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<東京怪談・PCゲームノベル>


東昭舘日乗 ― 薫風涼花 ―



葉の緑。
苔の碧。
風の翠。


この季節は様々な翠が萌える。
空気そのものが翠となり、深く息をすれば清涼感が身体中にしみわたる。
その心地や甘露の至福。
四季の中で此れほど瑞々しい空気はない。

先程まで熱い気に包まれていた東昭舘は剣道場も
稽古が終わり、今は落ち着きを取り戻している。
そしてその剣道場から少しだけ離れた場所にある小さな庵、
“無名庵”にふたりの姿が見ることが出来る。



ひとりは眼鏡をかけた穏やかな風貌の男。
座してはいるが、その姿からかなりの長身とわかる。
その身を窮屈そうにし、この庵の茶室に身を置いている。

田沼・亮一(たぬま・りょういち)。
東昭舘恒例の寒稽古に参加してより此の方、
定期的に稽古に通うようになっていた。
普段は探偵所の所長を務めるも自らが出張ることも多い。
稽古に通うようになり、肉体的にも又精神面でのタフさにも変化が起きていた。


「お蔭様で能力にも安定感が増したようです。」
「………そうか、」


対面に座す黒い姿の男。
鋭い眼光、こめかみに傷跡、東昭舘は四天王、
白峰・寅太郎(しらみね・こたろう)である。
腕を組んで亮一を睨んでいる、……わけではない、普通の状態だ。
その容貌ゆえに非常に損な男である。

その無骨な男が差し出すふたつの深緑の皿。
くず餅に、多色に染め崩した味付寒天を混ぜ込んだ見目涼しい和菓子。
“紫陽花”。
亮一自ら作り、手土産にと持参した。
この和菓子作り、自炊歴約十年のうちに自ずと身につけた技である。


「……馳走になる、」
「男の手作りというのも、どうかとは思いますが。」


黒文字をいれるも勿体無い程の見事な作り。
細かく刻んだ寒天の細工からも、その丁寧な仕事振りが見て取れる。
暫くその作りに目をやり、徐に口に運ぶ白峰。
程好く甘さをおさえたほんのりとした風味がひろがる。


「…………、」
「…………?」
「…………美味い、」


心なしか鋭い眼光が、やや鋭い眼光になっている。
どうやら和んでいるようだ。
傍目にはまったく解らないが亮一には不思議と理解できる。


さて、この田沼亮一には同居人がいる。
その同居人は十代の少年で
懐くかと思いきやふいにそっぽを向いてしまう子猫の様な性格である。
亮一に誰より信頼をおいており、会話の出来る数少ない大人がその亮一であった。
彼の言葉も白峰のそれと同じ様に言葉少なである。
然しながら時折、思わず手を止めて聞き入ってしまう事を云う。
驚くべき事であり、保護者としては嬉しい事でもある。
その少年と共通するものを亮一は白峰に見出していた。
言葉の端を見ながら会話する相手――
亮一は彼をそうみていた。


それは良かった、と白峰の様子に亮一が破顔した時だった。
その庭先から稽古着姿の少年が飛び込んできた。


「あーーーっ!いいモン見っけ!」


それまでの静けさから一転、騒音の如き喧騒となる。
身体中から気が満ち溢れている少年は朱鳳・小弥太(すおう・こやた)。
これでも四天王の一角を担っている。
白峰が口にしているのが和菓子と看破すると、
その入手経緯は亮一と見定め、じっと見つめている。
その視線の意味するところが解りすぎるくらいに解ってしまい、
降参するように両手をあげて笑う亮一。


「大丈夫、小弥太くんの分もちゃんとあります。」
「ほんとか!」
「ええ、皆さんの分も用意したのですが留守とあっては仕方ないですしね、
 あとは小弥太くんに……、」


亮一の言葉が終るか終らないかのうちに、
その手にした箱から“紫陽花”は消え失せた。
勿論、小弥太の口の中にである。
余りの早業に亮一も、傍にいた白峰も動けなかった程だ。


「んめー!んめー!田沼のおっちゃん、すげーな、こんなうめーの作れるなんてさ!」
「……ええと、有り難う、小弥太くん。気に入ってくれましたか?」
「ったりまえじゃん、最高に美味いよ!こりゃいつでもヨメにいけるなー!」


小弥太の自分に対する呼称が引っ掛るものがあったが、
彼も食べるのに夢中なだけかもしれないとその場は流す事にした。
このようなところも彼の穏やかな一面がうかがい知れる。
この元気の塊りの様な小弥太と、それほど年齢も違わない同居人とが出会ったらどうだろう。


「小弥太くん、今度うちの仔猫を連れてきたら遊んでやって下さいね。」
「え、猫?いいよ、俺、動物好きだからぐりぐりしてやるよ!」
「……有り難う、きっと喜びますよ。」
「おう、任せとけ!んじゃ、俺また稽古してくるわ、また何か美味しいの持ってくるの待ってるな!」


