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<東京怪談ノベル(シングル)>


画面越しの遭遇


 神聖都学園に所属する高校生の岡田 将幸はコンピュータに使われるのではなくそれをしっかりと使いこなし、さらにそのシステム的な解釈から論理に至るまですべてを把握している天才だ。そんな彼の指先と思考から生み出されるものは、パソコンを使う人間にとって歓迎されるものばかり。新種のウイルスを無効にするワクチンソフトなどは、名も知らぬ人間から今も感謝されていることだろう。またコンピュータロジックを理解しているからこそ、彼は周囲に『斬新』と言わしめる内容のゲームソフトを生み出すことができる。常に進化し続けるこの業界の中で努力を続ける彼の今の望み……それはある事件をきっかけにして考えついた『悪魔召還プログラム』の構築と完成だった。
 将幸は授業中に思いついたロジックを不必要なプリントの裏に残し、それを大事に机の中へしまい込む。そして休み時間や放課後になってからそれをノートに書き写したりして、しっかりとした内容のものに書き直すのだ。この彼の一連の行動は今に始まったわけではない。彼の授業風景はいつもこんなものだ。これは彼の癖だった。最近は今までになく巨大なプログラムを構築するので、メモからノートへ清書するにも時間がかかる。思いついたことを走り書きしたプリントの内容とすでに書かれた内容との見比べながらロジックを組み立てていくため、彼は慎重になっていた。授業が終わり放課後になり、次第に教室にクラスメートがいなくなり……最後に自分ひとり机の上で膝を突いて考えごとをしているなど当たり前の光景だ。教室の中が夕闇に支配される頃、彼はかばんの中に机の上に広げた資料を突っ込んでさっさと家に帰る。そして家のパソコンでプログラムの構築に挑戦するのだ。彼の思考錯誤は未来永劫続くと思われたが、あるひらめきが彼の背中を押して以来、かなり前へ進んでいた。プログラムの完成はもはや時間の問題だった。

 しかし完成に近づいた時、あるトラブルが起こった。それは将幸が予想していたことだった。悪魔召還プログラムは部分部分の単体テストは彼の持つノートパソコンですることができるのだが、いちばん重要な連結テストをすることができないのだ。原因は彼の持つパソコンのマシンパワーにあったのだが、こればっかりはどうしようもない。実はその稼動条件に見合うパソコンを購入するだけの資金は持っているのだが、家にそれを置くスペースも電力もない。
 ある日の放課後、購買で買ったパックのジュースをすすりながら考えた結果、将幸は学内のあるところに足を運ぶことにした。教室で作業をしていた将幸はノートパソコンをスタンバイ状態にした後で画面を閉じ、それをかばんに片付けて誰もいない夕暮れ時の教室から出ていく。今日はこのまま家に帰るわけではない。目的があってこの広い学校の廊下を歩く将幸だった。この時間は吹奏楽部の練習の音や陸上部のピストルの音が混じり合っていた。

 将幸がやってきたのは学内のコンピュータ学習室だった。学習室はすでに錠が下りており、生徒は誰もいなかった。彼はここの管理室に存在する高性能のホストコンピュータをあてにしてここに来たのだ。将幸は管理室の中にいる数学教師に一声かけると、相手も笑顔で中に入ることを許可する。管理室は教師のために用意された場所で生徒は立入禁止の場所だが、普段からここを使用している将幸は顔パスだ。少年は教師のいる場所よりも奥ににノートパソコンの入ったかばんを置き、さっそく作業の準備を始める。この行為も本当は大それたことだが、将幸の電算系の成績や学外での活躍を知っている教師はそれをも許可する。下手をすると、コンピュータ関係の知識は少年の方が上かもしれない。余計なことを口出しするだけ自分の損になるというくらい、教師にだってわかっていた。そんな将幸は持ちこんだ機材にコネクタをセットした後でようやく教師に了解を得るために口を開いた。

 「あ……ホストコンピュータでプログラム実験するんで。」
 「構わないよ。こっちもどうせそんなことだろうと思ってたし。」

 教師は実習室でコンピュータ計算ソフトを使ったテストの採点をつけていたらしい。ボックスの中に計算式が入っているかどうかや表計算の体裁などをチェックしていたのだろう。彼は点数をつけていた帳簿を静かに閉じ、生徒たちのファイルを表示しているディスプレイの電源を消した。そしてゆっくりと将幸の近くへ向かう……ホストコンピュータとの通信を確認した彼は部分ごとに構築してあったプログラムを転送し始める。その量は膨大なものだった。教師はそのタイトルを見て将幸の背中越しで不思議そうな表情を浮かべた。

