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<東京怪談・PCゲームノベル>


『千紫万紅 ― 5月の花 カンパニュラの物語・庭園の風鈴に見る優しい想い出 ― 』

【オープニング】


 ちりーん。


 その澄んだ音色は幽霊であるはずの僕の心臓をだけどとくん、と脈打たせる。いや、違う。心臓ではなく僕の心が…魂という僕の存在が脈打つのだ。その澄んだ綺麗な音色に合わせて。
 そこはそういう場所だった。
 そこに広がる空間には数の概念を越えるほどの色取り取りの風鈴が飾られていて、そしてその音色も千差万別。しかしその美しく澄んだ音色のどれひとつも僕には聴き分ける事ができた。
 人の世界はどこか道が潰えても尚そこに在り続ける幽霊である僕には冷たくよそよそしい。
 だけどこの庭園は違った。
 ここに存在するどれもが道が潰えてあるべき場所に行かなければならない僕にしかし受け入れてくれる優しさを見せてくれた。そう、ここにある何もかもが僕には優しかったのだ。
「ここはそういう場所だからね」
「・・・」
 僕の前を行く猫さんはちらりと僕を振り返ってそう言うと、また歩を進めた。そして僕はそれを追いかけた。
 そして猫さんが立ち止まったところにはまるで日本人形のような少女がいて、その少女はとても哀しげな顔で、そこに吊り下げられている真っ白な風鈴を見上げていた。
「ごめんね、せっかくの風鈴をこのような色にしてしまって」
 僕は少女さんの傍らに立ち、そう言った。
 彼女は幽霊である僕を怖がりもせずに、ただ真っ直ぐに僕を見つめる。その彼女の瞳は、想い出を封じ込めた風鈴をこのような真っ白な色で、音を奏でさせられないモノへと変質させてしまった僕をしかし哀しげな…哀れんでくれるような瞳で見つめてくれた。
 僕はそんな彼女に微笑んで、そっと半透明な手で彼女の白い頬に触れる。
「聞いてくれる? 僕と彼女の事を」
「司城さんと彼女の事をですか?」
「うん。少女さんに聞いてもらいたいんだ。そして猫さんや、白さん、スノードロップちゃんにも」
 その僕の言葉に皆は頷いてくれて、そして僕は瞼を閉じて記憶を言葉として紡いだ。


 ――――――――――――――――――――
【School Life】

 僕には女の友人がいる。
 初めて出逢ったのは彼女が高校3年生で僕が幽霊になって9年目の時。
 1年前。
 出会いの場所は春4月、高校の屋上。
 校庭に植えられた桜の樹が惜しげもなく散らした薄紅の花びらが舞い踊る空間を見つめる彼女。
 その時は僕はもう立派に幽霊であったのだが、しかしなぜかそこに花びらに包まれながら立つ彼女の方が僕よりもよっぽど幽鬼めいた存在に見えた。
 ―――――それはなぜなのだろうか?
 彼女はとても美しい少女だった。
 さらさらと薄紅の舞姫たちと共に空間で舞い踊る腰近くまである脱色されてブラウンの髪はとても美しく、
 その舞い踊る髪の隙間から覗くうなじもとても肌が白く、その年代の少女だけが持つ事を許される若々しく瑞々しい光を放っていた。
 また体つきは華奢。だけど制服の上からでもわかるぐらいにスタイルはいい。少女とは思えないぐらいに彼女の体は見事な曲線美を描いていた。
 胸は豊かな双丘…
 腰のくびれは折れそうなほどに細く、
 そして腰下からは優雅な曲線を描いている。
 体だけを見れば、少女はもう完全に大人の女性と言ってもいいほどにそのスタイルは完成されていた。ひょっとしたらもう彼女は本当に体だけは大人で、そういう経験の上で得られる美しさを得ているのかもしれない。
 しかしその何も無い虚空を見つめる彼女の横顔はやはりその年代の少女に相応しい……いや、それよりも幼い少女のそれに想えた。


 彼女は…一体………どういう人なのだろう?


