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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


棺桶運び

------<オープニング>--------------------------------------

「死体を運べだと!?」
 驚いて腰を浮かした草間とは対照的に、テーブルの向かい側に座る年嵩の男は酷く落ち着いていた。
「早まるな。運んで欲しいのはそれが入った棺桶だ」
「どっちだって変わらん!大体そういうことは葬儀屋に……」
 立ち上がったままの草間に「まあ座れ」と男が宥めた。どっちが客だ、と口を突いて出そうになったが、流石に大人気ないので渋々促されるままに座り直す。それを見て男は満足そうに薄く微笑むと、また表情を消した。
「出来るならとっくにそうしている。我々は無駄なことが嫌いだということは、知っているだろう?」
 そう言われればぐうの音も出なかった。
「……なら理由を教えろ」
 低く唸った草間に、男は仕方がない、といった風な溜息を吐いた。腹が立たないではなかったが、そこはぐっと堪えて男の言葉を待つ。
「まあ、お前の所へ来た時点でわかっているとは思うが……」
 男はもったいぶった様子で一旦言葉を切ると、ソファに仰け反らせていた体をぐっと前へ倒して、密やかに言った。
「よく言うだろう?恨みを持った首は飛んでくる、と」
「まさか……」
 草間が息を飲むと、追い討ちを掛けるように男が告げた。
「運んでもらうのは首の入った棺桶だ」
 宣言に、草間はそうそうに自分で運ぶのを放棄して、頭の中で代わりを務めてくれそうな人間を探すのだった。


------<本文>--------------------------------------

 通された応接室で暫く待っていると、5人のもとに今回の依頼人が現れた。40代半ばのその男は、真っ白な白衣を着ていて、斜め後ろで控えている女性研究員に二言、三言告げて下がらせた後、5人を振り返って笑みを見せた。
「ようこそ。君らが今回の代理人だな?」
 問い掛けにそれぞれ頷いたのを確認して、男は「付いて来い」と顎をしゃくって、コンクリートの廊下を奥へと歩き出した。その突き当りには簡素なエレベーターがあり、開いたドアからは先ほどの女性研究員が6人を待ち構えている。
 何の説明もないままに、エレベーターに乗り込むと、ものの数秒のうちに再びドアが開いた。到着したフロアは、どうやら全体が研究室となっているようで、降りた途端に様々な機械と騒音に囲まれた。それとは逆に人の姿はまばらで、整然と並ぶ機材の10分の1にも満たないような有様だ。
 男はその間を真っ直ぐに進んで行くと、厚いガラスに隔たれた部屋へと入って行った。後を追ってその部屋に入ると自動で扉が閉まり、それから全くの無音状態に包まれた。防音室らしい。
「……これが件のものなんだが」
 そう前置きして、鉄の台の上に乗せられたのは、30センチ四方の木の箱だった。箱にはところどころ札が貼られていて、その上太い糸できつく十字に縛られている。
「開けても構わないのか?」
 哲生が箱の蓋を指先でこつんと叩き、尋ねた。男に訊いているというよりは、まるでその中に入っているらしい死体に問い掛けてでもいるかの様だ。
 男は大仰に肩を竦めて、それから眉根を寄せてみせた。
「あまり気分の良い物じゃないからな。勧めはしないが」
 好きにどうぞ、という男の言葉に、その場にいた全員が箱の周囲に集まった。固く結んである糸を解き、蓋に貼りついている札を丁寧に剥がし、持ち上げると――
「ひっ……!」
 思わず丹が細い悲鳴を上げた。シュラインも顔の半分を覆って目を逸らし、他の3人も低い唸り声を上げる。持って生まれた能力やら仕事の関係やらで、霊的なものの一種の不気味さには慣れていたつもりだったが……これは、強烈だ。
 木箱に納まっている首は、およそ人間の形をしてはいたが、薄く開いた落ち窪んだ目が4つあり、ぼろぼろになった歯の並ぶ口が2つついている。なまじ人間に近いがために、より一層の気味の悪さを醸し出している。
 『醜い』というよりも、ただ純粋に『気味が悪い』。
 恐らくそれはその場にいた誰もが思ったことだった。同時に、肌が粟立つ不快感も味わう。
「一体何があってこんなことに……」
 シュラインの呟きを拾って、益零が誰に告げるとも無しに言った。
「奇形かの」
 年月を経て節くれ立った指を、その首の額に這わせようとしたところで、男に止められた。
「そろそろ本題に移ろう」
 男が腕の時計に目を走らせて、言った。



