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<東京怪談ノベル(シングル)>


いつか……

 ごろん。
 ベッドの上で寝返り一回。
 ごろごろん。
 タオルケットを体の上から押しのけつつ、もう一回。
「……あつい」
 本日の最高気温は確か二八度だったか。気温だけならまだしも、湿度までも高いらしく、寝心地は最悪……というか、眠れない。
「しゃーねぇなあ」
 しばらくごろごろとしていた片須真は、とうとう睡眠確保を諦めてベッドから降りた。
 ぱたぱたと服に風を送りながら、台所の方へと歩いて行く。汗をかいたせいか、水分が欲しかったのだ。
 パタパタと風を送るたびに、タンクトップの奥の肌がチラチラと姿を見せる。いくら部屋の中に彼女一人だけと言えど、もう少し気にした方が良いのではないか……と、たいがいの者は思うだろう。しかし彼女の経歴を知れば、それも仕方がないことと納得出来るかもしれない。
 冷蔵庫からミネラルウォーターを出した真は、どうせ眠れないのだしとリビングへ向かう。
 ベッドに戻って眠る気にはならないし、台所で飲むのもなんだか気が向かない。たまには夜闇の中でのんびりするのもいいかと思う。
 部屋の電気はつけないまま、月明かりにうすぼんやりと照らされたリビングに腰を下ろす。
 と、その時――。
 外で風が拭いたのか、ザアッと雲が動き。月の明かりを隠してしまう。視界があっという間に闇に近くなり、周囲が見えにくくなったせいか、ふと、自身の身体に意識が向いた。
 生まれついた時には確かに男性だった身体。
 禁忌に触れ女性になってしまったあの日を思い出す。
「あん時は俺も無鉄砲だったよなあ……」
 静かに独りごちて、苦笑する。
 なんとなく……胸に手が伸びた。そこには、鉤十字の首飾りがあった。
 特に意味もなく、手にした鍵十字を見つめる――サァッと再び雲が動いて、月明かりが戻ってくる。目に飛び込んできたのは女性の身体を持つ自身の姿。
 まあこうなったのも自業自得といえばそれまでだが……。
 だがやはり、戻れるものなら戻りたい。
 そう願うことは間違いではないはず。
 生まれ育った身体と、長年慣れ親しんできた男としての自分と……それらを、取り戻したいいと思う。
 だが心のどこかでは諦め掛けているのもまた事実で。
「もしかすると、俺はずっとこのままなのかもな……」
 ふいに、そんな言葉が零れた。
 自分自身驚いてしまう、予想外の弱々しい声に微かに自嘲の笑みを浮かべる。
 わかっているのだ。
 元に戻れる確率なんて限りなく低い。
 それでも……たとえどんなに低い可能性でも、探さずにはいられないのだ。
 だから真は、探し続ける。
 広いどこかにあるかもしれない、小さな可能性に縋って。
 ……深い深いため息。
 しばらく静かに瞳を閉じていた真は、唐突に顔を上げた。その表情にはもう、先ほどまでの弱さは見えない。
「やっぱ俺に悩みは似合わないな」
 くっと笑ってその場にすっくと立ちあがる。
 こんなふうに静かだからついつい余計なことまで考えてしまうのだ。さっさと寝てしまえ。
 半分ほどにまで減ったミネラルウォーターを片付けるべくキッチンに向かおうとした矢先――
「お?」
 電話の呼び出し音が鳴り響く。
 受話器を取ると、電話の相手は上司であった。どうやら事件が発生したらしい。
 一通りの状況と指示を聞いてから、受話器を置いて、うんっと大きく伸びをする。
「さあて、今日も仕事をしますかな!」
 ニット笑った真は、さっとジャケットを羽織り、手早く出掛ける準備を済ませると、部屋の隅に置いてあった大剣を片手に持つ。
 そして真は意気揚々と、マンションを飛び出して行く。

 いつか……見つからないかもしれない、けれど見つかることを祈り続ける。
 生まれ持った身体を取り戻す事。
 今の容姿も嫌いではないけれど、やっぱり、男として生きていきたいと思うのだ。