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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>




 オープニング

 奇妙な夢を見た。
 どこかの屋上で煙草を吸っていると、空の彼方に何やら大きな影がある。
 飛行機か、と最初は気に留めなかった。
 しかし、どうやら近付いてくるようだ。そして飛行機にしては高度が低い。
 ―――鳥か。
 そう思い、煙草を捨てて足で踏み消す。
 酷く大きな羽音。
 訝しく思い、顔を上げた時、それはもうすぐ近くまで来ていた。
 鳥だ。間違いなく鳥だ。
 しかしそれは、現実ではちょっと見ないような姿だった。
 籠をくわえている。嘴に、器用に。
 ―――コウノトリか―――
 ぼんやりと思う草間の前に、それはバサバサと降り立つ。そして、草間の足元に籠を下ろすと再び何処かへ飛んでいってしまった。
「お、おいっ!」
 追い掛けようとも無理な話だ。
 草間は途方に暮れて足元の籠を見る。
 そこで目が覚めた。
 女性ならば、妊娠の兆しを告げる吉夢なのかも知れない。しかし、男である自分が見る夢としてどうか。
「いや、所詮夢は夢だ」
 呟いて、草間は煙草に手を伸ばす。しかしそれはカラッポだった。
 チッと舌打ちして草間はその辺に脱ぎ散らかした服のポケットを漁る。
 辛うじて煙草代に足りるだけの小銭があった。
 着替えて、すぐ近くの自動販売機へ向かおうと扉を開けた草間。
 と、何かが足に当たった。
「ん?」
 見るとそこには、小さな籠。
 ついさっき夢に見た、あのコウノトリが運んできたのとそっくりな。
 コウノトリと言えば赤ん坊を運んでくる鳥だ。
「まさか子供が……?」
 慌てて中身を改める草間。
 が、そこには人間の子供の姿はなく、大きな―――多分、以前テレビで見たダチョウ位の―――卵があった。
「……卵……?」
 白と茶色と紫色の入り交じった色合いの、可愛らしさの欠片もない卵。
「何なんだ、こんな物、一体どうしろって言うんだ……?」
 朝食として食べるには少々腹を下しそうな色合い。拾得物として届けるべきか、持ち主が現れるまで保管すべきか、いっそ生ゴミとして捨てるべきか。
 一体誰が、何時の間に、何の目的があってここに放置したのか。
 小銭を握りしめたまま、途方に暮れて草間は立ちつくした。 

 朝、と言うには少々昼に近過ぎる時間。
 もしかしたら他人の目には随分繁盛しているように見えるかも知れないが、実は出入りの大半は暇潰しに来ている関係者である草間興信所に、7人の男女がいた。
 6人は麦藁色の籠に入った可愛げの欠片もない卵と、興信所の所長である草間武彦を交互に見ている。
「――草間さんが産んだのですか?」
 と、真顔で訊ねるモーリス・ラジアルに、「そんなワケあるかっ」と本気で返す草間。
「いや、そろそろ人間を辞めたいらしいと風の噂に聞いたような気がするぞ」
 ニヤニヤ笑いながら真名神慶悟が言うと、
「え、草間さん、実は女性だったんですか?」
 と、観巫和あげはが苦笑しながら同調する。
「草間さんが女性……?それはちょっと、一人の女として許し難い処がありますね」
「草間さんのことだから、お酒に酔った勢いで卵の面倒を見ます、なんて安請け合いをしたんじゃないかしら?」
 綾和泉汐耶とウィン・ルクセンブルクが言うと、
「ああ、それが一番有り得ますね」
 と、モーリスは頷く。草間はもう反論を辞めた。
「まぁ、そんな冗談はさて置き。武彦さんの夢が本当なら、鸛が依頼人て事かしら?」
 草間に変わって買い足した煙草を渡しながらシュライン・エマは首を傾げ、籠の中の卵をしげしげと見る。
「ペイントされた駝鳥の卵でもないし……」
