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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


Radio
 
「女の人の声がするんだ」
『アンティークショップ・レン』を訪れた少年・香坂薫が言った。彼が手にしていたのは、ありふれたトランジスタラジオである。客というわけではなく、何かの相談にきているようだった。
「ラジオを聴いていると、混線した感じで、夜の十時に――」
 と彼は都内にある公園の名前をあげ、
「そこの広場にこいって。俺を名指しして。一度だけじゃなくて、毎日そんな声がするんだ」
「で、そこには行ったのかい?」
「行った。けど何もなくて。なのに、今日もやっぱり同じ声がしてさ」
「なるほど、ね。悪戯の線も含めて、いくつかの可能性が考えられるが。おそらく、彼女はあんたに何かを伝えたいんだろうさ。けど、あんたにはそれを聞く力がなく、トランジスタを媒体にして、やっと聞けているという状態ってわけだ」
「そう、なのかな」
 自信なさそうに言う少年に、蓮はふっと笑みをこぼした。
「普段はこういうことをしないんだが、ボランティアでその声の主を捜してやるよ。ここの常連には、この手の話に首をつっこみたがる物好きが多くてね」
 
 
 鼻歌を唄いながら一人の小柄な青年・綾小路雅(あやのこうじ・みやび)が店内に入ってきた。唄っているのは、十年ほど前に流行ったバンドの曲だ。雅はカウンターの前にいる薫を確かめて、ふふん、軽く鼻で笑った。
「へぇ、へぇ、蓮サマのおっしゃる物好きが首をつっこみにきやがりましたぜ」
「なんだい、そりゃ」
 へりくだってるんだか嫌味なのか分からない雅の口調に、蓮は苦笑いをした。
「けど、話が聞こえてたんなら早い。あんた、この子を手伝ってやって」
「了解!」
 軽口で返事をした雅は、「で、おまえさ――」薫から話を聞こうと向かい合うと――相手に後退りされてしまった。
 雅の外見に薫は気後れしてしまっているのだ。茶髪やピアスはともかく、色の塗られた爪に指輪、それに刺青の入った指がなんだか異様に思えてしまう。
「なに、もしかして俺が怖かったりすんの?」
 こくり。
「嫌だねー、これだから最近のヤツは。人を外見で判断しちゃいけないって学校で習わなかったワケ?」
 ちょうどそのとき、店内に背の高い青年が入ってきた。柚品弧月(ゆしな・こげつ)である。弧月の顔をみた雅は、茶化すように、
「蓮サマ、物好きがもう一人、首をつっこみにきやがりましたぜ」
「だから、なんなんだい、そりゃ」
「物好きですか? 確かにまあ、そうですけど」
 苦笑してから弧月は、カウンター越しに蓮に尋ねた。
「それで、なにか面白いことでもあるんですか?」
「ラジオからコイツを名指して呼ぶ声がするんだと」
 と雅が簡単に説明すると、「へぇー」と弧月は興味津々といったふうにうなずいた。
「その声にきみは聞き覚えはあるの?」
「ない……と思う。たぶん」
「自信なし、か。俺が思うに、たぶん薫くんに好意を寄せている子がいて、その公園には願いを叶えるなにかがあって、そこから想いが飛んできてるとかかな」
 ヒュ〜、と嬉しそうに雅が口笛を吹いた。
「だよな? 女の呼びだし、しかも毎日っつーなら、そりゃぜってーコクりだぜ。『あなたを毎日見ています』とかに違いねーって! 俺とコイツでおまえを橋渡ししてやってもイイ!」
 今からキューピッド気分だぜ、と浮かれ気味の雅をみて、薫はぎこちなく笑った。見た目よりも、案外いい人なのかもしれない。
「とりあえず俺、公園に行ってみます。それで、ええっと――」
「ああ、俺の名前? 綾小路雅ってんだ」
「……」
 弧月と薫は黙ってしまった。顔に不釣り合いの名前で驚いてしまったのだ。
「これでも俺、画家なんだぜ」
 とどめの一声だった。
 
