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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 客室をあとにし、通路を歩く。
 向かうは、メインレストラン。
「……」
 その間も、図書館から戻って来るときのような視線を感じた。が、その視線には敢えて気づかないふりで通す。
 城ヶ崎と共に歩いているせいか、それとも他に何か理由があるのか、視線は感じるものの、態度はそう露骨でもない。こちらの様子をうかがうその態度は、先程よりも少し遠慮気味になっただろうか。
 しかし、それでも自分が気づくところであるし、その腕にある同型のクマのぬいぐるみがどうにも気になる。
 同じぬいぐるみを持ち歩く利点があるとしたら……すりかえたときに目立たない……とか?
 でも、なんのために?
 その動機がまったくもってわからない。
 ただ、すりかえたいという方向で考えるのであれば、同型のぬいぐるみを手にしている……自分よりも明らかに大人で、ぬいぐるみを持つにはどうにも不自然な存在ばかりだが……彼らは、このぬいぐるみを手に入れたいということになる。
 この、クマのぬいぐるみ……ねこきちを。
 七重はちらりと手にしているクマのぬいぐるみを見やった。
 ……欲しがる理由がわからない。
 そもそも、彼らは同型のぬいぐるみを手にしているわけで……何か特別な品物なのだろうか。そういえば、世の中には、これとはまったく違うが、テディベアなるものが存在したか。あれはものによっては高い値段で取引がされていたはず。これも……いや、しかし、このぬいぐるみにそんな品性のようなものは感じれられない……。
「何か大切なものなのかい?」
 不意に頭上からそんな声。見あげた城ヶ崎の視線は『ねこきち』にあった。
「これは……はい、借りたものです」
 そういうわけで……べつに、寂しいわけでは。城ヶ崎の視線を受けて、そんな言葉を心のなかで呟く。借りたものであるし、どうもそれを狙われているような不審が見られるので、しっかり離さず持ち歩いてはいるけれど。
「かなり大切なものらしいね」
 城ヶ崎はそれ以上の追求はしてこなかった。メインレストランへと向かい、案内されるままにテーブルへ。椅子を引き寄せ、ねこきちはその隣に座らせる。メニューを開き、基本となるコースを決めたあと、料理を選択した。
 自分から話すこともなく、また城ヶ崎も何か思うところがあるのか思案にくれている。静かな時間を過ごしていると、不意にくいくいと袖をひかれた。
「おにーちゃん」
 振り向くと、にこにこと笑顔を浮かべているななこがそこにいた。少し遅れてななこの父親が現れる。
「こら、そっちではないだろう……ああ、君は……先程は、どうも」
 七重に気づいたななこの父親は、軽く頭を下げてくる。
「いえ、こちらこそ」
 そう言って頭を下げ返す。それを受けたあと、ななこの父親は城ヶ崎へと向き直り、やはり頭を下げた。
「先程は息子さんにお世話になりまして」
「そういう風に見えるのかな」
 城ヶ崎は気を悪くした様子もなく、穏やかに答える。そう、自分たちは親子ではない。城ヶ崎は本来、そこに座るべきだった父親の代わりを務めてくれてはいるが。
「あ、これは失礼しました。……ななこ」
 ななこの父親は娘に呼びかけ、これ以上はご迷惑だからとテーブルから離れる素振りを見せる。
「もうちょっと……」
 ななこはもう少しだけ話をしたいという顔で答える。その様子を見た城ヶ崎は七重へと視線を向ける。七重はこくりと僅かに頷いた。
「娘さんは七重くんともう少し話をしたいようだし、どうですか、こちらで夕食をとられては」
「……ご迷惑では?」
 戸惑うような表情でななこの父親は僅かに小首を傾げる。いえいえと穏やかに城ヶ崎が答えると、ではお言葉に甘えてとななこの父親は軽く頭を下げ、ななこを椅子に座らせると自らも椅子に腰をおろした。
 大人は大人で会話をしているようなので、それなら子供は子供で会話を……と思ってはみるものの、何を話したものか。
 しかし、そんな心配は無用で、ななこの方から話を振ってきた。それによると、あれからななこは父親と共に船内散策をしたらしい。デッキからの眺めは最高だったようだが、風が非常に強くて飛ばされそうとのことだった。
「おにーちゃんは何をしたの?」
 自分のことをにこにこと笑顔で語ったあと、ななこはそんなことを訊ねてきた。
「僕は……ねこきちと本を読んでいたよ」
「ねこきち、おにーちゃんにご本を読んでもらったんだね。いいなー」
