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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】ひとひらゆえに確かなもの

 海の色であり。
 空の色でもあり。
 そして樹木の色でもある――そんな、欲張りな色。
 時に青く。
 時に緑を示し、またどちらともつかぬ……いいや、どちらでもある、色。

 特に若々しい樹木に、その言葉は相応しく彩りを増すだろう――きらきらと、陽に透け明るくも、深くもある文字ゆえに。

 空を見れば、夏が近くなっているのだろう高い空が、モーリス・ラジアルを見下ろし、

「……そろそろ、樹木の剪定の時期でしょうか……。やれやれ、つい先日やっと薔薇の剪定が終わったと言うのに」

 と、苦笑交じりに呟いた。

 折り重なる樹木の葉が、柔らかく陽に、溶け……モーリスは、ある方向へと歩き出していく。
 自分の仕事場所である庭ではなく――似ているけれど、違う所へと。



                       ◇◆◇


「……で?」
「いえね、出来るなら私一人でやれればいいんですが…中々、樹木の剪定は大変で」
「…君の主人は財閥の総帥だろう? 人を増やすとかは出来ないのかい?」
「嫌ですね」
 きっぱり、はっきり、モーリスは言い切ると、にっこりと微笑んだ。

 知らず、猫の表情に微苦笑のようなものが浮かび、消える。

「交換条件、と言うわけかな?」
「勿論、そうですよ? でなければ私が此処まで足を運んだ意味が無いでしょう? それに」
「うん?」

 主人も貴方が来れば、大層喜ぶでしょうから。

 ダメ出し、とばかりにモーリスは呟き「如何です?」と訊き返す。

 そう、此処はモーリスがいつも居る何処の場所でもない。
 主人の命により庭を作り出す場所でもなく……此処は、もう一つの庭園。
 モーリスの目の前に居る「猫」と呼ばれる彼が作り出し閉じ込められた狭間、である。
 そして何故、此処にモーリスが来たかと言えば。

 …どうやら、彼自身が話し相手を探しているようだと言うのを、主人の占いから聞いていたからに他ならない。

 モーリス自身も、うんざりするような樹木の剪定作業があるのを思い、(とは言え、これが仕事でもあるのだから、何時でも完璧を目指そうと言う気持ちはあるしサボる気も無い……要は、最初の仕事に就くまでの「やれやれ」と言う感がある、だけなのだが)つい猫を助っ人にと考え、交換条件を含めて遊びに来た訳なのだが……知ってか知らずか。

 先ほどから猫は、首を縦には振らない。

「そうだねえ……」
 猫は、考え込むように腕を組む。
「其処まで悩むことですか?」
 くすくす笑いながらモーリスは考え込む猫と同じポーズを取ると、辺りに配置された樹木を見た。
 ……剪定は、ほんの僅かしかしていないのか、かなり伸び放題の枝に、勢いよく葉が重なっている。
 鬱蒼、という言葉がしっくり来る様な青々とした樹木に「なるほど」とモーリスは心の中で深く頷いた。

(どうやら剪定作業は、あまり、お好きではないようですね)

 いや、好きか嫌いかと言うより、あるがままの姿で置いておくのが好きなのだろう。
 実際、雑草は綺麗に刈られているが、それ以外では特に何をするでもなく、伸ばさせているように見えた。

 ややあって。
 漸く、猫が口を開くより先に腕組みをやめ、微笑んだ。

「……答えは出ましたか?」
「ああ。いいよ、では、話を聞かせて貰えるのなら手伝いに行こう。但し?」
「何ですか?」
「手伝いに行くのだから苗木の一つや二つはお土産に貰えると嬉しいね」
「……本当に、貴方はタダで起きない方ですねえ……良いでしょう、そのくらいなら主人も不快には思わないでしょうしね」

 ……とは言え。

(どうも彼の方が得をしているように感じるのは…私だけでは…ないですよね)

