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<東京怪談・PCゲームノベル>


『千紫万紅 ― 5月の花 カンパニュラの物語・庭園の風鈴に見る優しい想い出 ― 』

【オープニング】

 なんとなく話が変な方向に向っているのは否めない。
 私は私と共に真っ白なテーブルを囲んでいる他の二人…兄上と猫殿(今は青年の姿をしていらっしゃる)を見る。
 兄上はただただ意味ありげににこにことしているし、
 そして左手で頬杖ついて、右手で黒一色に塗り染められた鳴らない風鈴を一つ持つ猫殿はどこか真新しい玩具を与えられた子どものような表情を浮かべて、私にその双眸を細めた。
「さてと、それでは始めようか?」
「何を、ですか?」
 おもむろにそう言いだした猫殿に私はつい身構えてしまう。
「そうだね。まずは思い返してみようか?」
「思い返す?」
「そう。自分が彼女に言った言葉を。それでああ、これだと想うものをそこにいる女性陣に訊いてみるといい」
 私は頬杖つく猫殿がちらりと視線を送った先を見る。同じく真っ白なテーブルにつく長い髪の少女を。
 両腕で烙赦を抱きしめる彼女は私と顔を見合わせるとやはり私と同じく戸惑ったような笑みを浮かべた。おそらく彼女の細い肩に腰を下ろしてにこにこと笑っているスノードロップは何も考えてはいないのだろう。
「あの、えっと、猫殿、私は……別に………」
「おや、綾瀬まあやがなぜに怒ったのかその理由を知りたいのだろう? ならば何がその引き金となったのか、自分が彼女に何をしてしまったのか、そして彼女がどれだけ実はかわいいかを知るためには、もう一度よく先ほどまでの事を一つ一つ思い浮かべて、考えるのが得策だと想うのだがね」
「そうですね。羽月君。一つ一つ、僕らと一緒に考えてみましょう。皆で一緒に考えれば、羽月君にはまだ見えなかったモノも見えるようになりますよ。そう、まだあなたはあなたの感情が目隠しをしている。それでは何も見えやしない。だからもう一度よく自分の言った言葉、彼女の言った言葉、彼女の素振り、それらをよく思い返し、そのどこに重要なパズルのピースがあるのかを考えましょうか? それに話す、という行為は随分と羽月君の心を落ち着かせて、感情の目隠しを解いてくれると想いますよ。そう、そうすればいかに綾瀬さんが可愛い人かあなたにもわかるはずです」
 ・・・あ、兄上まであの手強い彼女を可愛いと呼ぶ。私にはあの憮然とした彼女がとてもかわいいとは思えない。それに・・・
「ですが、兄上……」
 ――――私はどうにもそういうのが苦手だ。
 明らかに兄上と猫殿は、答えを知っている。だったらその答えを私に教えてくれても良いであろうに・・・。
「ふむ。数学の方程式の答えを教えてもらったからと言って、その式を解くための手順を理解できるわけではあるまい? 式をちゃんと理解していなければ、その次に出されるその式を応用した計算式を解く事はできない。それと同じさ。まあ、世の中の事…特に女性の心など1+1=2と言い切れるほどに単純では無いのだがね」
「ささ、羽月さん。女性のハートはびしびしとわたしと少女さんが教えてあげますでし♪ だからどーんと何が悪かったのか思い当たる節をわたしと少女さんにぶつけてくださいでし♪」
 どんと勢いよく握りしめた拳で胸を叩いて、叩きすぎて咳き込むスノードロップを眺めながら私は大きくため息を吐いた。
 おそらく今日は私にとっては厄日なのであろう。
 そう想い割り切らねばならぬらしい。
 それに確かにあの手強い綾瀬さんを私ひとりで宥める自信は無いし、やはり何故に怒り出したのかも考えがつかぬ。ならばここは兄上や猫殿が言うように一つ一つ思い返し、それを少女さんに訊いてみるのも良いかもしれない。それで答えがわかるのなら。
「観念したようだね。それではまずはデートの事を教えておくれ」
 ・・・やれやれ。