 あまりそういった経験がないのか、そうしてほしいのか、ななこは羨ましげに椅子に座っているねこきちを見つめる。
「ねこきちは、お父さんに買ってもらったのかな?」
「ううん」
 ふるふる。ななこは違うというように首を横に振った。
「まさか、拾い物……」
 ちょこんと置いてあったものを勝手に持ってきてしまったのだろうか。それで、本来の持ち主が、それを取り戻そうと……いやいや、それはおかしい。本来の持ち主が、同型のぬいぐるみを持ってそこかしこに潜んでいるのはおかしいし、何より、そうであったなら、事情を素直に話して返還要求をすれいいだけのこと。
「ううん、違うよ。おとーさんがくれた。ねこちゃんが欲しいって言ったのに……生き物は死んじゃうからダメだって。これで我慢しなさいって」
「……」
「でも、なな、知ってるんだ」
 ちらりと父親を見やったあと、ななこは七重を見つめる。
「このぬいぐるみは、ななのために買ってくれたんじゃないんだよ」
「え?」
「おとーさんが会社でもらったものなんだって」
「……」
 父親が会社でもらった……それが関係しているのだろうか。そんなことを考えていると料理が運ばれてきた。とりあえず、思考は中断し、夕食を楽しむことにした。
 
 夕食を終えたあと、ななこは父親に連れられて去っていった。
 それじゃあまたねと手を振られ、ぎこちなくも軽く手を振りかえす。見送ったあと、ねこきちを連れ、城ヶ崎と共に客室へと戻った。
 一息ついたあと、ななこの言葉を思い出しながらねこきちと向かいあう。
 とりあえず、タグを調べてみた。これを見れば製造した会社や非売品かどうかの判断がつく。
 大隈製薬五十周年記念、NO.044、非売品とある。
 どうやら、五十周年記念に製造された非売品であるらしい。044という表記であるから、製造された個数は多くて999といったところだろうか。
 ななこの父親は大隈製薬という企業に勤めていて、五十年という節目の記念に作られたぬいぐるみをもらい、それを娘に与えた……そんな風に考えられる。
「……ん?」
 ふと、タグのそばに、不自然に粗い縫い目をみつけた。その不自然な縫い目は背中のあたりに15センチ程度。ぱっと見ただけでは気づかないが、よくよく見ると、妙にそこだけが乱暴に縫われている。乱暴とはいえ、丁寧に縫っているのだろうが、他の縫い目がとても整然としているため、そう見えてしまう。
「……」
 ともかく、タグから得られた情報をもとに、関連性のあるものがないかを調べてみよう。では、早速、インターネットルームへ……だが、そのまえに。
 七重は客室に置いてあった船内案内図を広げた。パンフレットよりも詳しいそれをじっと眺め、この客室の位置を確認、船内の構造を頭に入れておく。先程は城ヶ崎が一緒であったから遠慮気味ではあったが、ひとりで歩くとなるとそうとは限らない。いや、むしろ遠慮気味ではなくなるはず。何かしらの行動、もしかしたら強行手段に出る……などということも考えられる。人があまりいないような、相手が行動を起こしやすそうな危険な場所には極力近づかないようにしようと心に決める。
「ちょっとでかけてきます」
「……ああ、気をつけて」
 城ヶ崎は何やら思うところがあるらしく、あまりこちらの言葉を聞いていないように思われる。
「はい」
 そう言葉を返し、客室をあとにした。
 通路に出る。
 実は、この客室前の通路というものが曲者で、あまり人が通らない。ひとつひとつの客室を広くとっているために、三等客室や二等客室があるフロアよりも、どうしても客室の数が少なくなる。客室の数が少ないということは、利用客も少ないということで、他のフロアに比べると静かで人は少ない。
 さり気なく、しかし、注意は怠らずに通路を歩く。幸い(?)ぬいぐるみを持った存在は見当たらない。
 エレベータを利用し、インターネットルームへと無事に辿り着いた。途中、やはり何人かぬいぐるみを持った存在を見かけ、視線を感じたが、こちらの様子をうかがうだけでそれ以上の行動には出てはこなかった。
 インターネットルームにはいくつかのパソコンが置かれ、衝立で仕切られている。思ったよりも利用者は多い。空席を探し、椅子に腰をおろす。
 利用するにあたって、ブルーカードが必要とある。素直に『カードを置いてください』とある場所にカードを置くと、キーボードに手を伸ばし、検索作業を開始する。
 とりあえず、わかっている『大隈製薬』という言葉から調べてみた。
 苦労することなく、大隈製薬の企業サイトが見つかった。早速、それを眺めてみる。会社のロゴマークは、どこか見覚えがあった。七重はねこきちを見やる。……そっくりだった。
 さらに、調べてみる。
