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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で - 序曲 - 】

 大通りに出るのだから、今まで歩いていた小路よりも人がいっきに増えることは、当たり前だ。
 そんなことは十分承知していたつもりだったが、ずいぶん後ろにばかり気を取られていたらしい。
 横から来る人の流れを、不覚ながら、ぶつかってから気がついた。
「っ……」
 ちょうど腰の辺りに硬いものが衝撃を与える。うまいぐらいに骨にヒットした硬い何かに、少々の痛みを感じながらも、ファーはそちらに視線を向けた。
 すると、尻餅をついてしまっている少年が目に入った。原因は言わずともわかる。間違いなく、周りに気を配っていなかった自分がぶつかってしまったせい。
「すまない。大丈夫か」
 ファーはすかさず少年に手を差し伸べて、たたせてあげようとするが、彼の手を握ることはなく、少年は静かに立ち上がりズボンについてしまった砂埃を払った。
 背筋をピンと伸ばし、しわ一つなく綺麗に着ている制服。あまり見覚えのないものだが、立ち上がった少年が「こちらこそ、申し訳ありませんでした」と丁寧に口にしたことから、家柄の良いおぼっちゃんなのではないかと感じる。
 深い赤の瞳でじっと見つめられると、心の中を 見透かされているかのよう。
「追われているのですか」
「っ!」
 ポツリと少年がつぶやいた一言に、思わず身を強張らせる。
 確かに急いでいたし、周りに気を配っていなかったことから、切羽詰っている雰囲気は感じ取れたかもしれない。しかし、そこからまさか、追われているなんて一言が発されるとは、思いもしなかった。
「……ちょっと、やっかいな相手にな」
 自分を追ってきている少女の仲間なのでは。
 一瞬そんな焦りを覚えたが、あくまで自分を落ち着かせ、冷静な声音で少年に言葉を返す。
「そうですか。それは大変ですね。よろしかったら、相手がどの辺りまで追ってきているか、探しましょうか」
「そんなことができるのか?」
「はい。どのような人が、あなたを追ってきてますか?」
 ファーはできるだけ細かい特徴を上げ、少年にわかりやすく説明をした。
 何かを悩むように、おもむろに空を見上げたかと思ったら、少年は他人事をつぶやくように空を指差しながら

「あぁ……探さなくても、見つかったみたいですね」

 冷静に言ってのけるものだから、つられてファーものんびりと空を見上げて、驚愕を覚えることになる。
「ちっ……」
 舌打ち一つ。
 空に浮く少女がどんどん近くなっていることを確認しながら、同時に信じられないほどの殺気を感じ取り、思わず少年を腕に抱えると、人ごみにまぎれるようにその場をいっきに離れた。
「あの……」
「多分あの場所にいたら、一緒に鎌で狩られてたから、つい抱え込んだりしてすまない」
「いえ、それはいいのですが、重くないですか?」
「大丈夫だ。もう少し離れるまで、我慢してくれ」
 ファーはそのまま、少年を落とさないように気をつけながら、追っ手を引き離すようにとにかく走り続けた。

