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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


命の詩− 第三話 月下 −

0.序話

 高浜 静香の誘拐から、一晩が明け様としている。一晩中捜索しても、発見出来ない苛立ちに、草間 武彦はデスクに拳を叩きつけた。
「くそ!!何でこんな事になった!?一体どうすればいい!!」
 吐き捨てた草間の耳には、テレビのニュースが聞こえて来る。そのニュースも、深夜前のニュースで知っている内容……即ち、依頼人の老人の死であった。
 依頼人の老人は死に、静香は行方知れず、更には一緒に付き添っていた筈の看護士までもが行方不明となっている。
 静香の行方不明と同時に消えた看護士……時間の遅さの所為も手伝い、接点も見出せぬまま時だけが無駄に過ぎて行っていた。
『現在の所、症状に変化は見られません。ですが……何時どうなるか……我々にも判断出来ません』
 医師たちの言葉が重く草間に圧し掛かる。
「早く!早く、見付けないと!」
 焦りと苛立ちの中、頭を抱えた草間の耳に、ドサっと何かが落ちる音がする。その方向に視線を向ければ、地図帳が棚から落ちていた。めんどくさそうに草間は立ち上がり、地図帳をしまおうと近付くがその瞬間、ページが勝手に捲れだす。風も無い室内の中で……
「こっこれは一体……」
 呟いた草間の目の前で、地図はあるページを開いて止まる。完全に止まっている事を確認すると、草間は開かれたページを確認する為に、地図を持った。
「何だ?印が付いてる……」
 開かれたページは東京近郊の地図、そしてそのページに確かに二つの印があった。
 一つは、富士の裾野を……そしてもう一つは横浜の辺り……草間は訝しげにその印を見詰めていた。
「このどちらかに静香ちゃんが居るって言うのか?はっ!?馬鹿な……そんな事が有る訳無いだろ……」
 自分で思った事を鼻で笑い否定する草間だったが、その目が笑っていない。何せ怪奇な事には随分と遭遇している草間である。その可能性は否定も出来ないのは事実であった。
 徐に草間は電話の受話器をとると番号を押し始める。
 自分以外の力を求める為に……


1.導き

AM7:30〜AM8:00 蒼王 翼宅

 気持ちの良い朝の空気を、携帯の着信音がけたたましく破る。未だ乱れた髪を、手で直しながら携帯を取り、蒼王 翼(そうおう つばさ)は受話ボタンを押した。
「はい、蒼王です」
『蒼王、済まない手を貸してくれ!』
 受話口から聞こえて来たのは、焦りを隠そうともしない草間の声。
「……どうやら、切迫した状況らしいな。分かった、僕も手を貸すよ」
『助かる!詳しい事は、興信所に来た時に!じゃあ!』
 それだけ言うと、通話は切れる。
「……金蝉の奴も、誘うか……」
 呟くと、携帯のアドレス帳を検索、『桜塚 金蝉(さくらづか こんぜん)』その名で通話ボタンを押した。幾度かの呼び出しの後、幾分不機嫌な声が受話口より聞こえる。
『何の用だ?』
「どうやら、草間さんが切羽詰った状態にあるみたいだ。キミも一緒に来ないか?」
『あぁ?』
 表情さえ手に取るように分かりそうな、到って不機嫌そうな声……
『そんな事でいちいち俺を誘うな』
「来ないのかい?」
『……ちっ……まあいい。仕方ねぇから、手伝ってやるよ。で、どんなのだ?』
「詳しい事は、興信所に行ってからみたいだ。あっちで待ってるよ」
『分かった……』
 微笑を浮かべながら、翼は通話を終えるとふと窓に視線を移す。どんよりと、曇った雲の隙間から差し込んだ光の帯が眼に映り、少しだけ翼は目を細めた……


