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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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瓶詰めの精霊
●解き放たれし災い
5月の瑞々しい陽光が、新緑薫る賑やかな街に降り注ぐ。
初夏の匂いを運ぶ爽やかな優風<そよかぜ>に豊かな黒髪を遊ばせながら並木道を散歩していた海原・みその(うなばら・−)は、のどやかな午後の空気を引き裂いた無粋な喧騒に顔をあげた。
どんがら、がっしゃん☆、と。景気よく、誰かが手当たり次第に暴れているらしい賑やかな物音は、通りに面した小さな店の中から聞こえてくる。――目が見えていれば、アンティークショップ・レンと書かれた古い看板に気が付いたかもしれない。
ひとしきり暴れまわって喧騒を撒き散らした後、ひとまずそれで気が済んだのか、ぴたりと音が止む。そして、
《ひゃっほ〜〜〜〜〜っ♪》
開いた天窓から奇声をあげて飛び出してきたそれ―みそのには小さな丸い玉のように感じられたのだけど―は、ぽよんと大きく跳ねて物音に驚いて足を止めた通りすがりの通行人に狙いを定め‥‥
げしっ☆
反射神経がよければ、あるいは、避けられたかもしれない。
が、何も無いところでも転んでしまうほど壊滅的な運動神経の持ち主であるみそのにとって、この奇襲は感知していても避けられぬものではなかった。――尤もかなりのスピードであったので、見えていても避けられたかは怪しいが。
‥‥かくして。不遜にも足蹴にされた額をさすりながら店に足を踏み入れたみそのは、ひっくりかえった店内とその中で、呆然―あるいは、憮然―と。それぞれの表情で、遭遇した災難を見送った人物たちと顔を合わせた。
●暴風一過
アールレイ・アドルファスは不機嫌だった。
ちょっぴり古びたカビ臭いゴブラン張りの長椅子(注:売り物)を陣取って、気持ちよくお昼寝していたところを文字通り叩き起こされたのだから無理もない。その上、騒ぎに驚いて、ついうっかり顔を上げてしまい、飛んできた商品―小さな青銅<ブロンズ>製のハンドクーラーだったが―を顔面で受け止めるという、オチまで付いた日には‥‥己の運動神経に絶対の自信を持つアールレイにとっては、もはや不覚を通り越して屈辱に近い大惨事である。
「‥‥ちょっとあんまりじゃない? アールレイじゃなきゃ、死んじゃったかもよ‥」
アールレイ同様、不運にも店内に居合わせた鬼丸・鵺(おにまる・ぬえ)に言わせれば、青銅のオブジェを顔に受けてけろりとしている時点で、既に十分普通じゃない。――因みに、床に落とした組み紐を拾い上げようとしゃがみこんだところで騒ぎに遭遇した鵺は手近なテーブルの下にもぐりこみ、舞い上がった埃に包まれただけで奇蹟的に無傷であった。小奇麗に見えても骨董品屋。置かれた品は皆、古道具。この店で過ごした年期の分だけ、しっかり埃を被っている。お気に入りのブラウスに埃滲みをつけられるのは、女の子にとってはけっこう痛い。――物理的というより、精神的に‥。
「平気じゃないよ。アールレイはとっても痛かったんだから」
受けた被害は声高に訴えるべし。
額にくっきりと小さな足跡をつけて淑やかに入店してきた海原みそのを含め、3人の子供たちは、憮然と煙管をふかす碧摩・蓮(へきま・れん)に説明を求めたのだった。
「‥‥‥別にね‥」
机の奥に忘れられていた青い硝子の小瓶。そして、その瓶の中に封印されていたらしい小さな生き物‥‥生き物と定義していいのかどうか。少しばかり、微妙だけれど。蓮から顛末を聞かされたアールレイは、素っ気ない口調で大袈裟に肩をすくめる。
「あの子が何しようとアールレイには関係ないんだけどさ‥」