 僕は彼女に興味が沸いた。
 だから僕は彼女の前に舞い降りる。
「入学式、始まっているよ?」
 しかし彼女は反応しない。
「おーい、聞こえてますかぁー?」
 ただ彼女は何も無い空間を見つめている。
 僕は肩をすくめる。
 そして彼女の隣に腰を下ろして、青い空を見上げた。青い空を見上げながら口笛なんかを吹いてみる。そしたら……
「ダウト。そこの音階はこうよ」
 なんて彼女は校則違反の口紅を塗った唇をかすかに動かして、口笛を吹いた。それはこの春の季節に相応しいとても暖かで聞き心地の良い音色だった。ひょっとしたら春の妖精とはこんな音色を奏でて春を運んでいるのかもしれないと思えるほどに。
「すごいすごい」
 そして僕はぱちぱちと手を叩いて彼女に拍手喝采を送る。
 本当に僕は彼女の口笛に感動したのだ。
 ちゃんと生きている人間として過ごした時間、そして幽霊になってから過ごしてきた時間、その両方の時間で僕は色んな音楽を聴いてきたが、しかしそのどれもが今彼女が奏でた音色に比べれば、紛い物の薄っぺらいモノに感じられてしまって、それで僕は拍手をしながら彼女にそれを伝えた。そうしたら彼女はだけどとても無機質な表情をした。まるで無味乾燥なこの世のすべての結晶を寄せ集めたかのように。
「やめて」
 抑揚の無い声。
 ―――――幽霊であるはずの……実態の無いはずの僕を打ち震えさせた音色を奏でた同じ口から発せられたとは到底思えないそんな無機質な声。
「どうして?」
「褒められるのが心に痛いから」
「心に痛い? どうして?」
 ――――本当にわからない。褒められるのが嬉しくないなんて。
「ああ、画家が若いうちに自分の描いた絵を褒められると、それで才能を見誤るから、だから自分の絵を評されるのを嫌うのと同じ?」
「いいえ、違う。それにその話って、正しくは無いわ。かのピカソなんかは自分の描いた絵にどれだけの値がつけられるのかすごく固執したそうだから。値段とか、拍手とか、そういう数字って才能のパロメーターだからね。それは成績でも同じでしょ?」
「じゃあ、なぜ、君は褒められるのが嫌いなの?」
 そう訊くと、彼女は桜の花びら舞い狂う中でとてもとても綺麗に微笑んだ。ただただ純粋に笑うという行為を体現している笑み。
 ――――――それはまた僕の実体の無い体を打ち震えさせた。今度は感動してじゃない。恐怖で、だ。そう、僕は彼女に恐怖した。
 その彼女が浮かべる笑みがあまりにも邪気が無いから。純粋無垢とは微笑ましい感情?
 いや、違う。一般的に幼い子どもは純粋無垢でかわいいとされる。だけど本当にあなたが幼い時はそうだった?
 ―――――計算をしてはいなかった?
 そう、子どもですらその時にどうすれば周りの大人がどういう行動をするかわかってやっている。それは純粋無垢とは呼べない。計算だ。
 そしてそれは動物としては至極当然の行動なのだ、と児童心理学の某教授も言っている。
 だけど彼女が浮かべたのは純粋無垢な微笑み。
 ――――そう、純粋無垢な………
 純粋無垢………
 ………邪気が無い
 ―――――――それはつまり狂気と同じという事であると、心理学ではされている。


 彼女はつまり壊れている?


