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<東京怪談ノベル(シングル)>


戀〜いとしいとしという心〜


「やったぜ―――!」

 ベットの上に胡座をかいた相澤蓮(あいざわ・れん)は大きく背伸びをしてそのまま背中から後ろに倒れた。


■■■■■


 足を投げ出して、大の字になって寝転ぶ蓮の目に映るのはすっかり見慣れてしまったアイボリー色の天井。
 しかし、その天井は蓮の部屋のものではない。
 1、2……と、指折り数えていくともう3週間以上自宅であるマンションに帰っておらず、その長い期間このビジネスホテルの一室で生活していた。
 製菓会社の営業という職業上―――所謂サラリーマンである蓮にとって出張というのはそう珍しい話ではなかった。だが、こんな長期の出張は久しぶりのことであった。
 本来ならば生活感など感じさせないはずのホテルの部屋は、その出張の長さを表しているかのようにすっかり生活感に溢れた部屋になっている。
 脱ぎ散らかした服、テーブルの上には食べかけのつまみ、洗面所には使いなれたシェーバー。
「もう、しょうがないねぇ、あんまり散らかすんじゃないよ」
とは、すっかり仲良くなってしまった掃除のおばちゃんの台詞である。
 そんなわけで、無法地帯と化しているこの部屋は、日に日に蓮の私物や日用品がどんどん増える一方だった。
 フロントの女の子も蓮の顔を見るだけでキーを渡してくれる。
 まぁ、それもこれも、蓮の気さくな性格と人懐っこい笑顔の賜物ではあるのだが。
 仕事は勿論楽しい。
 蓮自身、自社の製品には自信がある。
 その製品を勧め、それが認められて小売店に並び、そしてそのその製品をお客さんが購入する。
 そうやって色んな人に受け入れられた時の喜びや充実感は、簡単に言葉では言い表わせない。
 そりゃあ、いいことばかりではないが、それでもその一瞬の喜びがその過程にある辛さや苦労など吹き飛ばしてしまう。
 そして、今日、蓮はこの長期出張の甲斐あって一件大口のお客との契約に漕ぎつけたのだった。


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 喜色満面のいつも以上の笑顔ですっかり馴染んだ部屋に戻ってきた蓮はホテルに戻る途中コンビニで買ってきた缶ビールを開ける。
 プシュ―――っという音をたててプルトップを開けて、
「かんぱーい」
と、1人部屋で祝杯をあげる。
 ごくごくごく……
「っぷは―――」
 CMばりに良い飲みっぷりで次々と缶を空けていく。
 空き缶が積み上げられるのに比例して蓮のご機嫌も更に良くなってくる。
 酔いが回ってきた自覚が出た頃。
 ふとした瞬間、蓮の脳裏に彼女の姿が浮かんだ。
 年齢は離れているが、それでも蓮はそんな事には関係ないくらい彼女のことが好きだった。
 歳のことがまったく気にならないかといえば、嘘になる。
―――でも、ま、俺って見た目若く見られるから全然OKだし☆
 見た目もあるが、本人の精神年齢が子供っぽいのがそう見せる原因の一つでもあるのだが、別に本人若く見られてラッキー☆くらいにしか思っていない。ポジティブシンキングもいい所だ。
 その分、営業先などでも軽んじて見られるのだが、そんなことは蓮の頭からはすっかり抜け落ちている。抜け落ちているというか……それを損だと思ったことがないと言った方が正しいのだが。
 でも、こんなに好きなのに、仕事の為に彼女とはずっと会えずに居る。


 出来ることならばずっとずっと彼女の側に居たい。

 こんなにも彼女を愛していると、今すぐにでも彼女の元へ飛んでいってぎゅっと抱きしめたい。


 でも本当は時々、不安になる。
 こんな風に仕事とはいえ長い間離れ離れになるとつい不安が心の中に生まれてしまうのだ。
 自分の気持ちははっきりしているけれど、でもその自分の気持ちが100%彼女に伝わっているんだろうか……と。
 だからその気持ちが伝わるように、側に居たい抱きしめたい―――ずっとずっと。

「これが終わったらアイツと3人で飲みにでも行くかな……」

 彼女が未成年だという事実は棚にあげて、自分と彼女とそして自分の親友と3人で飲みに行く姿を思い描きながら、蓮は眠りに落ちていった。


■■■■■


 そして翌日。
「いってらっしゃいませ」
 すっかり寝過ごしてしまった蓮は、顔なじみのフロントの女性に見送られて慌ててホテルを出て仕事に向かう。
 そして、最高の笑顔でまた営業に向かう。
 その笑顔の裏には、彼女の姿を思い浮かべている。
 昨夜夢の中に出てきた彼女の飛びきりの笑顔を。