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<東京怪談・PCゲームノベル>


それは些細な一幕


 ある気配に気付いたのは、少し前。
 最初は気配を隠していたようだが……途中からはそれを放棄したらしい。
 書類を整理している間中、ずっとドアの前でうろうろとしている気配。
 いつまで立っても入ってくる気配もないし、当然ノックの音もない。
 扉一枚隔てた所の事とは言っても、その不自然な行動は気になるものだ。
「………」
 仕方無しに扉を開きに行けば、誰も居ない。
 それはIO2本部内で起こった怪奇現象でも何でも無く……少し離れた曲がり角にに移動しただけの事である。
 右が行き止まりで左側に外に続く道と曲がり角が幾つか、どちらに行ったかは明白だろう。
 左に向かって、声をかける。
「何してるんです?」
「………」
 通路の角に隠れるようにしながら、何か言いたげな表情で啓斗が夜倉木を睨みつけてきた。
 まるで威嚇する犬のようだと言ったら怒るのだろう。
 何に食わぬ顔で一瞥してから、通り過ぎると慌ててかけられる声。
「まっ、待て!」
「……何か用事でも?」
 振り返るが言葉に詰まる。
 勢いで呼び止めてしまったのはすぐに解った。
 ワザワザ敵視している相手に声をかけてきたからには用事があるのは明白なのだが……声をかけてみた物のやはり何かを聞くのもどうかと言う所だろう。
「…………」
 ただひたすらに何かを言いたげに夜倉木を見上げている。
「……暇じゃないんですが」
「うっ!」
 切って捨てたような物言いに、また一つ刺激したようだが構わずに後を続けた。
「何もする事が無いなら書類整理を手伝ったらどうですか?」
「やる事ならある!」
「何を?」
「俺は、まだどうして呼ばれたのか聞いてない!」
 確かに説明するはずだった時間は、鬼鮫に追いかけられていた事と移動中にした事件のあらましだけで終わってしまっている。
「……解りませんか?」
「あんたが、俺を呼ぶ理由が思いつかない」
 呼んだのはディテクターだが……ギリギリの人数で行うミッションであるだけに、啓斗を呼ぶと言われそれに賛成したのは事実だ。
「知りたいなら……」
 態と区切った言葉に、グッと押し黙りながら次の言葉を待つ。
「書類を提出した後にしてください、俺はこれから休憩なんです」
「書類……」
 データは多いほうがいい。それがこういった特殊な事件であればあるほど、何があったかを記録として残しておくべきなのだ。
 それを、ただ書類という説明も何もかも切って捨てた言葉では、尋ね返されるのも道理なのだが……。
「これも出来ないんですか?」
「それぐらい出来る!」
「だったら良かった、続きをお願いします」
 持っていた書類の束を啓斗へと押しつけた。


 食堂にて、珈琲を飲んでいる夜倉木のすぐ側でやけに熱心に書類作成に励んでいた啓斗が思い立ったように顔を上げる。
 不振な物を見ているような視線であった。
「何ですか?」
 視線を合わせないままに問うとその態度に啓斗は想像通りにムッとしたようだが、持ったままだったペンを握りしめ口を開く。
「まだ、聞いてない」
「……なにが?」
「………!!」
 ダンとテーブルを叩く音。
 カチャリと珈琲カップが音を立てた。
「落ち着きのない……すいません、珈琲のお代わり」
 すぐにきた店員が夜倉木の珈琲を注ぐ。
「は、話をはぐらかすな!」
「そんな事してませんよ、落ち着いたらどうですと進めただけです」
「――――っ!」
 嫌味なまでの口調に、より一層腹が立つらしく更に威嚇の気配が酷なる。
 動物であったなら唸っているか毛が逆立つだかしている所だ。
「呼んだ理由、解らない訳じゃないでしょう」
 能力から必要であった事は解っているはずだろう。
「感情がどうのこうのは関係してませんよ。有効だと思ったなら、そちらを優先させるだけです。それが……ここで、フェイスレスとして求められている行動なんですよ」
「……そんな事解ってるっ!」
 視線を移せば怒り心頭と言った表情で睨み付けていたが、突然何かに気付いたように目を見開く。
「……フェイスレス」
 オウム返しに繰り返されたコードネーム。
 理由は、どうせろくでもない事だろうと考えて居る間に、確認のように問いかけられる。
「……どうして、フェイスレスなんだ?」
 答えはあまりにも簡単だ。
「顔の無いと言う印象からですが……」
 単純に記憶として残りにくい事からきているのだが、目の前の生真面目だと称される相手はどうにも人を悪者にしたいらしい。
 何度か顔を合わせた時の時の出来事が原因で、どうも人間としてみられていない節がある。
 啓斗にとっては大まじめで、夜倉木にしてみれば思わず笑ってしまいそうな発想をしてみせるのだ。
 即座にからかえるような切り返しは思い浮かばないが……その必要もないだろう。
 少し想像を膨らませるような行動を取れは、それで事足りる。
「……どうしてだと、思います?」
 顔を上げ、ほんの少し笑う。
「―――っ! まさか!」
 まるで何かを見破ったかのような表情。
 今回はいったい何なのだろうか?
 流石に言葉にされなければ予想できない事であった。