ちっとも関係ない風には思えぬ口調で。――表面上はクールに構えているが、内心はかなり熱いものが満ちている。
偶然とはいえ‥というか、偶然に決まっているけど‥自分に傷をつけるなんて。他の誰が許しても、アールレイのプライドが許さない。
目には目を、歯には歯を――
この言葉の意味、きっちり身をもって覚えさせなければ。
「あの子、アールレイが捕まえてきてあげるよ」
アールレイの親切な申し出‥‥端々に私怨が感じられるが‥に、鵺もシャギーの入ったショートカットの頭を大きく頷かせた。こちらも親切心というより、どちらかと言えば、好奇心が優先らしい。
「きっと閉じ込められてオカシクなっちゃったんだねっ!」
元気一杯の少女を前に煙管を加えた蓮は深々と息を吸い込み、そして、ゆるゆると紫煙を吐き出す。
「捕まえるって言ってもねぇ‥」
諸悪の根源は、早々と店を飛び出しすでに影も形もない。億劫そうに煙草をふかす蓮に、アールレイは得意げに手を差し出した。
「ちょっとその瓶貸してもらえる?」
掬い上げるように蓮の手から碧い硝子の小瓶をとりあげると、無造作に顔を近づけて匂いを確かめる。――小さな瓶は、古い時代の魔法の香りがした。
「うん、少しだけど残り香もあるし。‥‥じゃ、ちょっと追っかけて、もう1度、瓶の中に入ってもらおうかな」
くすりとどこか邪気のこもった笑みを唇の端に浮かべ、アールレイはみそのの脇をすりぬけて店を飛び出していく。
「あ、ねぇ。匂いって、警察犬じゃないんだからさぁっ!」
鵺が慌ててその後を追う。地に足のついていない犯人を追うのは警察犬でも、普通は無理な気がするのだが‥‥。
●空を飛ぶ者、地を駆ける者
逃げ出した妖精の後を追うのは、それほど難しいコトではなかった。むしろ、簡単だったと言うべきだろう。
点々とばら撒かれた被害を辿っていけば‥‥
転がされた植木鉢。投函された手紙を吐き出す郵便ポスト。通行人に水をかける噴水。ヒゲを切られた猫に、目まぐるしく色を帰る信号機。
せこいものから、ちょっと問題が大きくなりそうなものまで。
よく思いつくなぁ、と。なにやら感嘆に近い感情まで湧いてきそうだ。
鵺はともかく、アールレイなどは精神の根本的なところで思わず奇妙な類似性を認識しそうになって慌てて首を横に振る。
そう、感心している場合ではない。――悪戯は誰かにするから面白いのであって、被害を蒙る側としては決して笑い事ではないのだから。
「待てええええぇっっっ!!!」
方々に悪戯を振り撒きながら中空を移動していた小さな光は、俊足を生かして追いかけてくるアールレイに気付いて速度を緩めた。
「さあ、追いついた。アールレイに謝りなよっ!」
ぴしりと突きつけられた指の先で、光の玉はふよふよと不規則に漂いながら、へんっと鼻先でせせら笑う。――サングラスを掛けていれば、光の中で小生意気そうな子供が「んべっ☆」、と。舌を出している顔が見えたかもしれない。
《やだねっ!》
まったく悪びれる様子のない相手の様子に、アールレイは地団駄を踏んで声を張り上げた。道行く人が少し驚いたように顔をあげ、漂う光玉とその下で怒声をあげる少年に眼を向ける。――なんとも不思議そうな顔をするのは、やはりその光景を俄かに理解できないからだろうか。
「何言ってんだよっ! キミのおかげでアールレイはとっても酷い目にあったんだから!!」
《そんなのお前がドンクサイだけじゃん。やーい、ぐず☆ のろま☆ ば〜〜〜〜か☆》
「なんだとぉっ!! もう許さないぞっ!!!」
虫取り網に虫かごという昆虫採集ルックに着替えようやく追いついた鵺の前で、そして、また追いかけっこが始まった。――ひとまず悪戯は止んだようだが。今度の騒動はふたり分、賑やかさではさっきよりも勝っているかもしれない。
「待てって言ってるだろっ!! アールレイの言うことが聞けないのっ?!」