 彼女は純粋無垢にただただ笑うという行為を体現しながら薄い赤のルージュが塗られた唇を動かした。
「音楽はあたしの敵だから」
 ―――――敵、彼女はそう言った。
 音楽が敵だと。
 だけどだったらどうして彼女は………
「どうして先ほど君はそんなにも僕を感動させられる音色を奏でる事が出来たの? そしてどうして、僕に口笛を聴かせてくれたの?」
 彼女は風に流れる髪を掻きあげながら、そっと囁くように言った。
「絶対音感を持つあたしにはあなたが奏でる間違った音楽が許せなかっただけ。ものすごく不快で気持ち悪くって」
「音楽が敵とはそう言う意味?」
 そして彼女はまた笑った………笑ってそして、僕になぜに音楽が敵なのかを教えてくれた。


 ――――――――――――――――――――
「どうして彼女は音楽が敵だと言ったんでしか?」
 スノードロップちゃんは腕組をしながら小首を傾げた。僕はその彼女に微笑みながらこくりと頷いて、彼女が言った言葉をまた僕が音声化する。


「音楽が彼女の家族を壊したから、だって」


 どんぐり眼はくるくるとまわる。
「お、音楽がどうやって家族を壊すでしか???」
「うん、そうだよね。僕も初めてそれを聴いた時は疑問符の海だったよ、うん」
 そう、最初は僕にもわからなかった。
 あの校舎の屋上で彼女が微笑みながら言ったその言葉の意味が……
 そしてあんなにも綺麗に澄んだ音色を奏でられる彼女が邪気が入り込む隙間が無いほどに音楽が嫌いだと言える理由が………
 ふと見た猫さんと少女さんは同じ方向を見ていた。
 この想い出を封じ込めた風鈴が吊り下げられている地にある同じ方向を………
 そして僕もそちらを見ながら、話の続きを…僕と彼女の一年間の学校生活を口にした。


 ――――――――――――――――――――
「かぁー、いい女だよなー、葉月カノン。彼女にしてぇー♪」
 ようやく桜も散り始めた時分の気だるい空気が流れる昼放課の教室。
 狭い教室は、教室の中の生徒達や廊下にいる教師や生徒達、そして中庭で昼食を食べる生徒達の賑やかな声で潤っている。
 そこに流れる空気は至極のどかで、まだその半年後に来る受験のぎすぎすとした空気の前兆も無い。
 そんな空気に相応しい僕の友人の言葉。彼はたった独りで席に座ってサンドイッチを食べる葉月カノンを頬杖ついてうっとりとした目で眺めていた。と、言ってもロマンチックな目つきと言うよりもさかりのついた犬っころのような目で。
 僕はそんな友人に苦笑する。
「ああ、だけど名前の響きからしてもおまえよりも奏人の方がお似合いだよな」
「はい? どうして???」
「そうだよ、なんでだよ? 奏人とカノン、全然違うじゃん。あ、か、で始まる同士?」
 僕らがそう疑問を口にすると、前の席の机に足を組んで座る彼はひょいっと肩をすくめて、おもむろに説明を始めた。
「大有り。どちらも音楽に関係する言葉が名前に入ってる」
「音楽?」
「そう、音楽。奏人、おまえは奏でる、っていう言葉。そして彼女はカノンという曲名もしくは音楽用語」
「音楽用語?」
 僕がそう訊くと、音大を目指して音楽教師になることが夢の彼は嬉しそうに頷いて、
「うん、そう。バッヘルベルのカノン。結婚式やイベントのオープニングやBGMなどで必ずといっていいほど登場する名曲さ。着メロなんかにも最近じゃ使われるよな? 知ってるか? これってな聴いてるだけで心が安らぐような気がするのは勘違いじゃないんだぜ。演奏する人間によって色んな高さのキーになるけど、仮に最初をC(ドミソの和音)で始めたとするじゃん? そうするとその曲の楽譜はC −G −Am−Em−F ―C ―F ―G7という進行なり、あとはひたすらこれを繰り返して終わるんだよな。それをメロディーの階名で表すと、ミ −レ −ド −シ −ラ −ソ −ラ −シ 又はド −シ −ラ −ソ ―ファーミ −ファーソ という感じになるのな。で、何が言いたいかと言うと、日ごろ色んな音楽を聴く中であっ、これすごくいいじゃん、って想うようなその曲の多くがこのコード進行を使用している訳よ…って、話についてきているおまえら?」
「あー、えっとごめん。ちんぷんかんぷん」
「右に同じく」
「ふぅー。説明のしがいがない奴ら」
「おまえの話が専門過ぎるんだよ」
「まあまあ、で、音楽用語とは?」
「ああ、つまりがさ、その進行に名づけられたのがカノン・コードっていうわけ。これが音楽用語。はい、先生の授業はこれでお終い。何か質問は?」
「「ありません」」
「よろしい。それでは来週の授業までに今説明したのをちゃんと説明できるようにしておくこと」
「「はーい」」
 と、そこで僕ら三人はけたけたと笑った。
 葉月カノンはそんな僕らを横目で睨んでいた。


