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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


見学は誰が為に

 セレスティ・カーニンガムは目の前に聳え立つ門に、そっと口元をほころばせる。手にしている杖に寄りかかり、銀の髪を靡かせ、青の目で優しく見つめる。
「これが、大学なのですね」
 ぽつりと呟き、そっと微笑む。今は授業中なのか、しんとしており、人もまばらだ。中に今授業でない生徒や、授業をさぼっているらしい生徒や、次の授業の為にどこかの教室に向かってらしい教授がばらばらといるだけだ。
(仕事の合間を縫って、来て良かったですね)
 そう、セレスティが思ったときだった。
「そういえばさぁ」
 ふとセレスティの傍を女子大生二人が通りかかる。セレスティは思わず、耳を澄ましてしまう。
「図書室っていまいち使い勝手が悪くない?なんだか論文集っていう項目しかないし」
「そうそう。テーマごとに分けて欲しいわよね。ついでに言うとさ、検索できるといいわよねぇ」
「普通できるよね。何でできないかなぁ?」
 何事も無いかのように去って行く、女子大生達。他愛も無い、ただの会話である。
「……なるほど、図書室の使い勝手がいまいちなんですね」
 セレスティは「ふむ」と小さく呟く。本当ならば、女子大生達の他愛の無い会話で終わる筈だった。だが、セレスティが聞いたことにより、それは現実へと変わる。セレスティが総帥をしているリンスター財閥は、この大学に多額の寄付をしているのだから。名目は、設備の充実。尤も、セレスティはそれが多額だとは思ってはいない。
(何といっても、この大学にはヴィヴィがいるんですから設備は充実して欲しいですし)
 そう軽く考え、そっと微笑む。ヴィヴィこと、ヴィヴィアン・マッカランの姿がふと思い起こされたからだ。流れるような銀の髪に、大きな赤の瞳、見ているだけで幸せにしてくれる笑顔。ヴィヴィアンがいるということが、セレスティにとっての幸せだと思い始めるくらいだ。
「我ながら、中々恥ずかしいですね」
 微塵も恥ずかしいとは思っていないかのようにセレスティは呟き、門を潜った。本日のヴィヴィアンの時間割は、既に本人から聞いていて、頭の中にしっかりと入っている。
「そうだ、こっそりと動かないといけませんね。少しだけ、驚かせてみたいですし」
 セレスティは小さく呟き、悪戯っぽく笑った。そうして、先程女子大生たちが離していた図書室へと赴く。
「この目で確かめるのが、一番早いですからね」
 そっと呟くと、セレスティは杖を突きながら歩き始めた。なるべく目立たぬように、そっと。
 セレスティは気付いてはいない。自分がどんなに気をつけて目立たぬように動いたとしても、その風貌まで目立たないということは困難なのであるということを。


 図書館の扉をそっと開き、中に入っていく。その途端、カウンターがざわりと騒がしくなる。セレスティが大学の人間ではないからではない。この図書館は外部の人間にも解放されている為、大学関係者以外が訪れることは決して珍しいことではない。そんなことでいちいちカウンターもざわつかない。問題は、セレスティの風貌である。どんなにこっそりと振舞おうが、隠し切れない風貌を持っているのである。ほう、とカウンターの中から溜息まで聞こえてくるほどである。
「なかなか、感じの良い図書館ですね」
 そんな事はつゆとも知らず、セレスティはそっと呟いて微笑んだ。図書館特有の匂いや、雰囲気がセレスティを包む。紫外線が入り込まないようにしてある特別な加工をされた窓から、ブラインドを潜り抜けてゆったりとした陽射しが差し込む。渇き過ぎないように、湿気過ぎないように管理された空気は、妙に清々しく、懐かしさを感じさせる。所狭しと並べられた書物たちは、知識を得たいと思っている者を緩やかに待ち構えているようでもある。そういう不思議な感覚に囚われる、図書館。
(ここで、ヴィヴィは過ごしているんですね)
 そうセレスティは思った後、女子大生達の会話を思い出して検索のパソコンに手を伸ばした。少しだけだが、実際に使ってみて納得した。彼女たちが言っていた通り、微妙に使い辛いのだ。ある程度までは、検索する事が可能である。普通に使うのならば、師匠は無いのかもしれない。だが、細かい検索をしようとすると、特に論文に至っては、使いづらくなるのである。
(これも、プログラム費用がないせいでしょうかね?)
 セレスティは小さく溜息をつき、それからそっと口元をほころばす。
(ならば、今度はこのプログラムの作成費用を落としてもらえるように頼んで、寄付をしましょうか)
 そう思うと同時に、ヴィヴィアンの笑い顔が、そっと頭をよぎる。セレスティは、大学のことを思って寄付をしている。学生達に対し、充実した施設の元に知識を吸収して欲しいと思っているからだ。だが、その理由の一端にヴィヴィアンがいる事も否めない。ヴィヴィアンが大学生活を送る上で、いかに過ごしやすいか。これだけが理由ではないにしろ、ある意味重要視されている項目でもあった。
 セレスティはそっと心に決めると、カウンターに軽く会釈し、図書館を出ていく。セレスティが出ていった後、カウンターだけでなく、図書館において彼の姿を目撃した幸運なものたちが一気にざわめきたったのだが、それもやはりセレスティには知りえることが出来なかったのであった。