機動力、ジャンプ力、共に常人を遥かに上回るアールレイの指先を紙一重で躱し、小さな光玉は得意気にチカチカと瞬く。
《へ、へ〜〜〜んだっ! 口惜しかったらオレを捕まえてみなっ☆》
「この〜っ!! 待てえええっっ!!!!」
見ようによっては楽しげにも見えるふたりを眺め、鵺はちらりと思う。‥‥ちょっと、似たモノ同士かもしれない。
●件<くだん>
「お疲れさまっ!」
鵺の差し出した冷たい缶ジュースを受け取り、アールレイは無言のままプルトップを尖った爪の先で引き上げた。シャギーの入った短い赤毛の少女は不機嫌を身体で表現するアールレイにの心情にはあまり頓着しない様子で、朗らかに話を続ける。
「やっぱりすばしっこいって言うか、なかなか捕まらないもんだね〜」
もちょっとなんだけど。
えいや、と。跳び上がって精霊を追うアールレイの真似をする鵺に、アールレイは冷たい液体を喉の流し込んで可愛らしく頬を膨らませた。
「アールレイは一生懸命やってるよ!」
散々、剽窃されてこの体たらく。
空を翔ぶ者の有利とでもいったら良いのだろうか。かすりはするのだが、捕獲するまでには至っていない。
運動神経には絶対の自信を持つアールレイにとってはかなりの屈辱だ。
「絶対に許さないんだからっ!!」
と、力強く宣言してもまずは捕まえなければお話にならないのが、いっそう腹立たしい。
不機嫌そうにジュースの缶を傾けるアールレイの隣で、鵺はニコニコしながら自分のジュースを口に運ぶ。
「考えたんだけどさ。追いかけるから逃げるんだよ、きっと。――あの子の行きそうな所で待ち伏せするのはどうかな?」
鵺の提案に、アールレイはちらりと顎をあげた。
「待ち伏せって、行き先も分からないのに、どうするのさ?」
高レベルの追いかけっこにさすがに疲れたのだろう。追いかけるアールレイの指をすり抜けた精霊は、どこかへ姿をくらましていた。大勢の人間が歩き回る賑やかな街の喧騒の中、匂いを頼りに小さな生き物を追いかけるのは、どうしてなかなか難しい。
「あ、それは鵺にいい考えがあるの」
そう言って鵺が取り出したのは、いつも持ち歩いている能面のひとつ。――件<くだん>と呼ばれる人の顔をした牛の妖怪を模したものだ。
「何コレ?」
もちろん、外国人のアールレイには馴染みがない。
これで何をしようというのか。いささか懐疑的な視線を向けたアールレイに、鵺はニコリと笑って面を示す。
「これが、あの子の行き先を教えてくれるよ☆」
能面をつけることで、面が宿す妖怪を呼び出し使役するのが鵺の特技だ。そして、この件<くだん>は、未来を予言する能力がある。
これを使って、先回りをすれば‥‥
思いついた名案ににっこりし、鵺は能面をつけた。
●刻<とき>の虫籠
犯罪者は現場に戻る。
推理小説の定石‥‥つまり、お約束。追いかけているのは、犯罪者ではないけれど。――ある意味、犯人ではあるかもしれない。
「どーして、アールレイがこんなところに‥‥」
重厚なオーク材の机の下で、アールレイは不満気に頬を膨らませた。アンティークショップ・レンの見慣れた店内は薄暗く、どこか古びて埃っぽい骨董品店特有の匂いに満ちている。
「しぃ‥、声を出したらバレちゃうってばぁ‥」
同じく柱時計の翳に身をよせた鵺が人差し指を唇に当て、沈黙を要求したが効果は薄そうだ。
「そんなこと言ったって、アールレイは――」
じっと待つより、追いかける方が性に合っている。
(‥‥アールレイをこんな目に遭わせるなんて‥)
絶対にお仕置きが必要だ。
決意も新たに拳を固めるアールレイの隣で、鵺も手にした家の物置から取り出した虫取り網を握り締める。――そういえば、こういうのは夏休みの課題にもあったっけ。まぁ、その学校に、鵺はほとんど通っていないのだけども。
「‥‥妖精の好物って何だろうね?」
「アールレイは妖精じゃないから、そんなこと知らないよ」
素っ気ない返事にも構わず、鵺はどこか嬉しげに机の下のアールレイに向かって言葉を続けた。
