように笑った。

「大展望台やったら、このまま行けんのになぁ…」
2人の今現在の跳躍高度では、せいぜい大展望台が限界だ。
うーん、と暫し考え込んだ護羽は、ふと思いついたかのように人差し指を立てる。
「…なに?どうしたのよ?」
不思議そうに見るしえるに笑顔を向けると、護羽は口を開いた。
「しゃあないから、一気に特別展望台目指すで?」
「……え゛?」
ひくりと口を引き攣らせたしえるを全く気にかけず、護羽はやる気満々の様子。
「ほな、行きまっせー!」
「えぇ!?ちょ、待っ…!」

戸惑うしえるを他所に、護羽は着地すると同時に強くアスファルトを蹴った。
やはり地面からは軽い音が響いたが、跳躍力は先ほどまでの比ではない。
地面を蹴る間もなく護羽に引っ張り上げられたしえるは、目を白黒させながら身体を宙に躍らせた。
先程よりも早いスピードで景色が下へと流れていく。
あっという間に大展望台の跳び越した身体は、重力に逆らってぐんぐんと上に昇り続ける。
気づけば、身体のすぐ隣に特別展望台の窓が見えた。
特別展望台を少しだけ越えた所で、急に速度が落ち、身体が落下し始める。
その先には…展望台の、窓。

「…え?ちょ、ちょっと…!!」
このままだと窓に突撃するのは想像に難くない。
血の惨劇の主役になる自分達を想像したしえるは顔を真っ青にするが、護羽は全く怯まず…むしろ楽しげに下に足を伸ばす。
突っ込む気満々だ、この男。
その様子を見て一層顔を青くしたしえるは、護羽の服にしがみ付くようにしてしっかりと抱きつく。
「さー、到着やー!!」
「き、きゃぁぁぁああっ!?!?」
護羽がそう言うと同時に、2人の身体は窓に突っ込んだ。
来るであろう痛みをぐっと瞳を閉じて待っていたしえるは、何時までたっても来ないその衝撃に首を傾げる。
よくよく考えてみたらガラスが割れる音すらしなかった。
もしかして痛みや轟音すら感じずに死んでしまったのではと怯えつつ、恐る恐る瞳を開くしえる。
視界に広がったのは―――真っ暗な、部屋。
瞳をしっかり閉じていたせいで闇に慣れていた瞳は、おぼろげながらそこかしこにある物を捉えられた。
そこは、何度も来た事がある場所。
しえるの思い出にしっかりと残っているこの室内。

「……特別、展望室…?」
呆然と呟きながら無意識のうちに一歩足を後ろに引く。
ガラスの欠片が落ちているならじゃり、と音がするはずなのに、聞こえたのはかつん、とヒールが鳴る音だけ。
首を後ろに回してみれば、ガラスには傷1つすらついていない。
一体何があったのかと目を白黒させるしえるの耳に、くくく、と笑う護羽の声が聞こえてきた。
「…貴方がやったのね?」
「やったとは心外やなー。
 俺はただ術使てここの窓すり抜けただけやのにー」
しえるがじとりと睨みつけると、護羽はけらけらと笑いながら顔の前で手を振る。
その動きに自分がしっかりとしがみついていたのを思い出したしえるは、離れると同時に護羽の頭を遠慮なく力いっぱい叩いた。
「あいたっ!?」
パァン!と大きな音がして、護羽が頭を抱えて蹲る。
「…い、いきなりなにするん自分…」
「そりゃこっちの台詞よ!心臓に悪いんだから!!
 死ぬかと思ったじゃない!?」
驚いた分損した気分だ。それもこれも何もかも護羽のせい。
大怪我するかと思って気が気じゃなかったのだから。
「あたた…スマンスマン。悪かったからそないに怒らんといてや〜」
謝りつつも、護羽の表情からは『反省』の文字は見えない。
「…あのねー…!……もう、いいわ…」
これ以上怒っても自分の身体に悪いだけ、と諦めたしえるは、疲れたように溜息を吐く。