AM9:00〜AM10:00 草間興信所

「――と言う事だ。何か質問はあるか?」
 面々の顔を見回しながら、草間 武彦はその鋭い視線を向ける。その視線の先に居るのは、シュライン・エマ、悠桐 竜磨(ゆうどう かずま)、柚品 弧月(ゆしな こげつ)、蒼王 翼、桜塚 金蝉の5名である。
「状況は分かったよ。要するに、そのどちらかに行けば良いんだね?」
 地図を指しながら、翼は草間に聞く。
「そうだ。はっきりした事が分からない以上、両方当たってみる事になる。だが、一つ一つ回っている余裕は無い」
 言い終ると同時、シュラインの手が上がる。
「私は、富士の方に行って見ようと思うわ。私の考えだと、横浜の方に恐らく敵が居ると思うの……私は戦う術が無いわ……悔しいけれど……」
 震えるシュラインの体……その肩に、弧月の手が置かれた。
「シュラインさん、そちらはお任せしますよ。俺は……横浜へ行きます。必ず、助け出して見せますから」
 微笑んだ弧月の表情を見て、シュラインは微笑む。
「俺も弧月さんと一緒に、横浜に行くぜ?静香の事が、やっぱ気になるしな」
 軽い口調で言う竜磨だが、その表情は真剣そのものだった。
「で?翼、お前はどう動くんだ?」
「僕は、横浜の方に行く。花は探せば良だろうけど、時と共に消える命は待ってくれないからね」
 笑顔で答えた翼を見て、金蝉は変わらず無表情に言う。
「じゃあ、俺も横浜だ。これで決まりだな」
「ちょっと待て。シュライン一人じゃ幾らなんでも……危険があった場合!?」
 その言葉に草間が慌てて口を挟むが、最後まで言う事が出来ずに黙る。草間の言葉を遮ったのは、シュラインの人差し指。
「大丈夫よ武彦さん。相手は、恐らく花の事なんて知らないわ」
 微笑み諭すような口調だが、草間は尚も不安そうな表情で食い下がる。
「しかし、万が一と言う事も……」
「心配要らないよ。その時は、僕が何とかするから」
 フッと淡い笑みを浮かべた翼を見て、草間は押し黙る。
「時間が有りません。俺は行きます」
 弧月は踵を返すと、興信所のドアに向かって歩いて行く。
「じゃ、俺も」
 ウインク一つ残し、竜磨もまた弧月の後を追った。
「行くか、翼」
「そうだね」
 金蝉と翼もまた、ドアへと向かう。
 バタン……
 静寂が興信所を包む中、シュラインが口を開く。
「武彦さん、お願いがあるの……」
 ――と……


2.意思

AM9:30〜 某所

 清廉たる空気が室内を満たしている。壁も床も、白一色……その場にある空気でさえ、まるで白く染まったかの様に錯覚する空間に、二人の人物が居た。
「ふん、無駄な事を……」
 漆黒の翼を背に背負う男は、閉じていた瞳を開け呟いた。
「……確認する・・・・私は此処に来る奴と戦う・・・・それだけだな?」
 その背に、自分と同等の大きさの棺桶を背負った少年がぽつりぽつりと呟く様に問う。
「ああ、それで構わん」
 ぶっきらぼうに返す男の言葉に、少年は壁に背を預けふと視線を移した。
「ちょっとあれと話す・・・・」
 その視線を追えば、ガラス窓の向こうの寝台に体を固定された静香の姿……
「好きにしろ……」
 少年は返事を聞くと、スタスタとその部屋のドアへと近付き、その部屋へと入って行った。
「全く……あんな奴に依頼するとはな……」
 侮蔑を含んだ男の呟きが、妙にはっきり聞こえた……

 時折発作的に体を激しく揺さぶり、静香はもがいていた。
「いやぁ!!いやぁぁぁぁぁ!!気持ち悪い!!やめてぇぇぇ!!」
 動かそうにも固定された四肢がそれを遮り、今静香に襲い来る苦痛と気持ち悪さを更に助長する。その感覚は、まるで皮膚と肉の隙間を蟲か何かが這いずり回っている様な感覚だった。幼い少女が体験するには、余りにも異常と言える体感に、静香の心が朽ちて行く。
 固定された四肢は既に壊死を迎えており、もがく度に固定された皮の拘束具が皮膚を破り、赤黒く腐敗した血が滴らせる。
「私は・・・・お前に質問がある」
 室内に入った少年は、そんな少女の状態にはお構いなしに問い掛けた。
「助けてぇ!お願いだからぁ……」
 苦痛と気持ち悪さに、静香は目の前の少年に助けを求めるが、そんな静香を見詰める瞳はまるで感情の色を映しては居なかった。
「お前は・・・・この先この世界で生きる意志があるか?・・・・否か?」
 静かに問い掛けられたその言葉に、静香は涙を流し叫ぶように答えた。
「死にたくないよ!生きて居たいもん!!まだ、何もしてないもん!!」
 その答えを聞いた時、確かに少年――飛桜 神夜(ひおう かぐや)の顔は笑みに歪んだ……


