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<東京怪談・PCゲームノベル>


「箱庭庭園‐失楽園-」

 夢を夢として知覚する。
 それらは健常な肉体であれば造作も無いことだ。

 目覚めれば「現実」へと、戻り。
 眠ればまた「夢」へと戻る。

 だが。

 そう――「だが」で、とりあえず話を進めてみることにしてみようか。

 健常な人間であったとしても。
 綻んでいく、心の隙間に。

 ――見えぬ物が入り込むことさえ、あるのだと。




「健康であれば、夢であったと言える」
「でも、健康でなければ夢であったとは言えない――心のみが健康でも、身体のみが健康でも、それらはありえない」

 くすくすと楽しげに微笑う声。
 夜の帳の中、夜よりも黒い姿の、住人らが視線を交わした。

「夢は夢だからこそ」
「美しいのではなく、安堵するもの。目覚めた時の……自分の思考の整理箪笥のようなもの」

 さて。
 夢は何時、変わるのだろう。
 ただの夢から、悪夢へと。

 その、夢を見る人の中――悪戯心で人を戸惑わせ、また夢の淵へと落とす……どの様な変化があり、彼らは楽しむように夢を食べるのだろうか?



(――……これは、いつもの……夢だわ……)

 頭の隅に、自分の声が響く。
 そう、これは夢なのだと「頭の中」の自分は良く知っている。

 なのに。
 何故だろう、抗えない風景があり、人物がある。

 兄貴と良く似た面差しの、女性。
 違うとすれば、兄は何処か表情に「明」のイメージがあるのに対し、その女性は綺麗で儚げで微笑う表情にさえ「諦め」に良く似た「静」のイメージがあることくらい。

『嘉神・しえる』は、この人物が誰なのか、知っている。
 だが、現実の彼女は知りうるはずが無い――これは、夢。
 夢の世界であるからこそ、知りうる事が出来る、もう一つの「力場」

『……貴女は、連れて行けないの』

 目の前の女性は哀しげな表情になり、しぇるの頬を優しく撫でると、名残惜しげに歩き出した。
 振り返ることは無いと、しえるは知っている。
 この人が歩き出す時は、いつも振り返らずに真っ直ぐに前を向いて歩くのが、癖だったと。
 だから、しえるは、その背へと、言葉を投げる。

(何処へ行くの?)

『貴女には関わりの無い所よ』

(何故私を置いて行くの?)

『だって…貴女は……』

 彼女が笑っているはずも無いのに、もし笑っていたとしても、聞こえるはずが無いのに小さな笑い声が聞こえた。
 くすくす、くすくす。
 まるで、嘲笑うかのように不愉快な、その音。

(お願い、待って!)

 声が出ない。
 体が――動かない。
 追いかけたいのに、足がまるで動くことを忘れたように強張っている。

 でも言わなくちゃ……後ろ姿が見えなくなる前に。完全に姿が、消えてしまう前に。

「戻って!そっちはダメなの……」

 ダメなの……二度と逢えなくなる。
 貴女に、もう二度と逢えなくなるのは、「嫌」

 動かない身体の変わりに、しえるはあらん限りの声で、叫ぶ。

「――待って、姉様!」




 叫んだ瞬間、しえるは目を覚ました。大きな声で叫んだ所為だろうか、喉が酷くひり付いていて、痛い。

(此処は――現実、だ……)

 潜む何かが、しえるの内部で呟く。
 そして、しえるも。

「……姉様って誰よ? 私には兄貴しかいないじゃない」

 と、言いながら起きあがる。
 この夢を見た後は、かなり身体が重く感じるのだが――今日もそう。

(毎晩ダルいったらないわね)

 鏡に自分の顔を映すと、うっすらと隈が出来ていて、眠っている筈なのに身体が疲れていることを如実に示していた。

 …何時から、この夢を見始めたのだろう?

(確か……あら?)

 自分では思い出せない事に気付き、瞳を瞬かせる。
 いつも、印象的な意志の強さを宿した瞳が、この時はわずかばかりに揺れ、声にならない声を漏らした。

 どうせ、忘れてしまう夢なのに。
 何故こうも、気になるのか――?

