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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 ソファに腰掛け、うーんと唸る。
 謎めいたところが魅力の男性、ねこきち。
 ……なぁんて、はて、どうしたものかしら?
 シュラインは頬に手を添え、小首を傾げる。
 正面のクマのぬいぐるみは相変わらずの愛嬌があるとも小馬鹿にしているともなんともいえない表情。
 見た目と実際に手にしたときの重量の違い。揺れるような、重点が移動するような感覚……これは、つまり液体ということか?
 とりあえず、子供が持っていても大丈夫であったのだから、ちょっとやそっとの衝撃で何かが起こるというものではないのだろう。
 とにかく、本当に何かが入っているのか、それを確かめるべく、クマのぬいぐるみを手に取った。既製品に何かを仕込んでいるというのであれば、縫い目に微妙であれ、変化が見られるはず。シュラインは胸元の眼鏡をかけると目を皿のようにして、縫い目を辿った。
「……ん?」
 背中から下半身にかけて明らかに不自然な縫い目を見つける。急いで縫ったのか、それとも縫った人間が下手くそなのか、妙に目立つ。どうにも荒い仕事ぶりだ。指でなぞり、おおよその長さをはかってみる。10センチ、いや12、3センチだろうか。15センチまではいかないと思われる。ここから内部へ何かを入れたとすると、その何かはこの縫い目の長さよりも小さいものということになる。
 縫い目を解き、中身を確認すれば早いのだろうが、これは預かり物。自分のものというわけではない。開けてみるわけにもいかず……シュラインは頭を悩ませる。
 まったく、どうしたものか……眼鏡を外し、膝の上のクマのヌイグルミをぽんぽんと軽く叩く。
 何かが入っている、それはべつに構わない。……危険物ではないのなら。
 ただ、ななこからこのクマのぬいぐるみを託され、歩いていたときのことを考えると、そんなことも言っていられなくなる。
 同じようなクマのぬいぐるみを手にしている不特定多数の存在。そう、問題は、彼らが大人であるということ。子供が同じぬいぐるみを手にしている、これならばべつに気にはしない。だが、どういうわけか、同じぬいぐるみを手にしているのは揃いも揃って、いい大人。これはどうにも不自然で納得がいかない。
 しかも、皆さん、何故か、同じようにぬいぐるみを持っていた自分のことを妙に気にしてくれちゃっていたような……部屋に至るまでの好奇というより監視のような視線を思い出し、シュラインはため息をつく。
 クマのぬいぐるみを持つまでは、そんな視線は感じなかった。
 だから、やはりそういうことなのだろう。
 彼らの目的は、ねこきち……の中身。
 そういえば。
 ななことの会話を思い出す。
 これは会長の誕生日の記念に父親がもらってきたものだとか。
「誕生日の記念、ね……それでは、ひとつ調べてみますか」
 調べることは、最近、誕生日を迎えた会長のいる企業。そして、クマのぬいぐるみを記念品に渡した、もしくは渡しそうなところに狙いを定めてみよう。
 なんだか、これは普段の展開。
 旅行中なのにね、とシュラインは苦笑いを浮かべる。
 だけど、このまま放ってもおけない。……大人の事情に子供を巻き込んでいる感じが、なんだか気に入らなくて。
 そうと決まれば、早速、行動。
 この船には図書館もあれば、インターネットルームもある。そこへ行ってみようかと部屋をあとにしかけて、クマのぬいぐるみのことを思い出す。
 ねこきちは……窮屈だけど我慢してね……カバンを用意し、そのなかへと座らせる。そして、目立たぬようにタオルをかけて……プール等の着替えを装う。幾分か目立たなくなっただろうか。
 準備を整えたところで部屋をあとにする。
 きょろきょろと周囲を見回したところ、不審な存在はない。だが、安心はできない。もしかしたらということもある。靴に手をやるふりをして、扉の下端にそっとヘアピンを立てかける。もし、戻ってきたときにこれが倒れていたとしたら……留守の間に、誰かが扉を開けたということになる。……そんな失礼な奴はいないといいけど……と思いながらシュラインは扉を離れた。
 
とりあえず、インターネットルームへと足を運んでみる。
 通路を歩いていると、やはり同型のぬいぐるみを持った存在が、ちらほらと……。彼らの視線はしっかりと自分を追っているような気がする。