 
 弧月は薫の言っていた公園を訪れ、まずは聞き込み調査をすることにした。聞き込みといっても相手は人ではなく、物である。サイコメトリーの能力がある弧月は、手で触れることで、その物がもつ過去を読み取ることができる。
『アンティークショップ・レン』をでる際に、薫にいつから声が聞こえるようになったかは尋ねていた。サイコメトリーで読み取った情報で、ある程度「アタリ」をつけておいて、今度は実際に公園を訪れる人に聞き込みをするつもりだった。
「声は一週間前からと言っていたな」
 まずは手近にある銀杏の樹に触れる。
 都内でも指折りの敷地面積を誇るこの公園には、遊歩道に沿って銀杏の樹が植えられてある。そのすぐ脇には池があり、ラジオの女性が薫を呼びだしたのは、ボート乗り場のある小さな広場だった。
 銀杏の樹、ベンチ、自動販売機、ボート乗り場の事務所、はたまたボートそのものと、手当たり次第に触れては記憶を探っていく。
 その結果、おかしなところは何もないように弧月には思えた。昼間は親子連れや犬の散歩している風景だけが広がり、夕方から日暮れにかけては楽器を演奏する若者が現れる。夜は男女のデートスポットにもなっていたことが分かっただけだ。
 ――薫くんを待っているような人影が見つかると思ったんだが。
 当てが外れた弧月は、仕方なしにそのまま人に尋ねることにした。が、それも思うように情報は集まりそうにはなかった。そもそも彼女がどのような人なのかも弧月は知らないのである。
「一週間前からここに来る女の子はいないかって? さあ、写真でも見せてくれれば分かるかもしれないが」
 といった具合だ。
「ここ最近、なにか変わったことはありませんでしたか?」
 質問の仕方を変えてみたものの、
「さあ? 特にはないけどねぇ」
 と、やはり上手くいかない。
 軽く溜息をついた弧月は、一度、薫たちのところに戻ることにした。
 
 
「とりあえず俺も一緒にラジオの声とやらを聞かせてもらうぜ。十時まで俺と一緒だけど、文句ぁ言わせねぇ」
 雅の言葉に薫はぎこちなくうなずいた。まだ表情に固さがある。雅の口調の悪さとその風貌にまだ慣れていないようだった。
 二人が今いるのは薫の家である。
 薫の部屋のベッドを椅子代わりにして座り、雅はトランジスタラジオをいじりながら聞いた。
「で、おまえは相手に心当たりとかいねーの?」
「全然ないけど」
 チューナーを合わせる。DJが曲紹介をしたあと、十年以上前のドラマの主題歌になった曲が流れはじめた。
「全然ってことはないんじゃねぇの? 毎日つったら、おまえ相当好かれてるぜ?」
「そんなこと言われても本当にないんだし……」
「ラジオってのがポイントだと思うんだけどな。クラスの女に同じ番組のリスナーとかいんじゃねーの?」
「そんなことないと思うけど……」
 薫が言いよどんだ瞬間。
 それまでクリアだったラジオに雑音が混ざった。次第にノイズが強くなり本来の放送はかき消え、代わりに女性の声が聞こえてくる。
 ――香坂薫くん。
 名前を呼んだ。
「こいつかっ」
 雅は耳をすませた。雅には一定の範囲内の音ならば、正確に聞き取る能力がある。もしもラジオと同じ声が聞こえたのなら、声の主はすぐ近くにいるというわけだ。
 ――夜の十時に、……公園であなたを待っています。
 けれど、彼女と同じ声は聞こえてはこなかった。
「ってことは、近くにいるってわけじゃなさそうだな」
 
 
「アルバムとか見せてくれないかな」
 合流した弧月が薫に言った。
 写真など何に使うのだろう、と薫は怪訝に思ったものの、黙って言われたとおりにした。子供のころから撮り続けているアルバムと、小・中学校の卒業アルバムの三冊である。
 弧月としてはサイコメトリーで視た景色の中に、写真の中に写っている誰かがいないかを探したいところだった。手がかりが見つかる可能性は低いだろうが、なにもしないよりかはマシだと判断したのだ。
「……あれ?」
 ページをめくっていた弧月の手が止まった。
 写っているのは小学生くらいの女の子と、同じ年頃の男の子――何年か前の薫だった。二人は寝ころんで、楽しそうになにかを――写真の端でちょうど切れてしまっているが――眺めていた。
「この女の子は誰?」
「へぇ、どれどれ」
 弧月の問いに答えるよりも早く雅が割り込んできた。写真を見るなり「なんだ、ガキかよ」と毒づいたが、すぐにあることに気がついた。「それ」は写真の端で切れているものの、わずかに赤いラインが写っている。
「コイツらが見てるの、おまえの持ってるラジオじゃねぇ?」
 慌てて薫が写真を確かめた。その途端、彼の顔から血の気が失せた。
「……有希ちゃん?」
「というのが、その子の名前なんだね」
「案外そいつがラジオの声の女だったりして」
 こくり。薫はうなずいた。
「……たぶん」
「マジで? つーか、さっき心当たりねぇつってたじゃんよ」
「忘れてたんだ。――というか、あんな子供のころの約束、覚えてるほうが不思議だって」
 呆然と薫はつぶやいた。
 ――有希が十六才になったら、お嫁にもらってほしい。
 有希がそんなことを言ったのは、薫が六才のころ、物心をつく前のことだった。母親同士が学生時代からの親友ということもあって、薫と有希は一緒の時間をすごすことが多かった。
 二人が別れたのは十才のとき。父親の仕事の都合で、有希が神戸へ引っ越してしまったのだ。時折、電話や手紙のやりとりはするものの、途切れがちになってしまう。子供たちにも携帯電話が普及するのは、もう少しあとの時代。
 そんなある日、電話で有希がこんな提案をした。
 ――ねぇ、週に一回でいいから、同じラジオを同じ時間に聴かない? 離れてても一緒の時間を共有するの。ちょっとステキでしょ? 番組はそうね、十時からの……がよくない?
「やっぱおまえ、好かれてんだわ。遠く離れてても想いをつなぎとめたいって思ってたんだろ? そんな健気なコ忘れるなんて、かなりひどくねー?」
「……そうかもしれないけど」
「それで、その有希さんの誕生日っていつなんだい?」
「あしたで、確かちょうど十六になるはずだよ」
「とりあえず、十時になったら公園に行ってみましょう。彼女はなにか伝えたがってるんですよ」
 