 ◇  ◇  ◇

 しばらく無心に走り続けていたが、「空からの襲撃がくるのだから、建物の中に入ってしまえばいい」と少年が助言してくれた。まさにその通りだ。
 ファーはすぐに近くのデパートに入り、一時自分を落ち着かせることにした。
「建物の中ですし、ここまで来ればしばらく気づかれないと思います」
 まるで少女の動きをわかっているかのような物言いをする少年は、ファーの腕の中から下りると近くのベンチにちょこんと腰をおろした。
「ぶつかっただけじゃなく、こんなところまでつれてきてしまって、すまなかった」
 深く頭を下げるファーに、少年はかぶりを振ると
「追っ手、なんだか普通じゃない感じがしますし、わけを聞かせてください」
「……あ、ああ」
「申し遅れました。僕は尾神七重と言います」
「ファーだ」
 少年――尾神七重は先ほどと同じような、全てを見透かさんとする深い赤の瞳で、ファーを見上げた。
「実は、紅茶の専門店を経営しているんだが、そこに今日、突然あの少女がやってきて――」
 ファーはゆっくりと、今日一日のことを七重に語り始めた。理由を聞けるほどの猶予も何も与えられず、問答無用で追われていることを。
 その間、七重は一言も口を開かずに、じっとファーを見つめたままで、聞いているのかいないのかさえも、判断をつけにくい。
「――と、言うわけだ。正直、自分の店で寝泊りしている状態だし、あそこに帰れば標的になるだろうから、どうしていいかわからずに悩んでる」
 ため息混じりにファーが淡々と言葉を並べる。
 普段はそんなに口を開くほうではないが、何とかわかってもらおうと必死に言葉を探した。別に自分は無口なわけではないし、クールでもない。
 ただ、他人と会話をするのが、苦手なだけだ。
「そうですか。確かに、厄介な状況ですね」
 やっと口を開いた七重は、感情のこもらない声音と表情。
 同情のかけらも感じられない。
 けれど。
「もし、お困りなら、うちへきますか?」
「え……?」
 七重の申し出に思わず耳を疑うファー。
 まさか、そんな言葉をもらえるとは、思ってもいなかったのだ。
「い、いや、だが……」
「同情して匿うわけじゃありません。美味しい紅茶を一杯、淹れていただきたくなったので。……それだけです」
 やはり、感情を感じることはできない言葉。
 けれどファーは確かに、その言葉に暖かさを感じた――気がした。

 きっと、自分と同じ。
 彼も不器用なのだろう。

「紅茶の葉はあるか?」
「………」
 首をかしげる七重。そこにやっと、年相応な彼の姿を見た気がして、思わず微笑ましくなる。
「ちょうど店の中にいるんだし、地下に行けば何かしらあるだろう。買ってから……お邪魔させてもらってもいいか?」
「はい。どうぞ」
 七重は立ち上がり、歩き出したファーの横をついていった。

 ◇  ◇  ◇

「ここがうちです」
 平然と案内されたその場所は、信じられないぐらい広かった。思わず絶句するファーを気にもせず、どんどん歩いていってしまう七重。
 彼にとっては生まれてからずっと暮らしている我が家なのだから、それも当たり前。
 建ってから何年だろうかと思うほど雰囲気のある、西洋風の建物。細かい装飾が大変洒落ている。
「父がいるかもしれませんが、気にしないでください」
「……挨拶、しなくてもいいのか?」
「ええ。かまいません」
 冷めた親子関係なのだろうかと、首をかしげながらファーが案内されるがままに家の中に入った。
 すると
「……友達か? 珍しい」
 案の定、七重の父と思われる人物に声をかけられた。七重は「ええそうです」とそっけなく答え、ファーは彼に対して一つ頭を下げる。そこで、ファーの背にある漆黒の片翼が七重の父の目に入ったようだが、特にそれ以上の言葉をかけてくることはなかった。
 どんどん先を行く七重について、ファーは左右を交互に見ながら足を進める。しばらく歩くと、七重は一つのドアの前で立ち止まった。
「ここが僕の部屋です。どうぞ、入ってください」
 開かれた扉の向こうに七重が入っていく。続いてファーも足を進めるのかと思えば、その場でためらうように立ち止まっている。
「……ファーさん?」
 不信に思い振り返ると、複雑な表情をしたファーがゆっくり口を開いた。
「……迷惑をかけて、本当にすまない。匿ってもらえること、感謝する」
「気にしないでください。早く中に入って、紅茶でも飲みながらゆっくりしましょう」

 その一言に、ファーはどれほど救われたことか。

 計り知れない感謝を胸に、どこか照れくさい感覚を覚えたファーは、七重の部屋へと入ったのだった。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖尾神・七重‖整理番号:2557 │ 性別:男性 │ 年齢:14歳 │ 職業:中学生
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、発注ありがとうございました!
初めまして、尾神七重さん。ライターのあすなともうします。
「漆黒の翼で」シリーズの第一話目、いかがでしたでしょうか。

無口で寡黙な七重さんなので、ファーもあまりしゃべるほうではないキャラです
から、どのように話と会話を展開させていくかを、一番悩みました。しかし、書
いてみればぽんぽん話は展開し、むしろ深さがなく、そっちの方が悩みとなりま
した。ふと、ファーに見せてくれた七重さんの優しさが、とても暖かいものだと
執筆中に感じました。

楽しんでいただけたら、大変光栄に思います。
また、二話への参加も心よりお待ちしております。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。

                           あすな 拝