AM11:00〜PM13:00 各所

 弧月は、目の前の建物に手を当てると意識を深く集中する。次々と浮かんでは消える光景は、そのどれもが今の弧月にはどうでも良いものであった。つまり、静香に関する事は何一つ無かった……
「此処も違うか……次だ」
 当てていた手を離すと、弧月は次の目ぼしい建物へと歩を進めると、同様に手を当て意識を深く集中させる。
『静香ちゃん……間に合ってくれ!!』
 目を閉じた弧月の表情は、焦りの色を映していた……

「ちょっと良い?」
「えっ?はい……?」
 竜磨は、目の前の白衣を着た女性をしげしげと眺める。
 此処は、静香の入院していた病院、その応接室である。竜磨は横浜に行く前に調べたい事が有ると言い、弧月を先行させる形で此処に来ていた。
「行方不明の看護士の事について聞きたいんだけどさ。何か知ってる事あったら教えてくんねぇ?」
 その質問に小首を傾げながら、看護婦は口を開いた。
「何かって言われても……別に普通の真面目な人だったわよ?」
「何かねぇ?ほら、何か趣味があったとかさ」
 苦笑いを浮かべながらも必死に竜磨は食い下がる。
「ん〜……ああ、そう言えば何時だったか休んだ時があったわね。何かの集まりが有るとかで……」
「それ!そこんとこもっと詳しく聞かせてくれねぇ?」
 看護婦は、まじまじと竜磨を見詰めると溜め息を吐き、ゆっくりと話し始めた……

 ビルの屋上の上に、翼と金蝉の姿が在った。
「おい、まだか。いい加減暇なんだがな?」
 苛立たしげに言う金蝉の言葉を、聞いているのか聞いていないのか翼は沈黙で答える。その双眸は閉じられ、何かに集中している様に見えた。
 ビルの屋上ともなれば、それなりに風が吹き付ける物であるが、翼の周りには何処か柔らかな流れが出来ており、その流麗な体を取り巻いていた。対して、金蝉の方は思いっ切りビル風の煽りを受けている。
「……捕まえた!」
 不意に、翼が眼を開き確固たる口調で言う。
「やっとか。ったく、めんどくせぇ」
 何本目かの煙草を踏み消すと、金蝉は携帯を取り出す。
「どっちから先に知らせるんだ?」
「シュラインさんへ!」
 翼の言葉を受けて、金蝉はアドレス帳を検索、『シュライン・エマ』その名前で受話ボタンを押した……

「どうもありがとう御座いました」
「いえいえ、力に成れんですまなんだなぁ」
 深々と頭を下げたシュラインに、目の前の老人は申し訳なさそうな顔で言う。最後にもう一度謝意を述べ、シュラインはその場を後にした。
 シュラインは単身、富士の裾野にある小さな街へとやって来ていた。装備を整え、出発したのは既に一時間半前の事だ。此処に到着してからも、既に一時間近くの時を費やしていたが、『命黎華』の事はまるで手掛かりがなった。
 不安と苛立ちに、シュラインが深く溜め息を吐いたその時、携帯が着信を知らせる振動を齎す。
「はい」
『ああ、シュラインか?金蝉だが、翼が伝えたい事があるそうだ。代わるぞ』
 そう言うと、金蝉の声から翼の声へと変わる。
『シュラインさん、華の場所が分かりました。今現在居られる場所から、西に20km程行った崖裾の洞窟の奥です』
「どうして分かるの?武彦さんにお願いして調べてもらっているのに」
『風に聞きました。今はそれだけしか言えませんけど、確かな事です』
 自信に満ち溢れた翼の声に、一抹の不安は拭えないシュラインであったが、少し考えてから口を開いた。
「分かったわ。取り敢えず、貴方が言う場所に行って見るとしましょう」
『宜しくお願いします。僕達は、2人と合流して敵のアジトへこれから向かいますから』
「気を付けてね……」
『はい……』
 返事の後、通話が終わる。シュラインもまた、携帯をしまうと地図を確認する。
「こっちね……」
 目の前には、富士が在った……


