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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


猫股リローデッド・2


 現場のネットカフェ周辺はすでに騒然としており、警視庁対超常現象本部機動チームの面々――とくに若い衆――は、本格的な調査の前にまず野次馬の整理から始めなければいけなかった。
 それは新米刑事の風宮駿も例外ではない。巡査部長という肩書きとはいえ、新人は新人なのだ。黄色いテープの外で、物分りの悪い若者たちともみ合っているうちに、自然顔つきも悪くなる。
「早く家に帰りなさい!」
 風宮の注意もむなしく、若い野次馬たちは思い思いの場所に座り込んではケータイを鳴らしたり、続けてやってきたテレビ局のカメラに、しきりにピースマークを突きつけている。
 普段は温厚な風宮も、いよいよ堪忍袋の緒が切れかかっていたそのとき、野次馬の壁の向こうに、挙動不審なふたりの女の子を見つける。
 ひとりは中学生、片方は小学生くらいだろうか。目が合った瞬間、小さな女の子のほうが気まずそうに視線を逸らしたのだ。
「ちょっと君たち」
 人垣を掻き分け、風宮は彼女らに近づく。
「事件当時、このネットカフェにいた?」
 利発そうな大きな女の子が曖昧に頷く。
「話を聞かせてもらえるかな」
 女の子ふたりは、しばらく顔を見合わせた。まるで目を目で相談しているみたいだった。――もしかしたら、自分は知らず知らずの間に怖い顔をしているのだろうか、だから今の今までモテないのか……と、風宮の脳裏に無用な不安がよぎる。
「あのね……」
 小さな女の子が消え入りそうな声で口を開いた。動物に例えるなら白い小鳥のような可憐な子だった。
 しかし、少女の口から告げられたのは驚くべき新事実だった。四つんばいの格好で走る件のOL風の女性が、街外れの廃工場の中へ入っていくのを見たというのだ。
「すぐに行ってみるよ。有益な情報をありがとう」
 無線で先輩の葉月と連絡を取りながら、風宮はふたりに礼を言う。
 そして、ほどなく出動の許可が取れた。ここからは風宮が数人の捜査員を先導して、『被害者』の向かった廃工場を調査する。これは自分の能力を上にアピールする絶好のチャンスだ。
 期待と不安に胸躍らせながら、特殊白バイ・ラピッドチェイサーにまたがる風宮に、
「警察のおにいちゃん」
 あの小鳥の少女が呼び止める。
「気をつけて……」
 風宮は微笑みを返し、バイクを発進させた。

