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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】AnotherDay‐幸福の実‐

 幸福とは果たしてなんであろう?
 目には見えぬし、触れられぬ。
 確かなものではないように見え、また……酷く心に刺さるのは…何故なのだろう?

 そっと、御影・祐衣は視線を落としながら考え込んだ。
 きりりとした涼やかな瞳は考え込む、と言う事を知らないように迷いが無い。
 だが、喩え「迷いが無い」様に見えていたとしても、それは表面上の話。

 実際。
 そう実際、祐衣は考え込んでいた。
 幸福とは何だろうと。
 解らないけれど、心地よく……どう喩えようとも言葉など見つからないように思う、その感覚。

 高く結わかれた髪が、考え込むのにあわせ、二度三度と揺れる。

 ちりん……。

 門の近くには何故か呼び鈴がついていて、ふと何の気ナシに触れると、やけに遠くまで響くような、そんな高く澄んだ音色が響いた。

 一度、兄上から聞いた不思議な話を思い返す。

 不可思議な風鈴売りの少女の話と、そして其処に共に居る人物の話。

「俺がその子に会ったのは、とある河原だったんだけどな」と言いながら、話してくれた……不可思議な場所の事。

 どうしたら行けるのか。
 行き方については良く解らない、とも。

(――では、此処は?)

 祐衣は思う。

 門があり、呼び鈴があり――そして浮かび上がる緑の木々と、花々。

(此処は――何処なのだろうな、兄上……)

 解らぬままに此処に居た。
 考えている内に、何時しかこの場所に呼ばれていた、と言うべきなのか。

 門をくぐるのに感じる、軽い戸惑い。

 もし、この門をくぐって。

 ――話を聞いた時に逢いたいと望んだ人物が居なかったらどうするべきか?

 りん……。

 風が吹いた。
 鈴がまた、同じく揺れる。

 心配ないよと告げる様に、祐衣本人を導くように。

 そして。
 祐衣は、何時しか――やはり、自分では気付かぬ内に。

 庭園の門を、くぐり抜けていた。

 り、り、り、と。

 鈴虫のような鈴の音が、来訪者を歓迎するように鳴り渡る。


                       ◇◆◇


 庭園の中。
 明るい採光を取った庭の道々を、急ぐ事無く歩む。
 初めて見る花々もあれば、道の向こうにあるのは薔薇のアーチだろうか……ほう、と感嘆の息をもらすしかない様な。

「…なんと、まあ……」

 見事な庭であろうか。
 祐衣は、御影の家とは違う洋風の庭を見て侘寂の世界ではない花を見、言葉すくなに歩んでいく。

 色鮮やかな花々。
 あの花は、何と言う花なのだろう……時間があれば調べてみるのも面白いかもしれない、と考えながら、御影の家でも見かけたような花が、ひっそりと咲いているのを見て祐衣は、その場所に駆け寄る。

 白い花弁の先に、うっすら青味がかった、花。

(この花は、確か……)

 誰に聞いたかは忘れたが、確か「トルコ桔梗」と言っただろうか?
 花びらの開いた形がトルコ人のターバンに、似ているところから「トルコ」を冠したこの名前になったそうだが、成る程、まじまじと良く見てみると確かに似ているかもしれない。

(…だが、もっと良く似ているものを私は知っているぞ)

 …ターバンではないけれど。
 それは、お風呂上りに髪に巻くホットタオル。
 ぐるぐると巻くので、大概、家族の皆に笑われてしまうのだが。

 …良く、似ている。

 花びらがぐるり、と巻かれたような形になるのも何もかも。



                       ◇◆◇


「おや?」
 陽も高くなった頃。
 欠伸を噛み殺して、青年は、ダイニングへと足を運ぶ。
 …が、いつも挨拶をしてくれる少女の姿は無く――、また庭園内の何処にも、少女の気配さえ感じられない。
 ふと、瞳の隅に白いものが見えたような気がして、青年はテーブルをじっと見ると。
 テーブルの上には、一枚のメモがペーパーウェイトと共に置かれていた。
 きちんとした丁寧な文字で書かれたそれに青年は目を丸くし、
「……やられたね。今日は私が留守番だとは」
 と、呟いた。

 無論少女としても、風鈴を売るのが彼女の仕事であり、役目なのだから、仕方がないといえば仕方が無いのだが――、やはり寂しくもあるもので。

 溜息をつこうか、それとも自分自身にお茶を淹れようか…どうしようかと考えた瞬間。

 ちりん、と高い音が響いた。

 少女であれば帰ってきたことを告げる為だけに鈴を鳴らす必要は無い。

 と、言うことは……?