 ――――――――――――――――――――
【チケット】

「遊園地のチケットですか?」
「そう」
 都内にある有名な遊園地のチケット二枚を差し出す彼女はとても楽しそうににこりと微笑んだ。
「この前の仕事でね、この遊園地の風景を撮らせてもらったの。そのご縁でチケット二枚入手できて。ああ、それだったらかわいい従弟にこれは喜んで進呈せねばと想って」
「はあ?」
 曖昧に頷いておくと、彼女はにこりと微笑んだ。
「彼女、できたんだって?」
「………姉上ですか?」
「それは秘密♪ で、どんな娘なの?」
 学校の帰り道。突然に私の前に現れて奢ってあげるからと喫茶店などに誘うから何事かと思えば……
「それはこちらも秘密と言う事で」
「あら、つれない。羽月君は私の弟も同じなんだから、色々と相談に乗るよ。ん?」
 頬杖ついてアメリカンなどを飲む彼女はしかしとても幼い子どもが浮かべるようなひどく悪戯っぽい表情をしていた。
「お姉さんには相談できないような事でも私だったら聞いてあげられるしね。で、どんな娘なのかしら?」
 にこりと笑う彼女の笑みが饒舌に言っていた。しゃべるまで絶対に帰らせない、と。
「タダより怖い物は無し、か。はぁー」


 ――――――――――――――――――――
【綾瀬まあやという人】

 思えば彼女とはいつも私の部屋で時間を過ごしていた。
 私が人形を作るその隣で、彼女は烙赦を抱きながら、それを見ていた。そんな静かな静かな二人の時間。ごくたまに言葉を交わすだけの逢瀬。それでも私はその時間が心地良かった。会話で…言葉で二人一緒にいる空間を埋めるのではなく、二人一緒にそこにいる体温でその空間を埋めるような感覚が。


 彼女と一緒にいるそんな時間がとても安心できた。


 それでも時には想う事もある。
 彼女に退屈をさせてはいないか? とか、
 不安にさせてはいないか……と。
 時折教室で聞こえてくる女子たちの会話。
 ――――『彼氏が一緒にいて何もしゃべってくれないと不安になるよね』


 綾瀬さんは自分の感情と言うモノをそうは簡単には見せてはくれない。
 彼女は細かい罅が走った脆い硝子細工。不用意に触れれば壊れてしまうような感じを私に抱かせる人。
 それを彼女もわかっているのだろう。だから彼女は本当の心を誰にも見せない。彼女はいくつもの顔を持つ。今自分の目の前にいる人が望む綾瀬まあやを演じる。つまりが彼女には誰もが皆一緒に見えているのだ。もっと言ってしまえば…究極的に言えば彼女は他人を必要とはしていない。
 高い知性と何事をもしなやかに飛び越えてやれてしまう彼女。
 そして過去に己の能力のために大切な人たちを殺してしまった彼女。
 今も喪にふくし、黒の服を見につけている彼女。
 髪を伸ばし続ける彼女。
 それらがいくつもの連なる硝子の囲いとなって、罅だらけの脆い硝子細工の彼女を囲っている。他人を拒否拒絶しようと。
 その硝子の囲いはとても冷たい。
 触れれば低温火傷する…絶対の他人を拒絶する壁。
 それでも私はその幾重にも張られた囲いの一枚は、
 通過できている……
 ………させてもらえている。


 それ以上、進み、彼女の体に走るその罅を私という存在で埋めたいと望むのは、身勝手であろうか?