【……随分と楽しそうだな、主ら】

そんな2人の間に、少しつまらなさそうな声が割り込んできた。


●恋しき空●
はっとしたしえるが振り返ると、そこには1つの影が佇んでいた。

――――ユニコーンだ。

「羨ましい?」
護羽は初めから気づいていたらしく、驚いた様子もなく笑顔のままで冗談なんて言っている。
【…さぁな】
そんな護羽の様子に目を細めたユニコーンは、静かな声でそう告げた。
「んー、素直やなぁいなぁ。
 綺麗なねーちゃんと一緒におるんが羨ましかったら素直に言えばええのにー」
【生憎と、我は主のような欲望の権化ではないからな】
にこりと笑いながら言う護羽と、飄々と毒を吐くユニコーン。
…この2人(?)、相性激悪。
しかしそんな2人の間に、呑気な声が割り込んできた。

「…あら、ビンゴだったわ。
 すごいわユニ君、ホントに私の記憶を読めるのね♪」

…いうまでもなく、しえるだ。
嬉しそうに手を叩いて言う様子に、隣にいた護羽はずるっとこけ、ユニコーンは目を丸くした。
「…ねーちゃん…幾ら何でも呑気過ぎやがな…」
【……ゆ、ユニ君……】
「なによ。思ったことを言っただけじゃない」
がくりと肩を落とした護羽としえるはむっとして言い返す。
ちなみに当のユニコーンは何時の間にかつけられていたアダ名に戸惑っていた。
そしてすぐに笑顔になると、ユニコーンの方を振り返る。

「…ね、そっち行っていい?」

…そして、笑顔でとんでもないことを言い出した。
【……ぬ?】
「ねーちゃん、いきなり何言い出すん!?」
訝しげに眉を寄せるユニコーンと驚いて叫ぶ護羽。
「うるさいわね、エセ関西人は黙ってなさい」
「エセ…!!」
あまりの大声に耳を塞ぎながらきっぱりそう言い放ったしえるは、硬直した護羽を無視してまたユニコーンに笑顔を向けて話し掛ける。
「貴方と話がしたいわ。
 私は鬼ごっことは関係ないもの」
【…まぁ、確かに主は巻き込まれたに過ぎぬが…】
その言葉に、しえるはにこりと微笑みながらユニコーンに向かって一歩踏み出す。
「貴方を捕まえるのは彼の役目だもの。
 私は貴方を捕まえたりなんかしない…というより、貴方を捕まえるなんて私には無理だわ。
 …分かってるんでしょ?」
そう言って微笑むしえるに、ユニコーンはどこか呆然とした様子だったが…すぐに小さく噴出した。

【くく…面白い娘だ。
 いいだろう、お前1人でならこちらにきてもいい】

「有難う♪」
楽しそうに告げられた言葉に、しえるは満足そうに微笑む。
驚いたのは護羽のほうだ。
「ちょ、ねーちゃん…」
目を丸くして、慌ててしえるを引きとめようと一歩踏み出し…。

「そういうわけだかららそこのエセ関西人はユニ君が了解するまでSTOPよ。
 こっちに来たりしたら蹴り飛ばすからね」

…しえるに釘を刺されて足を止めた。
いくら看視者とて、攻撃されれば普通に痛い。できるだけ無駄な怪我は勘弁してほしいところだ。
それにユニコーンは危害を加えるようなものではないのだから、恐らく大丈夫だろう。
そう思って護羽は肩を竦めてから大人しく窓に寄りかかった。
そして両手をあげて、了解の意を示す。
それを確認したしえるは満足そうに微笑むと、コツコツとヒールを鳴らしながらユニコーンに歩み寄る。

そして隣にくると、そっとしなだれかかるように軽く寄り掛かった。
【…】
ユニコーンは何も言わない。
頭の位置がしえると同じくらいの巨躯だ。これいくらいの身体を支えるくらい、特に苦痛でもない。
身体のほのかな温かさと柔らかさに目を細めたしえるは、どこかうっとりとした表情で口を開いた。
「……なんで私がこの場所を思い出の場所だって思っていたか…覗いた?」
【…否。そこまで覗くほど我とて無礼ではない…】
「そうなの?まぁ、覗かれても困るほどの内容ではないんだけど、ね」
ユニコーンの答えにどこか楽しげに呟いたしえるは、身体から更に力を抜き、そっと瞳を閉じる。
よくは分からないけど、ユニコーンから感じる空気が…少しだけ、優しい感じがした。
それに口の端を緩ませてから、しえるはまた口を開く。