 まあ、これもらしくて良いだろうか――……モーリスは少しばかり、小さな溜息をつくと。
 にこりと、微笑んだ。

「さて、では話をするとしましょうか……とは言え、立ち話もどうかと思いますが?」


                       ◇◆◇

「では、……そうだね、お茶会に使っていた場所があるから其処に行こうか?」
「お茶会?」
「ああ、つい最近だがね……ごく少数の方をお誘いしてのお茶会だったのだけれど」

 訝しげに、眉間に皺を寄せるモーリスを他所に猫は歩き出した。
 いつもの四阿(あずまや)へ行く方向とも家へ行く方向とも違う道。

 其処を歩き続けること数分。
 漸く目当ての場所が見えてきて、「ほう」とモーリスは息を漏らした。
 白いアーチをぐるりと取り囲む薔薇。
 そして、その下に配置されているアーチと同じ色合いのテーブルとチェア。
 完成されたような絵とも取れる風景が、あった。

「見事な薔薇のアーチですね……」
「庭師である君にそう言ってもらえるとは…嬉しいね。気に入ってもらえたなら良かった」

 腰掛けると猫は安心した息をついたように空を見上げた。
 遅れてモーリスも腰掛けると、「此処に来る前に買ったものですが」と缶のお茶を差し出した。
 いつもなら買わない種類のものだが何故か今日は気が向いて買ってきてしまったのだ……なるほど、こういう時を想定しての購入だったのかもしれないな、とモーリスは考え、プルトップを上手く開けられない猫を見た。

「開けられませんか?」
「…実を言うと苦手でね」
「ははあ…しょうがないですね、貸して下さい」

 猫に差し出した缶を再び受け取るとモーリスはプルトップを何の抵抗も無く、開けた。

「…お見事」
「これくらいは、普通誰でも出来るものですよ? …今度からは持ってくるときはペットボトルの物にしましょう。…あれなら平気でしょう?」
「多分ね」
「…多分、ではなく大丈夫です…回すだけなのですから」
「…確かにそうか」
「まあ意外な点が見れると言うのも興味深い所ではありますが……。…ああ、お話をするために此処につれてきてもらったんでしたね。そうですね……私が好きな文字は……」

 ざわざわ、ざわざわ。
 樹木が揺れる。
 樹木が揺れ、何処か遠くで風鈴が鳴っている。
 誰かが――風が吹いてきたから吊るしたのだろう、涼やかな音が何遍も何遍も繰り返し、鳴り響く。


                       ◇◆◇


「"碧"ですね。へき、みどり……と二つの色の名を持つ浮気性の様で、欲張りな碧と云う文字」
「ああ…確かに碧、の読みは其の二つと"あお"をも現すね。深青色、とも呼ばれる」
「ええ。二つの意味を持つことも好きな理由です。表と裏、二面性を持つ所が何ともミステリアスな感じを受けるのです」
「なるほど……中々、そう言う文字はないからね。慈愛の顔を持つ菩薩の後ろに般若の顔が隠れていても何の不思議も無い、と言わしめるような文字だ」

 そう――……、
 例えば全てにおいての表裏。
 例えば善と悪。
 例えば海と空の狭間。

 何処とも形容がつけがたく、また似て、必ずしも同一とは呼べない個々のもの達と、良く、似ているがゆえに笑ってしまうのだ。
 全て清らかなものなどありはしない――暗に言われてるような気がして、そうして。

(――……安心する)