 大隈製薬というその企業の会長の名は、大隈優作。
 つるつるに光った頭に明るい笑顔の画像を見る限りでは、老人と呼ばれる年齢と思われる。会長のヒストリー(サイトにそんなページがあった)によると、薬売りから始め、有限会社を設立、現在では株式会社で、全国に支社を持つようになったらしい。自分の名字がオオクマであったことから、熊に愛着を持ち、誕生日の祝いに訪れた客にクマのぬいぐるみを配ったとあった。ちなみに、クマのぬいぐるみは100個の限定生産。
 そうなると、ねこきちは100個あるうちのひとつ。ななこの父親はこの大隈会長の誕生日祝いに出席し、クマのぬいぐるみをもらい、それをななこへと与えた。ななこの手に渡った経由はこれで間違いないだろう。
 さらに、大隈製薬について調べてみる。
 取り扱っている主なものは、殺虫剤や殺菌剤、洗剤といったもの。入浴剤やシャンプー、リンス等も製造しているらしい。
 他に、企業内で何か特別なことはないだろうかと調べてみると、新製品開発という内容のニュースがあった。育毛関連で何か新しい製品を開発したらしいが、詳しい内容は伏せられている。だが、画期的なものであるらしい。
 会長の誕生日祝いで配られた限定生産100個のぬいぐるみ。
 そのぬいぐるみを持ってこちらをうかがう怪しい人々。
 ねこきちの背中にあった粗い縫い目。
 製薬会社の新たな開発。
 七重はこれらの事実について考えながら、調べたことに関するブラウザの履歴を消した。これは念のため。
 作業を終えて客室へ戻ろうかとすると、衝立の向こうから声がした。
「しばし、待て、少年」
「?」
 自分のことだろうか。七重はそのままの姿勢を保つ。
「そう、君のこと。君が持っている、それね。クマのぬいぐるみのことだけど」
 間違いない、自分のことだ。七重は黙って言葉を聞いた。
「君の手には余るものだと思う。船に乗っているうちは、あいつらも派手な手出しはしてこないと思うけど……」
 衝立の向こうであるから、声の主が誰であるのかはわからない。だが、声からすると、若い男であるような気がする。
「それはね、あの子の手に渡るはずではなかった。もちろん、君にも。彼らの杜撰な計画のせいで、あの子も君も妙なことに巻き込まれてしまった」
 声は言葉を続ける。
「君が持っているそれのなかには、あるものが入っている。彼らはそれを手に入れたい。同じぬいぐるみを持ち、機会を見てすりかえようとした。だが、あの子から君の手にぬいぐるみは渡り……やはりすりかえようとはしているけれど、なかなか機会が掴めずにいるようだね」
「どうして、そんなことを僕に? あなたはいったい誰なんですか?」
 七重は静かな声でそれを問うた。
「それは大隈から持ち出された。僕はそれを取り戻したい。できれば、穏便に」
「……」
「考える時間も必要だよね」
 そんな声のあと、衝立の向こうにいる声の主は席を立つ。
「君が隙を見せなければ、彼らも行動は起こさないと思う。……港が近くなれば、それもわからないけれど。また、会おう」
 そして、そのまま去って行く。後ろ姿しか見ることができなかったが、十代後半か二十代前半といった雰囲気で、クマのぬいぐるみは手にしていなかった。
 不意に語られた話を信じるならば、ねこきちのなかにはあるものが隠されていることになる。
 彼らの狙いは、それ。
 そして、話を語った若い男の狙いも、それ。
 隙を見せなければ彼らは行動を起こさないと言っていたが、港が近くなるとそれもどうかはわからないらしい。
 どうしたものか……。
 七重はねこきちを見つめ、小さなため息をついた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)/男/14歳/中学生】
【2839/城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)/男/42歳/魔術師】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、尾神さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
能力は意識して使うというよりは無意識だったんですね。#1ではばっちり意識して使ってしまいまして、すみません。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(窓を開けるのは今週末、もしくは来週頃になりますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。