 指先でつんつんと触れてから、シュラインはコーヒーの準備に取り掛かった。
 確かにこの奇妙な卵の色は、人為的にペイントされたものではない。汐耶が言うには、駝鳥の卵より少々大きいらしい。
「ああ、中に入れるんじゃなかった。外に放り出しておけばその内他の誰かが持って帰るなり割るなり警察に届けるなりしただろうに……」
 受け取った煙草の封を切りながら嘆く草間。
「夢は未来を示す妙見の伝だ。子と鸛鶴の伝承は北欧のものらしいが縁浅からぬものを感じる。飛ぶ鳥は常に瑞兆だ。籠は占有の許可を示す。白は無垢・清廉の色、茶は大地の色で豊穣を示す色、紫は古来より高貴な色だ。卵は一見毒々しいが不穏な要素は無い、大丈夫だ。――多分」
 多分て何だ多分て!とイヤな顔をする草間。
 とんとんと角を叩いて取り出した煙草を1本口にくわえ、漸く本日一服目のニコチンを心ゆくまで肺に取り込もうと火を付けようとしたところで、その手が止められた。
 ん?と顔を上げると、微笑を浮かべたウィンが唇から煙草を奪い去る。
「この卵の正体が何なのか、誰の物で、どうしてここに来たのか、調べても良いわ。でも草間さん、お願いがあるの。私の前で煙草吸わないで」
 言って、ウィンは残りも取り上げてしまう。
「代わりにこれをあげるわ」
 と、草間の唇に禁煙パイポをくわえさせ、慶悟を見た。
「あなたもよ」
 大人しく煙草を差し出した慶悟にも禁煙パイポを渡し、ウィンは2つの煙草をそのままゴミ箱に放り込む。
 ことん、と音を立てた煙草を名残惜しそうに、ウィンを鬼でも見るような目で見てから、草間と慶悟は顔を見合わせた。
 これまでウィンに喫煙を注意された事が一度もなければ、煙たがられた事もない。それなのに何故突然喫煙を止めるのかと、不思議でならない。
「『コウノトリ』『白』『茶』『紫』……偶然なのかしら?意味深ですよね。確か何処かの保護センターの番になった鸛が「白茶」と「紫」だったかと……。後、夢判断ですと「卵を貰う」というのは、現状の不安とかを示したりするんですけど。……草間さん心当たりとか無いんですよね?」
 シュラインからコーヒーを受け取りながら訊ねる汐耶に、草間は首を振った。
 興信所の現状の何処を見て、不安を感じないなどと首を振る事が出来るのか……、シュラインは思ったが、取り敢えず口に出さないでおく。
「あと考えられるとしたらイースターかしら?でも時期的はあってるのかしら?前後あわせて90日ほど期間があるところもありますし……」
 イースターと言えばキリストの復活を記念する祭り。確か今年は4月11日だったと思うが、時折見るビデオの中で子供が色を塗ったり絵を描いたりした卵を探している様子以外の知識が、草間にはない。
「イースター・エッグなら食べられるんじゃないのか?いや、アレは中に何か入っているんだったか?」
 面白くなさそうに禁煙パイポを吸い、草間は指で卵を弾く。
 なかなか頑丈な殻で、弾いた指の方が痛い。
「流石に鸛の卵とは思えないけれど……何が生まれるのかしら……?籠に入っていたという事は少なくとも持ち主がいるという事ですから、食べたりしては不都合があるかと思いますけど……。とりあえず興信所の入り口に張り紙でもしておいたらどうかしら?」
 あげはの言葉に、シュラインは頷き、早速貼り紙の準備を始める。
「引取りに来れば渡すとして、一応鸛さんからの依頼の線でも考えてみる事にしましょ。武彦さん、夢で見た屋上の周辺の景色とか覚えていないの?もしかしたら、届け先を間違えたのかも知れないし」
 『卵預かっています』とマジックで書くシュライン。
「仮に鸛が運んで来た卵とあっては食べる訳にも行かないだろう?それにその卵があんたの手に巡ってきたという事は、良き父と見込まれての事だ。……多分。万一誤った真似をして鸛の機嫌を損ねては、今後に差支えがあるかもしれないぞ?」
