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<東京怪談・PCゲームノベル>


【狭間の幻夢】ユニコーンの章―蛇―

●高層ビル●
夜も更けた頃。
ある高層ビルの屋上。
既に閉まっている筈のその屋上に、3人の人影。
日向・龍也と巳皇と鎖々螺だ。
3人とも柵に腰かけて、鎖々螺から龍也へ事情説明を行っていた。
巳皇はといえば、追いかけて乱れてしまった髪を鏡を見ながら櫛で(どちらも毛玉の口から出した)直している。
…巳皇は説明は完全に鎖々螺に任せきりだった。

「…そういうわけで、俺達にはあんたの手伝いが必要なんだ」
「まぁ、簡単に言えば『思い出の場所に案内してユニコーンの捕獲を手伝って欲しい』ってことですわ」
鎖々螺が締めくくると同時に髪の手入れが終わったらしい巳皇が、髪をふわりと持ち上げながら簡略化して言う。
…だったら最初から説明を手伝えよ、とじとりと鎖々螺が横目で睨みつけたが、巳皇はさらりと受け流す。
「…あなたさえよろしければ、手を貸していただけませんこと?」
『あなたさえよろしければ』とか言っておきながら拒否は許さないような言い方をする巳皇。
その様子を見た龍也は小さく溜息を吐くと、首を左右に振った。
「…やれやれ。妙なことになったな」
その言葉に軽く眉を寄せた鎖々螺だったが、気を取り直して口を開く。
「……ってことは、手伝いはしない、と取っていいんだな?」
睨みつけるようにしながら言われた言葉に、龍也は苦笑するとまた首を左右に振る。
「いや?誰も受けないとは言ってないだろう?」
「あら、では受けていただけますの?」
「あぁ。興味もあるしな、手伝ってやるさ」
「そうか。ありがたい」
そう言って微笑む鎖々螺とにこりと笑う巳皇を眺めた龍也はどこか楽しげに微笑んだ。

「お前達2人は…そうだな。
 いい女だが、圭織には勝てないな」

「『かおり』?」
「…コイツの恋人かなんかだろ、どうせ」
龍也の口から出た名前に首を傾げる巳皇に、呆れ顔で話す鎖々螺。
「あら…そうですの?」
「まぁな。何よりも大事な女さ」
巳皇の問いかけににやりと笑う龍也。
「あーはいはい。ゴチソウサマ」
ノロケに近い語りに早々に離脱した鎖々螺は顔の横でひらひらと手を振って勘弁してくれと言わんばかりの表情だ。
巳皇は少しきょとんとしていたが、すぐににこりと柔らかく微笑み、口を開いた。

「……恥ずかしいノロケは程ほどにしてくださいね?
 わたくし、人の幸せを見せ付けられるのって大嫌いですのv」

…巳皇は笑顔で毒を吐く。
さっと顔を青くした鎖々螺が巳皇の口を慌てて巳皇の口を塞いだが、時既に遅し。
苦笑気味に口元を引き攣らせた龍也に、鎖々螺はワリ、と顔の前に手の平を出して謝った。
「コイツ見た目と喋りの割に普通に口が悪くてさ。
 気ィ悪くしたんならホント悪ィ」
本当に悪いと思っているらしい鎖々螺に、龍也も苦笑気味に肩を竦めて返す。
「まぁ、その口の悪さも巳皇の美徳だと思えばいいさ」
「…そう思ってくれると助かるよ」
女じゃなければ今頃はバラバラになって転がってるかもしれないが、と言う心の呟きは龍也の心の中だけに留められた。