「…昔からね、何故か時々、無性に空が恋しくなるの。
 ……理由は、わからないけど」
【ほぅ…空が、か…】
しえるの独白じみた話し掛けに、ユニコーンは興味深げに目を細めた。
それに小さく頷くと、しえるはまた口を開く。
「だから、いつも東京で1番空に近い場所にきてたわ」

しえるにとって、空は懐かしいもの。
彼女自身は思い出してはいないが、それはかつて天使だった時の名残。
遥か昔、美しき純白の翼をはためかせて飛んだ空。
鳥と並んで飛び回り、時には競争をして遊んだこともあった。
あの澄んだ青さ、白く柔らかな雲。
大きくて熱い太陽を見て、目を細めたあの日。
全ては、記憶にない過去のことだけれど。
頭の遥か片隅に…ほんの少しだけ、憶えている。
その記憶が、かつて空を舞ったその懐かしさが…また飛びたいと、訴えるのだ。
それが、無意識のうちに空に対する恋しさを募らせる。
あの青さを、もう一度見たいと。
―――胸が、疼くのだ。

【……】
本能的にしえるの前世を悟っていたらしいユニコーンは、その言葉に目を緩く伏せた。
しえるはそれに気づかず、するりとユニコーンの首に腕を回す。
抱きつくような態勢になったまま、しえるは言葉を紡ぐ。
「…ねぇ、ユニ君だったら…もっと上まで行けるの?」
その問いかけに、ユニコーンは極力しえるを揺らさないように頷いた。
【……無論。
 しかし、もっと上に行けるかという点では、あの看視者の男とてできることだ】
確かに、護羽ならばユニコーンと同じくらい跳ぶことも可能だろう。
しかししえるは緩く首を左右に振って、どこか嫌そうに口を開いた。
「…あのエセ関西人は駄目よ。やることが突然過ぎるもの。
 心臓に悪すぎて困るわ」
【心臓に悪い、か…確かに、その通りのようだな…】
しえるの言葉に嘘がないと悟ったユニコーンは、どこか面白そうに喋る。
「でしょ?やっぱりユニ君もそう思う?」
同意が得れて嬉しそうに言うしえるに、ユニコーンは小さく笑って頷いた。
そしてしえるをじっと見た後、ユニコーンはゆっくりと声を発した。
【…娘】
「私は娘じゃないわよ…って、自己紹介がまだだったわね。
 私はしえる。嘉神・しえるよ」
娘呼ばわりに反論したしえるは、またお互いに自己紹介すらしていなかったことを思い出して、苦笑しながらユニコーンに名を名乗った。
それに楽しげに目を細めたユニコーンは、軽く頭を揺らす。
【…我はセリル。ユニコーンのセリルだ】
「あら、ユニ君にも名前があったのね。
 じゃあ、これからはセリルって呼ぶわ」
【そうしてくれるとありがたい】
別に気にしないとはいえ、流石に「ユニ君」は威厳に欠ける気がするらしく、ユニコーン…セリルは苦笑気味に頷いた。
「…で、何?」
【…しえる。主は、其処の看視者に頼まれて我のところへと案内しに来たのだったな】
「えぇ、そうよ」
【…主も、我の角が欲しいのか?】
「うーん…私は、どうしてもって訳じゃないわ。
 ただ、彼の方は結構切実みたいだけど」
【……そうか】
少しの問答の後黙り込んだセリルを見たしえるは、小さく微笑みながらその顔を覗き込む。
そして、じっとその紅い瞳を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「遠回しに言うのは嫌いだから、単刀直入に聞くわ。
 …セリル、そろそろ、捕まる気になった?」
その言葉に、セリルは目を若干見開く。
そして瞳細めると、苦笑気味の声を出した。
【……本当に直球だな】
「いいじゃない。そうじゃないと私らしくないわ」
そう言って肩を竦めるしえるに、セリルはくく、と喉の奥で小さく笑う。
【…まぁ、確かに回りくどい話し方をするしえるなど、想像もつかんな】
「……なんか馬鹿にされてる気がするわね」
【なにをいう。我は褒めているのだぞ】
「…そうかしら?」
くすくすと笑い出したしえるにつられて、セリルも思わず声を挙げて笑いだす。
そして暫く御互い顔を見合わせて笑いあった後、セリルは楽しげに声を発した。