3.邂逅

PM13:30〜14:30 横浜廃病院

「此処か?」
「そう、此処だよ」
 竜磨の問いに、翼が応える。
「こんな所とは……予想すべきだったかな」
 弧月が苦々しい表情で、目の前に有る建物を見詰めている。
 既に朽ちてからかなりの年数が経っているその廃病院は、昼間であってもかなりの不気味さを漂わせていた。
「何処だろうが関係ない。目的は決まっている」
 平然とした顔でその建物を見詰める金蝉の言葉に、全員が頷く。
「行きましょう」
 弧月が、己の手に嵌めた銀色の手甲の止め具を、もう一度しっかり固定すると歩き出す。その後に、竜磨・翼・金蝉が続いた。
 建物の中は、薄暗くは有ったもののそれ程酷く荒れている様な気配はなく、寧ろ綺麗に片付けられている印象を受ける。長年で積もった埃が、4人が歩く度に舞うが、気にする事も無く歩を進めた。
「聞こえる……静香の声だ!」
 竜磨が不意に叫ぶと先頭を切って走り出す。
「悠桐さん!迂闊だ!」
 弧月が制止を促しながらも後をついて走り出す。翼と金蝉もまた、2人の後を追い走る。
 真っ直ぐに続いた廊下の左手にある階段を、下へと一気に駆け下り竜磨は声の聞こえる方へと。そして、目の前に来た扉を一気に蹴破った。
「静香!!っ!?」
 避けられたのは偶然か?その鼻先を白刃が通り過ぎる!一瞬感じた殺気に、体が勝手に反応したのだろう、竜磨はその場から飛び退く!
「……良く避けた・・・・だが、此処から先へは行かせない・・・・」
 背に棺桶を背負い、その両手に双剣『偽雄剣・偽雌剣』を携え、神夜が立ちはだかった。
「どいて下さい……」
 追いついて来た弧月が鋭い眼光で見据え言うが、神夜は反応しない。
 ガウン!!!チュイン!
 突如銃声が辺りに響き渡り、神夜が居た場所に弾痕が残る。金蝉がその手に銃を持ち構えており、その銃口からは硝煙が昇っていた。
 金蝉の銃撃を一瞬で交わした神夜は、避けた体勢のまま、金蝉を見詰める。
「とっととガキを返せ、迷惑なんだよ」
 神夜を冷淡に見詰めた金蝉が言うと同時、神夜に向かって銃を連射する!それに呼応するかの様に、翼が動く!
「此処は、僕と金蝉で!2人は静香ちゃんを!」
 通り過ぎ様に翼は告げると、『神剣』を抜き放ち神夜へ向かう!その姿を確認した神夜は、回避から一転、翼に向かい来る!
 ギィィィン!!
 刃と刃が、ぶつかる音を聞きながら、弧月と竜磨は更に奥にある扉へと一気に駆け抜ける!
「行かせない・・・・」
 両刀で翼を牽制し、神夜が弧月達に向かうべく駆け出そうとしたその瞬間!
 ガウン!!!チュィン!!
 その足元を、金蝉の銃弾が打ち抜いた。
「てめぇの相手は、俺達だ」
 金蝉の言葉が終わらぬ内に、弧月と竜磨は奥の扉の中へと、消えていた……

 奴が居た。
「懲りずにまた来たのか?まあ、予想してた通りだがな」
 尊大に、そして冷淡にそいつは言う。
「当たり前だ!!静香を返して貰うぜ!!」
 竜磨は、言うが早いかその本来の姿――半竜半人へと姿を変貌させる。現れる双翼、角、変化する皮膚や瞳をそいつは冷淡に見詰める。
「お前だけは許さない!!絶対に!!」
 救いたい!!その一心が、弧月の真なる力を開放させる。
『悠桐さん、俺が注意を引き付けている間に、静香ちゃんを。確保したら、この場を離脱して富士に居るシュラインさんの所へ行って下さい』
 竜磨にだけ聞こえる声量で言う弧月に、竜磨は驚く。
『だけど弧月さん!こいつ強いんだぜ!?』
『時間が無いんです!持って来て、命黎華の効果が無かったら意味が無い!大丈夫……俺は負けませんよ』
 微笑んだ弧月の横顔を見ながら、竜磨は不安気な表情を見せながらも黙って頷いた。
「予想していたとは言え、邪魔が入るのは困るんでな……消えてもらうぞ」
 その言葉の終わりを待たず、弧月と竜磨は動く!
「はぁぁぁぁ!!!」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
 竜磨が突風を生み出す息吹を吹き付ける!多少広いとは言え、閉鎖された空間で放たれた圧縮された空気が、そいつの体を打ち付ける!
 その流れに乗る様に、弧月が懐に入った!
「小賢しい!!がっ!?」
 弧月の拳が、顔面を捉えた!
 驚愕に目を見開くそいつに弧月は、更なる攻撃を浴びせて行く!
「悠桐さん!今の内に!!」
「分かった!!」
 弧月の横を、竜磨が翔けガラスを打ち破り静香を確認する。
 その体は、殆ど壊死を起こしかけており、瞳は最早何も映しては居なかった。
「嫌だもん……死にたく無いもん……」
 虚ろな声が漏れる静香を見やり、竜磨は急いで拘束された四肢を解放すると、その体をしっかりと抱える。
「もうちょっとだ!静香、絶対助けてやるからな!!」
 静香を抱えたまま、竜磨は元来た扉へと一気に翔け抜けようとする!
「そうはさせるか!」
 そいつの手が、竜磨へと向けられ力を解き放とうとした瞬間、その腕を弧月の蹴りが打ち据えた!
「邪魔はさせない!お前の相手は俺だ!!」
「貴様!?ぐっ!?」
 弧月の拳が、そいつの腹に突き刺さる!
 その間に、竜磨は一気に部屋を翔け抜け、更には神夜・翼・金蝉が居る部屋をも翔け抜けると、外へと飛び出す。
「あっちだな!」
 方角を確認すると、竜磨はその双翼を羽ばたかせた……