ありがたいと笑って巳皇の口から手を離す鎖々螺。
何をするんですのと文句を言う巳皇を無視しつつ、鎖々螺は龍也に真剣な表情で問いかけた。

「…で、心当たりは?」
「あー…思い出の場所、ねぇ…」
鎖々螺の問いかけに、龍也は少々考え込むように顎に手を当ててから、顔を上げる。

「…葛城の風の森」
「「『葛城の風の森』?」」

龍也の口から呟かれた聞きなれぬ名に、巳皇と鎖々螺は顔を見合わせて首を傾げた。
それを見て小さく笑った龍也は、懐かしむように目を細めて空を見つめながら口を開く。

「昔住んでた里のあった森だ。
 里はもうないが、綺麗な自然は十分残ってるしな。
 …多分、そこだと思うが」

「なるほど。
 当たりか外れかは別として、とりあえずはそこに行ってみた方が良さそうだな」
鎖々螺も顎に手を当てて考え込むような仕草をしながらそう返す。
それに頷いた巳皇が、そっと龍也の腕に手を重ねた。
「…?」
訝しげにその手を見る龍也に、巳皇は大丈夫と微笑んで見せる。
「一々跳んで移動するのは骨でしょう?
 場所が分かっているのなら、その場所に直接行った方が楽ですもの。
 貴方がその場所を思い浮かべてくだされば、あとはわたくしが『影』でその場所まで飛ばしますわ」
「……『影』で?」
「えぇ、今だってわたくし達の足元にあるでしょう?」
悠然と微笑む巳皇の言葉に足元を見た。
月の光を遮った身体の向こう側には、黒鉛筆で塗りつぶしたような黒が水溜りを作っている。
それと一瞬で移動すると言う事がどういう風に繋がるのだろうかと龍也が考え込んでいると、巳皇の楽しげな笑い声が耳に入った。

「ふふ。こういうことは考えるよりも直接体験したほうが分かり易いものですわ。
 ―――――さぁ、葛城の風の森の場所を思い浮かべてくださいな?」

思考を否応なく中断させられた龍也は、その声に導かれるかのように森の場所を思い出す。
緑溢れる森。
繁った葉の間から差し込む日の光。
…我が、故郷。

―――――瞬間。
ずぶ…と、足が急にぬかるみに嵌ったかのように下に沈む。
はっとして巳皇を見ると、彼女はただ楽しそうに微笑むだけ。
何が起こったのかと考えている間に、巳皇の真後ろ佇む鎖々螺の後方に、黒い粘土のような塊がぶわっ!と盛り上がるのが見えた。
音と気配が四方からするところを見ると、恐らく自分達の周囲にも同じような塊が盛り上がっているのだろう。
まるで泥で作った風呂敷に無理矢理包み込まれるような、奇妙な感覚。
それが巳皇の言っていた『影』だと理解した時。
龍也の視界は―――闇に覆い尽くされた。

3人を包み込んだ『影』は、しゅん、と現れた時と同じような唐突さでコンクリートの中へ沈んだ。
とぷん…と小さな波紋を数秒の間だけ残して。
3人は――――ビルから、消え去っていた。


●葛城の風の森●
―――闇は怖くない。
己の力と同質のものを怖がるものなど、無きに等しい。
だから当然、巳皇の『影』とて恐れるに足らぬものだ。
…ただ。
―――このゴムボールの中に詰め込まれたような気持ちの悪い触り心地だけは、どうにかならないだろうか。

「――――着きましたわよ?」
そう考えていた龍也は、巳皇の声が耳に入ってはっと思考を現実に引き戻した。
目の前には、黒い髪を揺らして微笑む巳皇と、辺りを注意深く見渡す鎖々螺の姿。
…何時の間にか、『影』は消えていた。

周りは、青々と繁る草木。
月の光を葉の隙間からほんの少しだけ通したその場所は、簡易のスポットライトのようだ。
遠くからは、梟の鳴き声も聞こえる。
龍也は、直感的に思った。

――――ここは、葛城の風の森だ、と。

「……」
先ほどまで触っていたお世辞にもいいとはいえない感触を思い出し、龍也は無言で手を開閉する。
「…あら、わたくしの影は、お気に召しませんでしたの?」
「能力自身は別にどうってことないんだが…あの手触りが、どうも…」
「あら。それは残念ですわ」
「……」
頬に手を当てて微笑みながら言われては、とてもじゃないが残念そうには見えない。
思わず苦笑する龍也ににこりと微笑み返す巳皇。
和やかなんだかそうじゃないんだか微妙な空気が流れる2人に、鎖々螺の声が投げかけられた。