「夢に見たのは空腹であったからとか、それとも迎えに行くまで預かって下さいという意味なもかも知れませんし、食べるのは却下の方向で。生き物を粗末にするのはどうかと思いますし」
 慶悟とモーリスの言葉にうんうんと頷き、草間を見る一同。
 内心は皆、いっそ温めてみれば良いのだと思っているのだが、取り敢えず持ち主が現れないか様子を見る事にする。

 夢に見た景色をよく思い出す為には似た景色を見れば良いのではないかと言って屋上に上った草間が戻って来て言うには、夢で居た屋上はどうやら興信所の屋上らしい。
「普通、最初に気付かないか。ここの屋上の景色なら見慣れているだろうに……」
 呆れる慶悟に、まだちゃんと目が覚めていなかったんだと言う草間。近くに掲げられた看板が先日から何点か変わった事もすぐ興信所の屋上と結びつかなかった原因だと言い訳をする。
「夢でしか譲渡出来ない卵、なんて、ないかしら?相手が仕事や不眠症で寝ていなくて渡せなくて、ここに持って来たとか……?だとしたら、持ち主はこの近くにいるのかも知れないわ。待機しているとか?」
 実は草間に渡そうと思って興信所の前に置いたのではなく、たまたまそこに置いてあったのを草間が拾ってしまったのではないかと言うシュライン。
「それならば、ない事に気付き外の貼り紙を見ればすぐにやって来ると思いますが……」
 言って、モーリスは時計を見る。
 草間が目覚めて卵を拾い、自分達がこの興信所に集まり、話しを始めた時間を計算すると、3時間ばかしが経過している。いくら何でも3時間も放置したりはしないだろう。
「いや、もしかしたら文字が読めないのかも知れんぞ。夢に出てきたのは鳥だろう?鳥に文字が理解出来るかどうか怪しいな。そうだ、外と屋上に式神を配しておこう。そうすれば何か現れたらすぐに分かるだろう」
 言って、慶悟はすぐに式神を放つ。
「草間さんの夢では情報らしい情報もないみたいだし……、それが何の卵か調べてみましょう。あなたの言う通り、駝鳥の卵ではないとして……」
 と、ウィンは汐耶を見てから卵に目を移す。
「私が調べた限り、鸛の卵は白いようだし。そんなに大きくはないようよ。本やインターネットで調べられないかしら?それでも分からないなら動物園か鳥類研究所で聞いてみましょうよ」
「でしたら、図書館に行って図鑑関連書籍、用意してきましょうか?鳥類だけじゃなく、他の卵であると言う線も考えて……。このまま棄てたりするのも拙いでしょうし、かと言って何時までも放って置いて大丈夫なものかも分かりませんし。何処かの研究所に預けると言うのも不安が残りますから」
 汐耶は早速図書館に向かうと言って立ち上がった。
 折角の休みの日にまで仕事場に向かって貰うのは何だか申し訳ないが、蔵書の7割は把握していると言うから、関連の本がすぐに探し出せるだろう。
「私も一緒に行きます。図鑑とかって、結構重いですものね。お仕事していらっしゃるから慣れているかも知れませんけど……」
 それでも、何冊もの本を抱えての往復は大変だろう。
 あげはは行き帰りに何か探し物をしている人がいないかも見てくると言って汐耶と共に出掛けて行った。
 汐耶が出掛けている間に残りのメンバーはインターネットで『夢で譲渡する卵』『鸛が運んでくる卵』『卵の色』『孵卵』等を検索する。
「ふぁぁぁ〜〜」
 机に方肘を付いて、草間が大きな欠伸をした。
 どうも朝から煙草を吸わないと目が覚めない。加えて暇となると、噛み殺そうにも噛み殺せない欠伸を連発してしまう。
「……武彦さん、一体誰の為にこんな事をしていると思ってるの?」
 シュラインが冷たい目を向けた。