4.月下

PM16:00〜PM16:20 富士裾野 名も無き洞窟

「静香ちゃん!!」
 シュラインがその手で、ボロボロになった静香の体を抱きしめて涙を流していた。静香は反応する事は無かったが、シュラインにとってまだ生きている事実が嬉しかったのだ。
「シュラインさん……華は、見付かったのか?」
 言う竜磨だが、疲弊は大きい。静香を抱え、僅か1時間半程度でシュラインと合流出来たのは、竜磨の生来の力ゆえだが、普段あまり解放しない力を一気に使用したのが堪えて居る様である。
「華はこの奥にあるそうよ。でも、良かった……静香ちゃんを連れて来てくれて」
「?どういう意味っすか?」
 シュラインの言葉に、竜磨は訝しげな表情を見せる。
「さっき、武彦さんから連絡があってね。命黎華の事を調べててもらったんだけど、華を摘んじゃってから2時間しかその効能は無いそうだったの。それでどうしようか悩んでて……そしたら、竜磨君が静香ちゃんを連れてきてくれたじゃない?もう、嬉しくって」
 涙を拭いながら微笑むシュライン……かなり心配していたのだろうその表情は安堵に満ちていた。
「じゃあ、早速入ろう。まだ見付けてねぇなら、早い方が良い」
 竜磨の言葉に、シュラインは頷くと懐中電灯を取り出すと静香の体を竜磨に預けた。
「私が先行するわ。竜磨君は付いて来て」
 そう言うと、シュラインは人一人が立って入れるだけの高さの洞窟へと歩を進めた……


PM15:00〜15:30 横浜廃病院地下

 ギィン!!ギャリ……
 刃と刃が打ち合い、そのまま鍔迫り合いの形になる!もう何度目かの鍔迫り合いに、翼も神夜も疲労の色を隠せなくなって来ていた。
「諦めたらどうかな?静香ちゃんは悠桐君が確保したし、キミにもう戦う理由は無いだろ?」
「……」
 翼の言葉に、神夜は答えない。代わりに、空いていた左の刃で翼の腹部を狙う!
「くっ!?」
 飛び退き交わす翼の後を追い、神夜が駆けたその瞬間!
 ガガウン!!
 咄嗟に避けた神夜が居た場所に、二発の銃痕が穿たれる。
 チャキ……
「いい加減にしろ……殺すぞ……」
 金蝉が剣呑な表情で銃を構え、神夜を睨み付けている。
 もうこの攻防が繰り返されてから、既に40分は経過していた。切り結び、離れれば銃撃の牽制。翼もまた、空間を切り裂く『神剣』の力を解放し攻撃を試みてはいるが、その尽くを神夜は避けていた。
「殺せはしない・・・・だが、余り気分の良い物でもないな・・・・」
 薄く笑った神夜の雰囲気が一変したかと思うと、不意に背に背負った棺桶が神夜の目の前に降り立つ。警戒する翼に、金蝉は引き金を引いた。
 ガウン!!
 一発の弾丸が、棺桶に向かい――そして、消えた。
「何?」
「無駄だ・・・・まあ・・・・ゆきちも貰ったし、私の仕事は此処までだな・・・・」
 そう言うと神夜は棺桶を開く、その中は真っ黒な闇……
「また会えたら・・・・良いな・・・・」
 ニヤリと不気味な笑みを残し、神夜は棺桶の中へと入る。それと同時に、棺桶の蓋が自動的に閉じると、ゆっくりとその存在を無くすかの様に消えて行く。
「なっ!?」
「ちぃ!!」
 ガウン!ガウン!ガウン!!
 立て続けに、3発の銃声……だが、その弾が棺桶に辿り着く頃、既にその存在は消えていた……

