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<東京怪談ノベル(シングル)>


コ●クション

 私の事を好事家等と言う輩も居るみたいだね。私の周りに居る奴らは、私の収集品なのだと。確かにそう言う部分もあるだろうけど、でも私が大切にしてるのは、奴らそのものじゃないんだけどねぇ。


 勾音は元々あまり眠らない。睡眠を充分にとらなくても身体的に何ら負担にならないからと言うのがその理由だが、時折、これは自分が夢を見たくないからなんじゃないか、と疑問に思う時もある。そして、この恐いものナシの私が、夢を見る事を恐がっているかもとはねぇ…と苦笑が混ざるのだ。
 また、眠らずに何かと忙しくばたばたしていれば、辛いも悲しいも感じている暇がないから、と思う時もある。回転を止めたら倒れてしまう輪っかのように、ひたすらこの長い年月、走り続けてきたような気がする。ずっとひたすら前だけを見据え、後ろなど振り返ったことなどない。だが、こんな月の丸い夜は、何故か昔を思い返したくなるのだった。

 あれはいつの時代の頃だったかねぇ…あんまり昔過ぎて、はっきりとは覚えてないけどね。長く生きてると、いろんな事があるものさね。悲しい事も楽しい事も、寂しい事も悔しい事も、ありとあらゆるものが私に降り注いだ。それを私は全て受け止め、自分で消化してきた。…と言うと格好いいが、本当は私の背中を二人分の腕が支えてくれていたから、こうやってこれまで一人で駆け続けて来たんだろうね。
 ずっとずっと昔、まだこの地に私の里があった頃。そう、私にも一族がいて、そしてそこで私は夫と娘と三人、平凡ながら幸せに暮らしていたのさ。…今の私からは想像できないだろ?だが、確実にそう言う時代があったのさ。私に限らず、誰にだってそう言う時はある。鮪みたいに泳ぎ続けていないと死んでしまうような日々を送っている奴だって、そう言う穏やかな時はいつか訪れるものさ。
 だが、そう言う日々が長続きしないのも定石だ。こればっかは個人の運命としか言いようがないね。一生を平凡な日々で終える者だって沢山居るが、波乱万丈な日々は、それを願う者だけでなく、そうでない者にだって訪れる。私が、大波小波の日々を願っていたかどうかだって?それはどうだろうねぇ…私の心の中は、私にしか分からない。私にだって分からない部分はあるのだからね。
 ある日、別の里まで遣いに出掛けた私が帰ってくると、里は火の海だった。慌ててその場にお遣い物を放り出し、私は自分の家まで駆けていく。今でも覚えている。火の粉が私の顔や髪を焦がし、厭な匂いがしたけれど、そんな事を気にしてなんかいられない程、その時の私は動揺していた。今から思えば、滑稽な位にね。
 辿り着いた私の家は、既に半分崩れ掛けていた。その中に飛び込んでいたなら、今頃私はここには居なかっただろう。だが私は家の中には飛び込まず、その場で立ち尽くした。何故なら、玄関を少し出た辺りの地面に、旦那と娘、二人の死体が無造作に転がっていたからさ。
 娘は無残に、正面から真っ直ぐに断ち切られていた。そんな娘の亡骸を守るよう、うつ伏せに覆い被さった旦那の背中には無数の槍。焔で舞い上がる熱い空気が私の髪を吹き上げ、乱す。同じような死体が、そこら中に転がっていた。そしてその中に、恐らく我が一族が返り討ちにしたのだろう、人間の死体。そうか、人間の仕業か、と私は何の感慨もなく思った。
 だから、奴らも同じようにしてやった。復讐?違うね。化物と人間が相容れないのは至極当然の事さ。それをちゃんと分かっていたから、私達は里からも殆ど出ず、ひっそりと暮らしていた。それさえも気に食わずに、我が一族を根絶やしにした人間の気持ちも分からないでもない。誰でも、自分とは異質の存在、そのうえ相手の方がいろいろと自分の上を行っていると分かれば、そいつらが怖く、憎くなるのは当たり前さね。だが、私が一族を、居場所を奪われたのは事実。だから、奴らにも同じ目にあわせてやる。これは因果応報って奴さ。
 私は奴らの肉を引き千切り咀嚼し、まだ喰らい掛けのそれを投げ捨てる。喰らい尽くして真ッ平らにしてやった。だが、これは復讐でなく因果応報だ。だから私は、その人間の里で、一人だけ生かしてやった。私と同じよう、子供を持った母親だ。勿論、その子供の方はこの爪にかけさせて貰ったがね。悔しければ、憎ければ私を滅ぼしに来るがいい。その時は、私もそれが因果応報だと思って諦めるさ。尤も、素直に殺されてやる程には甘くないから、多少の反撃は覚悟してもらわないと困るがね?