【…そうだな。
 主が望むのならば、捕まってやってもよかろう。
 どうせ捕まったとしても酷い目に合うわけでもないしな】

「いいの?」
【あぁ。我は嘘は言わぬ主義だ】
しえるの言葉にしっかりと頷くセリル。
「それじゃあ、彼にGO出すけど…大丈夫?」
それを見たしえるが後ろでぼーっと毛玉を弄って遊んでいた護羽を指差して言うと、セリルはこくりと頷く。
しえるはセリルが頷くのを確認してからそっと離れ、護羽の方を振り向いて声をかけた。

「エセ関西人。セリルが角を分けてくれるんですって。
 もう来ても良いわよ」
そう声をかけると、護羽は苦笑気味に寄り掛かっていた窓から身体を起こし、歩き出す。
「エセ関西人て…結局その呼び方が定着しとんのかいな…」
「当たり前でしょ」
しえるにきっぱりと言い切られた護羽は、悲しげに肩を落とす。
「…ま、呼び方は人の自由やからそこは諦めるけどな…。
 分けてもらえるんなら、とっとと終わらしとこか」
苦笑気味の表情でそう呟いた護羽は、自分の腰に手を回し、何か結んでいたものを取るような仕草をした。
その不思議な動作に、しえるは訝しげに護羽を見、口を開く。
「……なに?パントマイムの練習??」
「ちゃうわい!…まぁ、常人の視力じゃそう簡単には見えへんから仕方あらへんけど…」
しえるの言葉に素早くツッコミを入れた護羽は、ぶちぶちとぼやきながら手に持った『何か』を軽く翻すような仕草をした。
一瞬だけ、光をきらりと反射した線のような物が見え、しえるは思わず瞬きする。
「…今のは、一体…?」
「俺の持ってる布状の武器、『無真(むま)』や。
 ま、ミクロレベルの薄さやから、相当視力が良くないと布の形として捉える事も出けへんけどな」
攻撃や防御を行おうと思わなければただの布と代わりない、と笑いながら話す護羽。
しかししえるからすれば、近くにいた相手がそんな危険な物を腰に巻いていたのだと思うと、少しだけ怖い気がした。
「ほな、さっくり行こか」
【あぁ、頼む】
笑顔で言う護羽にセリルが小さく頷く。
―――瞬間。
ヒュッ、と一瞬だけ風を切るような音がした。
一体何が起きたのだろうとしえるが考えるよりも早く、ピッ…とセリルの角の上から数cmほどのところに切れ目が入る。
切れ目が入ったところからずれた角は、落ちる前に摘むように掴んだ護羽の手の中に収まった。
「はい、これでしまいや」
【…そうか。中々いい腕を持っているようで安心したぞ】
「そりゃどーも♪」
「…」
しえるはにやりと笑いあう護羽とセリルを呆然と見ていた。


●最も空に近い場所●
【……しえる】
急に目の前から声がしてはっとすると、何時の間にかセリルがしえるの正面に佇んでいた。
「なに?どうしたのセリル?」
【…我の役目はもう終わった。
 そろそろ我が住処に帰ろうと思う】
「…そう…」
淡々とそう告げるセリルに、しえるは少し寂しそうに微笑み返す。
…と、セリルは急にしえるに向かって身体を横に向けなおし、軽く屈み込んだ。
そして紅い瞳を細めると、静かに一言、こう告げた。
【乗れ】
「……え…?」
「どうもこのユニコーン、ねーちゃんが気に入ったから何かプレゼントがしたいらしいんや。
 そのプレゼントっちゅーんが、『このタワーの天辺まで自分の背中に乗せてご案内ー』、なんやて」
あまりに簡単な一言に戸惑うしえるに、またもや何時の間にか隣に立っていた護羽が笑いながら補足する。
彼の手に何かを持っているような様子はなかった。
恐らく、また腰に巻いてしまっているのだろう。…これから近づく時は注意しようと思う瞬間。
「…セリルが、私を、タワーのてっぺんに…?」
【あぁ。あまり高い所に昇ると主の身体の負担になるだろうからあまり高くは飛べんが。
 せめてこの東京で最も高い場所へぐらいは連れて行こうと思ってな】
まるで照れるように顔を逸らしながら言うセリルに、しえるは思わず小さく笑う。
そしてそっとユニコーンの背に腰かけると、その首にしっかりと腕を回した。
「…折角の申し出だもの、受けなきゃ失礼よね?」
そう言ってくすりと笑うと、セリルもどこか楽しそうに笑ってから身体を起こす。
「さぁ、行きましょう?」
【…そうだな。
 あぁ、この天井を通り抜けるから、怖ければ目を瞑っているといい。
 抜けたところで声をかけてやろう】
「…そうさせてもらうわ。ありがとう」
頷いたセリルから告げられた言葉に、しえるは苦笑しながら頷いて目を閉じる。
それを気配で感じたのか、セリルはしっかりとしがみつくように言ってから、床を蹴った。