「はぁ……はぁ……」
「ぐぅ……」
 口の端から、血を流す弧月はかなりの疲弊をしていた。戦闘を開始してから、既に40分近く真なる力を解放し戦い続けている。決して、相手の攻撃を全て交わせている訳でもなく無傷ではない今、体力的にも限界が近い事は弧月自身が分かっている事だった。
 だが、それは相手にとっても同じ事。前回の動きより格段に早くなっている弧月の攻撃を、何とか急所を避けて受けてはいる物の、そのダメージは確実に体の動きを鈍らせる。その為、だんだんと重い一撃を喰らい始めたそいつの表情には、焦りと苦悶の色があった。
「何故だ……何故、視えているのに避けられない!?」
「……視えてれば、それ以上の動きで対応すれば良いだけだ。そんな事も分からないのか?」
「馬鹿な……そんな事が出来る訳!?」
「現にやっている……お前の負けだ」
 弧月の言葉に、そいつの表情が見る見る怒りに変わる。
「ふざけるな!!」
 怒りの形相のまま、無闇に突っ込んでくるそいつを見詰め、弧月は低く構えを取る。
「お前は強かった……だが、お前はやっちゃ行けない事をやった……あの世で後悔しろ!」
 言うと同時、弧月もまたそいつに向かい駆ける!
 そいつの腕が伸び、爪が弧月の頬を掠めるが、気にせず弧月は懐へ!そして……
「終わりだ!!」
 低く構えた弧月の拳が蹴りが、まるでサンドバックを打ち付ける様に、そいつの体に打ち込まれて行く!全身、到る所に容赦の無い打撃が襲い掛かり、そいつの体が衝撃に揺れるが、まるで吸い付いたかの様にその場から動かない!
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
 止めとばかりに、弧月の掌打が顎を打ち付け、その体が一瞬宙に舞う!間髪入れずに、弧月の足が跳ね上がり更にそいつの体を宙へと留める!それと同時に、弧月もまた跳躍し意識朦朧としたそいつの喉へ蹴りを叩き込み、そのまま地面へと!
 ドゴギャ!!!
「ゴフォ!!」
 地面に打ち付けられる音と同時、頚骨が完全に砕ける音がする。静寂の中で立ち上がった弧月の眼下、そいつは口から血を噴出し絶命していた。
「命は、弄ぶ物じゃないんだ……」
 弧月は、そいつを見据え呟く様に言うと、踵を返し入り口へと向かう。そこには、翼と金蝉の姿があった……