 ため息をつきたくなるところだが、持ち直し、彼らの会話に耳を傾けてみようとする。会話の内容から何かがわかればいい……そう思ったのだが。
 ……無言だし。
 インターネットルームに辿り着いてしまった。彼らは個々で動いている存在らしく、会話のようなものを交わさない。じっと鋭い視線を投げかけてくるだけ。彼らはクマのぬいぐるみを狙っていることは確かだとしても、同じ組織(?)ではないかもしれない。
 あの様子だとこちらが隙を見せれば、すぐにでも行動を起こしかねない。
 またもため息をつきたくなる気分で、インターネットルームを見回した。
 いくつかのパソコンが置かれ、衝立で仕切られている。空いている場所を探し、椅子に腰をおろす。座り心地はすこぶるよい。
 利用するにあたって、ブルーカードが必要とある。必要最低限の管理かしらねと『カードを置いてください』とある場所にカードを置いた。
「さて、と」
 画面に向き合うと何故だか落ちつくというのも……職業病の一種なのか。こうしていると、豪華客船で船旅を楽しんでいるということを忘れそうになる。いや、既に、このクマのぬいぐるみ……ねこきちを手に入れたあたりから、風向きは微妙に変わってきているかもしれない。
 キーボードに手を伸ばし、検索作業を開始する。
 最近、誕生日を迎えた会長のいる企業、そして、その記念にクマのぬいぐるみを配ったという情報を基にして様々な方面から調べあげる。
 結果、誕生日を迎えた会長のいる企業はそれなりにあれど、その誕生パーティの記念にクマのぬいぐるみを配ったという項目に該当するものは、ひとつしかなかった。
「オオクマ製薬……」
 企業案内のサイトがあったので、それを眺めてみる。会社のロゴマークは、どこか見覚えがあった。……ねこきちに似ているような。シュラインは思わず、カバンのクマのぬいぐるみを見やる。
 大隈製薬というその企業の会長の名は、大隈優作。
 つるつるに光った頭と明るい笑顔、頭と笑顔、どちらが眩しいかと問われるとちょっと……というような画像を見る限りでは、老人と呼ばれる年齢と思われる。会長のヒストリー(サイトにそんなページがあった)によると、薬売りから始め、有限会社を設立、現在では株式会社で、全国に支社を持つようになったらしい。自分の名字が大隈であったことから、熊に愛着を持ち、誕生日の祝いに訪れた客にクマのぬいぐるみを配ったとあった。ちなみに、クマのぬいぐるみは100個の限定生産であったらしい。
「うーん……大隈製薬ねぇ……」
 そういえば、こんな感じのクマが踊っているようなCMを見たことがあるような、ないような……。
 取り扱っている主なものは、殺虫剤や殺菌剤、洗剤といったもの。入浴剤やシャンプー、リンス等も製造しているらしい。健康食品にも多少、手を出しているもののが、それほどのシェアはなさそうに思えた。
 もう少し、大隈会長について調べてみた。
 既に社長職は退き、会長という名目で自らが設立した会社を見守っているらしい。三人の息子と二人の娘がいるが、跡を継いでいるのは次男。長男は父とは違う道を歩んだらしい。三男は遅くにできた子なのか、まだ学生という身分。二人の娘は既にそれぞれ嫁いでいる。
 特にもめていたということはなさそうに思える。
 他に、企業内で何か特別なことはないだろうかと調べてみると、新製品開発という内容のニュースでかの企業の名があがっている。それによると……育毛関係で何か進展があったとかないとか……。
「……」
 シュラインは言葉もなく、難しい表情でクマのぬいぐるみをちらりと見やった。
 
 とりあえず、成果はあっただろう。
 少なくとも、企業の名前はわかったし、仕事内容もわかった。会長は昔気質で、地域に貢献するような企業展開をしているらしく、世間での評判は悪くはない。
 情報の検索にそれなりの時間を使っている。
 少しばかり休もうかとラウンジへ足を運んだ。その間も、視線は感じたが、彼らが近寄って来るということはなかった。ある一定の距離を保っているような気がする。こちらの様子を伺っているらしいが……それもいつまでのことか。
 テーブル席ではなく、カウンター席へと座る。周囲に人はいないが、カバンはひったくり等にあわないように、自分の足元へ。
「アイスティー、ミルクはなしで」
 控えているバーテンダーに告げる。畏まりましたと軽く頭を下げたあと、ほどなくしてアイスティーがカウンターの上に置かれた。