 汐耶が借りて来た書籍とインターネットを利用しても、それらしい卵も情報も見付からなかった。
 図書館と興信所の往復間に探し物をしているような人はいなかったと言うし、貼り紙をしてから2時間が経過しても持ち主は現れない。
「こうなったら矢っ張り動物園か鳥類研究所に電話して聞いてみるしかないかしら?」
 溜息を付くウィンに、モーリスが首を振った。
「これだけ調べても見付からないのですから、多分知らないでしょう。鳥類研究所なら何とかなるかも知れませんが、妙な卵があると知って譲渡してくれと言われても困りますよ」
 確かに、一応『拾得物』であるからして譲渡は出来ない。仮に預けたとしても、変につつき回されては困る。
「あの、それなら私が念写してみても構いませんか?卵の中身が見えちゃうとちょっと怖いけれど……もしかしたら、来た場所とか持ち主の方とかがチラリと見えるかも知れませんし」
 言って、あげはが愛用のデジカメをバッグから取り出す。
 籠に入ったままの卵を何度か撮って、あげははすぐにモニターを見た。
 が、そこに映るのは目の前にあるものと同じ卵だけだ。
「あら、どうしたのかしら。何時もならもっと色々な物が映るのに」
 あげはの念写を何度か目にした事のあるシュラインが首を傾げた。
「過去視とか未来視とか言うのはどうなんだ?卵の変化が見られないか?」
 慶悟に言われて、あげはは再び卵にデジカメを向ける。
 さっきよりも集中して2度シャッターを切る。しかし、やはり映るのは目の前の卵だ。
「……もしかして私、念写の能力がなくなったのかしら……」
 不安とも何とも付かぬ声を出すあげはの肩を汐耶がポンポンと叩いた。
「大丈夫。疲れているだけか、写真には写らない何かがあるのかも知れないでしょう?」
 さて、どの図鑑にも載っていない、インターネットでもそれらしい卵が見当たらない。加えて、あげはの念写にも映らない。
「……やっぱり孵すしかないかしらね。私は草間さんが温めているところを見てみたいけれど……」
 クスクスと笑うウィン。
「卵って人肌で孵せるのかしら?大きさと言い、抱え易そうよね……。ん、毛布もあるし、ぽふっと抱いて温めてみる?武彦さん?」
 何の卵か分からず、可愛げのない色合いではあるがポツンと1個だけ籠に入った様子は少々寂しそうでもある。
 シュラインは普通の鶏の卵に似た、ややざらりとした表面を撫でる。
「何で俺がっ!」
 とんでもないと部屋から逃げ出そうとする草間を、慶悟の式神ががっちりと捕らえた。
「それは勿論、草間さんが拾い上げた主ですから、責任を取って頂かないと」
 にこりとモーリスが笑う。
 温めるだけならば孵卵器を用意すれば良いのだが、どうせならば多少は楽しみたい。
 卵は何が何でも草間の体温で温めて貰うと言う方向で全員の意見が一致していた。

「覚えてろよお前等……」
 苦々しい顔でソファに腰掛ける草間。
「あら、こんなお金にもならない依頼を無料で引き受けているんですもの、感謝こそされれも恨まれる覚えはないわ」
 草間の腹部に興味津々の目を向けて、ウィンは答えた。
 その周りを、慶悟が放った陣笠を被った式神がタオルを持ってせっせと働いている。
 今、草間の腹部にはあの奇妙な色合いの卵がタイルと毛布にくるまれて収まっている。その様子は、妊婦体験をする夫の様でかなり笑えるのだが、草間の機嫌を損ねすぎても困るので皆、笑うのを我慢している。
「タオル、足りるかしら?もっとあった方が良いのかしらね?」
 これまで例え鶏の物であっても卵など孵した事がない。下手な事をして割れてしまっては困る。
 シュラインは草間の疲労よりも卵の安全を第一に考えてせっせとタオルや毛布を取り出しては式神に渡す。
「……でも、一体何が生まれるんでしょう……?」