「……いたぞ」
その声に振り返った2人は、真っ直ぐ1方向を見据える鎖々螺の視線を追う。

木々の間。
闇と月光が交差する不可思議な空間。
―――そこに、『それ』はいた。
緑の体躯、紅色の瞳。…天を突く、鋭い角。


――――――ユニコーンだ。


【…追いついたか。
 思ったよりも速かったな】
重々しい口調でそう告げるユニコーンに、鎖々螺は一歩歩み寄って声をかける。
「…追いかけっこはこれで終いだ。
 いい加減、角を分けてもらえないか?」
鎖々螺の申し出に、ユニコーンは緩く首を左右に振った。

【…主等は今ようやく我の姿を視界に収められる位置に辿り着いたに過ぎぬ。
 我が出した条件は『我を捕まえること』だった筈。
 それを無視して角を貰おうなどと、虫の良い話が通る訳なかろう?】

淡々としていながらも確かに正論な言葉に、鎖々螺はぐっと言葉を詰まらせる。
それを見た巳皇が一歩踏み出し、ユニコーンをその闇色の双眸で捉えた。
「…わたくし達の事情はお話致しましたわよね?」

【あぁ、そう言えば聞いたな。
 主らの世界でかつて流行った死へと至る疫病。
 随分昔に絶えたと思っていたが…また再発したらしいとか?】

「えぇ。わたくしや鎖々螺さんはそういうものに耐性が強いから無害ですけれど、黒界の住民はそうはいきませんの。
 このままでは、黒界の力なき住民は全て息絶えてしまいます」
巳皇の必死の訴えにも、ユニコーンは目を軽く細めるだけで、あまり話を聞くつもりはない様子で声を出す。
【…の、ようだな。
 ……そしてその特効薬は、我らの角からしか作れない】
「あぁ、だからこそあんたの協力が必要なんだ。
 …少しでいい。角を分けてくれ」
真剣な表情でそう言う鎖々螺。
それを横目で一瞥したユニコーンは、ゆるりと瞳を伏せる。

【――――――答えは、否】

「な…!」
「何でだ!?」
その答えに目を見開く巳皇と憤慨して叫ぶ鎖々螺に、ユニコーンは冷たい声で続きを告げた。

【我は闇の者は好かぬ。
 それに、我が手を貸さずとも、他の者たちが手を貸せば手が足りるのではないか?
 …我が手を借りたければ、別の者を連れてくるのだな】

「そんな勝手な…!」
ユニコーンの言い様に、巳皇は怒りを隠し切れず、思わず目を吊り上げる。
「そんなのってありかよ!?
 大体ユニコーンの角は多くて困ることはないんだ!
 予防薬を作るのにだって利用できるんだから、それぐらい…!!」

【……我に、そこまで協力する道理はない】

鎖々螺の訴えも、ユニコーンは冷ややかに突き返す。
完全に聞く耳持たず。
ぎり、と奥歯を噛んで黙り込んだ鎖々螺の隣から、不機嫌そうな龍也が一歩前へ出た。
「おい」
【……なんだ、闇の小僧】
龍也の低い声での問いかけに、ユニコーンは深いそうに眉を寄せる。
「…お前、自分の故郷の仲間がどうなってもいいっていうのか?」
深紅の瞳を細めながら言われた言葉に、ユニコーンは同じようで違う色の紅い目を細めてあざ笑うように言い返した。

【―――その疫病は、我が種には無縁のもの。
 同族の危機ならば力も貸そうが、そうではない。
 …他のものなど、我にとってはどうでもいいことだ】

――――瞬間。
ぷちん、と龍也の頭の辺りで何かが切れるような音がした。
「…なぁ」
「「え?」」
身体はユニコーンの方を向いたまま首だけを後ろに向けた龍也は、巳皇と鎖々螺を見て声をかける。
その表情は…物凄い、笑顔。
何を言うのかと思っていると…龍也は、笑顔のまま口を開いた。