 人と人とが触れ合うにはおそらくは覚悟がいる。
 本当にその人を理解し、
 理解されたいと望むのなら、
 その人のすべてを受け止める覚悟がいるのだと想う。
 そしてその人に自分をすべて曝け出せる勇気も必要なのだ。最初に自分を見せなければ見せてはもらえない。


 過去も、
 現在も、
 未来も、
 その人が背負う何もかもを、


 背負う覚悟・・・。


 私にそれがあるのかと言われれば、私は彼女に手を差し伸べたい。
 差し伸べた手を握ってもらいたい。
 覚悟はある。
 ―――――そう、もう彼女のいない時間を他の何かで埋める事はできない。ぬるくなったコーヒーに熱いコーヒーを継ぎ足して喉に流すようにはもうできない。


 綾瀬まあやという温もりが私の心を捉えて放さない。
 がちがちに私の心を縛る彼女の存在。
 だから私は彼女に己のすべてを見せるのも良いと想う。
 それはとても怖いけど、
 だけど先に己がすべてを曝け出す事で、
 彼女も見せてくれると想うし、
 それになによりも彼女には知って欲しいから私を。
 いつか彼女に私が何を想い成長してきたのかを訥々と語り、
 そして彼女にも訥々と語ってもらいたい。彼女の事を。
 私と彼女は2分の1。
 二人でひとつ。


 私はいつか彼女を縛る彼女の心に走った罅に溶けん込んで私と言う温もりで彼女を癒したい。


 貴女はそれを許してくださりますか?


 ――――――――――――――――――――
【遊園地デート】

「どうしたの、突然?」
 彼女は怪訝そうに眉根を寄せて、そう言った。
 ちょっとそう言われると、言葉に詰まってしまう。
「え、いえ、チケットをもらったので……」
「そう」
 気の無い返事。綾瀬さんは遊園地が嫌いなのであろうか?
「で、何時行くの?」
「え?」思わずそんな声を出してしまう。
「何、その顔は? あたしとあなたとで行くのでしょ。それとも違うの?」
「あ、いえ、そうです」
「デートね」
「デート、ですね」
 にこりと笑った彼女はそう返した私の反応を楽しむような意地の悪い表情をしている。本当に意地の悪いお人だ。
「それでデートには何時行くの?」
 にこにこと意地悪そうに笑いながらデートという言葉を繰り返す彼女。
 ―――――ちょっとわからない。これはこれで楽しみにしてくれているのであろうか? それともからかわれているのであろうか?
 綾瀬さんは肩にかかる髪を掻きあげながら肩をすくめると、吐いたため息で前髪を浮かせた。
「そんなに照れないで。こちらが……恥ずかしくなる」
「え、あ、いえ、すみません」
「ばか」
 ――――どうやら、照れ隠しのデートの連発だったようだ。