 遅い昼食だが近くのコンビニで買ってきたサンドイッチを食べながらあげはが言った。
 もの凄く毒々しい鳥が出てきたりして……と言いかけて、辞める。折角草間が嫌々ながらも一生懸命(?)温めているのだ。邪魔をしてはいけないだろうし、妙な不安は抱かない方が良い。
 ちょっと想像してしまったオソロシイ鳥類は頭の隅に追いやって、
「おとぎ話みたいに妖精や……人の気持ちを反映した何かが生まれてくるとか……だったら素敵ね」
 と笑みを浮かべる。
 その隣でモーリスもサンドイッチに手を伸ばしながら草間の腹部を見る。
 孵卵器に入れるよりも人肌で温めるよりも、モーリスの力で成長を促進させてしまえば話しは早いのだが、草間が困ったり怒ったり狼狽したりする姿が見えるのだから、こんな面白い事を見逃さない手はない。
 とは言え、時間がかかり過ぎても待つ身は疲れる。モーリスはこっそり卵の成長に力を使う。
「そろそろ転卵した方が良いんじゃないですか?」
 汐耶に言われて、草間は渋々立ち上がる。
 腰に巻いたタオルや毛布を一旦解いて、中の卵を取り出す。
 うっかり落として割ってしまわないように、注意深く卵をひっくり返し、再びタオルに包もうとしたところでシュラインが声をあげた。
「あら、ひびが入ってるわ」
 覗き込んで、全員がおお、と声をあげる。
 まだ僅かではあるが、確かに所々に内側からつついたようなひびが入っている。
「もう少しの辛抱ね」
 外側からつついて中身を取り出してみたいような衝動にかられつつ、ウィンは卵をタオルでくるみ、草間の腹部にあてがった。
 と、外に配してあった慶悟の式神が戻ってきた。
「何かあったのか?」
 訊ねる慶悟に、式神は入口を指差す。
「あ!」
 草間が声を挙げて立ち上がる。その拍子に卵がずり落ちそうになり、慌ててシュラインが手で支えた。
 興信所の入口に、大きな鳥がいる。
「夢に見た鳥だ!」
 一同は、草間と入口の鳥を見比べた。
「……草間さん、確か、鸛と言いませんでしたか?」
 モーリスが草間の顔を見る。
「……だと思ったんだが……」
 一同は揃って大きな溜息を付いた。
 この鳥の何処が鸛に見えるんだ、と。
「あんたの証言はアテにならないとよく分かった……。これは、ディモルフォドンかプテラノドンか……」
 名称ははっきり思い出せないが、兎に角、鸛などではなく、恐竜に近い。入口から中に入れない程の大きさだ。
 呆気に取られる一同の前で、その大きな鳥(と言う事にしておこう)の巨大な嘴がパカリと開いた。
「あのう、預けた卵を引き取りに来ました……」
 鳴き声でも発するのかと思いきや、しっかりとした人語だ。
 一同は鳥と草間の腹部に収まった卵を見比べた。

「それで、どうしてまた草間さんに卵を預ける事になったんですか?」
 入口から入れない鳥を、興信所内で一番大きな窓の硝子を外してどうにか中に入れ、全員がソファに落ち着いたところであげはが訊ねた。
 聞けばこの目の前の鳥は、異界に住まう種族なのだそうだ。
 シュラインは暫し迷った末、この客鳥に深いカップに入れたコーヒーを出したのだが、鳥はそれを器用に嘴でつついて美味しそうに飲んだ。
「それが実は、私達の種族間で争いが起こりまして……。その卵は我らが王妃の生んだものなのです。割られては大変と私がお守りしていたのですが、何処へ逃げても追っ手がやって来くるのです。これはもう、異界へ出て誰かに預けるしかないと、私はこの世界の人々に夢を送りました。その夢を見た人こそが、卵を守るに相応しい者。私の夢を見たのが、あなただったのです」
 と、鳥は嘴を草間に向けた。
「突然の事でさぞ驚かれた事でしょう。ご迷惑をお掛けして申し訳ない。お陰で争いは無事終わり、王妃も無事です。さあ、卵を」
 言って、鳥はキョロキョロと周囲に目をやる。自分が卵を収めて運んだ籠を見つけ、中を覗き込む。