 ――――――――――――――――――――
「音楽の名前なのですか、カノンとは」
「はい、白さん。実際にはカノン・コードを意識して付けられた名前なんだそうです。触れ合う人全員の心を気持ちよくさせてあげられるような立派な音楽家になれるように、って、彼女のお母さんがつけてくれたんだそうです」


 ちりーん。


 どこかで風鈴がその優しく温かい音色を奏でた。そしてその音色の余韻を楽しみながら僕はまた想い出を音声化させる。


 ――――――――――――――――――――
 葉月カノンは孤独な少女だった。
 三年生の春に転入してくるという物珍しい事、そして彼女の美しい容姿もあって、それを嫌う一部の女子以外にはものすごく受けがよくって、彼女と話をしたいという人間は大勢いた。だけど彼女はそれを拒絶した。
 彼女は他のすべての繋がりを頑なに拒絶していた。あれ以外、僕とも彼女は口を利かない。
 そしてそんな彼女を元から彼女を嫌っていた女子たちが攻撃し始めたから、余計に彼女は孤立してしまった。まあ、僕の友人みたいにそのトゲッチイところがいいんだって、アタックをする男子生徒はまだまだいるけど、それでも彼女はそういう男子すら突っぱねるのだ。
 だけどそんな男子すらも引くような事件が起こった。ある日突然、彼女の長かった髪がばっさりと切られていたのだ。しかも自分で切ったとしか思えないような雑で歪な切り方で。そしてどこからか流れてきた彼女の左手のリストバンドの下にはリストカットの傷口があるという噂……。
 それで男子も完全に彼女から手を引いた。
 そう、彼女に言葉をかけるのは僕だけとなっていた。
 放課後。夏休み前の教室には彼女と僕以外は誰もいない。
 僕は彼女に話し掛ける。
「髪、だいぶ伸びたね」
「すぐに切るわ」
 最初こそ話し掛けても無視されていたが、最近はこうやって素っ気ないけど反応してくれるようになった。誰もいない所では…。
「長い髪は嫌い? 僕はどちらかというロングが好みなのだけどね」
「なぜにあたしがあなたの好みの髪型をせねばならぬわけ?」
 僕はひょいっと肩をすくめて、そして彼女の揺れた髪をそっと触る。
「ロングの髪型は男の子の理想だと想うのだけど? うん、黒髪でロング、僕は好きだな」
「あっそ」
「つれないね、カノンも」
「って、ちょっと、どうして人の名前を呼び捨てで…しかも下で呼ぶのよ?」
「いや?」
「嫌よ。すごく嫌」
「それは僕が嫌いだから? それともその名前が嫌いだから?」
「両方よ」
「両方ね。名前は両親からの一番最初の贈り物なのに」
「あなたって、時々そうやって爺臭い事を言うわね?」
 ―――――28歳は18歳から見ればジジイ? なんかショックだな……。
「言葉のあやよ。やーね、何をそんなに黄昏ているのよ? あなただって18歳でしょ。若者らしくなさいな」
「え、あ、うん。っていうか・・・」
「何よ?」
「あ〜ぁ」
「だから何?」
「あ、うん。さっきの若者らしくなさいって言った時のカノンの顔、すごくかわいかった。そんな表情もするんだって新鮮だったよ」
「馬鹿」
 彼女はそっぽを向いた。彼女の白い頬が少し朱がさしているように見えるのは僕の見間違いではないはずだ。
 その表情に僕は悟る。
 時が来たのを………。
 出逢った時の彼女は頑なに閉じた花の蕾。
 だけど僕はその蕾をゆっくりと時間をかけて綻ばせた。しかし僕に出来るのはそこまで。
 そう、
 大地が栄養を与えても…
 雲が水を与えても…
 太陽が光を与えても…
 夜が静かな時を与えても…
 風が優しく撫でても…
 最後に蕾を綻ばせるのはその花自身。
 それは彼女も一緒。
「どうしたのよ、真剣な顔をして? まさかあたしに告白とか? やめてよね、そういうの。あたしにはそんな資格など無いのだから」
 