 そうしてその次の週の日曜日に、遊園地デートに行った。
 まだ季節は5月の中旬。陽射しはそれなりに暑いが、風はまだ少し肌寒いというおかしな感じ。
 そんな中を私は多くの家族連れや恋人同士、友人同士の人込みに混じって進む。
 遊園地の入り口ゲートの前に黒のワンピースドレスを着た彼女がいた。麦藁帽子を被る彼女は両手で竹編みで出来たバスケットを持って、立っている。そして私を見ると、よっ、という感じで軽く右手をあげて微笑んだ。その年代に相応しいかわいらしく綺麗な笑みを浮かべた。
 ――――――ものすごく意外だった。
 彼女が私よりも早く来ている事が。思わず私は視線をゲートの向こうにある時計台に走らせる。時間は10時30分。待ち合わせ時間の30分前。つまり彼女はもっと前から来ていてくれたというわけで……
 ―――――なんだか感動してしまう。そして今ものすごく顔が熱い。
 彼女はこちらをじっと見つめている。
 私はちょっとどぎまぎしながら右手をあげる。そして自分でもわかるぐらいにぎこちない動きで彼女の方に歩いていって。
 真っ直ぐに私を見つめる彼女。
 てっきりとそんな私を見て、いつものように薄く形のいい唇に軽く握った拳をあててくすりと笑うと想ったのに、ただ彼女は私を見ている。まるでどこか優しい母親が公園の砂場で遊ぶ我が子を見守るように。私の心臓はそんな彼女の様子にこのままではストライキを起こすのではなかろうか? と思えるほどにさらにその鼓動の速さをあげた。
「おはよう」
「おはようございます」
「んー」
「なんですか?」
「そろそろと敬語はやめない?」
「あ、でも綾瀬さんの方が、年、うえ……」
 きぃっと彼女の切れ長な紫暗の瞳が細まる。
「歳は禁句。罰として、少し暑いでしょうががまんなさい」
 と、言ったかと想うと彼女はおもむろに私の左腕に自分の両腕を絡めた。そして長い黒髪に縁取られた美貌に悪戯っ子めいた笑みを浮かべる。
「どうだ、暑いだろう?」
 ――――暑いというか……熱い…
 左腕に感じる柔らかでそれでいて弾力のある胸の感触で感覚が麻痺して、そんな事を想っている余裕が無い。それに彼女がしゃべる度に腕に走る振動とか、肌を撫でる彼女のシャンプーとリンスの香りがする髪の感触とか、鼻腔をくすぐる香水の香りとか。
「それでは行きましょうか、羽月君?」
「あ、はい。あや…」
「はい? あや…?」
「あー、えっと。おう………まあや………さん」
「はい、良く出来ました。今度は一発でやれるようにしようね。それと呼び捨てで」
「よ、呼び捨ては勘弁してください」
「あら、どうして?」
「こ、これが精一杯です」
「って、また敬語」


 くすくすと笑う度に感じる心地良い振動。
 その振動に合わせて踊るような私の心臓。
 信じても良い?
 今、貴女が私に見せてくれているのは、この初めてのデートを楽しんでくれている貴女の本当の表情だって?


「で、どうするの?」
 チケットを渡して、右手首にプラスチックで出来たブレスレットをはめられて、それでゲートを越えると、再び左腕に両腕を絡めた彼女が私ににこにこと笑う顔を小さく傾げながら訊く。