 が、中に当然卵はない。
 訝しげに鳥は草間を見た。それから、少し視線をずらして草間の腹部を見た。
「あああああああぁっ!?」
 鳥は、眼球が飛び出しそうなほど目を見開いて激しく後退った。
「あ、あ、あ、温め……、温めたのですかっ!?」
「いけなかったのかしら?」
 首を傾げて訊ねるウィン。
 鳥は巨大な翼を床に垂れて言葉を失っている。
「突然現れた卵をどうしたものか、私達では分からなかったものだから……。一応色々調べてはみたけれど、異界の卵なんてこっちの世界の図鑑には載っていないし、そのまま放置して良いものかも分からなかったから、取り敢えず温めてみたの。……何か不都合が?」
 汐耶が訊ねると、鳥は「打ち首だ……」と呟いて大きな溜息を付いた。
「私どもの種族は、卵を温めた者の姿形を写し取って誕生するのです……」
「うん?」
 一瞬慶悟は首を傾げる。
「姿形を写し取る……、つまりこの場合、卵の中身は草間の姿になっていると言うことか?」
「はぃ……、ああ、勿論誕生した時は小さな体ですが、成長するに従って私くらいの大きさになります……」
 全員の脳裏に、顔が草間の赤ん坊が浮かぶ。そしてそれが成長し、草間の顔の巨大な人になる様子が。
「大変……、どうしましょう?何か方法はないの?」
 慌てて草間の腹部から卵を取りながらシュラインが言う。しかし、鳥は力無く首を振った。
「その卵は殆ど孵る寸前でした。多分もう、どうしようもありません……」
 草間の腹部から離れて包みを解かれた卵が、コツコツと音を立てた。
 一同が見守る前で、ひびがだんだんと大きくなりやがて小さな穴が開いた。
 そこからのぞく小さな手。人間の指。
「ああ……」
 絶望的な悲鳴を上げて鳥は翼で目を覆った。
 穴から出た手が、周囲の殻を壊してゆく。
 卵から生まれる生物は大抵、刷り込みで初めて見たものを親と思う。
 モーリスはあげはの手を取り、2人して身を引いて卵の正面に草間が来るように位置を変えた。シュラインと慶悟、ウィンと汐耶の位置も確認し、それとなく促して身を引かせる。
 こうしておけば、卵が孵った時に中の子供が見るのは草間だ。草間を親と思うだろうか、モーリスには少し興味があった。
 そうこうしている間にも卵は順調に穴を広げていた。
 穴から赤ん坊らしい手が出て、それが力強く周囲の殻を割った。
「んにゃぁ」
 まるで猫のような声をあげて、卵の殻を体に貼り付かせた赤ん坊が誕生する。
 一同が見守る中で、赤ん坊はゆっくりと顔を上げた。
「いや……」
 思わずシュラインが声をあげるほど、草間そっくりの顔だ。
 パチリと開いた目が暫しぼんやりと宙を彷徨っていたが、やがて自分の正面に立つ草間を捕らえる。
 草間のものをそのまま小さくしたような口がゆっくりと開く。
 そして、草間に向かって言った。
「ままー」

「こらこら、ママじゃなくて、パパですよ」
 打ち首だ打ち首だと騒ぐ鳥に構わず言うモーリス。
「何を教えてるんだ何をっ!」
 慌てて止める草間。
 しかし、赤ん坊は草間を見上げて可愛げの欠片もない笑みを浮かべて言う。
「ぱぱー」
「……学習能力はあるようだ……」
 苦笑して慶悟は赤ん坊を見下ろした。
 草間の顔をした赤ん坊が、抱っことばかりに手を伸ばしている。
「こんな事になるなんて、ねぇ?どうします?このまま置いていたら風邪を引くでしょうし、お腹も空くでしょうし……」
 意見を求めて、汐耶は鳥を見たが、鳥の方はサッパリ話しにならない。
「人間の赤ん坊と同じ様に育てるのかしら?草間さん、お乳はどうするの?」
「俺に聞くなっ」
「私、薬局に行って買ってきましょうか?新生児用のお襁褓とミルクとほ乳瓶」