コォン、と蹄が鳴る音がして、身体がふわりと浮き上がる感覚が訪れる。
少しだけ体が傾いだが、ただそれだけだった。
頬を風撫でる。
天井を通り抜けるのは怖かったが、セリルが近くにいると考えるとなんだか安心できた。
ほんの数十秒だっただろう。
1分も経たないうちに、その浮遊感は終わった。

【……しえる。目を開けてもいいぞ】

セリルの優しい声に促されるように瞳を開き…しえるは驚いた。
目の前に視界を遮るものは何ひとつない。高層ビルさえ下の方に見える。
足元を見てみれば、セリルは不安定なてっぺんの尖りに前足を少し屈めてかけ、後ろ足を斜辺にしっかりと伸ばしてかけていた。
そのおかげか、しえるの身体に傾きはない。
更にそのユニコーンの下の方に、寄りかかるようにして頭の後ろで手を組んで立っている護羽の姿が見えた。

そう。自分の視界を遮るものは何ひとつない。
黒い空に輝く星も、薄青く光る月も。
普段地面から見上げるよりもずっと明るくて…大きい。
その光景は、遥か遠い記憶の片隅に残っているあの空に、少しだけ…近かった。

「…すごい…!!」
【喜んでもらえたか?】
「勿論よ!
 なんだか、星や月に手が届きそうな気がするもの!」
興奮気味に叫ぶしえるに、セリルは満足そうに微笑んだ。
飛行機のようなガラス越しではなく、己の目で近づいた空をしっかりと捉えることができるのは、とても気持ちがいい。
空に向かって手を伸ばすと、いつもなら手の平に簡単に隠れてしまうほど小さな月が、少しだけ手のひらからはみ出ていて、なんだか無性に可笑しくなった。
【…やはり、主は…】
「え?何か言った?」
小さな呟きがわずかに届いたのか首を傾げるしえるに、セリルは少し考え込むような仕草をしてから、緩く首を左右に振る。
【……いや、なんでもない】
「?…なら、いいんだけど…」
訝しげにしていたしえるだったが、これ以上問い詰めるのも失礼だと思い、大人しく口を噤んだ。
そしてしえるとセリル、護羽の3人は、暫くの間、夜空をじっくりと眺めるのだった。


●虹の石●
1時間近くじっくりと空を眺めたしえるは、ようやく満足したとセリルに告げ、護羽と揃って地上に降りてきた。
「…もう、行くのね?」
【あぁ。何時までもいるわけにはいかぬからな】
「…そう」
先ほども別れを告げられたが、もう一度聞いても、やはり少し寂しい。
少し顔を俯かせたしえるだったが、ふと何かを思いついたのか、急に笑顔になる。
「貴方と話が出来て楽しかったわ」
【あぁ。我もしえると話せて良かった】
「うん、それでね…」
そこまで言って、しえるはそっとセリルに歩み寄った。
【?どうしたのだ…?】
しえるの行動に不思議そうに首を傾げるセリル。
その様子を見たしえるは小さく笑い、そっと顔を近づける。

「―――コレは、お礼」

そう言ってしえるは、そっとセリルの頬に唇を寄せた。
ちゅっ、と軽く音を立てて離れたセリルの顔には、口紅の跡が薄らの残っている。
【…随分と積極的なことだな】
「お礼に積極的も消極的もないでしょ」
そう言ってくすくすと笑うしえるにつられたように、セリルもくく、と笑う。
そして目を細めると、しえるにだけ聞こえる声で囁いた。