 さらりと揺れた前髪の奥にある紫暗の瞳を見つめながら、私も小首を傾げた。
「えっと、どうするとは?」
「だからこれからの予定。もちろん、決めてきてくれたのでしょう?」
 にこりと笑みを深くする彼女。
 私はぎこちない笑みを浮かべる。
 ―――――考えてもみなかった。
「ふむ。これは罰ゲーム2を考えなければ、ね」
「あ、いえ……」
「嘘よ。じゃあ、ここで決めて。今日は羽月君がリードして。男の子でしょう。今日ぐらいは普通の女の子でいたいんで」
 その言葉にどきりとした。普通の女の子、という言葉に。
 ―――――ひょっとしたら私は私が想う以上に綾瀬さんに許されているのかもしれない。
 そう想っても良い、よね?
「じゃあ、その…このパンフのアトラクション順に……行きますか? せっかくのフリーパスも買ったのだし」
「はい」
 嬉しそうに笑う彼女。本当に心臓が口から飛び出しそうだ。
「あー、でも・・・」
「はい?」
「このチルドレンコースターにも乗るの?」
 そう言って私達二人は右斜め前方にあるチルドレンコースターをしばし見て、そしてその後に二人して顔を見合わせてくすくすと笑いあった。
 もちろん、チルドレンコースターには乗らなかった。一番のマウスコースターに乗った後は3番のコーヒーカップと順番を抜かして乗った。
 メリーゴーランドは勘弁してくださいとお願いしたのだが、それはもちろん笑顔でスルーされて、二人でなぜかかぼちゃの馬車に乗せられた。
 魔法の絨毯、ホワイトサイクロン、フリーフォールとハードな乗り物を乗り継いで、ようやくアトラクションは子ども向けの楽しい雰囲気のモノになる。次は園の外周を一周するミニSLだ。
「その前にごはんにしようか?」
 ――――どう反応すればよいのであろうか? やはりそのバスケットの中は……
「羽月君、どう反応すればよいのかわからないのでしょう? 大丈夫。このバスケットの中身はサンドイッチだから」
「あ、いえ。はい。嬉しいです」
 私はにこりと笑う。それは本心。
「それじゃあ、売店で飲み物を買ってきますね。何が良いですか、綾瀬さんは?」
 ――――言ってから、彼女が眼を細めたのであっ、と気付く。
「………まあやさんは?」
「アイスコーヒー、ブラックで」
「わかりました」
 私はこくりと頷いて、そしてアトラクションに乗る以外はずっと絡められていた彼女の両腕が解かれる。離れる体温。だけどまだ左腕には彼女の優しい柔らかな感触と、温かな体温、そして心地良い振動が残っている。
「少し待っていてください」
 そう言って私は離れようとした。そしたらついっと私の服の裾が引っ張られた。振り向くと彼女がまるで幼い子どものように右手で掴んでいて、
 ――――私と眼を合わせると、驚く事に頬をものすごく真っ赤に染めて顔を俯かせてしまった。
 時間だけがただ静かに流れる。
「何か用ですか?」
 ――――ようやく口を出た言葉がそれだった。ぴくりと彼女の細い肩が震えたような感じがして、そしてそれを見て私はあっ、と想ってしまった。他にも何か言いようはあるであろうに……。
「あの、・・・」だけど言葉は続かない。
 そして再び顔をあげた彼女は、だけどその表情はいつもと同じ表情であった。