「お客様、かな……? ふむ、何やら懐かしい匂いがするような方だね」

 以前少女に聞いた人物と同じような匂いを感じ、猫は微笑う。
 楽しい話が聞けそうだと、そんな期待のこもった、柔らかな笑みで。


                       ◇◆◇

 トルコ桔梗と言うのは本当に面白い物だと思う。
 今さっき、見ていたのは白の花弁に、少しばかり花びらの先、青味がかかったものだったけれど……単色のものもあるらしく、柔らかなピンク色のトルコ桔梗も咲いている。

 …とは言え、これがトルコ桔梗かは、じっくりと白の花と形を比較しなければ解らなかったのだが。
 さわさわと、微かな風にさえ揺れる、花に気付かないうちに、笑みが零れた。

(このピンクのトルコ桔梗、一輪だけでも良いから分けて頂きたいものだ…兄上にも出来るのならお見せしたい故……)

 ああ、だが肝心のこの場所の主に逢えては居ないではないか。
 まずは、その人物を探す事が先だったかと思い、立ち上がると、膝についてしまった草が、音も無く落ちた。

 さて、また、何処へと向かい歩むべきか――。

 辺りを見渡すとアーチがある場所からは、随分と離れてしまったけれど、更に進んでいけば四阿(あずまや)があるのだろう場所が見えた。

(あそこに行けば誰かいるだろうか? ふむ…歩んでみるのも悪くは無いな……)

 進もうと祐衣は歩くべく、一歩を踏み出そうとした。
 が、動けない。
 まるで、糊付けされてしまったように、此処から動けなくなり…誰かが後ろに居るのではないだろうかと考えながら、振り向くと。

「……何処へ行くのかな?」

 楽しそうな微笑を浮かべた、黒尽くめの青年が其処には立っていた。
 何時の間に現れたのか、祐衣自身にさえ、気付かせないままに。


                       ◇◆◇

 その庭園に居る人物は黒尽くめの青年と白い服の少女。
 どちらにも呼ぶべき名が無く……彼の名は、黒猫へと変わる姿を取り、総じて「猫」と呼ばれている――瞬きを繰り返し、祐衣は青年を見つめ、驚いた勢いのままに話し掛けた。

「貴方が、猫殿……か! 以前、こちらの少女には我が兄上がお世話になった……礼を言う」
「…どう致しまして。君のお兄さんの話なら私も少女から、聞いていたよ? だが、君が聞きたい事や言いたい事はそれでは無いだろう?」
 祐衣はきょとん、と瞳を丸くした。
 家のものが世話になったのだから、まず礼を言うのは当然である、と教わっていたから尚更。
 だから、と言う訳ではないが祐衣は首を振り「いいや」と言い、言葉を切った。
「…まずは礼が先だと思う。話と言うのは其処から始るのだ」
「成る程……では、私から聞こうかな? 何故、此処に来たんだい?」
「…気付かぬ内に此処に居たのだ。戸惑ったが…恐怖は無かった。もしかすると、と兄上から聞いていた故」

 もしかすると、場が呼ぶのかもしれない。
 人と場所と、想いと――それぞれが重なって初めて出逢えるものもあるかもしれないから、と。

「そのようなものなのかな……。ああ、その花は気に入ったかい?」
「うむ…良く見かけるトルコ桔梗とは違い、穏やかさがあって好きだ」
「では帰り、土産にでも持って帰っておくれ。花は、好きだと思う人のところで咲く事こそ幸福なのだからね」
「………深いものなのだな」
「花はとても、儚いものなんだよ」

(……そう言えば)

 祐衣は、猫へと聞きたい事があったことを思い出し、猫へと訪ねるべく手を動かした。
「ん?」と猫が長身の背を屈める。
 …まるで内緒話をするようだ、と苦笑が浮かんでしまうが…確かにそう取れる、手の動きをしてしまったのかもしれなかった、と、心の中で、祐衣は一人、呟く。