「綺麗な籠に小さなベッドとかソファーとか置いて‥‥ねぇ、聞いてる?」
何か間違ってるように思うのは、気のせいだろうか。
「アールレイはあの子にお仕置きするんだから」
「あの子、きっと閉じ込められてオカシクなっちゃったんだよ。だから、籠には鍵をかけないの‥‥」
独自の精神論を展開する鵺の隣で、アールレイは吐息をひとつ。煩げに反論しようと口を開きかけた時、薄暗い店内にふわりとほのかな光が落ちた。
「「来たっ!!!」」
ひらりひらりと舞い降りてきた淡い光に、物陰にて待ち伏せていたふたりが一斉に跳びかかる。
――ごつん‥っ☆
瞼の裏に、色取り取りの星が散った。
《ぎゃっ☆》
「あいたっ!!」
「いった〜〜〜いっ!!」
みっつの悲鳴と店内に響いた賑やかな喧騒を聞きつけて、奥から出てきた店の主が見たものは‥‥
頭を抱えて蹲るふたりの子供。そして――
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「‥‥それで、あたしにどうしろって言うんだね‥」
もったいぶった仕草で煙草を詰めた煙管に火を付け、蓮はゆっくりを息を吸い込む。吐き出された紫煙が高い天井にゆらりと漂うた。
「だから」
交渉の相手としてはなかなか難敵であるらしその態度に形の良い眉をしかめて、アールレイは鵺がしっかり抱きしめた虫籠を指差す。黄色いプラスチックの籠の中には、ふたり分の体重に押し潰され動かなくなった精霊がとりあえず閉じ込められていた。
「不用意にアレの蓋を開けちゃったのはお姉さんだよね。このままじゃちょっと不満だから、ちゃんと閉じ込めるもの何か貸してよ」
「ダメダメ、閉じ込めちゃダメだって!」
アールレイの要求に、鵺が横から口を挟む。
こちらは、擁護派(?)であるらしい。
「何言ってんのさ。この子が、またそこから逃げて悪戯したら、キミ、ひとりで捕まえられるの?!」
「ちゃんとお話したら大丈夫だよ!」
喧々諤々。
少しばかり傍迷惑な喧騒は、まだ終わりそうにない。
どう転んでも、今日は賑やかな1日になる運命だったのだ、と。――互いに譲らず自分の意見を主張しあうふたりを眺めて、蓮はやれやれと肩を竦めた。
=おわり=
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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☆ 1388 / 海原・みその / 女性 / 13歳 / 深淵の巫女
☆ 2414 / 鬼丸・鵺 / 女性 / 13歳 / 中学生
☆ 2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼
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■ ライター通信
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はじめまして、こんにちは。この度、『瓶詰めの精霊』の執筆に当たらせていただきました津田茜です。
OMCでは初書きになります複数PCさんによるゲーム形式のノベル。いかがでしたでしょうか。――個人的には、明るい話が書けて嬉しかったです。
アールレイさん、とても動かしやすいPCさんだったのですが、こんなイメージでよかったでしょうか? いや、うちの子は、こんなキャラじゃないのよっと思われましたらごめんなさい。ここが違うとお知らせいただければ、機会があった時に善処させていただきますです。
それでは、満足していただけるものであることを祈りつつ。
30/May/04 津田 茜
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