 そう、いつもと同じ表情・・・


「ううん。何でもないの。あのね、やっぱり飲み物を変えるわ。アイスレモンティーでお願い」
「砂糖は無しですか、綾瀬さん?」
「ええ」
 こくりと頷いた彼女に頷き返して、そして売店に歩き出してから気付いた。彼女が私に訂正を求めなかった事を……。


 ――――――――――――――――――――
「あの、兄上、猫殿、少女さん、いかがなされたのですか?」
 御三方は何か信じられないモノを見るかのように私を見ながら唖然としていた。スノードロップだけがにこにこと笑っている。
「それで、あの、それからはどう呼ばれていたのですか、綾瀬さんの事を?」
「あ、いえ、綾瀬さん、とお呼びしていました、少女さん」
 ―――――これが悪かったのであろうか?
「あの、これが悪かったのですか?」
「要因の一つではあるね。それをよく覚えておく事だよ」
 猫殿はそう言って微笑んだ。
 私は彼が持つ風鈴を見据え、そして兄上を見た。兄上はただ優しく微笑みながら頷いた。


 ――――――――――――――――――――
 彼女は私の隣を歩いている。足の前に置いたバスケットを両手で持って。並んで歩く二人の隙間は30センチほど。
 感じられない体温。
 伝わらない振動。
 空虚になってしまった感触。
 沈黙は嫌いじゃない。
 彼女との間にある沈黙は好ましかった。だけどこの沈黙はひどく心に重かった。
 周りの人々の声が、それぞれのアトラクションから聞こえてくる音楽が、どこかしらじらしく聞こえた。
 そして次のアトラクションは……
「行きましょうか?」
「え、ええ」
 観覧車だった。
 小さなケージに二人して乗る。向かいあって。
 沈黙がすごく重い。本当に初めてだ、こんなのは。
 だから私は、その沈黙を言葉で埋めようとして、
「あの・・・」
「なに?」
「あ、いえ・・・別に・・・・・・」
 ―――――だけど何を話せばいいのかわからなくって、それで口を閉じてしまう。
 …………そしてまた沈黙。
「ねえ、今日のチケットをくれた人ってどんな人なの?」
「え、あ、いえ、私の従姉です。フリーカメラマンをなされていて、仕事でこの遊園地の風景を撮られていて…」
「それってこの記事の写真の人かしら?」
 彼女は鞄から雑誌を取り出した。その雑誌のページに載せられた写真の下に掲載されているカメラマンの名前は確かに彼女だった。
「はい、そうですね。彼女です。これが従姉の写真ですよ」
「そう」
 ………そしてまた沈黙。
 ようやく観覧車は下り始めた。
 近くなってきた地上。何気なく視線を向けた先には、着物を着た女性たちが大勢歩いていた。
「ああ、この遊園地の中にあるホテルで着物の展示会をしているのよ。その客なんでしょうね。着付けの指導なんかもあるんですって」
「ああ、そうなのですか。着物の着付けは私はできるのですよ。正月や何かある時は従姉妹の着付けや髪結いも私がしているのです」
 その瞬間、ぞくっと背筋に悪寒が走った。私は外の風景から、綾瀬さんに視線を向ける。長い黒髪の下にある美貌は不機嫌丸出しの表情を浮かべていた。そして前髪の奥にある切れ長な紫暗の瞳はじっと私を睨んでいる。ものすごく鋭く。
「あ、あの何か?」
「別に」
 素っ気無い声。いや、彼女は常日頃から素っ気無い言い方をするが、しかしその言い方はいつにも増してものすごく冷たかった。彼女の鋭い視線に心が痛い。
 一体彼女は何を怒っているのだろう?
 やはりこれまでの沈黙が嫌だった?
「あ、あの、すみません」
「何が?」
「何が、って…」
 ―――いや、貴女が何かに怒っているから。
「何の意味も無しで、謝らないでくれるかしら」
 ―――その言葉にかちんときた。
「何の意味も無しでって、意味ならばあるでしょう?」
「どういう意味よ?」
「貴女が怒っていらっしゃるから!!!」
 そしてついムキになって、それを言ってしまった。
「・・・」
 そして彼女は黙り込んでそっぽを向いてしまった。
 ケージの扉を開いた瞬間にアトラクションの店員が困ったような顔をしたのは、二人の間の空気を敏感に感じ取ったからだろう。
 そして二人でそのまましかし次のアトラクションミラーハウスに入って、それで二人鏡の迷宮に迷って離れ離れになった。


 ――――――――――――――――――――
【風鈴】

「で、もう一度すべてを思い返し、口にしてみてわかったかな? 何に始まり、何がとどめをさしたのか? を」
 私は顔を横に振った。
「それでは羽月君は、一体どのような想いを今、綾瀬さんに感じてますか?」
「理不尽な想いで一杯です。私は彼女のために勇気を振り絞ってデートに誘いました。彼女に笑ってもらいたくって、がんばりました。私は彼女のためを想って、………だけど彼女はそんな私の想いも知らずにいつの間にか何かに怒っていて、それならばそれを…何に怒っているのかを言ってくださればいいのに、彼女は私が怒っている理由を訊いても答えてはくれなくって……私はそれをずるいと想うのです。こちらはすべてを見せて、がんばっているというのに………言ってくだされなければわかりません」
 大きくため息を吐きながら、私は顔を横に振った。
 そしたらその私に………
「あの、それは無理です。わかってあげてください」
 と、少女さんが言った。
 私が顔を向けると、彼女は静かに静かに言葉を紡いだ。兄上と猫殿に優しく見守られながら。


「綾瀬さんは羽月さんが想っている以上にデートを楽しみにしていました。それは羽月さんよりも早く待ち合わせ場所に来ていた事でわかりますよね。雑誌だって買って勉強までされて。その雑誌を読んでいるときの彼女の気持ち、考えましたか?」
 ―――ああ、瞼を閉じれば待ち合わせ場所で立っている彼女の姿が思い浮かぶ。それに雑誌を持ってる事にだってもう少し何かを気づいても良さそうな事なのに……。


「『今日ぐらいは普通の女の子でいたいんで』、と言った時の彼女の気持ちを考えてごらん?」
 ―――え?