「……コイツ、殴っていいか?」

勿論、握り拳のオマケ付き。
「…え゛?」
「まぁ…」
唐突な発言に目を丸くする鎖々螺と、口元に手を当てて驚いてるんだか驚いていないんだか微妙なリアクションをする巳皇。

【…我を殴る、だと…?
 随分と勝手なことを言ってくれるな、たかだか30かそこらの若造の分際で…!!】

「27だ。勝手に年齢水増しすんな」
きっぱりと笑顔で言い切った龍也に、ユニコーンは身体中の短い体毛を逆立てる。

【随分と偉そうな口を効くではないか…。
 ならば齢30に行く前に、その心臓、止めてくれる!!】

紅い瞳を釣り上げたユニコーンは、そう言うと同時に、強く地面を蹴って飛び上がった。
「チッ…!
 おい、巳皇、鎖々螺!
 向こうから仕掛けてきたんだから文句は受け付けねぇぞ!」
小さく舌打ちをした龍也は、2人に振り向いて叫ぶと身体を低くして攻撃に備える。
「あー、もう!あんたが怒らせるようなこと言うから――!!」
「あらあら…。
 まぁ、わたくし達に戦えといっているわけではないみたいですし、わたくし達は離れた所でのんびり見ていましょう?」
「…巳皇、あんたな…」
ふわりとロングスカートの裾を翻しながら後ろに動く巳皇に脱力した鎖々螺だったが、自分とて無闇に戦うのは本意ではない。
溜息を吐きながらも、大人しく一歩後ずさることにした。
【その横っ腹に、風穴を開けてやろう!!】
「それは勘弁だな!」
尖った鋭い角を振りかざして突進してきたユニコーンを横に飛んで交わし、龍也はバッと手の平を翳す。
そのまま両足をしっかりと地に付けて踏みしめた瞬間。
ドンッ!と不可視の力に押されたように、龍也の身体が少しだけ後ろに動いた。
ザリッ、と足が下の土と草を軽く抉り取る。

【――――ぬ!?】

それと同時に、ユニコーンの身体が大きく傾いだ。
まるで大きな塊を唐突に括りつけられたような衝撃。
頭から足まで、尻尾を揺らす事すら出来ぬほどのその大きな重さに、ユニコーンは耐え切れず倒れこんだ。
どぉっ、と大きな音を立ててその巨体が地に沈む。
龍也の能力の一つ、『重皇』だ。
重力を自在に操り、攻守共に使用できる彼の能力。
ユニコーンは、その力に捕らえられてしまったのだ。

――――それはあまりにもあっけない、戦いの終焉だった。

【おのれ…小僧め…!!】
「人間だと思って舐めてかかったのがお前の運の尽きだったな、ユニコーン」
例え身体は動かせずとも、意識は残っている。
自分の前に佇んで見下ろしている龍也を下から睨みつけるユニコーンの瞳は、怒りと屈辱に満ちていた。
「ま、お前がどう思ってようと、俺の勝ちは変わりないけどな」
そう言って屈み込んだ龍也は、ユニコーンの角を握り締める。
【小僧!!貴様、我が角を…!】
「…勝った報酬として、この角、頂いていくぜ」
【おのれ…小僧が…!!】
そう言うと同時に、龍也は角を握る手にぐっと力を込め、下に引く。
バキィン、と硬質な音がして、ユニコーンの角が真ん中から真っ二つに折れた。

「おーい、巳皇、鎖々螺、角ゲットしたぜー」

月光を受けて輝く角を掲げて振る龍也。
「えぇ、見事なお手並みでしたわー」
「…あーあ…こりゃもうあのユニコーンは完全に狭間の敵になったな…」
ぱちぱちと手を叩きながら微笑み返す巳皇と、顔に疲れたような表情を浮かべて肩を落とす鎖々螺。
対照的な2人を眺め、龍也は思わず笑うのだった。