 しえるは、気だるげに鏡を置くと、職場へと赴くべく、準備を始める。

 陽が注ぐ室内の向こう側、気遣わしげに見る、二人の姿があった。




「…どうやら、夢は変わったようだね」
「…猫さんが酷く楽しそうに見えるのは気のせいかしら?」
「それは心外な。私だとて夢が悪夢に変わるのは、いつだって嫌だと思っているのだよ?」
「あらあら……では、その言葉を信じて。――再びの夜を待つことにしましょうか」
「ああ」

 美しい夢ならば良かったのだけれどね、という猫に対し、少女――綾瀬・まあやは、こう呟いた。

「夢なんて…美しければ美しいほど、毒があるものでしょう?」

 そして、猫は。

 まあやの、この言葉には何も答えず、ただ、微笑むばかり。




 コツコツと、小気味良い音を響かせ、しえるは職場へと向かう。
 今日の自分の担当時間はそれほど多くは無い――、その事が、これほどありがたいと思える日は無かった。

 朝から続く、身体のだるさ。
 思考が、どうにも一定にはならず、気を抜くと夢の事ばかり考えてしまう。

("姉様"って……誰なの?)

 良く夢から目を醒ます直前に出る言葉は、心の中にある本音だと教わった事がある。

 だが「姉様」と言う存在が居ないのに、出てしまった言葉には何の意味があるのか………。

(ああ、ダメ……この先を考えるのが)

 考えてしまうのが――酷く、怖い。
 怖いなんて、今までは考えた事が無いのに。
 売られた喧嘩は買ってしまうし、しかも、売ってきた相手が後悔するくらい、口喧嘩では負け知らず。
 兄貴でさえ「お前の口先には悪魔が宿ってる…」と言うくらいなのに。

 どうして、かしら?

 どうして……こうも。
 夢の事ばかり、考える。
 姉様と言う言葉ばかり追いかけてしまう?

 ……結局。

 しえるが、「姉様」と言う言葉と――、夢について忘れられたのは、講義をする数時間の間だけ、だった。
 後は。
 考えても考えても。
 ぐるぐる巡る考えが、消えては、浮かんでいくばかり。




 眠りにつく時。
 人は何を思うだろう?
 大抵の人は、眠る前に恐怖を見たいと思う人は少ない筈だ――、逆に良い夢を見たいと望むか、ぐっすりと安らげる眠りを望む人の方が多いだろう。

 だが、悪夢と言うのは決して、その様なことを考えて眠りについたとしても見てしまうものだ。

 望むと望まざるに関わらず。





(……まただわ……)

 ……何故笑ってるの? 私を置いていくのに。

 なのに、姉は微笑む。
 さも楽しそうに、置いて行って清々すると言うような晴れやかな笑顔で、微笑むのだ。

『だって私は貴女より人間の方が大事だもの』

(――どうして?)

 何故? 嫉妬で心が闇に飲まれそう。
 私は大事じゃなくて、人が大事だと言う姉様。
 貴女の慈愛は決してこちらには向けられないものなの……?

 それさえも、解らなくなる。

 どうしてどうしてどうして。
 何遍も呟いても、微笑むばかりで、消えない、言葉。

 どうしようもないほどに、重くなっていく身体と心。
 考えることさえマイナスになりそうで――、こんな自分は嫌だと思っても止められない。

 だが、それらを遮るかのように、柔らかな手が差し出されるのを、しえるは感じた。

 白く、細い指は何処か華奢な印象を見せる。
 けれど、良く知っている手で。

 その白さに、いつも「黒」が似合うと思う、少女。

「まあや……?」
「はい」
「何で、此処にいるの? これは私の夢よ――、いいえ、夢のはずなの」

 軽い混乱。
 何故、彼女が居るのだろうとも思うが、それに答えるように一人の青年が、しえるの前で微笑む。

「確かにこれは貴女の夢だ。だがね、申し訳ないが、この夢は――見ていて良いものではない。その前に箱庭へ置こうかと思ってね」
「箱庭?」
「悪夢が生まれた庭先の名前だよ」
「…と、言うわけなんです。私は、猫さんに連れてきてもらいましたが――此処は確かに、しえるさんの夢。貴女がどうかしなくてはならないものであり、また、でなければ私たちもこれに抗える能力のない、唯の訪問者に過ぎない」
「そう……」

 手を、手繰り寄せるように握り締める。
 …夢だというのに温かい。
 人の、ぬくもりが確かにあった。

 そう、と、もう一度、しえるは繰り返す。
 ならばとも呟きながら。

「なら足掻いてやろうじゃない。私が素直に助けを求めるなんてしない事よく分かってるでしょ?」
「勿論」

 笑んだ、まあやの顔は。
 今まで見た、どの顔より、綺麗に笑っていた。




(想い出すのよ……私は何? 彼女は誰?)

 名前は、嘉神しえる。
 職業は外国語教室講師……って、ああ、違う――こんな事じゃなくて。
 思い出したいのは、もっと奥底にある……この夢の世界。

 懐かしい。
 けれども、窮屈で退屈で。
 色があっても色など見えた事が無かった――姉様を見る時以外は。

 瞬間、しえるの中に光が浮かんでは、消えていく。
 柔らかく、淡いようで居て、尚強い……その光。

 やけに、背中がちりちりと痛む。
 いいや、背中が――……熱い……?

