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<東京怪談ノベル(シングル)>


手作りはなによりのご馳走なれど

 「と、言う訳で嬉璃殿、再度カードを選ぶが良い」
 「選べと言われても、一枚しか残っておらんのぢゃがな…」
 ぶつくさ言いつつ、嬉璃は源が差し出す一枚きりのカードを引く。表に返してみればそこには、

    フォアグラ

 と書かれていた。


 「山、海と来れば次は川。となれば、トリュフ、キャビアと来れば当然次はフォアグラじゃろうて」
 「待て。キャビアはともかく、一番最初のあれがトリュフか!?確かにどちらもキノコの仲間ぢゃが、どちらかと言わずともわしらが発見したあやつは毒キノコ、しかもキノコよりはずっと黴や雑菌に近いような輩ではないか」
 「よく言うわ、あのキノコで散々楽しくラリった癖に」
 「好きでラリった訳ではない」
 嬉璃が不満げな顔でそう呟く。あの花見宴会で例の新種キノコを食し、不覚にも幻覚を見て騒ぎ立てた事が、嬉璃にとっては無念でならないらしい。
 「まぁ、良いではないか。どうせあの時の事はわしと嬉璃殿、二人だけのヒ・ミ・ツ(ウィンク☆)じゃからの」
 「…気味の悪い声を出すでない。鳥肌が立つでないか」
 「おお、鶏皮は、やはりカリッとするまで焼かねば旨くないのぅ。しかもタレよりはやはり塩じゃ」
 「しかし余り焼き過ぎると、折角の旨い脂まで燃やしてしまうからの、焼き鳥の火加減は難しい…って話を逸らすでない」
 「いずれにせよ、過去の汚点を悔やんでいては何も始まらぬぞ。過去は過去として反省の材料とし、それを未来への糧、或いは踏み台としていかねばなるまいて」
 「なかなかいい事を言うが、はっきりと汚点と言われるとそれはそれで屈辱ぢゃのぅ…と言うか、わしはおんしよりも幾分神経質で繊細なだけぢゃ。どんな失敗を仕出かそうとも、一晩寝れば全て忘れるおんしが、それを未来への糧にしているとは到底思えんがな」
 嬉璃が冷ややかにそう言うと、源は堪えた様子もなく、えへ☆と誤魔化し笑いをした。

 「何しろ、打たれ強いのがわしの利点じゃ。打ち強いのも強みじゃがの。…まぁ、そんな話は置いといて」
 と、源は両手で、自分の前から何かを横に退ける真似をする。
 「とにかく、フォアグラじゃ。世界三大珍味、最後の切り札、フォアグラ。嬉璃殿、フォアグラを食した事はあるかえ?」
 「いや、ないな。基本的に和食以外のものを好き好んで自ら食う事はないからの」
 新しもの好きな嬉璃だが、意外と食生活はオーソドックス且つヘルシー嗜好らしい。
 「そう言うおんしはあるのか」
 「うむ。幼少の頃にな。祖父が、妙に西洋料理に凝っていた時期があってな。その間にありとあらゆる西洋の高級食材を味わったのじゃ」
 「ほほぅ……」
 今でも幼少と呼ばれるべき歳ではないのか、と言うツッコミは今更なので却下。
 「じゃが、わしにはどうにも、あのコッテリとした所が駄目でな…やはりある程度の年齢からは、サッパリしたものが食したくなるものじゃて」
 そうすると源の場合、脂ッ気のある食べ物を喜んで食すのは、母親の母乳ぐらいなものか。一瞬、ギラギラと脂ぎった女性が赤ん坊に乳をやっている姿を想像してしまい、嬉璃はウッと言葉に詰まった。そんなクドい想像を振り払おうと、嬉璃が言葉を続ける。
 「おんし、そんな自分が食して旨くなかったものをおでん種に使っていいのかえ」
 「それじゃな、問題は。わしが思うに、あれはただでさえコッテリしているフォアグラを、バターやら生クリームやら、更にコッテリとした食材で調理した故じゃろう。この場合、ただの足し算、或いは掛け算ではなく、二乗、三乗であった訳じゃな。と言う事は、おでんのような出汁の味だけで調理した場合、フォアグラのコッテリがいい具合に中和されてコッテリせずにサッパリもしておらん、微妙な味わいになるのではないかと思ったのじゃ」
 「…何やらそれは、辛からず甘からず旨からず、と大差ないような気がするの……」
 やー。と嬉璃が指を伸ばした両手を胸の前で並べて突き出す。その正面で、同じように源も、やー。と両手を突き出しながら頷いた。
 「今の世の中、ファジーなものがウケる時代じゃからの、致し方ない。シャッキリクッキリハッキリよりは、ぼんやりはんなりにょめりんの方が喜ばれるのじゃ」
 「…まぁ、そうかもしれぬな。わしらのような性質(たち)の者には生き難い時代ぢゃて」
 源も嬉璃も、竹をすぱーんと真っ二つに叩き割ったような性格ゆえ、その辺は同意見らしい。互いに肩を抱き合って、よよと嘆く真似をした。