●祝杯と鱗●
結局あの後、巳皇によって主に角を中心に回復の術を施されたユニコーンは、龍也に怨嗟の言葉を残して去って行った。
本来ならば再戦を挑みたいところだったが、角を折られた為能力の減少が発生して思ったとおり戦えないのだという。
それを悔やみながらも、力を改めて蓄える為にとユニコーンは龍也を強く睨みつけていた。
去って行くユニコーンの姿を見て、龍也が『まるで三流の悪役だな…』と呟きかけて慌てて鎖々螺に口を塞がれるという一幕もあったが、それでも、一応は事態は収集したと言う事で片付けておくべきなのだろう。

そして。
何か礼がしたいと言う2人に対して、龍也が提示した報酬とは――――。

「…あら、この日本酒美味しいですわ」
「こっちも中々イケるな」
……一緒に飲むことだった。
時間帯が既に深夜に近いので、適当な居酒屋に入ることになったが、それでも巳皇も鎖々螺も嬉しそうだ。
…未成年だったらどうしようと一瞬思った龍也だったが、バレなきゃいいかとすぐに思い直す辺り、結構イイ性格してる。
「だろ?」
龍也自身も日本酒の入ったコップを傾けながら、満足そうに微笑む。
「ま、日本酒自体飲むのが久しぶりなんだけどな」
「そうなのか?」
「あぁ。向こうじゃ日本酒なんてないし、こっちにも仕事で来るのがほとんどだからのんびりしてる時間もないんだよ」
その問いかけにコップを傾けて酒をくっと一息で煽った鎖々螺が答える。
そのコップに酒を注ぎ足しながら、巳皇が微笑んだ。
「たまに此方の世界のブランデーやビールくらいなら多少は飲むみますけど、泥酔する程は飲めませんでしたから」
「それだとどうも飲んだ気になれなくってな。人間界の酒をきちんの飲んだのは随分と久しぶりだよ」
そう言って笑う2人に、龍也も満足そうに笑い返す。
…と、ふと思いついたような表情になって、巳皇と鎖々螺をじっと見る。

「…そういえば、お前らの仕事ってどんな感じなんだ?
 黒界もどんな感じなのか気になるし」

その問いかけに答えたのは、意外にも巳皇の方だった。
「わたくし達の仕事、ですか…。
 そうですね…別に話しても害になるようなことはありませんし…いいですわ、お話します」
「お、サンキュー」
「いえいえ。こちらもお世話になりましたからね」
微笑む龍也に微笑み返した巳皇は、コップを両手で持って少しずつ酒を口に含みながら喋りだす。

「わたくし達の仕事が、黒界と人間界を隔てる狭間と言う空間の看視が中心なのは、お話致しましたわよね?」
「あぁ」
「―――本来、狭間の看視をしなければならない筈のわたくし達が何故こうやって気軽に人間界と黒界を行き来しているか、疑問に思いませんでした?」
「…そう言えば、そうだな…」
巳皇の言葉に、龍也が顎に手を当てながら空を見つめる。

そう言われれば確かにそうだ。
狭間の綻びはあちこちで不規則に起きていると聞いた。
ならばその管理には、例え薄くとも空間には変わりないので、かなりの数の看視者が必要な筈。
幾ら看視者の数が多いとはいえ、おいそれと抜け出して良い訳がない。
――――ならば…何故?

不思議そうに首を傾げた龍也にくすりと笑って巳皇は、その動きに合わせてゆるゆると水面を描く酒を眺めながら、ぽつりを口を開く。

「…わたくし達看視者は、能力毎にランク分けされていますの。
 下から、E、D、C、B、A、Sの順で、Sは通称『統治者代理人』と呼ばれてますわ。
 そのランク中で、E〜Cの者が狭間の看視を担当。
 それ以上の者が抜け出したあやかしを事情を聞いた上で統治者様と話し合って住むことの許可を頂いたり、捕縛して連れ戻したり…殺したり、するんですのよ」

その説明を聞いて、龍也が訝しげに眉を寄せる。
「…何故下級の者に狭間の看視をさせる?
 上級が狭間の看視をすれば、それで済む話じゃないのか?」
その最もな疑問に、今度は鎖々螺がつまみを食べながら口を開く。