(背中が…痛い……けど、この光を追わなくちゃ。見えなくなる前に、思い出せなくなる、前に)

 記憶を更に追うと、翼が見えた。
 階級ごとに翼の多さが異なる、その世界。
 翼の多さが天使の階級を顕し――、また力の多さを、現す。

 鳥のようであって鳥のようでなし、天上に棲む――……?

(まさか……でも……?)

 見えるのは「自分」の姿。
 6枚の翼がある熾天使である自分の姿であり「神の剣」と言われた古の。

 けど、なら何故……?

(何故、夢で、こんな夢を見たの……?)

 誰も嫉妬なんかしたくない、いや、その行為自体がつまらないことだと知っているのに?

『此処からは、修正が必要だね』
『ええ、そうですね……此処からは、しえるさん本来の記憶を』

 響くのは、二人の声。
 更に強い光が揺らめいては消える。




『貴女には貴女の仕事があるでしょう? でもね、私は――できうる限り、人の傍らに居たいのよ。……天使失格なのは百も承知……けれど抗える、ものではないから』

 だから私は、門をくぐるの。
 貴方に逢えない事が哀しくないわけじゃない。

 ただ、どうあっても。

 一番の存在が「人」であると言うことは変わりない、現実。

 そう言い、姉様は門をくぐる。

 ……智天使だった姉様は人を慈しむが故に転生の門を通り人となった。
 でもそれは私も共に。置いて行かれた訳じゃない。

 なのに。
 心が暗くなってしまったのは――あの頃に感じた痛みを呼び覚まされたから。

 私の事が嫌いだったわけじゃない。
 大事なものが別にあっただけ。

(ああ…そっか)

 だから今、兄貴と巡り会えたんだわ。

 大事な、「家族」として。


 瞳を開ける。
 手と背に熱さを感じる…けれど先ほどとは違う、心地よい、熱さ。

 この感覚を私は、良く知っている。
 これから、どうすれば良いのかも。

『おやおや。綾瀬さんの出番は無いようだね?』
『これはしえるさんの夢ですよ、猫さん』

 背にある翼と手から出現する、剣。

「……其処に居る二人は見ているだけでいいのよ。私はね、喧嘩で誰かの力を借りた事が無いっていうのが……」

 剣を振りかざし、しえるは、夢を、いいや夢の世界を切り裂きながら、次に言うべき言葉を継いだ。

「自慢、なんだから♪やっかましい、悪夢なんて箱庭にお帰り!」

 全てが砕け、静かな世界が訪れた。
 猫がその中、小さな丸い珠の様な物を拾う。

「…回収終了。箱庭から零れた珠は箱庭へと戻る」
「お疲れ様です、しえるさん」
「…いえいえ。…とは言え、此処は本当に夢の世界、よねえ?」
「目覚めれば、帰れるよ。現実へ」
「ふうん……じゃあ帰りましょうか、まあやちゃん♪」
「ええ……って、猫さん置いて帰るんですか!?」
「だって、まあやちゃんを連れてこれたんだもの。帰るのも、お手の物でしょう?」
 にこにこと天使の姿のまま、微笑むしえるに、まあやは戸惑いを隠せないまま、猫を見る。
 が、猫はと言えば。
「ああ、それは気にしないで良いよ、ふたりとも。後ほど私も戻るからね」
 と、だけ言い切ると、二人に向かい手を振り出し……。

 そうして、しえるは。

「ほら。こう言ってるんだから早く戻りましょ? 現実へ」

 くすくすと、楽しげに。
 迷い全てが吹っ切れたかのような、晴れやかな笑顔を、まあやと猫へ、惜しみなく見せる。





―End―

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■   登場人物                  ■
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【2617 / 嘉神・しえる  / 女 / 22 / 外国語教室講師】

【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 綾瀬・まあや / 女 / 17 / 闇の調律師】
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■        庭 園 通 信          ■
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初めまして、こんにちは。ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲームノベルにご参加くださり誠に有難うございます!
嘉神さんは初めてのご参加ですね。
本当にどうもありがとうございました(^^)

あまりに素敵な設定と、素敵なプレイングに、色々楽しんで
書かせていただきました。
綾瀬さんとも相関を拝見したのですが、ご友人のようで
その部分を書かせていただきましたのも、凄く、凄く楽しくて。
女の子同士の友情は良いよね…と呟いたりしておりました。

それでは今回は、この辺で。
また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。