 言いながらあげははこの赤ん坊がほ乳瓶でミルクを飲んでいる姿を想像し、思わず笑った。目の前の草間がほ乳瓶をくわえているのと同じなのだ。お襁褓を変えたり、子守歌を歌って寝かしつけたりと思うと笑わずにはいられない。
「生まれてしまったものは今更どうしようもないものねぇ……、武彦さん、諦めてこの子を育てたら?」
 などと言いつつ、一緒に育てると言う事はちょっと躊躇ってしまうシュライン。
 憮然とした顔でソファに座った草間と、狭い興信所内を巨大な体で嘆き回る鳥を見て、モーリスは溜息を付いた。
「ここでこの赤ん坊を草間さんが育てるのは、それはそれでとても楽しそうなのですがね……、そこの鳥は困っているようですし、こんな赤ん坊がいてはシュラインさんも可哀想だ。私が何とかしましょう」
 モーリスには成長を促進させる力とは逆に、物をあるべき姿、最適な姿に戻す能力もある。
 その力を使えば、この目の前の赤ん坊を再び卵の中に戻す事も可能だ。
 不思議そうな顔をする赤ん坊の前に立って、モーリスはその体に触れた。
 一同が見守る前で、散らばった卵の殻が集まり丸く形を作って行く。赤ん坊は小さく丸まって再びその中に入り込み、眠るように目を閉じる。
 赤ん坊を殻が取り囲み、卵の形になると、ひびが消えて元通りの奇妙な色合いに戻った。
 歓声を上げる鳥。
 ウィンはタオルでくるんだ卵を籠に収め、その嘴にくわえさせてやった。
 嘴に籠がある所為で喋れない鳥は、礼を言うようにへこへこと頭を下げて硝子を外したままの窓から飛び立ち、空に登って行った。
「温めた人の姿形を写し取って生まれるなんて、変わった生き物がいるものね」
 巨大な姿が小さな影になるのを見送りながら汐耶が言うと、あげはが頷いた。
「だから、念写をしても何も写らなかったんですね。異界の生き物だと言う所為もあったのかも知れませんけれど……」
 安堵の息を付いて深々とソファに座りなおす草間を見て、慶悟はシュラインの肩を叩く。
「心配しなくても、シュライン姐の血が入ったらあんな不細工な子供は産まれないと思う。……多分」
 聞こえてるぞ、と怒る草間。
 すっかり姿の見えなくなった空。
 漸く普段の落ち着きを取り戻した興信所の中で、外した窓硝子を戻す式神だけがせっせと働いていた。




end




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ    / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389 / 真名神・慶悟      / 男 / 20 / 陰陽師
2129 / 観巫和・あげは     / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
2318 / モーリス・ラジアル   / 男 / 527 / ガードナー・医師・調和者
1449 / 綾和泉・汐耶      / 女 / 23 / 都立図書館司書
1588 / ウィン・ルクセンブルク / 女 / 25 / 実業家兼大学生 

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■         ライター通信          ■
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 梅雨のような雨の日が続いている生息地よりこんにちは、佳楽です。
 この度はご利用有り難う御座いました。
 冷え性なもので、こんな温かい季節になっても膝掛けや毛布が手放せません……。
 とか言う訳で(?)今回もちょびっとでもお楽しみ頂ければと思います。
 また何かでお目に掛かることがありましたら、宜しくお願い致します。