 「将幸くん、それ何のプログラム?」
 「俺が作った新しいロジックのプログラムです。ノートじゃ動かせられなかったんで、こっちでやってみようかと思って。」
 「そりゃそうだろうな〜、ひとつでそんなに容量食ってたんじゃ動くわけないもんね。でもナンバーがついてるところを見ると……それってまだ転送終わってないの?」

 将幸が静かに頷くと、教師はへぇ〜と言いながら大きく頷く。いつもはワクチンソフトの動作などの実験台になるホストコンピュータだが、今回はそういった用途で使われるわけではなさそうだ。再び教師が口を開く。

 「で、それは何をするためのものなんだい?」
 「……悪魔を召還し、操るためのプログラムです。プログラム内に生体エネルギーを保持できるようデータ圧縮処理で工夫して、実際に使役する悪魔は魔法論理に基づいた順番で魔法陣を表示するようにし、それを実体化させるというのがこれです。」
 「悪魔の……実体化? 三次元ホログラム装置もなしに? そんな無茶な〜。今のコンピュータ技術を考えれば、君にだって無理なことだってすぐにわかることじゃないか。そんなことができるなら世の中がもっと面白くなってると思うよ。そういう技術はまだ夢物語だよ、ははは……」

 鼻で笑われるよりかはマシだったが、数学教師はそのプログラムにまったく期待していない様子だった。転送が完了し、プログラムの結合を行った将幸はノートパソコンから遠隔操作し、そのプログラムを起動させるためにキーボードを叩き始めた……そう、彼は教師の態度にカチンと来て意地になっていたのだ。そんなことも知らない数学教師は後ろで気楽に同じ映像を見ている。すると謎の魔法陣が出現し、プログラムの起動が報告する文字が現れた。もちろん製作者の名前は「Masayuki Okada」だ。それらの画面が消えた後、なぜか見たこともない荒野が映し出された。灰色の雲が流れるすすけた大地……将幸も教師も不思議そうな表情のままディスプレイを覗きこむ。いったいこれはどこを映しているのか、それすらもわからなかった。

 「あれ、まさかいきなり魔界に接続するように設定してたのか……そういえば初期状態で異界とのチャンネルを繋げないようにするとか、そういう制御をかますの忘れてたような気もするな。とりあえずメニューウインドウを上げないとプログラムのテストができないから、この画像は閉じておかないと。これ、どこだろう?」
 「こ、こんな大地、ち、地球上には確か存在しないはず……まっ、まさか本当にこれ……」

 教師が驚きの声を上げる中、黙々と作業に徹しようとする将幸。しかし次の瞬間、ノートパソコンから魔法陣が自動で描かれ始める! なんと悪魔が自分から出てきてしまったのだ! さすがの将幸も予想外のトラブルに驚く。

 「し、しまった、召還作業中は動作を停止させることができないんだった……ヤバい!」
 「え、え、え、え! なんか、なんか出てくるのか……まさか!」

 興奮が徐々に高まっていくふたり……そしてついにその時はやってきた。魔法陣から小さな物体が陽気な声を上げて飛び出したのだ! ふたりの間に立った小さな悪魔の子どもは手を振って自分をアピールする。

 『どろろ〜〜〜ん!』
 「う、う、う、うひぃぃぃ、ほ、ホントに出た、悪魔が出た……た、たしゅけてぇぇぇ〜〜〜! ぼ、僕にはまだ妻と子が……タスケテーーーっ!」

 慌てふためきみっともない声を上げて管理室から一目散に逃げていく数学教師。しかし悪魔はそんなことではめげない。目の前から消えてしまった人間を諦めてジャンプで後ろを振りかえり、椅子に座っていた将幸に手を振って挨拶する。

 『やっほ〜〜〜ん、面白そうな窓があったから出てきたぞ! エサもい〜〜〜っぱい入ってるし、しばらく三食昼寝つきで世話になるつもり。さー、悪さをするぞ〜!』
 「は、はは、世話ねぇ……………って、まさか!」

 急いで異界へのウインドウを閉じ、悪魔召還プログラムのメモリ部分を調査するとすでに1スロットが占有されていた。そう、目の前にいる子どものような悪魔がそこに入りこんでいたのだ。このプログラムがとりあえず成功したということは実証された。しかし、出てきたのはどこから見ても小さな子ども。これでプログラムが成功したとはさすがの将幸でも言い切れない。とにかく他の悪魔たちとコンタクトする設定を無効にし、プログラムが勝手に交信を始めないよう応急措置を済ませた彼は一息ついた後で、キャッキャキャッキャと楽しそうにその辺を走りまわる彼を見て悲嘆に暮れた。

 「よ、弱そう……た、頼りにならない……」

 将幸はどうやって彼を学園から連れだそうか、本気で悩んでいた。三角帽子を揺らしながらその辺を見まわす悪魔をどうやって移動させるか……召還師はそのことで頭がいっぱいになっていた。