 廃工場までそう時間はかからなかったが、移動の間にすっかり雲行きが――比喩的な意味ではなく――怪しくなっていた。
(こりゃひと雨来そうだな……)
 黒雲の立ちこめる空を見上げ、バイクを降りた風宮は顔をしかめる。
 現場は高いコンクリート塀と有刺鉄線に囲まれ密室状態だ。空からでもない限り、この塀の向こうの様子をうかがい知ることはできない。思わず少年時代に考えた『秘密基地』を思い出していた。つまり、悪巧みをするには格好の場所だということだ。
 バックアップ指揮車は工場内の霊的存在を感知していない。風宮は装備の高周波ブレードで有刺鉄線を切断、数人の捜査員とともに塀を乗り越え、敷地内へ潜入する。
 思いのほか視界は悪く、風宮たちは慎重に歩を進める。泥が水の底に溜まるように、どろりとした黒い霧が塀の中にだけ充満している。駐車場の左右に、ピラミッドのごとき三角のシルエットがそこかしこに鎮座し、そのどれもが腐食した金属の臭いを発している。風宮は胸の奥からヘドロが湧き出てくるような感覚がした。黒い霧のせいでよく見えないが、おそらく、この工場が正常に動いていたころは、ああやって金属の屑を山にして集めていたのだろう。
 目算で前方50メートルくらいだろうか、大きな建物が見える。トタン屋根のあちこちがめくれ上がっていて内部は雨ざらしだ。鉄骨にしがみつくようにカラスが止まり、悲鳴のような声を上げている。
 ――これはただの霧ではない。ましてや煙でもない。人知を超えた忌まわしい何かだ。これで本当に霊的要素はクリアされているのか――? 錆びた鉄の臭いがいけないのか、風宮の胸のむかつきは収まらなかった。斜め後方を歩く捜査員も同じのようで、しきりに咳き込んでいる。
「静かにするんだ……」
 注意を促すも、捜査員はむせるのをやめない。ついには、その場にうずくまってしまった。
「連れて行け」
 しかたなく風宮は警官たちに指示を出した。苦しむ捜査員の両脇を抱え来た道を戻っていく。
 気を取り直して歩こうとした瞬間、風宮の膝に何かがぶつかった。
 それは何の違和感もなく、黒い霧に溶け込んでいた。何度も目を凝らして、風宮はようやくそれが人間の形をしているのだとわかった。目深にかぶったフードで表情は知れないが、そう背は高くない。先ほど会った小鳥の少女とそう変わらない背丈だ。
「あはっ、見つかっちゃった」
 フードの奥から無邪気な子供の声がした。
「かくれんぼしていたのか、こんなところで……」
 風宮の問いに、黒づくめの子供はうつむいたまま首を縦に振る。
「そうなの。でも、友達はみんな帰っちゃったみたい」
「君も帰ったほうがいい。もうじき雨が降る」
「ありがとう、そうするね」
「気をつけて帰るんだよ」
「うん、ばいばい」
 身を翻して去っていく子供。風宮を含め、捜査員たちは和やかな顔でその小さな背中を見送っていく。
 ――待て。
 何かがおかしい。なぜ俺たちはこの子をバカ正直に帰らせようとする。
 そうだ。この子は――
「君……」
 風宮が声を絞り出すと、遠ざかる子供の背中が止まった。
「チャームの魔法が切れたか」
 その声色に風宮の全身が震えた。身体中の産毛がすべて逆立つような悪寒。
「お兄さんたち……、小鳥さんの告げ口でやってきたのね」
 子供がゆっくりと向き直る。
 そのとき背後から強い風が降りてきた。黒いローブの間から、木製の杖がのぞく。その先には禍々しい輝きの水晶がはめ込まれていた。同時に子供の顔を隠していたフードがめくれる。
 ひと目見ただけでは、かわいらしい少女の顔だった。風宮は自分の感じた悪寒が、ただの気の迷いであって欲しかった。だが、少女の眼を見て、その願いは打ち砕かれる。あどけない表情を作っていた丸い瞳孔がきゅっと引き締まり、鋭い針の形になったからだ。それはまるで、昼間の猫の眼だった。
 風宮は声を押し殺した。
「……確保しろ」
 複数の捜査員が素早く少女を取り囲む。
 それぞれが一歩を踏み出したとたん、円陣の中心から光が迸った。
 それで終わった。4人の警官は、悲鳴を上げる間さえ与えられず、その場に崩れ落ちた。
「人間風情が、500年早いんだよ」
 と、少女は吐き捨てた。
 並の動体視力では、とうてい何が起こったのか理解できまい。この一見して無力な子供は、杖を左手に持ち替えた刹那、右手の爪を一周させたのだ。それをかろうじて認識できたのは風宮だけだった。
 超常現象対策本部機動チームの警官は、特殊強化服「FZ−01E」を装着し、半年間の過酷な訓練活動を乗り越えたつわもの揃いだ。それを全員、しかも一瞬にして動けなくさせるとは……。
 ぽつりと、小さくひんやりとしたものが風宮の頬を打つ。――とうとう雨が降り出した。大粒のそれは、朽ちたアスファルトのそこここを点状に濡らし、やがてはすべてを黒く塗りつぶした。
 雨足は強くなり、風宮の前髪の先から雫が滴る。
「おとなしく投降した方がいい」
 高周波ブレードを構える風宮に、相対する者は逡巡のかけらも見せない。
「お兄さん、声が震えてるよ」
 くつくつと笑いながら、手のひらを舐めるローブの少女。爪は鋭く尖っていて、その先は赤く染まっている。
 ――こいつが『猫股』か。
 今回の現場のネットカフェ、それ以前にも、パソコンと向かい合っていた人間が、突如、猫のような動作で発狂、そのまま失踪するという事件が相次いでいる。……こいつがすべての元凶なのか。
 ――ならばやることはひとつだ。
 風宮はあらゆる邪念を捨て、目の前の少女を逮捕することだけに集中する。
 そしてどれだけの間、猫股と眼を合わせていただろう。1分、いや、もっと長かったのかもしれない。
 視線を逸らすことなく風宮を睥睨していた、その針の瞳孔が、一瞬だけ風宮ではないものを見た。
 隙を逃さず風宮は一気に踏み込んだ。最小の動作でブレードの柄を反転させ、フェンシングの要領で刃を突き出す。
「遅い!」
 が、ほんの僅差でブレードの先端は猫股に届かなかった。少女は並外れた跳躍力で、風宮の頭の上を飛び越えた。
 真後ろに猫股が着地する。ローブの裾の影から鋭い爪が光る。その華奢な身体が激しく痙攣した。
 そして、驚愕の表情で自らの左肩を見る。貫いていたのは、さっきまで風宮の手に握られていた剣だった。
「油断したわ……」
 少女の瞳から光が失われ、身体が倒れる。
「そのようだね」
 と、傾く身体を見ながら風宮はつぶやいた。
 おそらく初回の攻撃は決まらない。あらかじめ後ろを振り返る余力を残していた。猫股もまさか切り札のブレードを投げつけてくるとは思わなかったのだろう。風宮の捨て身の作戦が功を奏したのだ。
 ゆっくりと近づき、気絶した猫股を見下ろす。高周波ブレードの威力はたいしたものではない。子供の身体とはいえ、猫股の命に別状はないだろう。
 風宮は機敏な動作で少女を後ろ手に組み敷き、両方の手首に特殊手錠をかける。霊的プロテクトもかけてあるので、こうなってはどうあがいても逃げられない。
 風宮は無線を使って応援を呼ぶ。
「こちら風宮、容疑者を逮捕しました。救急車の用意を――」
 そのときだった。風宮は視界の隅で信じられないものを捉えた。
 少女の口がばかっと開いていた。顎が外れるのではというくらい大きく開かれていた。
 そこからもぞもぞと黒い影が這い出てくる。いや、影ではない。それは生き物だ。黒い毛に全身を覆われた猫という生き物だった。
 馬鹿な……! 風宮は即座に腰に差していた拳銃を抜いた。だが、少女の口から飛び出した猫はアスファルトを俊敏に駆け抜け、黒く淀んだ空気の中へまぎれ消えた。あっと言う間もなかった。
 まさか逃げられるとは――。土砂降りの中、風宮は呆然と立ちすくむしかなかった。残されたのは重傷の警官4名と、抜け殻と化した少女の身体のみ。