「本当にわかりませんか、羽月君。その言葉の意味が。ではもう一度考えてみましょうか? あなたが知っている綾瀬まあやさんは意地っ張りですか? 素直ですか?」
 ―――ものすごく意地っ張りです。


「そんな意地っ張りな少女がその言葉を口にするにはどれだけの勇気がいったと想う?」
 ――――きっとものすごく勇気がいった。


「羽月さんは先ほど言ってもらえなければわからないと仰いましたね。だけど言えないんです。女の子は怖がりだから。好きな人に嫌われたら、どうしたらいいかわからなくなってしまうから。だから綾瀬さんは精一杯の行動であなたにそれを伝えようとして」


「自分の想いを伝える、それは簡単なようでいて難しい。たとえ本心でも冗談めかしてでしか言えない人間もいる。言葉で言えないから行動で現してしまう。思わず口から言葉が出てしまうように、思わず行動してしまう」


「サインは出てましたね」


 ――――それはつまり、あのアイスコーヒーを買いに行く時の………


 あの時、私はなんと言った?
『何か用ですか?』
 ――――だけどその時は私だって・・・


「羽月さんは自分の想いばかりではなく綾瀬さんの想いもわかろうとなさいましたか? 不安なのは綾瀬さんだって同じなんです」
「あなたはもう少し自分に自信を持っても良い」
「言葉が必要でない時もありますね」


 ああ、彼女があの時に私の服の裾を掴んだのは、置いていかれるのが嫌だったから・・・離れたくなかったから。


「それなのに……私の言葉は彼女の手を払うのと同じ行為だったのですね」
 少女さんはこくりと頷いた。
「そしてそれに付け加えてあなたは少々無神経な事を言ってしまったね」
「はっ?」
「たとえば綾瀬さんが羽月さん以外の男の人の体に触れていたら…どう想いますか?」
「………嫉妬するかもしれません…って、え?」
 自分を指差す私に皆さんはこくりと頷いた。
 ――――――そういう事だった、のですか。
「だから言ったろう? 彼女はかわいい、と」
「そう。可愛いですね」
 気付けば気付けばで、今度はそんな簡単な事にも気付けなかった自分に呆れる。
「それで羽月さんは綾瀬さんの事をまだ怒っていらっしゃいますか?」
 そう言う彼女に私は顔を横に振った。
「いいえ。綾瀬さんにはすまないと想う事はあっても、もう彼女には怒ってはおりません。今は一刻も早く伝えたい」
「何を?」
 私は兄上、猫さん、少女さんを皆平等に見回してから言った。


「私は貴女を信じると」
 ――――そう、私は彼女が好きだし、そして感謝もしている。


 ちりーん。
 そう口にした瞬間、猫さんがずっと持っていた風鈴がその澄んだ美しい音色を奏でた。
 その風鈴の色は真っ白で、柄は二匹の蝶。


「白はこれからどのような色にも変わっていく、これからのあなたたちの未来の色」


「蝶とは導きの標」


「幸せになれるかどうかは、これからの羽月君のがんばりしだいかな?」


「手強い人ですががんばります」


 ちりーん。
 しばし私はその風鈴の音色を聴いていた。


 ――――――――――――――――――――
【ラスト】

 ミラーハウスではぐれてしまった時は、そのまま彼女は帰ってしまったのではと想った。
 だけど今ならわかる。
 彼女はこの遊園地にいると。
 私はあの庭園で兄上や猫殿、それに少女さんに話を聞いてもらって、それで彼女の心の一端を見れた。
 そう、私は彼女に自分も拒絶されてしまう事を恐れていたのだ。その心が目隠しとなって、私の視界を遮ってしまった。
 だけど私はあの庭園で、あの私と綾瀬さんの想い出を封じ込めた風鈴の音色を聴いて、少しは自分が想う以上に自分が彼女に想われている事を知った。だから……私は伝えてみようと想う。この胸にある想いを。