【…何かあったら、我が名前を呼べ。
 我にできる範囲で、力を貸そうぞ】

「…え?」
【……では、な】
しえるが理解しきれないうちに、セリルは早々に離れるとすっと身を翻し、地を軽く蹴った。
カツン、と蹄が少しだけ地面と当たる音が響いたが、その姿は空高く舞い上がり、あっという間に遠ざかっていく。
1分もすれば、セリルの姿は完全に見えなくなってしまった。

「…行っちゃった」
「みたいやなー」
やや名残惜しげに長めるしえるの肩越しに向こうを眺めた護羽が呑気に呟いた。
コイツには寂しいとかいう感情はないのだろうか、としえるがじとりと睨み付けるが、それも物ともせず護羽はにっと笑いかける。
「…ほな、俺らも帰ろか?
 家までナビしてくれれば行きと同じ方法で送るさかい」
「…そうね。もう時間も遅いし、帰りましょうか」
住居に帰れば意外と心配性な兄が煙草をふかして待っているかもしれない。
そこまで考えて、しえるは思わず小さく噴出す。
それに不思議そうに首を傾げる護羽になんでもないと微笑むと、早く帰りましょうと護羽の手首を自分から握る。
一瞬驚いた護羽だったが、すぐに嬉しそうに笑ってしっかりと握り返す。
「ほな、行くでー♪」
そう言った護羽が地面を蹴る動作に合わせて自分も地を蹴ると、ふわりと身体が持ち上がる。
しかし、それはやはりタワーのてっぺんに上った時よりもずっと低い位置で。
セリルが言っていたこと―『看視者だって高く跳ぶことができる』―を思い出して、一応気は使ってくれていたのだな、と…ほんの少しだけ、護羽のことを見直したしえるだった。

流石に直接家に送るのも問題だと言う護羽の意見により、住んでいる場所に最も近い公園で別れることになった。
すとん、と土の上に軽く着地すると、2人は自然と手を放す。

「じゃあ、これでお別れね」
「あぁ…ってちょいまち」
そう言って分かれようとしたしえるを普通に見送りかけていた護羽は、ふと思い出したとしえるの手を掴んで引き止めた。
「…なに?」
呆れたように見返したしえる。
その動作に護羽は苦笑を浮かべながら口を開く。
「…礼、しとらんかったやろ?」
「……あ」
そこでしえるはようやく思い出したように手を打った。
自分から提示した条件ではあったが、セリルのプレゼントのお陰ですっかり頭からすっぽ抜けていたのである。
「やっぱ忘れとったんかい」
そうツッコんで笑った護羽は、むっとするしえるを怒るな怒るなと宥めながら、自分のポケットに手を突っ込んだ。

そして引っ張り出されたその手の中には―――じゃらりと鳴る、鎖の音。
シルバーの鎖は真新しい物らしく錆びはなく、丁度一周別の金具で止めてあった。
――――ネックレスだ。
ただし、ただのシルバーネックレスではない。
よく見てみれば、途中に小さな宝石のようなものがついている。
その宝石は鳥の片翼を模したような形をしており、周囲をシルバーのフレームで囲んであった。
…特に目を引いたのは、その宝石だ。
月の光を受けて、七色に変化していく。
それはまるで虹のようで、今まで一度も見たことがない、美しい宝石だった。

「…これは…?」

「『輝虹石(キコウセキ)』っちゅー宝石や。
 文字通り、虹色に光る変わった宝石なんやけどな。
 当然、人間界にはあらへん。黒界限定の超レアーな宝石なワケや」

にっと笑いながら差し出されたネックレスを反射的に受け取ったしえるは、それを再度じっと見た。
美しく光る翼。その光は、妙に心に染み渡る気がした。
「ま、残念ながら、商品的価値はほとんどないやろけどな」
質屋に入れても一銭になるかどうか、ってとこやな、と笑う護羽とネックレスを見比べたしえるは、それをそっと首につけた。
「……どう?」
しえるの胸元で鮮やかに光る虹の石。
光の屈折ではない純粋な虹色の光は、しえるによく似合っていた。
「よう似合っとるで。やっぱ僕の見立ては間違っとらんかったな♪」
そう言ってにっと笑いかける護羽に、しえるも微笑み返す。
「ネックレス、ありがとね」
「どういたしまして♪
 …っちゅーか、僕の方が『有難う』なんやけどな、ホンマは」
そう言いながら手に入れた角を自分の額につけておちゃらけてみせる護羽に、しえるはくすくすと笑った。