 ふふ、と勾音が頬を緩めて笑う。近くに居た男がどうしましたか?と尋ねると、勾音は何でもないと口元に笑みを湛えたまま首を左右に緩く振った。
 「そうやって何でもねぇ所で笑ったりするから、不気味悪がられてんじゃねぇの?」
 カウンターの中から声がする。バーテンの青年が、カットグラスを拭きながらそう言って笑った。
 「おや、お前。それなら、お前の事を考えて夜も眠れないんだよ、とでも言って欲しかったのかえ?」 
 「止めてくれ、俺は年上の女は好みじゃねぇっつうの」
 そう言って青年は厭そうな顔をして鼻に皺を寄せる。が、その口元は可笑しげに歪んでいるから、どう見てもただの軽口だと知れた。

 ここにいる殆ど全ての者が、私を慕いつつも私に怯え畏怖を感じている。だが、この青年だけは違う。いつも私に反抗的で生意気で、一度は私の爪にかかって死に掛けた事もある癖に、もしかしたらこいつはバカなんじゃないかと思う時もあるが、何故か憎めない。
 そんな事を思っていると、バーテンに一人の女が、失礼な事を言うなと食って掛かる。私を心酔し、尽くしてくれる子猫みたいな女だ。いつものように口論を始める二人と、既に恒例行事と化したそれを、いつもの事だと店内の誰もが放置する様子を、私は一歩退いた所から眺める。
 バーテンや子猫を含め、何故私が彼らをここに連れて来、置いているのか。ただの気紛れ、ただの思いつきである事は当たり前さね、私にとって面白くもないような奴らを食わせてやる程、私は太っ腹じゃないよ。私の物差しで、面白くて楽しめる、アグレッシブでエキセントリックでありさえすればそれで充分。だが、こうして振り返ってみると、ここにいる奴らには多かれ少なかれ、何か似通った部分がある事に気付いたのさ。


 未だ喧嘩を続けるバーテンと子猫を眺め、昔、自分の夫と娘も、こうした遣り取りをしていたな、と勾音は思う。勾音の血を引いているだけあって、娘も気性が激しく強く、そして逞しかった。父親である勾音の夫と、よくこうして些細な事で衝突しあっては、お互いを認め合っていた。…尤も、今のこの二人は、認め合う域まで到達していないようだが。
 勾音が首を巡らせ、店内に居る者達を眺め見る。誰も彼も、一癖も二癖もあり、事情も身上も複雑で、履歴書なんかを書かせた暁には、一人ずつ分厚いファイルが出来上がりそうな具合だ。そんな千差万別な顔を見ていると、どこか何かが共通しているような気がする。どこがとも何がとも言えない、あえて言うなら雰囲気が、か。遥か昔、あの里で暮らしていた時のような、そんな雰囲気。懐古趣味か、と勾音は苦笑いをした。
 だが、そんな事で失くした気持ちは埋まる訳がない。そんな事は、百も二百も承知だ。勾音とて、昔を再現する為に、ここに居る者たちを集めた訳ではない。ただ単に集めたかったから集めただけだ。そして欲しかったのは多分、収集品自体ではなく、その繋がりそのもの。それさえも、強制する訳でもなく、自然の流れに任せただけだ。


 勾音はスツールから降りると、ゆらり、いつもの穏やかな歩調で歩き出し、店の奥へと消えていく。その背中を押す、二人分の腕。逞しく優しい腕と可愛い腕。それが無くならない限り、勾音は生き続ける。それは義務であり意地であり、今となっては、勾音の鎧でもあった。