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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


復讐交響曲

「オルゴールが鳴るんです」
 バーコードに整えられた髪をしきりに撫で付けながら彼は呟いた。
「借金の形に取った素晴らしい細工のされたオルゴールなのですが、最近夜中になると自然と鳴り始めるのです」
 成る程、草間は頷いて先を促す。
「金貸しという職業柄、酷く恨まれることもあります。あまり信じてはいませんでしたが…霊に復讐されるというのも有り得ない話ではないのです」
「つまりそのオルゴールを調べて、勝手に鳴り始める原因をつきとめ、霊的原因があるならば取り除くように、と?」
「はい…どうか宜しくお願いします」

 しょぼくれた依頼人が重い足取りで帰った後、手つかずで冷めてしまったお茶を片づける零が一言、呟いた。
「兄さん、あの依頼を請ける気ですか?」
「ん、ああ。取り敢えずな」
「私、乗り気しません」
 零の言葉に草間の目が眇められる。だが、零は退こうとしない。
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて…」
「気の流れで解ります。あの人、そうとうあくどいことしてますよ。そのオルゴールも元の持ち主があの人のせいで命を落としてるんじゃないでしょうか。だから、あんなに怯えてるんだわ」
「…決めつけるのはまだ早いな。もし仮にそうだとしても、依頼人は依頼人だ」
 草間が言いきると、零は口を閉ざす。そして無言で草間の前に新しい茶を置いた。中身が零れて机を濡らした。湯飲みの底にも一条の亀裂が入っている。
 草間はソファの背もたれに体を預けると、銜えていた煙草を深く吸い込んだ。

       †          †

 東京郊外の閑静な住宅地に依頼人・大堀憲次郎(おおほり・けんじろう)の自宅はあった。決して外観は目立たない。地味といってもいい。だが、書斎に通された瞬間、誰もが呆気にとられる。
 草間に従ってその部屋に入った尾神七重(おがみ・ななえ)は、その部屋の異常さに小さな眩暈を起こさずにはいられなかった。
 背の低いワードローブの上に堂々と鎮座する金ぴかの置き時計、狭い部屋に無理矢理置かれた動物の剥製に、きらきらと輝く装飾品たち。ただの成金趣味ならまだいい。だが、この部屋はただの成金趣味を凌駕するものがある。なんの由来もなくかけられた水墨画の軸の隣に西洋画の婦人が微笑んでいる時点で、七重は埋め尽くすものたちから目を背けた。
 そんな七重に、セレスティ・カーニンガムは小さく苦笑する。
 だが、そんな彼らのやり取りに気づかなかったのか─…否、気づいたとしてもそれが何を意味するのが彼には解るまい─部屋の主はにこにことして彼らを出迎える。今日もバーコード頭は綺麗に整えられていた。
「いやあ、こんな狭苦しい部屋で申し訳ありません」
「いえ、貴方は大変な収集家であるようですね」
 セレスティが微笑んで世辞を舌に乗せた。草間はうんざりと言った風情でその台詞を聞き流し、七重は些か不思議そうにセレスティを見上げる。七重の視線に、セレスティは含みを持った茶目っ気のある微笑みを投げた。自分の考えていることを読まれたような気恥ずかしさに、七重は赤くなってうつむいてしまう。
 だが大堀はそんなやり取りの意味など解らないらしい。依然、にこにこ顔を崩さなかった。
「まあ、それは兎も角だ。例のオルゴールを見せて頂きたいのだが」
 草間がしかつめらしく咳払いをしてみせると、大堀はにやけていた顔をはっと引き締める。
「は、はい、ただ今!」
 大堀がしばらくしてその手に収めてきたのは、小振りの木箱。表面は見事なまでの獣のレリーフが彫り込まれている。だが、その獣はどこか奇妙だ。まるで黄泉の番犬ケルベロスのような三つ首が複雑に絡まり合い、禍々しいまでの艶を出している。
 美術品に造詣の深いセレスティも一瞬息を呑む。小箱は古い物ではないが、そのレリーフは大層価値のあるものだと匂わせるに十分な迫力があった。
「…これは…」
「久良木肇(くらき・はじめ)という彫刻家をご存知ですか?」
「久良木肇…現代彫刻の巨匠ですね。先月に自殺を図り亡くなられたとききましたが…」
「…これが、久良木氏の最期の作なのです」
 瞬間、空気が張りつめる。草間はちらりと両隣に座った二人に目配せをする。それに応じて、七重は初めて口を開いた。
「そのオルゴールを手に入れた経緯を話して頂けませんか?」
 七重の問いに、大堀は口ごもる。
 なるほど、あまり言いたくない理由があるらしい。そもそも借金の形に取ったという話だ。
「話したくなければそれでも構いません。我々で調べさせて頂きますから…」
 セレスティも逃げ道を封鎖するように言葉をつけたす。
「あ、いえ…。そうですな、包み隠さずお話ししましょう…」
 はあ、と大堀は大きく息をつく。
 草間たちはその大堀に目で先を話すように促した。
「…久良木氏は我々共から借金をしていたのですよ。ええ、私どもは真っ当な稼業とは言い切れません。確かに不正に水増しした額の請求もしました。久良木氏ほどの方だ、作品を幾つか手放していれば楽に返せる額のものだったのですが、久良木氏は職人気質で、不正な借金のために作品を手放そうとしなかったのです。確かに強引な接収もしました。けど、こんなことになるとは…」
「つまり、久良木氏の自殺ですか…」
 セレスティが淡々と呟く。
「ちょっと待って下さい。ということは、そのオルゴールは久良木氏が亡くなってから手に入れたものというわけですか?」
 七重の問いに、大堀は深く頷いた。
「はい、久良木氏には息子さんがおりまして。彼がこれを私に手渡して、本人も亡くなったことだしこれで手をひいてくれと…」
 なるほど、制作者本人の意向と反してこの男の元へ来てしまったのだ。そう言う経緯があったのでは怯えるのも無理はない。
「ちょっと失礼致します」
 セレスティはそう言うと、目の前に置かれた箱をそっと拾い上げた。繊細な手つきで確かめるように触れる。
「特に…霊力の類は感じられません。久良木氏の作品であることを考えると、これから年月を経れば大変な霊力を持つだろうと思われますが…おや?」
 セレスティが何気なくオルゴールの蓋を開けると同時に訝しげな声を上げる。七重と草間はその手元を覗き込んだ。
「…あれ?」
「これは…」
 中は空っぽだった。本来なら仕掛けがあるであろう部分は空洞になっている。
「そうです、そのオルゴールは鳴るはずがないんです。何せ、まだオルゴールとして完成した品ではないのですから…」