「あやかしにも強さはピンキリなんだ。
 一々弱い奴まで相手していたら上級は疲れ果てて強いあやかしが来た時に力が足りなくなる恐れがある。
 それくらいならば、弱い奴等は中級以下のに相手させて、そいつらの手に負えない奴等は俺達が処理する、とした方が、よっぽど確実だろ?」

ま、今のところはそれで不都合が起こった事はないから大丈夫なんだよ、と笑う鎖々螺に、龍也はなるほどと頷いた。
そしてコップに入った酒を口に含んでから、再度口を開く。
「…じゃあ、お前等はB以上なのか?」
「えぇ、Sですわ」
さらりと答えられた内容に、龍也は一瞬ぽかんとしてしまった。
しかしすぐに頭を左右に軽く振った龍也は、苦笑気味に巳皇を見る。
「…一番上なのか」
「えぇ。
 わたくし達2人は、どちらもSですわ。
 他にもSクラスはあと3人いますの」
巳皇の飄々としたその答えに、龍也はまた首を傾げた。
「…3人?お前達は2人組が原則じゃないのか?」
「えぇ、本来は。
 …ただ、そいつだけは統治者様から特別に許可されて単独行動してますの…」
「へー。そいつ、統治者とかと仲いいんだ?」
感心したような返事を返した龍也は、巳皇のその相手に対する呼び方が若干おかしい事に気づかない。
その言葉を聞いた巳皇は深々と溜息を吐きながら、片手をそっと頬に添える。

「えぇ…統治者様のご真意は測りかねますわ…。
 ……たかが方便訛りのクソ男の分際で1人で行動しようなどとなんとおこがましいことなのでしょうか……!!!!」

みし、と巳皇の握っていたグラスから奇妙な音が発せられ、細いヒビが少しだけ入った。
「み、巳皇、手、手!!」
慌てて小声で囁きかけた鎖々螺の声に、巳皇ははっとして手元のグラスを見る。
「あら…わたくしったら、つい…」
ほほほ、と笑いながらグラスを机に置く巳皇と、ほっと安堵の溜息を吐く鎖々螺を見比べ、龍也はどこか面白そうに声をかけた。
「…巳皇はそいつのことが相当嫌いなんだな」
「えぇ。それはもう。
 あんな男と『友達になれ』なんて言われた日には…わたくし、一秒と待たずに自殺して見せますわv」
返されたのはものすっごい笑顔。でも目が笑ってない辺り、かなり本気っぽくて怖い…。
「巳皇…」
鎖々螺は呆れたように手の平で顔を覆う。
それを見た龍也が小さく笑うと、巳皇は笑顔のまま立ち上がった。

「…随分と時間が経ってしまったようですわね。
 あまり遅くなると御彼女が怒ってしまわれますし、この辺でお開きになさいませんこと?」

そう言われて龍也が腕時計を確認すると、既に深夜の12時は目前。
「…そうだな。この辺でお開きにするか」
龍也がそう呟くと同時に、鎖々螺が腰を挙げて立ち上がる。
鎖々螺と並んだ巳皇は龍也に向かって軽く頭を下げると、にこりと微笑んだ。

「…わたくし達の世界については、またご縁が会った時に、ということで」

そう言いながら人差し指を立てて口元に当てた巳皇は、手を降ろすとスカートのポケットに手を突っ込んで何かを引き出す。
「これはお礼の印ですわ」

とん、と置かれたそれは、小さな小瓶。
手の平で軽く包めてしまうほど小さな瓶には水がなみなみと注がれており、コルクの栓がはめてあった。
そしてその水の中でゆらゆらと揺れているのは―――1枚の、鱗。
直径3cmほどの大きめの鱗は、光の辺り具合によって虹色に変化する。
この鱗は、元が『透明』ではなく、本当に『虹色』なのだろう。
どの方向から見ても七色のうちのどの色にしか見えないのは、普通の鱗ではありえないことだ。

不思議そうにそれを眺める龍也に小さく笑った巳皇は、その鱗を指差して口を開いた。

「それは水虹魚(ミコウギョ)という黒界にのみ生息する魚の鱗ですわ。
 水さえあれば半永久的に虹色に輝く変わった鱗を持っていますの。
 ただし、水から出したらすぐに酸化して崩れてしまいますから、そこからは出さないようにお願い致しますわね?」