じゃーなー、田沼のおっちゃん、と最後まで騒々しく小弥太は去っていった。
去ってはいても小弥太の気は茶室に余韻を残している。
かなり強い“陽”の気である。


「………あとで云っておく、」
「………名前の事ですか、いいえ、気にしないで下さい。」
「…………、」
「……はぁ、まぁ、少しは、気になりますけど、」


それにしても白峰と会話の出来る亮一の頭の回転の速さは見事である。
道場でもかろうじて会話と呼べるものが出来るのは四天王ぐらい。
亮一が初めて参加した寒稽古で彼は既にそれをクリアしていたのだった。
影で亮一は“白峰語の通訳”と呼ばれていることに本人は知らない。


ふと目をやれば、いつのまにか白峰が茶を点てる用意をしていた。
茶碗にお湯を入れ、茶せんの穂先を入れ柔らかくする。

茶碗の底に抹茶を入れる。
釜からお湯を注ぎ、茶せんをかき混ぜる。

左に、右に、
素早く、一文字を書くように、

静かな茶室に茶せんの音だけが微かに響く。
亮一は点てるその手元をみて、次第に気分が落ち着いてくるのを感じていた。

白峰が亭主となり、茶が点てられる。
まさか和菓子を持参したことで、このようなものを見れようとは。
確かに剣の道も、茶道ももとは同じ武士の嗜み。
白峰が点てられても不思議はない。


亮一に差し出される茶。
軽く一礼し、茶碗をささげ持つ。
茶碗をまわし正面を外し、茶をいただく。
亮一も、ひととおりは茶の飲み方は心得ていた。
濃茶の苦味がさっぱりと心地いい。


「美味しいお茶でした。」


心なしか白峰の目元が細められている様に見えていた。





茶室の外に見える風景は、見事な程に翠一色。
然し同じ翠でも色々なもので構成されている。

櫻の緑。
楓の緑。

苔の碧。
羊歯の碧。

そして竹の翠――

この庵からも見える見事な竹林が、静かにそよめいている。
その葉ずれの音からもかなり深い竹林と思われて、
夢幻の中にいた亮一は凪の波の様に穏やかな心持から、現世へと関心が移される。

不思議な道場だ、と思う。
腐れ縁の友人から紹介され通うようになったものの
未だにこの敷地内の事はわからない。
思う以上に広い、それもかなりである。
その彼は多くを語らなかったが、そこに深く関っている事は承知している。
然し亮一は敢えてそれを口にすることはない。
“今”は必要ないからだ。
幾つもの武道場の他に、立ち入り禁止の奥の院。
質実剛健な佇まいに、時代を超えた武士の息吹がここにはあった。

隣に座す白峰を見やる。
世が世なら、きっと彼も名の知れた剣客だった事だろう。
亮一とそれほど年齢の離れていない白峰だが、どこか浮世離れしたものがあった。
その亮一自身、普通の人、とは云い難い部類ではあるものの
少なくとも一般現実世界では、普通に生活していると自負している。

亮一の頭の回転が早くなる。
白峰を見やる目が探偵の其れに変わった。
だが、然し、得られたものは

――判別不能。

それだけに興味深い。
自分の鑑定眼からも読取れぬ人物。
それは蒼眞をはじめ四天王にも云える事だが。

ふと、我に返る。
そして思わず苦笑。

(自分で思っている以上に、白峰さんに興味を持ったのかもしれない)

外見も恐らく内面も自分とはまったく正反対な相手ではあるが、
どこか気になる。
もしかしたら同居人と通じる部分があるあまり、
知らず同じ様に見ているのかもしれない。

探偵という職業は、人に興味を持つ者が適しているといわれる。
その点、亮一は適職であるといえるだろう。


「……白峰さんの稽古は、面白いです。
 重くて、早くて、なんというか……楽しいんです、とても。」
「…………楽しい?」
「あ、云い方が不味かったでしょうか、すみません。
 けれどこの年になって人に教わる、という事は本当に楽しいんです。」


風で木々が揺れる様を見ながら、とつとつと話す。
亮一は気持ちを表す言葉をひとつひとつ探している。


「子供の頃ですと一方的に教わる部分が大きいですが、今は自ら学びたいと思い学びます。
 興味がある分、学ぶ方も楽しみながら学ぶ事ができるんですよ。」
「…………そういう、ものなのか、」
「ええ、……白峰さんは違うんですか?」
「…………俺は、」


そう云ったきり、白峰の声が途切れてしまった。
口を閉じたのではなく、其れを思い出しているのだろう。
何故か亮一には、そう、感じとれていた。


「きっと俺がそう思うのは、剣を生業としていないせいもあるのでしょうね。
 探偵という仕事を、自分では楽しい、と思わないように、」
「…………、」
「仕事は仕事、です。道楽ではないですから、楽しみを求める方がおかしいですね。」
「……俺も、仕事ではないのだが、」
「あ、これは失礼しました。……でも、道場で教えてますよね?」
「…………そういえば、そうだな、」