「ねぇ、ヴィヴィアン。知ってる?」
「何?」
 ヴィヴィアンは友人に突如問われ、思わず小首を傾げた。
「図書館にすっごく綺麗な人が現れたんだって!」
「綺麗な人?」
「そうそう!長い髪のね、すっごく綺麗な男の人なんだって。かっこよすぎて、息を飲むくらい」
「へぇ」
 半ば興奮気味に喋る友人に対し、ヴィヴィアンはそれだけ返す。
「何よ、あんまり興味なさそうね」
「だって。綺麗な男の人だったら、あたしもう知ってるしぃ」
「あーはいはい。『セレ様』でしょう?」
 友人が苦笑交じりに言った瞬間、ヴィヴィアンは「やだぁ!」と言いながら、片方の手で頬を抑え、もう片方の手で友人の背中をたたく。友人は思わず「ごほっ」と咳き込む。
「そんなぁ、やだぁ!そんなに突然言われたら、あたし照れちゃうしぃ!」
「……そ、そうね。ごめん」
 ヴィヴィアンの迫力に負け、思わず友人は謝る。
「もうね、セレ様はそこら辺にいる人とは全然違うのよぉ!何ていうの?素敵とか、綺麗とか、そういう言葉じゃ表現しきれないっていうか……きゃー!恥ずかしくなっちゃうしぃ!」
 友人は顔を赤らめながら照れるヴィヴィアンに苦笑し、それからぽんと頭を軽く叩く。
「はいはい。とにかく、今からお昼でも食べてゆっくり落ち着きましょうね」
 ヴィヴィアンはにっこりと笑ったまま頷き、友人と共に食堂に向かい始める。途中、友人が「あ」と小さく言い、手をぱんと叩く。
「ごめん!私、今からさぼるんだった!」
「えー!」
「食堂には一人で行って。今度埋め合わせするから」
 友人はひとしきり謝ってから、去って行く。ヴィヴィアンは小さく溜息をつき、食堂へ仕方なく向かい始めた。
「こういう時、セレ様がいたら……」
 そう、小さく呟く。まさに、その時であった。目の前に、見慣れた後姿があった。風に靡く軽くソバージュのかかった長い銀の髪、杖をつきつつもぴんと伸ばされた美しい立ち姿。見間違う筈も無い、セレスティの姿である。
「セレ様……?」
 ヴィヴィアンは小さく呟いた。もしかしたら夢なのではないかと、目をごしごしと擦る。そうして再びぱっちり開けるが、セレスティの姿は変わらずにある。白昼夢でも幻でもなんでもなく、実際に。
「……セレ様!」
 ヴィヴィアンがそう叫び、走り出すとセレスティがそっと振り返った。ヴィヴィアンが思い描いていたとおりの、それ以上の素敵な顔が、微笑を携えて存在している。ヴィヴィアンは思わず満開の笑顔でセレスティに近付く。
「セレ様、本当のセレ様なんですね!」
「見つかっちゃいましたね」
 セレスティはそっと微笑みながら、ヴィヴィアンを見つめた。思わずヴィヴィアンは顔を赤くし、セレスティを見上げる。
「や、やだセレ様ったら。あんまり見つめないで下さい。あたし、照れちゃうしぃ」
「すいません。余りにも、嬉しくて」
「やだぁ、セレ様ってば!」
 ヴィヴィアンは「きゃー」と言いながら両頬を自らの手で押さえつける。頬が赤く火照っているのが、ヴィヴィアン自身にも分かった。燃えるように、熱い。
「セレ様、どうしてここにいらっしゃるんです?」
 ヴィヴィアンが赤くなった顔を誤魔化すかのように問い掛けた。それに対し、ただセレスティは微笑んだ。ただ、そっと。そうして、口を開く。
「有難う御座います、ヴィヴィ」
「え?」
「見つけてくださって、有難う御座います」
 不思議な空気が流れた。セレスティは穏やかに微笑み、ヴィヴィアンを見つめている。ヴィヴィアンは問い掛けたものとは違う答えが返ってきて、戸惑いつつも、礼を言われた事に嬉しくなっていた。だんだん、セレスティの言葉こそがヴィヴィアンの問いかけた問いの答えのようにも思えてくる。そんな、不思議な空気である。
「……セレ様、お昼は食べられましたか?」
 そっと、ヴィヴィアンは口を開く。不思議で、だが柔らかな空気を壊さないように。
「まだです。ヴィヴィは、もう済んだんですか?」
「いいえ。なら、ご一緒しませんか?ここの食堂は、最近、前よりも数段美味しくなったって有名なんです」
 セレスティはその言葉に、ただ静かに頷いた。ヴィヴィアンは知らない。数段美味しくなった理由は、セレスティの多額の寄付によるものなのだと。知らなくてもいいことだと、セレスティは思っている。ただ、ヴィヴィアンが大学生活を充実して送ることができれば、それだけでいいのだと。
「セレ様、あたしのお勧めはAランチなんですぅ!」
 ヴィヴィアンはそっとセレスティの手を引っ張った。セレスティはその手を確認するかのように、そっと握り返すのであった。