 そう呟く少女に僕は能力を発動させる。
 ――――言霊の能力。自分の発する言葉に魔力を乗せて、僕は彼女の背中をとんと押す。


「なぜにカノンはそんなにも人を拒絶する。まるでそうする事が義務であるかのように? それはカノンの家族を音楽が壊した事に関係しているのかな?」
「か、関係無いでしょう、あなたに」
「ほら、そうやって君は逃げる。言葉と言う剣を、視線と言う剣を振り回して、他人を寄せ付けない。だけど本当のカノンは今も泣いている」
「泣いていないわ」
「泣いているよ」
「何を根拠にそんな事を言うのよ???」
「根拠? それはカノンのココロガカナデルオンガクガドウコクノヨウニキコエルカラ」
「はぁ・・・って、何よ、これは??? なんでこんな音楽が…いやだ、これあたしの中から聴こえてきている?」
「そうだよ。それがカノンの魂が奏でる音色。とても寂しい寂しい子どもの慟哭かのような音色。ねえ、一体カノンは何を哀しんでいるの?」
「あたしは…あたしは母の人形じゃないからよ……」
「人形?」
「そうよ、人形よ。母の一族は有名な音楽家の一族だった。だけど母だけはなぜか音楽に触れさせてはもらえなかったのよ。いいえ、音楽のセンスはあった。だけど母は何も音楽をやらせてはもらえずに、疎んじまれながら育った。そしてその母の想いはすべてあたしに来た。母は三流のジャズピアニストである父と結婚した。その間に生まれたのがこのあたし。あたしは絶対音感という最高のセンスを持っていた。母はそのあたしに期待して、母の一族の誰よりも最高の音楽家としてこのあたしを育てようとした。ずっと疎んじまれてきた自分を認めさせんとするために!!!」
 ―――――彼女は笑っていた。だけどそれはまるで親とはぐれた幼い迷子の子どもの表情だ。見ていてとても胸が痛くなる……


 そう、実体を持たぬこの幽霊である僕すらも彼女を見ていると胸が痛いんだ………


「わかったよ。カノンの中にある歪な罅の正体が」
「・・・」
「カノンはお母さんに愛してもらいたかったのだね。愛されてはいないと想っているのだね?」
 ―――――その僕の言葉に彼女は大きく両目を見開いた。
「愛してもらいたかった? 愛されてはいないと想っている・・・・はっ、最初のは違うわよぉ!!!! あたしはあたしを自分の復讐の道具としか考えていないあの女になんか愛してもらいたくなんかも無いし、事実あの女はあたしを愛してなんかいなかった!!!! そうよ。そうなのよ。小さい頃からずっとずっとずっとあたしは音楽の英才教育を受けてきた。それもどれもあの女の復讐のために!!! それで父は耐え切れずに家の外に女を作って、両親は離婚した!!! あたしはあの女の人形として操られて…去年まで音楽漬けだった。だけど母は死んでしまった……病気で!!!! じゃあ、あたしはどうすればいい? 母はあたしを人形としか見てはおらず、そして父はもはやあたしに愛情など抱いてはおらず、今の家に居場所なんか無い…あたしは…あたしは、あたしは、あたしは、あたしは、あたしは……あたしはぁ―――――――――ァッッ!!! あたしの存在価値はどこにある?????」
 彼女は自分の顔に爪を立てた指先を食い込ませて叫んだ。
 そして僕はそんな彼女に肩をすくめて、優しく諭すように言う。そう、彼女が見ないふりをしているモノを見させるために。
「本当にカノンのお母さんがカノンに注いだのはそんなモノだった?」
「え?」
「音楽・絵・文章・・・心を具現化させる物は結局はその作者の心の鏡でしかない。薄っぺらでどうしようもない人間では、どのように演奏しようが音楽で人を感動させることはできない。嘘しかつけない人間では何かを訴えるような絵は描けない。偽りの形だけの絵しか描けない。誠意の無い人間にはやはり人に感銘をもたらせるような言葉は綴れない。