どうぞ御彼女にプレゼントなさってくださいな、と笑う巳皇に、龍也はサンキューと笑って返す。
「…それじゃ、用件も終わった事だし、俺達はこれで」
「また、ご縁がありましたらお会いいたしましょう?」
「あぁ、じゃあな」
手を振りながら優雅に店を出て行く2人に手を振り返しつつ見送った龍也。
そして最後の酒の入ったコップを煽ったところで…ふと、龍也は気が付いた。

「……御代は、完全俺持ちか…?」

ちらりと見た机の上に、金は一銭もない。
代わりにあるのは…小瓶に入った虹色の鱗1つだけ。
上手い事やられたな、と思わず苦笑した龍也。
結局御代を全額払うことになった彼は手早く会計を済ますと店を出る。
舗装された道路の脇を歩きながら、龍也はぼんやりと考えていた。

早く帰らないと、圭織が拗ねて怒るかな。
それとも、今回の話をしたら面白そうな顔をして食いついてくるだろうか。
この小瓶に入った鱗を渡したら、喜んでくれるかもしれない。
…まぁ、なにはともあれ。


――――蒼い月が藍色の空に映えているうちに、帰るとするか。


<結果>
交渉:失敗。
   ユニコーンを怒らせてしまった。
戦闘:勝利。ユニコーンの角を手に入れた。
   ただしユニコーンは龍也のことを酷く嫌ってしまったようだ。
報酬(?):一緒に飲みに行きました(笑)
       水虹魚(ミコウギョ)の鱗(水の入った小瓶入り)を入手。

終。

●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●
【整理番号/名前/性別/年齢/職業/属性】

【2953/日向・龍也/男/27歳/何でも屋:魔術使い/闇】

【NPC/巳皇/女/?/狭間の看視者/闇】
【NPC/鎖々螺/女/?/狭間の看視者/炎】
【NPC/わた坊(時雨)/無性/?/空飛ぶ毛玉/?】
【NPC/?/男/?/ユニコーン/光】
■ライター通信■
大変お待たせいたしまして申し訳御座いませんでした(汗)
異界第一弾「ユニコーンの章」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
やはりというかなんというか、今回の参加者様方の属性は光・闇・無の3属性のどれかのみでした。
やっぱり地水火風の属性はあまりいらっしゃないんでしょうか?うーん…(悩)
また、参加者中、男性はたったお1人でした(笑)やっぱりその辺も特徴といえば特徴…ですか?(聞くなよ)
なにはともあれ、どうぞ、これからもNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)

NPCに出会って依頼をこなす度、NPCの信頼度(隠しパラメーターです(笑))は上昇します。ただし、場合によっては下降することもあるのでご注意を(ぇ)
同じNPCを選択し続ければ高い信頼度を得る事も可能です。
特にこれという利点はありませんが…上がれば上がるほど彼等から強い信頼を得る事ができるようです。
参加者様のプレイングによっては恋愛に発展する事もあるかも…?(ぇ)
また、登場する『あやかし』の名前を知ることができると、後々何かいいことがあるかもしれません(をい)

・龍也様・
ご参加どうも有難う御座いました。
今回はプレイングを見て交渉は失敗、戦闘になだれ込んで勝利、という流れにさせて頂きました。龍也様は強いという御設定なので、戦闘はあっさり終わってしまいましたが(汗)
ユニコーンにめっちゃ嫌われてしまいましたが…大丈夫でしたでしょうか?(びくびく)
…それにしてもこのユニコーン、滅茶苦茶性格悪いですね…(滝汗)
まぁ、嫌われたからといって龍也様の命に関わるようなことはありません。…これから先、狭間はこのユニコーンの協力を得られなくなる、ぐらいですから(ぇえ)
酒を飲むのも、どうやら2人にとってはいい息抜きになったみたいです。…ただし、御代はそちら様持ちになりましたが(爆)
報酬(?)は役に立たない微妙なものですが、とりあえずお礼の印と言う事で受け取ってやってください(礼)

色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。