 食事を終えると、大学構内にあるベンチに座る。他愛の無い話をしていたが、突如ヴィヴィアンは「あ」と小さく声を出し、立ち上がる。
「セレ様、あたしこれからもう1限、講義があるんですぅ」
 残念そうに言うヴィヴィアンに、セレスティはそっと微笑む。ヴィヴィアンの時間割は、既に把握済みだ。これから、講義があることも。そっとセレスティは頷く。
「ええ、頑張ってきてくださいね」
「は、はい。それは勿論……」
 ちらりとセレスティを見て、ヴィヴィアンは俯く。一緒にいたいのに、一緒にはいられないというもどかしさを覚えながら。セレスティはその様子をいとしそうに見てから、微笑む。ヴィヴィアンの気持ちを、噛み締めるかのように。
「ヴィヴィ、因みにその授業が終わった後はいかがですか?」
「え?」
 はっと顔をあげるヴィヴィアンに、セレスティは眼差しを柔らかくする。
「このまま、大学を見学させて貰って……そうしたら、きっと同じくらいの時間になると思うんです」
「セレ様ぁ……」
「宜しければ、一緒に帰りませんか?」
 セレスティの言葉に、ヴィヴィアンは顔をぱあ、と明るくして何度も頷く。それを見て、セレスティも顔を明るくしてゆっくりと頷いた。
「じゃあ、あたし行きますね!講義が終わったら、飛んできますから!」
 ヴィヴィアンはそう言うや否や、講義のある教室へと走っていった。それからちょっとし、チャイムが鳴り響く。ギリギリまでこの場所にいてくれたのだ。セレスティは思わず顔を綻ばせ、そうして空を仰いだ。妙に、いい天気だ。
(この空の下……ヴィヴィも同じ構内にいるんですね)
 その事実が妙にくすぐったく、そして嬉しかった。セレスティは杖を握り締め、立ち上がった。ヴィヴィアンの受けている講義が終わるまで、もう少し時間があった。その間に、少しでも大学構内を見ておきたかったのだ。
「ヴィヴィが、過ごしている所ですからね」
 小さくセレスティは呟き、歩き始めた。ゆっくりと、だが確実に前へと進みながら。

<同じ場所に互いの存在を想い・了>