「それにしたって、何の説明も無しにただ“運べ”ってか」
「出来たらなんとかしてあげたいですよね……」
 6人乗りのワゴン車の助手席で、冴椋がダッシュボードに足を掛けてぼやいたのに、斜め後ろの席に座っている丹が答えた。その隣りにはシュラインが座り、最後列には哲生と益零が並んでいる。棺桶は念の為に哲生の『タナトスの鎖』で雁字搦めにして座席の後ろに置いてある。
 箱は時折、思い出したようにガタガタと強く揺れては哲生に鎖を引っ張られ大人しくなる、ということを繰り返していた。
「ところでこの車、どこへ向かっておるのかの?」
 暴れる箱をよしよしと宥めすかしていた益零が、運転手である年若い男に向かって尋ねた。この運転手、仕事に忠実なのか口止めされているのか、さっきから一言も発していない。それどころか脇目もふらずに忠実に仕事をこなしていた。
 運転手は益零の問いに、ちらりとバックミラーに視線を遣った後、再び前を向いたまま、無機質な声で答えた。
「砕骨屋です」
 運転手はそれ以上余計なことは言わず、大通りから脇道へと左に曲がった。
 その道は寂れてはいないが昏々としていた。どことなく空気が澱んでいるようにも見え、それは恐らくこの辺りは幾許かの古い工場を抱えているからだろう。昔からあることが窺える、敷地の広い日本家屋の門構えもだがしかし、方々から伸びて来た植物の蔦に絡め取られ、本来そうあるべき荘厳さなどは欠いていた。表札はしっかりと掲げてあり、人が住んでいることは確かなのであろうが、どうもそういったある種の生々しさとは離れているように思える。
 車は一際目立つ家の前を横切った。そこでまた棺桶が、思い出したようにガタンと音を立てて、あとは静かになった。それから少し走って、車は停まった。
「こんな仕事ばっかなら、楽でイイんだけどな。でもこれじゃ5人も雇った意味が……」
 運転手に促されて各自がドアを開け、ワゴン車を降りようとしたその隙に――
「うぉっ!?」
「!箱がっ」
 小さな棺桶は頑丈に戒めてあった鎖を振り解き、箱ごと飛び出していった。
 いきなり強い力で鎖を引っ張られ、その一端が手首に食い込んだ哲生は、痛みに顔を顰めながらも何とかその場に踏み止まった。一瞬ピンと張り詰めた鎖はすぐにその長さを変え、持ち主に負担が掛からないようになる。
 鎖は長さを変えつづけ、逃げ出した棺桶の行く先の導となっていった。
「……なる程。これなら普通、5人はいるわね」
 “普通”というところを些か強調して、シュラインが呟いた。