 被害者の身体、合計12体は工場の中で見つかった。全員意識のない状態で搬送され、その夜は集中治療室で眠ったままになっていた。
 だが、元に戻す方法は思わぬところから教えられた。事件の翌日、『SIZUKU』と名乗る謎のハッカーから、警視庁に12人それぞれの『魂』が、メールで圧縮されたファイルとともに送られてきたということだ。この添付ファイルをコピーしたパソコンの前に、植物人間状態の被害者を座らせると、皆たちまちに意識が戻ったという。
 映画か漫画の中のような話だ。いずれにしろ、風宮の想像を超えた技術だった。
 しかし――、あの黒いローブをまとった少女の『魂』まではメールにはなく、13人目の彼女の身体は、いまだ本部の地下で冷凍保存されたままだ。
 敵のほうが一枚上手だったという結論で、風宮に大したお咎めはなかった。上司にさりげなく励まされるのが、彼にとって徐々に身体に侵食していく痛みだった。
 ふとした瞬間に、あの黒猫の姿を思い出す。
 あいつはいったい何だったんだろう。そして、今もどこかで――俺たちの知らないところでまた誰かの身体を奪い、同じことをしているのではないだろうか。
 風宮の脳裏に、そんな懸念がいつまでも離れなかった。


おわり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2980/風宮・駿/男性/23歳/警視庁対超常現象本部機動チーム

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、大地こねこです。風宮駿さま、「猫股リローデッド」へのご参加ありがとうございました。
 そこはかとなく新米刑事らしさを漂わせてみたつもりですが、いかがでしたでしょうか。今回の猫股との勝負は痛み分けといったところだと思いますが、戦いはまだまだ続きます。次回「猫股レボリューションズ」をご期待ください(本気か)。
 ありがとうございました。大地こねこでした。