首を捻って考え込んでいる姿に、亮一は思わず笑い出す。
竹刀を持つ時は恐ろしい程の気を纏う白峰も、
こうして話していると面白い相手である。
勿論その様な事は口にする気はないが。


「…………竹林、」
「え?」
「…………気に、なるのか」


突然の白峰の問いかけに、亮一は我に返った。


「何故、……俺が、ですか?」
「さっきから、なんとなく目をやっている、」


驚いた、改めて白峰を見る。
亮一を直視している風でもなく、ただ静かに座しているだけの様に見える。
だが然し、稽古を続けている亮一にも間も無くその理由がわかった。
―― 遠山の目。
視野を広くおさめる見付け。
普段でもその目で見れるのは鍛錬の賜物だろう。
ええ、と頷くとあらためて竹林を見遣る。


「本当に見事な竹林ですね、それにこの季節は竹の翠が更に映えて美しい。」
「…………、」


風が渡り、葉がそよめく。
翠の色が種々に変わる。


「……此処に似た場所に古い友人が居を構えているせいか
 何か、こう……“浮世じゃない”気がしてきます、こうしていると、」
「…………友人、竹林に棲んでいるのか、」
「ええ。」
「…………変わっているな、竹の中では煩かろうに、」


そういう発想は余りしませんが、と苦笑する。
まさか変わっている、とその友人に云える筈も無く
さりとて其れを聞いたらどんな顔をするか、興味もわく。
思えばふたりとも同じ年齢、どのような会話が成立するのだろう。
果たして会話が成立するのかどうか。


「……此処の竹林は深過ぎてよくわからん、幽霊が出るとも云われているらしい、」
「幽霊、ですか?」
「…………うむ、」


どうも今日の白峰は、亮一にとって知られざる一面を見せてくれているようだ。
この強面の剣士の口から、その様な言葉が聞けるとは思ってもみなかった。


「……なんでも、髪の長い着物姿の人と、同じく髪の長い子供のふたりだそうだ、」
「……はぁ、」
「……遠目でだが何人か見てる、……俺は見たこともないので知らんがな、」


亮一はどこかひっかかるものを感じたが、気のせいだと思い、ながした。
竹林とは古来より幽玄世界に繋がっていると云われる。
此れほど深いものならば、さもあろう。
然し、東昭舘の門下生もそういうものを信じるのだろうか。
意外な組み合わせに笑いがこぼれた。
白峰がその笑みの意味が解らず眉間に皺を寄せている。


亮一は翠の庭をもう一度見遣り、立ち上がる。
そろそろ家に戻らなければ、と防具袋を担ぎ白峰に礼をする。


「あまり遅くなると、あの子が拗ねてしまいますから。彼も此方に興味あるらしいので、」
「…………一緒にくればいいだろうに、」
「有り難う御座います、そう云って頂けると、きっとあの子も嬉しがる事でしょう。」
「…………そうか、」


亮一が外へ出ると、白峰が見送りに出た。
それじゃ、と辞する背中に声がかかる。


「田沼、」
「はい?」
「…………また、茶を点ててやる、」
「…………、」
「だから、…………和菓子、馳走になった、有り難う、」


この白峰から、このような言葉が聞けようとは流石の亮一も想像もしなかっただろう。
謎の多い白峰だが、ほんの少しだけわかったような気がした。
外見の恐ろしさは、あくまで外見のみで
本当は純朴で朴訥とした、昔ながらの不器用な剣士なのだろう。


「白峰さんのお茶、本当に美味しかったです、」





その時、白峰の顔に浮かんだ表情は亮一にとって忘れる事のできないものだったという。





亮一の持参した和菓子“紫陽花”。
その小さな花のもたらしたものは、かなり大きい。

実際紫陽花の咲くのはもう少し先になるが、
その頃にはこの東昭舘にも
翠だけでなく薄青紫色の彩が剣士達の目を和ませてくれるだろう。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0931 / 田沼・亮一 / 男性 / 24歳 / 探偵所所長 】


登場NPC : 白峰・寅太郎(東昭舘門下生、四天王)
         朱鳳・小弥太(東昭舘門下生、四天王)


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■         ライター通信          ■
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無名庵へようこそいらっしゃいました。
日常風景を、ということでご持参頂いた和菓子を元に淡々と過ごして頂きました。
この“紫陽花”ですが、基本は同じでも様々な形態のものがあり
まさにその名に相応しい和菓子ですね。

此方で得られました情報は、もし今後東昭舘にお出での際お使い下さい。
頭の回転の速い亮一さまのこと、WRの思惑を超えた使い方をされるのでは、と
今から戦々恐々としながら楽しみにお待ちしております。

此度はご参加、真に有り難う御座いました。