 鎖を辿っていくと、先刻車からちらりと見えた、あの家の敷地内へと続いていた。表札は下がってなく、代わりに『売家』と書かれたチラシが貼り付けてある。人が住んでいないなら、と5人は尚も鎖を追って、庭の方へと入っていった。
「――泣いてる?」
 見ると、庭先で箱から出たらしい首が、静かに佇む家を見上げて低い唸り声を上げていた。4つの目からは涙が溢れ、両の口からはぜいぜいという息切れの音がする。
「その人の家なんでしょうか……?」
「――ふむ。どうやら囲い者の母子だったらしいのぅ」
 何気ない感じに告げられた益零の言葉に、4人は彼へと視線を集めた。
 益零は荒れた家を首と共に見上げながら、語る。
「この者の母親じゃが、それがまぁ評判の美人で、じゃけども貧乏故に金貸し上がりの小賢しい男の囲い者にされたようじゃ。それでその女に好いた男が出来て、主人の来ない間を縫ってその男と話をしたりもしたようじゃが、女に子供が出来てのぅ……。それがこの者らしいんじゃが、それがきっかけで女は男と疎遠になるわ、主人にも何やかんやで捨てられるわで、不幸のどん底に陥ったみたいじゃの。
 ……まぁそういう経緯じゃから、女は腹の中の我が子を大層憎んで、毎日毎日呪詛を唱えてたようじゃ。つまりこの者の奇形は、母親の呪いということじゃろうて」
 益零はしゃがみ込んでまた首の頭をよしよしと撫でてやった。首が流す涙は留まることなく、どころか勢いを増している。
「親は子を愛さずとも平気でおれるが、子は親を求めずにはおれんからの……」
 その呟きに、今まで黙って聞いていた冴椋が、忘れずに背負っていた細長い棺桶からギターを取り出して、一歩を踏み出した。
「なら俺が、最っ高のラブ・ソングってやつを弾いてやる」
 宣言して、彼は緩やかな流れの旋律を繰り返し奏でた。切なく甘く響くメロディは、じんわりとした温かさを持っており、まさにこの場にぴったりのラブ・ソングと言えた。
「……じゃぁ、私は歌おうかしら」
 そう言うとシュラインは冴椋の奏でるメロディに合わせて歌い出した。
 染み入るように優しい二重奏は、やがて、かの首の鎮魂歌となっていった。



 砕骨屋に動かなくなった首を渡したところで任務は完了したのだが、一同はその場に留まり、首が完全な灰となるのを待っていた。暫くして出て来た店の主人が、驚いたように5人を見渡す。
「あの、その灰ってどうするんですか?」
 丹が尋ねると、主人は少し首を捻りつつ答えた。
「どうするって……いくつかに分けて別々の場所に埋めるんだよ。でないと霊が残るっていうしなぁ」
「じゃあ少し貰ってもいいですか?」
 再度丹が問うと、主人は今度こそ目を見開いて、疑わしげに彼女の顔を見回した。
 けれども悪意はないだろうと判断したらしく、大きな溜息を吐きながらも2つまみほどの灰を、和紙に包んで渡してくれた。
「あの家にか?」
 哲生が訊くと、丹は「はい」と頷いた。小さな紙包みを大事そうに両手で持って、先ほど通った道を遡る。
「やっぱりあの場所にも必要かなって思うんです」
「ふむ。ならあの家に害虫でも撒いておこうかの。そうすればきっと、新たにあの家を買おうとする者もおらんじゃろうて……地盤から徹底的に建て直せなくしよう」
「……あんたまるで疫病神だな」
 哲生の言葉に皆が笑う。
 暖かな笑みに包まれて、丹の持っていた和紙がじわりと滲んだ。

 ――それは首が流した最後の嬉し涙なのだった。
 



                         ―了―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2151/志賀・哲生(しが・てつお)/男/30才/私立探偵(元・刑事)】
【2394/香坂・丹(こうさか・まこと)/女/20才/学生】
【3191/清華堂・冴椋(せいかどう・さくら)/男/25才/ミュージシャン】
【2952/御東間・益零(みあずま・えきれい)/男/69才/自称フリーター(開業医)】
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの燈です。
「誘い桜」へのご参加、ありがとうございました。

>シュライン・エマ様
 3度目のご参加ありがとうございます!
 ……また納品がぎりぎりですみません(汗)どんな首にしようか迷っている内に、さっくさっくと時間が過ぎてしまい……取り掛かりは早かったんですが、例に見ない遅筆です。
 珍しく、今回の調査メンバーは平均年齢が高めだったのですが、その中でもやはりシュラインさん=お姉さん役という図式が自分の中で定着してしまっているようで(笑)貧乏興信所の草間氏のお世話を務めていらっしゃる(違)ので、多分それでシュラインさんは面倒見のいい方だという思い込みをしてしまっているようです。

 それではこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!