PM16:20〜19:00 名も無き洞窟

「有ったわ!あれよきっと!」
 最早闇の中に沈んだ洞窟の中、不意に広がった空間の中で、懐中電灯の明かりに照らされた一本の植物がある。その植物の先には、大きな蕾が出来て居た。思わず駆け寄るシュラインに、竜磨も後を追いその植物を確認し、同時に天井を見た。
「確かに、此処からなら光が入るのかも?」
 天井には、ぽっかりと穴が開いており、その先はかなり小さく見えるが光が入るには十分な大きさである事は見て取れる。
「後は、待つだけ……静香ちゃんをこれに下ろしてくれる?」
 シュラインが用意してきた寝袋を広げ、その上を指す。竜磨は言われた通りその上に静香を寝かせると、その横に座り込んだ。
 その間にシュラインは、草間から聞いた調合法を確認しながらその準備を進めていた。静寂の中、カチャカチャと手際よく準備する音が響く。
 その時、一条の蒼い光が洞窟の中に差し込み、真っ直ぐにその植物へと注がれている。
「しゅ、シュラインさん!あれ!」
 竜磨が指す方を見れば、華が開き始めている。
「50年目のその日の、初めて浴びる月光の光で咲くのね……」
 二人が見詰める中、ゆっくりとゆっくりとその花弁を広げ始めた華は、遂にその大輪を咲かせた。淡く、優しい光を自ら発し、清廉とも言えるその姿に竜磨もシュラインも思わず見惚れる。だが、そんな二人の心を静香の声が現実に引き戻す。
「嫌……だよ……」
 最早、掠れる程度の声しか出ない静香を見やり、シュラインは華に手を掛けた。
「この子を救う為、お願い……貴方の命を頂戴ね?」
 華に呟くように言うと、シュラインはその華を取ると持って来ていたすり鉢の中に入れ、そこに水を注ぐ。
「その水は?」
「霊峰富士にある、湧き水よ」
 端的に答えると、ゆっくりとその全てを抽出するかの様に、華を擂る。10分程度擂っただろうか?染み出したそれに、少量水を加えてシュラインは静香の下へと近付いた。
「お願い……効いて……」
 スプーンでその液体を掬うと、シュラインは静香の口元へ運び、液体を口の中へと注ぎ込む。最早、体の機能がほぼ無い静香に飲ませるのは至難では有るが、ゆっくりとゆっくりと、その行為を何度も何度も繰り返す。
「シュラインさん……」
「黙って!」
 言い掛けた竜磨の言葉を遮り、シュラインは尚も行為を続ける。
 不意に、静香の体が淡い光に包まれ始めた。自らが光を放つかの様なその光に、シュラインの手が止まる。
「シュラインさん!これ!!」
 竜磨が持った静香の手が、だんだんとどす黒い色から肌の色へと変化し始めていた。
「効いた!!効いたよ、シュラインさん!」
「ええ!でも、まだあるから、全部飲ませましょう!」
 喜びに声が、体が震える中、シュラインは尚も静香の口に液体を注いで行く。その全てが無くなった頃、静香が不意に咽始めた。
「ゲホ!ゴホ!!」
「静香!大丈夫か!静香!」
 竜磨が慌ててその背を擦ってやると、ウエェっと二つの物を吐き出した。それは、小さな二つの結晶……一つは白く一つは黒い……
「これは……そう、これが静香ちゃんの体を……」
 見詰めたシュラインの視線の先にあるその結晶を、竜磨の足が踏みつけ砕いた。
「静香の命を弄びやがって!」
 パキィンと、まるで薄いガラスが割れるような音を残し、砕けた結晶から暖かな気が静香の元へと収束して行く。そして……
「光が消えて行く……」
 静香を包む光が徐々にその光を弱め、遂には消え去る。一瞬の静寂の後、聞こえて来たのは浅く早い苦しそうな呼吸ではなく、規則正しい寝息だった。
「お帰りなさい……静香ちゃん……」
 シュラインが、涙ながらに抱きしめた静香の寝顔は、柔らかな笑みを見せていた……


5.日々

「金蝉、早く来いよ」
「うるせぇな。何で俺がいちいち行かなければならないんだ」
 心底だるそうに歩く金蝉を見て、シュライン・弧月・竜磨・草間は苦笑いを浮かべている。
「そんな事言わないで、一緒に行きましょうよ」
「そうですよ。今日は静香ちゃんの退院する日なんですから」
「祝ってやんねぇと、可愛そうじゃん」
 口々に金蝉を説得する様を見て、翼はクククと笑っている。一方の金蝉はと言うと……
「……ちっ……行けば良いんだろ」
 ――と言う事である。

 あの日のニュースは、静香の話題で持ち切りだった事を思い出す。
 余命幾許も無い少女が攫われたが、無事生還。しかも、その身を蝕んでいた病気も完治していると言う、正に奇跡な話に日本中は沸いた。
 その影で人知れず戦った者達の事は語られる事は無かったが、その者達にとってはたった一言……その一言が全ての苦労を忘れさせてくれた。
『私は、生きています。そして、これからも生きます。生きていますから……』
 涙で頬を濡らしながら、笑顔で言った――高浜 静香の言葉である……