 
 午後十時。
 公園の広場に有希は立っていた。この場所は、子供のころ、薫と有希がよく遊んだ想い出の場所だった。けれどその有希の身体は今は実体ではなく、幽霊のように半分透けてしまっている。
「俺には彼女が視えるけど、薫くんには視えるの?」
「全然」
 薫は首を横に振った。
 その言葉が聞こえたのか、有希の表情が悲しそうにゆがんだ。
「ゴメンな。コイツにはラジオで声を拾うのがやっとだったんだ。俺らが通訳すっから、言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれよ」
 雅の言葉に有希はにこりと微笑み、静かに言った。
『ねえ、薫くん。あたしが十六になったら、お嫁さんにして言ったこと憶えてるかな? 十六で結婚なんて今考えたら早すぎだけど、あたし、まだ薫くんが好き。――でも、ごめんね。あの約束、あたしのほうで反故にしちゃいそう』
 雅が通訳する。
「どういうこと?」
『あたし今、病気なの。それも、ちょっと重たいやつ。お医者さんは黙ってるけど、あんまし長くは生きられないみたい。だから、お願い。約束のことは気にしなくていいから、あたしのことは忘れないで』
 そう言うと、彼女の姿にノイズが混ざり、身体が歪み、やがて消えてしまった。
「忘れないで、って言ってたよ」
「うん……」
 小さくうなずいた。忘れないでいて。簡単でいて、とても難しい注文だと薫は思う。現に、ついさっきまで有希のことは忘れていた。彼女のことを思いだすのは、年に一度、年賀状が届くときくらいだった。
「なあ、薫。ここで黙ってたら、おまえ男じゃないよな」
「えっ?」
「アイツは、想いを電波に乗せて光よりも速く、おまえに声をとどけにきたんだぜ? だったら、おまえもそれに応えねーと」
「俺も、そう思うよ。彼女の想いに応えるかどうかは別だけど、一度、会いに行ったほうがいい。彼女もそれを望んでるはずだよ」
「うん。そうだね。そうするよ」
 薫は空を見上げた。街が明るすぎて、星がまばらにしか見えないけど、同じ空の下で有希も同じ星を眺めているはずだ、と昔は思っていた。いつから自分は変わってしまったのだろう。
「せっかくだから、俺らもついていってやろうか? 橋渡ししてやるよ」
「というより、雅さんは冷やかしたいだけでしょう?」
「あ、バレた?」
 弧月の冷静な指摘に悪びれもなく雅は笑った。
「いいよ、俺一人で行くから」
「んな、つれねーこと言うなって。神戸だろ? 旨い店、知ってんだよ。案内してやるって」
「しょうがないなぁ」
 薫は笑った。今までのようなぎこちない笑いではなくて、友人に接するような、ごく自然な笑い。
 あした、有希に会いにいこう。想いを電波に乗せるんじゃなくて。たとえ少ない時間でも、実際に会って、二人で時間を共有したい。薫はそう思った。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
【2701 / 綾小路雅 / 男性 / 23 / 日本画家(ペーペーの極み)】
【1582 / 柚品弧月 / 男性 / 22 / 大学生】
 
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、弧月さん。ライターのひじりあやです。
せっかく参加してくださったのに、今回はサイコメトリーがあまり活躍できないお話で申し訳ありませんでした。想いを乗せて電波を飛ばす、というところから発想したので、記憶を読み取る弧月さん向きではなかったんですよね。ごめんなさい。
それと、わたしのお話では弧月さんはいつも女性とペアを組んでいたのですが、今回は男三人という珍しいものになったので、口調も少し変えてみました。
次の機会があれば、今度はちゃんと活躍させたいな、と思っています。よかったら、また参加してくださいませ。