 そう、芸術とは美しき心の持ち主でしか紡げぬ、心の結晶


 だったら、カノン。君の音楽はどうであろうか? 僕はカノンの口笛を聴いて、それで感動した。心を打ち震えさせた。そう、芸術とはそういうモノ。ならばそんな音楽を奏でられる君の心はやはり美しいのだ。そしてそんな美しき心を持てるほどに育ったのは親の愛情を受けているから。わかるかい? もしもカノンが自身で言うような母親に育てられたのなら、そしたら君はあのような音楽など奏でられようはずがないのだ」
 ―――――カノンは顔を両手で覆って、華奢な肩を震わせている。だけどしゃくりは必死に押さえ込んでいる。


 未だに花の蕾はまだ開かない。だけどその閉じられた蕾を開く努力をするのは・・・


「これが最後だよ。葉月カノン。君は少し今、道に迷っているだけだ。優しく手を引いて歩いてくれていた母親がいなくなってしまって、だから君はこれからどう歩けば良いのかわからなくなってしまって、それで母親を恨む事で、すべてを拒絶否定する事でどう歩けば良いのかわからなくなってしまった道で立ち止まろうとしていたのだ。止まるのは何も悪い事ではない。それで見えるようになることもあるから。さあ、カノン。これまで立ち止まって、それで君は何を見た?」
 僕がそう訊くと、彼女は大声で声の限りに、幼い子どものように泣き出した。


 ――――――――――――――――――――
【別れ】

「それで葉月カノンの出した答えとは何だったのだい?」
「はい。音楽が大好きだ、という答えでした。母親が大好きだった音楽を。そしてそんな母親が自分にくれたモノだからこそ」
「なるほどね」
 猫さんはこくりと頷いた。
「それでその後にカノンさんはどうなったんでしか?」
「うん。明るい娘に変わったよ。とても明るい娘に。クラスメイトも教師も皆、驚いていた。そして彼女は音楽を続けて、ニューヨークにある音楽大に指揮者となるために留学を決めたんだ。そう、夢を叶えるために」


 ――――――――――――――――――――
 ・・・。
 僕と葉月カノンはそのまま親友として付き合った。
 そしてその時間は僕に抱いてはいけない想いを抱かせた。
 そう、僕は彼女に恋をし、
 そして彼女も僕に………
 だから僕は………


「葉月カノン。あなたのクラスには司城奏人などいなかった」


 と彼女に囁いた。
 僕は幽霊。彼女を想う資格も、
 想われる資格も無い。
 だから僕は彼女を僕から解放するために、
 彼女の記憶を消してしまおうとした。
 だけど彼女の心はそれを拒否した。
 僕を忘れる事を……
 そして彼女は、後輩からプレゼントされた花束を振り回して、僕に訴えた。
「嫌よ、あたしは奏人の事を忘れたくない。ねえ、あたしがあなたの事に何も気づいていないと想っていた? あたしはあなたの全てを受け入れるわ。音楽の道もあなたのために捨てる。だからお願い。これからもあたしと一緒にいて、奏人」
 