「静香ちゃん、退院おめでとう!!」
「おめでとう」
「おめでとう!静香!」
「僕からキミに、おめでとうを言わせて貰うよ?」
「……良かったな……」
 シュラインは満面の笑みで、弧月は微笑みながら、竜磨は心底嬉しそうに、翼はフッと笑みながら、金蝉は無表情に、それぞれ祝いの言葉を贈る。
「ありがとう!お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
 元気一杯の笑みを見せて、静香は答えた。
「じゃ、約束通り今日は遊ぼうか?」
「うん!」
 笑顔で視線を合わせたシュラインに、静香は元気良く頷く。
「俺は遠慮するぞ」
 そう言うと、踵を返そうとする金蝉の襟を翼が掴む。
「今更何言ってるんだ?キミも行くんだ」
「桜塚さん、今日位良いでしょう?」
「そうだよそうだよ。折角なんだしな」
 更に、弧月・竜磨までが加わり、金蝉に逃げ場は無くなった……
「分かった……だから、手を離せ!」
 そんな言葉を残しながら、金蝉は3人に引きずられて行く。その様を見ながら、シュラインと静香はお互い顔を見合わせ笑うと、その手を繋いで歩き出した。
「ああ、そう言えば悠桐さん、横浜に行く前に何してたんですか?」
 不意に弧月があの日の事を竜磨に問うた。
「ああ〜行方不明の看護士の事聞きに行ったんだけどね。『そんなプライベートな事は知りません』だとさ」
 罰が悪いのか竜磨は苦笑いで答えた。
「結局は、あいつがあの看護士だった……命を救う側が命を弄んでいたなんてね……何だかショックですね」
 弧月は何処か遠くを見詰める様に、眼を細める。
「誰にだって、闇はある。そういう事さ……」
 翼は、反芻するかの様に眼を閉じて言った。
「関係ないな。俺は俺だ」
 依然無表情のまま金蝉が言い切ったその時!
「ねぇ!お兄ちゃん達!何の話してるの?」
 静香が割って入る。
 そんな静香に、竜磨はニィッと笑った。
「教えてやらない〜」
「あーひどいよ!竜磨お兄ちゃん!弧月お兄ちゃん、教えてよ!」
「ん〜また今度じゃ駄目かな?」
「けちー!翼お兄ちゃん!」
「キミにはまだ早い事さ」
「えー!金蝉お兄ちゃん!!教えてよー!!」
「……はぁ……」
 ガヤガヤと先を行く5人を見詰めながら、シュラインと草間が並んで歩いている。
「依頼人は、これで満足かな?自分が願った通りになったが、その姿を見れずに終わってしまって……」
 呟く様に言った草間の言葉に、シュラインは微笑んで答える。
「きっと、満足だと思うわ。それに、きっと見ているわ」
 視線の先の静香の背後に、フッと笑顔を湛えた老人の姿が見えた気がして、シュラインはまた微笑む。
「ああ、そうだな」
 草間が微笑んで答えた……

 ビルの屋上から、ジッと眼下の7人を見詰める眼が在った。
「生きて居たいか・・・・生きて何を為すのか、分からんが・・・・まぁ、これもまたいいかもな」
 背中に棺桶を背負った、神夜が笑顔の静香を見詰める。
「また会えたら・・・・良いな・・・・」
 その顔が、ほんの少しだけ笑みを見せると、神夜はゆっくり踵を返すと、ビルの屋上から立ち去った。

 変わらない日常の中にある、新たな日々が始まった……


命の詩 了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1582 / 柚品 弧月 / 男 / 22歳 / 大学生

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

2133 / 悠桐 竜磨 / 男 / 20歳 / 大学生/ホスト

2916 / 桜塚 金蝉 / 男 / 21歳 / 陰陽師

2863 / 蒼王 翼 / 女 / 16歳 / F1レーサー兼闇の狩人

3035 / 飛桜 神夜 / 男 / 12歳 / 旅人?(ほとんど盗人)

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■         ライター通信          ■
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 蒼王様、桜塚様、飛桜様、初めまして!
 シュライン様、柚品様、悠桐様、お久しぶりです!
 ライターの凪 蒼真で御座います!(深々)

 此処に「命の詩− 第三話 月下 −」をお届けいたします!
 
 まずは、またしても僅かばかりとは言え遅延を起こしてしまいました事、誠に申し訳ありません。(深々)
 もっと集中して、纏める努力をしなければならないと、何時も以上に凹んでいる次第です。
 次回、御参加される機会がありましたら、名誉挽回させて頂きたく思いますので、どうか宜しくお願い申し上げます。(深礼)

 さて、三話に渡ってやってまいりました「命の詩」ですが、三話通してみて如何だったでしょうか?
 見て頂ければ分かります通り、「朝露」「黄昏」月下」と朝・昼・夜と言う流れになっております。
 それぞれ、文章の中に意味合いを織り込んだつもりですが、如何せん未熟な者ですから、表現し足り無い部分が多々あると思います。
 しかしながら、精一杯書かせて頂いておりますので、もし宜しければ皆様が感じた事をお教え願えれば幸いです。

 この依頼は、全て皆様のプレイングが重要でした。
 こんな分かり難い依頼に参加して頂いた各キャラクター様、そして、プレイヤー様、本当に有難う御座います!!
 また、リンクシナリオをやってみたいと思っておりますので、その節にはどうか宜しくお願い致します!

 それでは、今回はこの辺りで……皆様に、命の詩が届きます様に……