 やや大きめのグラスの横にはオレンジが添えられている。ストローに触れると、からんと氷とグラスが触れあう涼しげな音がした。
「……はぁ」
 口をつけ、小さく息をつく。自分の口からついてでた吐息は自分が思うよりも疲れているように感じ、思わず苦笑いを浮かべる。
「ウーロン茶、ひとつね」
 不意に隣ではなく、その隣、椅子をひとつ開けた席へ二十代前半かと思われる青年が腰をおろし、そうバーテンダーに告げた。
 隣の隣の席ではあるが……シュラインは念のためと、気を引き締める。青年は運ばれてきたウーロン茶を口にしたあと、ストローでからからと氷をかきまぜる。
「姐さん」
 青年はそんな言葉を口にした。シュラインはそれに気がついているものの、正面を向いたまま、青年の方へは顔を向けなかった。
「さすがだね、姐さん。なかなかわかってる。そう、そのままで」
 青年は相変わらずからからとストローで氷をかきまぜている。
「姐さんが持っている、それね。クマのぬいぐるみのことだけど。姐さんには少々、手に余るものだと思う。船に乗っているうちは、あいつらも派手な手出しはしてこないと思うけど……」
 青年はクマのぬいぐるみのことを知っている。あいつらと口にしているということは、どうやら、ねこきちを狙っているものは複数で間違いないらしい。
「このぬいぐるみは」
 シュラインは正面を向いたまま、小さく言葉を口にする。
「手違いなんだ」
 シュラインの言葉が終わらないうちに、青年はそう言った。
「あの子の手に渡るはずではなかった。もちろん、姐さん、あなたの手にも。杜撰な計画のせいで、あの子も姐さんも妙なことになっている。だが、僕にはそれも都合がいい」
「あんた、いったい何者?」
「そうだな……コグマ……小熊北斗にしておこうかな」
 その言いぐさ。
 シュラインは眉を顰め、額に手を添えた。
 どう見ても、どう考えても、偽名だ。
「それ、盗まれたんだ。大隈から。僕はね、それを取り戻したい。できれば、穏便に」
「交渉しようというわけ?」
「そう。取引相手として、あいつらよりは、幾分かマシだと思うよ。一応、正当な理由もある」
 グラスの氷を穏やかな表情で見つめながら青年は言う。
「さあ、どうなのかしらね」
 正当な理由。そんなものがあるのだろうか。
「考える時間も必要だよね」
 青年は近くにあった紙ナプキンに手を伸ばすとポケットから取り出したボールペンで何やら書き込む。
「信じるか信じないかは、姐さんに任せるよ。船が港にあるときは、危険かな。逃走経路があるから、あいつらも無茶をする。逆に船が航行しているときは、比較的安全だ」
 青年の言葉はそれなりに納得ができる。確かに、そうかもしれない。クマのぬいぐるみを強引に奪ったところで、この船は海上。逃げることはできない。
「けど、沖縄に辿り着けば……すべては終わる。考える時間はそれほどには、ないよ。あいつが出てきたら、僕にはどうにもできなくなる」
「あいつ?」
「うん」
 グラスを見つめたまま、にこりと青年は笑う。
「教えてくれないの?」
「口にしたら、本当に出てきそうで怖いから。じゃあね、姐さん」
 さりげなく紙ナプキンをシュラインの方へと寄せたあと、青年は椅子を立ち、ラウンジを離れた。
「あいつ……?」
 口にしたら出てきそうって……しかし、いったい、何者なのか。
 冷酷に任務をこなすエージェント?
 どうにもこうにも手を出せそうにない大物?
 わけのわからない特殊能力保持者?
 ……どれであれ、あまり喜ばしいものではなく、歓迎できないものであるような気がする。
 シュラインは紙ナプキンを手に取った。
 そこには思ったとおり、名前と部屋の番号が書かれている。名前は偽名だろうが、部屋の番号は正しいだろう……おそらく。
 どうしたものかしらね……。
 シュラインはため息をつくとストローで氷をかきまぜた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、エマさま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
なんだかため息が多くて、幸せが逃げてしまいそうなんですが……。彼らは今のところ、あまり行動を起こしていないのでわりと無口でした。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。