       †          †

 その夜、草間、セレスティ、七重、そして依頼人大堀はオルゴールの置かれた部屋で過ごしていた。
「大分夜も更けてきましたね」
 重いカーテンの隙間から夜空を見上げ、七重は呟いた。
 時計は一時を回っている。いかな住宅街も息を潜め出す頃合い。
「いつもは何時頃に鳴り出すのですか?」
「…多分、そろそろのはずです」
 怯えているのか、セレスティの言葉に震えた声で反応する。セレスティは小さくうなづき、瞼を閉じて耳を澄ませた。まだ何も聞こえない。痛いくらいの静寂が辺りを包んでいる。
 だが、ふいにチン…という澄んだ音が響いた。

 チン…カラチンカラ…

    チンカラ…チン…

 静寂に響くオルゴールの音色。
 大堀の目が恐怖に見開かれる。

 チン…カラチンカラ…

    チンカラ…チン…

 しかし、それはひどく単調な音色。例えば安物のオルゴールのような。七重は首を傾げた。
「今も、特に霊的な気配は感じられませんね…」
 隣にいたセレスティにこそりと声をかける。その七重に、セレスティはにこりと笑って見せた。
「…そうですね、大体…概要は掴めてきましたよ…」
「…え?」
 七重の戸惑いを余所に、セレスティは澄ました顔でその音色に耳を傾けていた。
「夜が明けたら、W大学に行ってみましょう。多分そこに真実はあります」

       †          †

「貴方が、久良木基さんですね?」
 翌日、W大学に赴いた草間、セレスティ、七重の一行はある一人の青年と向かい合っていた。どこにでもいる普通の青年。七重の第一印象はそんなものだった。
 青年はセレスティの問いに小さく頷く。
「そうですが、あなた達は?」
「貴方の父上である久良木肇氏の最期の作について、お伺いしにきたのです」
 セレスティがにこやかに言うと、青年─久良木肇の一人息子である久良木基(くらき・もとい)─は後ろめたいように瞳を逸らした。
「貴方が、あのオルゴール箱に仕掛けを施したのですね?夜中に仕掛けた電子オルゴールが鳴るように。電子工学を専攻している貴方ならば難しいことではなかったでしょうね。電子オルゴールならば普通のオルゴールに比べて極端に小さく出来る。あの箱の底に埋め込むことも出来るでしょう。でも、作動する時の僅かな電子音だけは隠せなかったみたいですね」
 柔らかい口調だが、決して甘くはない。追いつめた獲物を優しく捕らえるように、セレスティは言葉を並べた。
 基は苦虫を噛んだような渋い顔をする。
「…もう気づかれたのか。意外と早かったな」
「ええ、まあ。こういう企み事には聡いものですから」
 冗談めかした言葉に、基は小さく笑った。
「で、あんた達は俺をどうするつもり?警察にでも突き出す?」
 できるものならしてみろという表情で基。草間はその言葉にふんと鼻を鳴らした。
「父の遺作にオルゴールを取り付けたというだけで警察に行くこともないだろう。それに、俺たちは夜になると鳴り出すオルゴールの謎を解けと言われただけの雇われ人。ここには事実の確認をしにきただけだ」
 草間は気怠そうにそういうと、新しい煙草に火を付けて、踵を返した。ゆらゆらと立ち上る紫煙が風に靡いた。
 基は不思議そうにセレスティと七重を交互に見つめた。
「彼の言う通りですよ。私たちはこれで失礼しますね」