 グルグルと悩んでいる思考を一部抜粋するのなら……啓斗に出された意地の悪い質問を不意に理解した。
「そうか……暗殺者の顔なんて覚える人間はいないという事か?」
 依頼人にしてみれば罪悪感から覚えていないに違いない。
 雇った暗殺者の顔を覚えていてもいい事はないだろう。
 それは罪悪感を思い出させる、またはビジネスとしての取引の終了した相手……どちらで会ったとしても顔をぼえでいて良い事など無いのだとも取れる。
 他にもある。
 死んだ人間は、どんな顔であったかなど語れはしない。
「なんて……っ!」
 なんて質の悪いコードネームだろう。
 想像は更に膨らんでいき、その度に理解するのだ。
 気を付けなければならない相手であると。



 更に敵意の増幅し始めた視線をやり過ごし、側を通った店員に声をかける。
「珈琲の追加をお願いします」
「………?」
 まだ夜倉木の珈琲は残っている事に気付いたのだろう。
「はっ、まさかそうやって珈琲を持ってきた人を襲う気なのか……」
 何処まで思考が飛躍しているかはおおむね飲み込める一言だ。
「そんな事させないからな……!」
 決意に満ちた目。
 今さらそれは思いこみだと言った所で怒るだけだろう。
 笑うのを堪えつつ、置かれたカップをツイと啓斗の前に移動させる。
「………?」
 殺気だった気配に、珈琲を持ってきた女性が首を傾げたのにすら気付かない。
「これでも飲んで、その頭を少し冷やしたらどうですか?」
「なっ……」
「それとも、苦くて飲めないなんて子供のような事を言うんですか?」
「―――っ!」
 ブラックのままの珈琲を飲み始める。
 煎れ立てで熱い筈だろうに、一気に流し込んだ後夜倉木を睨み付けていた。
「熱くないのか」
「そんな事、無い!」
 あまり説得力はない。
 怒らない事にムキになっているようにすら思えてくる。
 実際そうなのだろう。
 その手に乗るかというような顔だった。
「……書類は?」
「これでいいだろう!」
 乱暴に置かれた書類を取り上げ、目を通し始める。
 日時と場所や事件のあらまし。
 調査に使った機材や用いた資料。
 その後に可能な限り時間や被害状況も交えて事件の出来事が書き込まれ、現在の経過、予防策についての項目も啓斗の意見も交えて埋めてあった。
 興信所やアトラスで書類を手がけた事があるお陰だろう。
 書類としての出来は、デスクワークには向かないと思っていただけに予想よりは上だった。
「………こんな所と言ったとこですね」
「………」
 啓斗が何かを言う前に、更に後を続ける。
「ただ、字が汚すぎる」
 バサリと書類をテーブルの上に放った。
「………」
「書き直してください」
 下をうつむいてワナワナと肩が震えさせながら、ボールペンを握りしめた。
「俺には読む気にならない」
「よ、読めればいいだろう!!」
 ガタンッ!!
 勢い良く啓斗が立ち上がり、椅子が倒れた音に視線が集中しはじめたがもう止まらない。
 今にも掴みかからんばかりの勢いに更に火を注ぐ。
「読めないから言ってるんです」
「そんな事無い!!!」
「じゃあ聞いてみればいい、これが綺麗か汚いか」
「読めるに決まってる!」
 さっそくとばかりに啓斗が辺りにいた職員に書類を見せている間に、夜倉木は席を立ち会計を済ませてしまう。
「!!!」
 それに気付いた啓斗が慌てて駆け寄ってくる。
「冗談じゃない! 自分で払える!!!」
 憤慨しながら小銭を突き出す啓斗の横をあっさりと通り過ぎる。
「もう遅い」
「自分で払える!! お前になんか奢って貰いたくない!!」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな」
「誰の所為でこんなっ!!」
 この押し問答は暫く続くのだが……。
 珈琲代と書類が読めると判断されたかの問題か結局うやむやにされて終わるのは、もう少し先の話だ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0554 /守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】

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■         ライター通信          ■
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夜倉木の視点から見た啓斗君と言う事で、発注ありがとうございました。

そして、啓斗君が……!
普段はあんなにも真面目でいい子ですのに。
それだけに質の悪い大人に怒らされてばっかりで不憫でなりません。
でも同時に他では見れない珍しい一面が見れて楽しかったりします。