 「で、じゃ。フォアグラ。嬉璃殿、フォアグラとはなんぞや、知っておるかの?」
 「確か、ガチョウの肝臓だと聞いておるが。ガチョウを必要以上に肥え太らせ、その結果、肥大した肝臓だと。ようは、ガチョウの病的な脂肪肝ぢゃの」
 「…そう言ってしまうと、更に食う気が失せるが……まぁ良い。それも事実じゃ。フォアグラを採る為に育てられるガチョウは、口に管を突っ込まれて、強制的に食事を食わせられるらしいの。それでよく動物愛護団体から批判が来ぬものよ」
 「そんな事を言い出したら、全ての酪農、養鶏業者が訴えられかねん。それにそもそも、あやつらの主張では知能の高い動物しか愛護する価値が(以下略)」
 非常に微妙な発言の為、一部分カットしてお送り致しました。
 「それでおんし、そのフォアグラをどこから調達するつもりぢゃ。言っておくが、野生のガチョウからはそのような不健康な肝臓はどう考えても採れぬぞ。あれは完全に、人の手で作り出したものぢゃ」
 「分かっておる。で、あるからわしは、自らの手で最高級の、しかもおでんに最適のフォアグラを作り上げようと思っておるのじゃ!」
 どーん!と久方振りに、白く砕ける波飛沫を背負って拳を握り締める源。
 「で、じゃ。ガチョウ以外の何を肥え太らせたら、旨いフォアグラが出来るかのぅ」
 「…待て。おんし、それは意表を突き過ぎぢゃ!」
 ていっと裏手ツッコミを入れる嬉璃、そのツッコミを肩先で受け止めたまま、不適に笑う源。
 「嬉璃殿、余りに長く生き過ぎて、頭が強張って硬くなったかえ。良いか、物事は柔軟に捉えねばならん。フォアグラ=ガチョウ、と言うのは余りに偏った思考ではあるまいか。平坦な道を外れる大胆さと発想力、その勇気と度重なる失敗の末に、時代は成長して行くものじゃて」
 「…いや、勇気はともかく、度重なる程の失敗は如何なものか…」
 「何を言う。失敗は成功の母と言うじゃろ?例えば最高級の血統のガチョウを、最高級の飼料で育てたそのフォアグラなら、文句なしに最高級品じゃろうて。じゃが、この本郷・源ともあろうものが、その程度の出来で満足してて何とする。フォアグラが、ようは肥大した肝臓なのであれば、ガチョウ以外にも旨い肝を持つものがおるかもしれぬではないか」
 「…ぢゃが、なぁ……」
 そう嬉璃が呟くと、源はふふんと鼻でせせら笑う。
 「情けないものよの、座敷わらしと言えども、長く生きるとこないに保守的になるものか」
 それを聞くと、さすがの嬉璃も片眉を吊り上げて、源を睨みつける。
 「聞き捨てならぬな。わしがいつ守りに入ったと言うのぢゃ。わしは今でもあくてぃぶ且つあぶれっしぶが信条ぢゃ。長く生きているからこそ、平々凡々な日々では生きた甲斐が無いと知っておるのではないか」
 「よく言った!」
 バシ!と源が、感服したよう、と言うか手の平を返したように態度を変え、自分の膝を鯔背に叩いた。
 「それでこそ嬉璃殿じゃ、いや、失礼仕った。良くぞ言ってくれたと心からの礼を言おう。では、これを食ってくれ」
 その言葉と共にどーん!と出て来たのは近江牛ステーキ。に、留まらず、松阪牛、飛騨牛、丹波牛はじめ日本各地の高級牛肉を使った料理の数々。牛肉だけではなく、豚・鶏の最高級品、大間のクロマグロはじめ天然の高級魚、果ては手間暇掛かって経費も掛かった無農薬野菜や果物など、とにかく高級食材をふんだんに使った超豪華メニューが並べ立てられたのだ。目を丸くする嬉璃に、源は満面の笑みでドウゾドウゾと料理を勧める。ついうっかり、それに乗って、嬉々として箸を付けようとした嬉璃だったが。
 「…おんし、これまでの話の流れぢゃと、……わしをガチョウの代わりにするつもりかいっ!!!」
 「…………。がちょーん」
 最後は、古いギャグで締め括り。


 ちなみに、ガチョウの肝臓をフォアドア、鴨のをフォアカナールと言うらしい。
 と言う事は、肥え太らせた嬉璃の肝臓なら、フォアザシキワラーシと言う所か(違)



☆ライターより
前作を納品した後日、何気に聞いていたラジオから【ぱぱぱやーvvv】の曲が流れて来てびっくりしました(だから何なの)
毎度毎度ありがとうございます!ライターの碧川桜です。
ノベル内に出て来た、【やー】のギャグが分かって頂けなかったらどうしよう等と若干不安に襲われてしゃしゃり出てきてしまいました(汗) 実は自分が思う程、メジャーなギャグじゃなかったらどうしよう…と(滝汗)
もしもの場合は、ネットでガチョウならぬダチョウで検索掛けて頂けるといいかも…です。
ではでは。