       †          †

「随分あっけない結末でしたね」
 七重はホッとしたような、どこか物足りないような顔で草間を見た。草間は相変わらず煙草をふかしながら、新聞を読んでいた。
 零に出して貰った紅茶を飲みながら、セレスティは小さく笑う。
「そうですかね。私はそうは思いませんよ。ねえ、草間さん?」
「…まぁな」
 セレスティの問いかけに、草間は大きく煙草を吸った。先端がぽうと赤く光っては灰になっていく。そのまま草間はぽんと手にした新聞を机の上に投げ出すと、見るように顎をしゃくってみせた。
 不思議に思いつつも草間に言われた通り新聞に目を向けると、そこに小さく出ていた記事を読んだ。
「え、これは…」


 謎の変死体発見

 東京都○○区の住宅街で、首を失った変死体が発見された。変死
体になって発見されたのはその家の主であった大堀憲次郎さん(58)
であると見られる。第一発見者は通いのお手伝いとしてこの家に来
ていた女性である。
 大堀氏の首は未だ見つかっておらず、警察は発見を急いでいる。
 現場には木彫りの箱が落ちており、その口にも多量の血液が付着
していた。第一発見者の女性によると、それはまるで箱に首を引き
ちぎられたかのようであったという。…


「依頼人…?」
「まぁ、間違いはないだろうな」
 草間は苦い顔でざりざりと音を立て煙草を灰皿に押しつけた。
「でも、あのオルゴールは基さんが細工をしてただけで、人を喰らうようなものではなかったはずじゃないですか」
「昨日までは、そうだったはずですね」
 セレスティはそう呟くと、紅茶を含む。
 七重は小さく眉を顰めた。
「つまり、依頼人がまた何かしようとしたっていうことですか?」
「そうですね。例えば、基さんの身に危険を及ぼすことだったら、父親としては黙って見過ごすことは出来ないでしょうね。基さんが父の無念さを少しでも晴らすためにあの細工をしたように、久良木氏は息子の危機を救うために鬼になってみせたのかも…」
 そんな、と七重は俯く。
「…どんな理由があっても人の命を奪うのは罪なことです」
「それでも、共に地獄へ堕ちるとしても、そうせずには居られない時もあるのさ…」
 草間はそう言ってまた新しい煙草に手をつけようと箱を手に取り、もうそれが空であることを知ると、くしゃりと握りつぶした。そして、新しい紅茶を持ってきた零に「煙草買ってきてくれ」と言付ける。零は何も言わず、草間の前にカップをおいた。ぴしりと音がして、ティーカップに細かいひびが入る。
 二個目、草間は心の中で呟いた。
「何にせよ、俺達の仕事はここまでだ。俺達は警察じゃない。あの男の仇をとってやる義理も義務もない。まあ、誰かに仇を討ってくれと依頼を持ち込まれれば別だが、あの男に果たしてそう思ってくれる身内がいるかどうか…怪しいもんだ…」
 ふんと小さく鼻をならす草間の言葉に、七重は小さな不安を覚えた。いつもの昼行灯ぶりからは知り得ることのできないシビアな面を垣間見た気がして。
(この人だけは、敵に回したくない…)
 七重の口から出たのは、今日の曇天のように低くたれ込めた重いため息だった。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2557/尾神・七重/男/14/中学生】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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毎度のように遅刻納入で申し訳ありません。
尾崎ゆずりはです。
テーマは「格好いい草間」だったのですが、ちょっと外し気味かも…。

今回のお話はほんのちょっとだけ現実に起こった話がもとになってます。
その場にいた殆どが酔っぱらいだったので笑い話ですまされましたが、
一人素面だった私は、これは使えるかもしらん、と!
最近怖いことに出会ってもネタになる!としか思えなくなってきました。
恐がりの私としては有り難いような、そうでもないような。