 …随分可笑しな事だと思うのだけれど。
 だが無論、好きな理由はそれだけではない。
 それに、とモーリスは猫へと言い、片目を閉じ。

「似ているでしょう? 私の瞳の色に」
「……確かに、ね。光の加減にもよるかな?」
 近くに寄り、覗き込むように見つめる猫に困ったような笑みを浮かべるとモーリスは片目を開け、両の瞳で再び猫を見ると。
 ぐるりとある緑に向かい眩しそうに瞳を細めた。
「ふふ。…まあ其処まで見ていただかなくても結構ですが。……職業にも関わりのある、ふと目を向けると必ず視界内にある碧(緑)。人を楽しませる自然の色。命を育む直ぐ側にある色でもあります」
「…何と言うか」
「何です?」
「今の話を聞く限り。君はまるで庭師の仕事を好きでやっているわけではない、と思うんだが……」
 どうなんだい?
 大きく肩を竦め、問い掛ける猫。
 くす……と、口を歪めるモーリス。
 両者の間に、一瞬ではあるが奇妙な間が、開いた。
 が、それも本当に束の間の事。
 モーリスは缶のお茶に口をつけ、
「仰るとおりです。庭師になった理由は、スキだから、と始めたわけではないです。主人が私に向かい、こう仰られたから……なのですよ」
 一口、飲み干すと缶をテーブルの上へと、置いた。
 カラン…と言う缶特有の音と同時に少しばかり缶の其処に残るお茶の音が、あがる。
「へえ? 彼は何と言ったんだい?」
「美しく整えられた庭が見たいと」

 そして。
 其の望みを叶えるべくモーリスは庭師へとなったのだ。
 主人が言ったのでなければ庭木を整え、花を咲かせ、景観を保つ……と言う作業には飽きが来てしまっていたかも知れない。
 主人が望むのでなければ意味が無いし、また主人が望んだ風景を作り出せるのが自分以外に無いと言うことだけが、この職業を続けていける要因なのかも知れない。

(それに……)

 知らず知らずの内に、再び猫を見る。
 黒尽くめの、青年が作り出す、庭。

(最近は貴方の仕事を見るのも中々楽しいんですよ? ……言いはしませんけどね)

猫は余程、主人が言ったと言う言葉に驚いたのか、きょときょとと瞳を丸くするばかり。

「……其の言葉だけで、庭死になろうと思った君は凄いね。では、本来の職業は何なのかな?」
「本当は医者ですよ? ああ…貴方が具合が悪くなったら遠慮なく言ってください。倍返しで、診てさしあげますよ?」
「…倍返し、ねえ……君の上に立とうという主人は大変だ」
 まあ、私は病気にはならないし心配はいらないよ?
 と言った猫へ「主人の件に対しての心配は無用ですよ」と顎をさすり、にっこりと言うより、にやりと言う表現が相応しい笑みをモーリスは見せた。

(主人の事に対しての心配は本当に無用です……何故なら)

 倍返し、と言ったのも、猫だからこそだ。
 自分は彼に仕えているわけではないから。
 …モーリス自身が使えるのはただ一人。たった一人だけ。

「おや……私は仕える人であれば従順なのですよ。……これでも、ね?」
「それでも、かい? やれやれ……」

 困ったような猫の声を聞きながら、モーリスはこの後、猫に何の仕事を手伝って貰おうか考えていた。
 逆に主人が喜んでしまい手伝いどころではないかもしれないが……主人が喜ぶ顔が見れるのなら、それも悪くは無いかもしれない。
 この後も、かなり楽しい時間が過ごせそうだ。

 へき、みどり……そして、あお。
 モーリスの瞳の色と……同じ文字になる、主人の瞳の色。
 それこそが、モーリスにとっての確かなもの。
 自分自身の指先に、主人の眼差しがある――美しくも、確かな"碧"。






―End―

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■   登場人物                  ■
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【2318 / モーリス・ラジアル  / 男 /
 527 / ガードナー・医師・調和者】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは。
いつもお世話になっております、ライターの秋月 奏です。
前回のゲーノベに引き続き、今回のゲーノベにもご参加本当に有難うございました!
モーリスさんにお逢い出来て嬉しく思います♪

さて。

今回は細部お任せと言うことで…モーリスさんには缶のお茶を買ってきていただいたり
してしまいました……いえ、薔薇のアーチの下で飲む缶のお茶と言うのも
乙なものかなあと思ってみたり、面白いかと思ってみたり♪
が、此処で思わず猫が缶のプルトップを開けるのが苦手、というエピソードも
出て来たりもして……良ければ、この点で今後揶揄うも良し、遊ぶも良しと言う事で♪
(一応、この点はモーリスさんのみ知っている弱点と言う事で(笑))

それと、今回ので猫からの相関を友人に変えさせて頂きますので、もし宜しければ
お手すきの時にでも確認して頂ければ幸いです。

少しでも楽しんでいただける部分があると良いのですが。
それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。