「…それじゃあ、今度こそさよならしましょ」
「せやな」
「…さようなら」
「あぁ、ほなさいなら♪」
そう言って微笑みあった2人は、同時にお互いに背を向ける。
背中にお互いの気配を感じる。
妙にあっさりとした別れの挨拶だったが、2人にはそれで充分だった。
しえるが一歩踏み出すと同時に、後ろで護羽が地面を蹴る音がする。
コツン、としえるのヒールが音を鳴らした時。

「…有難うな、『しえる』」

唐突に、耳元で護羽の囁くような声が聞こえてきた。
驚いて振り返ったしえるだったが…護羽の姿は、そこにはなくて。

「……ほんと、変なエセ関西人ね…」

しえるは思わず、そう悪態をついて深々と溜息を吐く。
胸元で揺れるネックレスを摘んで宝石を月の光に透かすと、虹色の月がぼやけて見えた。
幻想的なその光景に、我知らず口元が緩む。
摘んでいた手を離すと、じゃらりと鎖が鳴って、ネックレスは胸元に収まった。
そして月が浮かぶ空を見上げて、しえるは微笑んだ。

「…縁が会ったら、また会いましょう?
 ……『護羽』」

まるで護羽がそこにいるかのように蒼ざめた月に話し掛けたしえるは、前を向いて歩き出した。
今度こそ、振り返らずに。
家に向かって、真っ直ぐに歩いていく。


―――――今日は、とてもいい思い出が出来た日だったと、絶対に覚えておこうと…心に誓って。


<結果>
交渉:成功。ユニコーンから角を分けて貰えることができた。
   ユニコーンはしえるを気に入ったようだ。
   ユニコーンの名前を知ることができた。
報酬(?):輝虹石(キコウセキ)で作られたネックレスを入手。


終。

●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●
【整理番号/名前/性別/年齢/職業/属性】

【2617/嘉神・しえる/女/22歳/外国語教室講師/光】

【NPC/護羽/男/?/狭間の看視者/無】
【NPC/わた坊(毛玉)/無性/?/空飛ぶ毛玉/?】
【NPC/セリル/男/?/ユニコーン/光】
■ライター通信■
大変お待たせいたしまして申し訳御座いませんでした(汗)
異界第一弾「ユニコーンの章」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
やはりというかなんというか、今回の参加者様方の属性は光・闇・無の3属性のどれかのみでした。
やっぱり地水火風の属性はあまりいらっしゃないんでしょうか?うーん…(悩)
また、参加者中、男性はたったお1人でした(笑)やっぱりその辺も特徴といえば特徴…ですか?(聞くなよ)
なにはともあれ、どうぞ、これからもNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)

NPCに出会って依頼をこなす度、NPCの信頼度(隠しパラメーターです(笑))は上昇します。ただし、場合によっては下降することもあるのでご注意を(ぇ)
同じNPCを選択し続ければ高い信頼度を得る事も可能です。
特にこれという利点はありませんが…上がれば上がるほど彼等から強い信頼を得る事ができるようです。
参加者様のプレイングによっては恋愛に発展する事もあるかも…?(ぇ)
また、登場する『あやかし』の名前を知ることができると、後々何かいいことがあるかもしれません(をい)

・しえる様・
ご参加どうも有難う御座いました。
サバサバした女性はとても好きなので、物凄く書いてて楽しかったです(ぇ)
護羽が大分馴れ馴れしく…というかむしろ度が過ぎるほど馴れ馴れしく接してしまいましたが…大丈夫でしたでしょうか?(滝汗)
ユニコーンに見事に気に入られました。お見事です(笑)
報酬(?)は役に立つか立たないか微妙なものですが、とりあえずお礼の印と言う事で受け取ってやってください(礼)
…でもお兄さんに見つかったら何か言われそうな気がするのは私だけでしょうか?(笑)

色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。