 それはとても眩しすぎる光だった。
 ――――幽霊である僕にはあまりにも眩しすぎる光。
 ――――――――温かい光。
 ―――――――――――僕は僕であるために、だから誰かに支えてもらいたかった。
 ――――――――――――――そして彼女は僕を受け入れてくれると言った。


 受け入れて欲しい。僕は・・・
 ――――――僕は彼女を愛しているから・・・
 ――――――――――愛している人には僕のすべてを認めて、受け入れてもらいたい。
 ――――――――――――――――支え、支えられたい。


 僕は彼女を愛している・・・


 だけど・・・・


 もしも僕が幽霊でなかったら、
 ――――生きている人間だったら言わなくってもよかった言葉・・・


「カノン。ありがとう。だけど僕は君には音楽家になってもらいたい。僕の側にいるよりも。君は僕の夢なのだ。僕のできなかった事も、選べなかった道も、君なら歩いていける。だから僕は君にそうして欲しいんだ」
 ――――――それは本心。
 ――――――――――そして彼女は、くるっと僕に背を見せて、


「さようなら、奏人」



「ああ、さようなら、カノン」


 そのまま彼女は振り返る事無く去っていく。


 僕はそれを見守った。


 お互いが本当に言いたい事をついには伝えなかった。


 もしも僕が生きていれば、そしたら今の僕は涙を流していたのだろうか?


 ――――――――――――――――――――
【ラスト】

「哀切感たっぷりな想い出になってしまったね」
「ええ、猫さん」
 僕はそう言って、だけど顔を横に振って、僕の風鈴にそっと触れた。
「だけど僕はそれを悲しみません」
 指が触れる部分から風鈴に色と柄がついていく。
「僕は彼女を傷つけたと想っていた。彼女の心にとても深い傷を刻んでしまったと想った。だけど違う。あの時、一年前のあの初夏の夕暮れの教室で歩き始めたように、また彼女は一歩自分の足で前に進んで、そう、彼女はわかってくれている。僕にはわかる。僕と彼女は未来で出逢う。彼女は立派な音楽家となって僕に逢いに来てくれる。彼女はそういう人だから。だから僕は僕の道は潰えてもう無いけど、それでも僕は僕の幽霊としての道を歩くんだ。僕は哀しまない…悲しみで塗り潰さない…僕とカノン、二人で過ごした時間を」


 ちりーん。


 それはとても綺麗で澄んだ音色だった。


 ― fin ―





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 3077 / 司城・奏人 / 男性 / 28歳 / 幽霊学生


 NPC / 白


 NPC / 風鈴売りの少女


 NPC / 猫


 NPC / スノードロップ 

 


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、はじめまして。司城奏人さま。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回は本当にものすごく綺麗なプレイングをありがとうございました。
一応、本文には書いてはいませんが、司城さまの場合は忘れられずに・・・忘れようとして悩んでいた所を、
白さんに声をかけられて・・・
と、いう感じでイメージして書きました。


でも本当にすごくすごくプレイングが綺麗で感動しました。^^
どうでしょうか? 司城さまのイメージされていた物語に添う事はできておりますでしょうか?
もしもそうであれば本当に嬉しいですし、ほっとできます。^^


そして書いていてすごく面白かったのが、司城さまの設定と僕自身の類似点がものすごく多いことです。
思わずオフの友人がPLで、依頼してきたのかと想ってしまうぐらいに。
そういう意味でもだから司城さまは書いていて楽しかったです。


それと今回すごく設定で好きになった能力を余す事無く使いたいとこういうストーリーにして、
言霊の能力を使い、心理セラピストのような感じで司城さまを書かせていただいたのですが、
それに関しても、イメージに添えていたらと想います。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
またよろしければ書かせてくださいませ。
本当に素敵で綺麗なプレイングをありがとうございました。
すごく嬉しかったです。
失礼します。