「……そなたはこの場へ閉じ込められたとか、……寂しくはないのか?」
「私が、かい? 私はね、そう言うものは考えないんだよ……何故なら、考えてしまうと長すぎる時間に眩暈を起こしてしまうからね。だが……時に思う事があるとすれば」
「なんだ?」
「こうして――時にあるだろう出逢いがとても面白い。閉じ込められているとしても、長い時間が牢獄のようであろうとも、出逢いが彩りを添える……どのような出逢いであろうともね、貴重であるとさえ」
「ふむ……」
 確かに出逢いは貴重であるかもしれない。
 祐衣の生きた年数は、猫に比べるとまだまだ幼子のようだけれども、それでもやはり大事な出逢いがあり、大事な友達が居て、日々がある。
 …自分ひとりの世界であるならば、造れなかったであろう、世界。
「…君はどうだい? 寂しくは無いかな?」
「私か? 私は、……私は今は寂しくはない、今は居場所ができたゆえ」
「居場所?」
「ああ。その場所はな、とても心地よいのだ……私が私であろうと、誰も拒否せず受け入れてくれる……私はずっと、私自身を受け入れてくれる場所が欲しかったのだ」
「だが、そう言う場所は見つけるのも作り出すのもとても難しい」
「その通りだ。だからこそ、ずっと欲した……そして、漸く見つけたのだ」

 大事な大事な居場所。
 居心地が良く、何処か途轍もないほどに距離が遠いようにさえ――だが、一番近くにある、とても大事な場所は。

 …兄の傍ら。

 穏やかさで隠されているが、時に悩み惑い、足掻く兄を見ていると辛く感じる事もある。
 だが、その辛さごと祐衣には、心地良い……彼の人の出す結果がとても素晴らしい物であると知っているから、更に嬉しくなるのだ。

「ふむ、では……君は今とても」
「ああ、私は今とても――幸せだ。出逢いと言うものに感謝するのは私も共に同じ。猫殿が言った言葉が…私にも輪を描いて戻ってきた……ふふ、面白いものだ」
「言葉と言うのはね、人に発するための物でもあるけれど、逆に自分へと問い掛ける円盤のような物でもある……受け取れるかどうかは自分次第。…面白い、ものだろう?」
「本当に……」

 祐衣は輝くような笑みを猫へと向ける。
 何処か無愛想な表情であった、祐衣が「幸せだ」と猫に向けた微笑みは彼女にとって最高に晴れやかな笑顔で、見ている猫でさえ、いつもとは違う笑みを浮かべてしまうほど。

 りん……。

 揺れる風鈴の音色も静かに笑んだような音を立てる。


                       ◇◆◇


「さて…では、花を切ろうか。ああ、でもその前に」
「なんだ?」
「此処でずっと話をしていたから喉が渇いたろう? もしかすると、少女も戻ってくるかもしれないし…良ければ、四阿でお茶でもどうかな?」
「猫殿が、良いと言うのであれば私に異存は無いが」
「決まりだ。では、まず、四阿でお茶にしよう。この花の花言葉は知っているかい?」
「いや……」

 どのような花言葉さえ知らずに見ていた。
 あまりに面白く興味深い花だったから、と言うのもあるが――何か面白い花言葉でもあるのだろうか、と首を傾げた。
 すると。
 猫は一瞬驚いたような顔をしたけれども。
 すぐに、表情を戻して。

「この花の花言葉はね"清々しい美しさ、深い思いやり"を示すんだよ……誰か、思い出さないかな?」

 悪戯っ子の様に微笑に、祐衣は一瞬、猫が何を言いたいか理解できなかったが、やがて、その意味に気付くと。

「た、たわけ! 私はそう言う意味で花を見ていたのではなくてだな……っ!」
 と、烈火の如く、叫びだした。


 ……幸福とは何だろう?
 一人で深く考えれば考えてしまう程、答えが出ないだろう、その問いかけ。
 だが、意外にも、自らの言葉に返す誰かの言葉があれば。
 不思議にも知る事が出来てしまう、幸福の答え。
 それらは驚くほど身近にあり、また近くにあればある程、気付き難いもので。

 だからこそ、誰もが探すのかもしれない……自分にとって、唯一つの――、幸福の実を。




―End―

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■   登場人物                  ■
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【3115 / 御影・祐衣  / 女 / 16 / 学生】

【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】

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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは、ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲーノベにご参加、本当に有難うございました!

お兄さんは、以前シチュノベを書かせていただきましたが
今回は、妹さんということで……プレイングのあまりのツボさに
少しばかり、私が暴走しすぎた感もあるのですが…い、如何でしたでしょうか?
猫に対しましては、もし、御影さんさえ宜しければ、また遊んでやってくださると
幸いです(^^)

ちなみに。
今回、御影さんにつけさせていただいた花は「トルコ桔梗」ですが
実際は6月中旬辺りから咲く花でして……が、御影さんの雰囲気、
そして花言葉を見て「これだ!」と思ってしまい……
一番近くて遠い人を思う彼女にはぴったりではないかと♪

それでは、今回はこの辺にて失礼致します。
また何処かにて、お逢い出来る事を祈りつつ……。