 そして彼女はいた。私もそう想っていた場所に・・・


「いた」
「………どうしたの? 走って探していたの、あたしを?」
「探していた…いえ、ミラーハウスからここまで直行してきました。貴女は…まあやさんはここにいるとわかっていたから」
「どうして?」
「私はここから今日のデートをやり直したいと想うから」
 ――――そう、私はあの時、彼女が掴んだ手を、握るべきだったんだ。


 そして私は彼女の手を握って、彼女をベンチから立ち上がらせる。


「まあやさん。デートのやり直しです。ここからもう一度やり直しませんか?」
 そう訊くと彼女はふぅーっと小さく息を吐いて、そして肩をすくめると、こくりと頷いた。
 そしてそのまま私は彼女の握り締めた小さな手を引いてミニSLに向って歩き出す。
「デートですね」
 そう、ぽつりと言った彼女に、
「デートですね」
 私も少し照れながらそう言った。
 そして観覧車のケージが真上に来る直前に私は彼女に、私はもっと貴女を信じると伝え、そして唇を重ね合わせた。



 ――――後日。
 たまたま教室で女子の机の横を通り過ぎる時に、その机の上に乗せられていたあの遊園地の特集をしている雑誌を目にした。
 そしてその開かれたページを見た瞬間に私は赤面してしまう。
 その雑誌にはこうあった。
 この遊園地の観覧車オーロラで、ケージが真上に来た時に、胸にある想いを告げて、唇を重ねあわせたカップルは永遠に結ばれるジンクスがあると。
 ………これと同じ雑誌を持っているまあやさんは……これを当然知っている訳で……
 だけど彼女はその後も平然と照れる事無く私とデートをしていた……
 一体あの時の彼女は何を考えていたのだろうか………???


 やはり、私には女性の心理は……深くはわかりそうもない……やれやれ。



 ― fin ―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


1856 / 藤野・羽月 / 男性 / 15歳 / 中学生/傀儡使い


 NPC / 白


 NPC / 風鈴売りの少女


 NPC / 猫


 NPC / スノードロップ


 NPC / 綾瀬・まあや
 


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、藤野羽月さま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただきましたライターの草摩一護です。


今回もご依頼本当にありがとうございました。
プレイングを拝見した時にはすごく面白くって色んなシーンが思い浮かぶと同時に、
うんうん、何でスイッチが入って怒り出したのかわからない時って、本当に困るよね、と羽月さんに共感したりもして。
そして下手な事を言って余計に火に油を注いで、空回りが常、ですよね? 
それで本当に羽月さんのように理不尽な想いで一杯になってついその感情のままに言葉を言ってしまって、
後で冷静になった時に自分の馬鹿って、今度は自己嫌悪に陥って、って。
うんうん。はぁー。
本当に難しいですよね、付き合うって。


今回書きたかった事は二つあります。
一つはデートのシーン。やっぱり書いていてすごく楽しかったです。^^
この遊園地のアトラクションもジンクスもうちの地元の遊園地を題材にしてます。
ここには観覧車の真上でキスすると、幸せになれるというモノがあれば、
池でアヒルのボートに乗ると別れるというジンクスもあります。
一体誰が考えたのでしょうね?^^;
ちなみに羽月さんたちはチルドレンコースターには乗りませんでしたが、
高校生にもなって子どもたちに混じって乗ってました。^^
ぐるりと回る部分が無いので、ただただスピードが速いコースターという感じですが、
それが面白かったのです。


そしてもう一つは少女さんに言ってもらった、女の子は怖がりだから、という言葉です。
これを書けたのはすごく嬉しかったです。
男の僕には絶対にちゃんとは理解できない感覚ですが、それでもやはりこの言葉はすごく印象強くって、
ずっと心に残ってます。
その言葉をすごく羽月さんにも伝えたくって。^^
これから彼はまたどのように変わっていくのか、それがすごく楽しみです。


それでは本当に今回もご依頼ありがとうございました。
失礼します。