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<東京怪談・PCゲームノベル>


優しく過ぎる時間に奏でる鈴の音


 某幽霊マンションの一室。
 その噂通りに幽霊やらなにやらが集まりやすい立地条件であったりするのだが、その中の一室はなんとなく居るには意外に居心地のいい場所だった。
「いらっしゃい、羽澄ちゃん」
「今、大丈夫?」
「もちろんよ、これからお茶にする所だったの」
 出迎えてくれたリリィに微笑み返してから、家に上がる。
 こうやっていつ来ても誰かが居て、気軽に入れる事も要因の一つだろう。
 リビングでは既にりょうがケーキを食べ始めている所だった。
「よぉ」
「……それ、新作のケーキ? だったらこれはいらないみたいね」
 おみやげにと作ってきた焼きプリンの入った箱を見せると、予想通りにニッと笑ってから手を出す。
「食う」
 それは、いつも通りの出来事だった。



 ゆったりとした時間。
 学校や仕事を色々と掛け持ちしている割りに、こうした時間がしっかりと取れるのは時間の使い方が上手いからだろう。
 何かをする時は専念して、休める時はキッチリと休む。
「ながら作業とか、幾つも同時進行したりすると余計に忙しく感じるのよね」
「それは……よく解るわ。忙しそうな気はするのに凄いなって思ってたの」
 リリィに聞かれていたのだ。幾つも掛け持ちしているのにどうやって時間をやりくりしているのかと。
「一番駄目なパターンは休憩しながら仕事するパターンよ」
 羽澄とリリィが二人して視線を動かす。
「………」
 見れば文章ソフトを開きながら、ネットゲームのレベル上げをしつつ、ネットの窓も3つほど開かれている。さらに横にあるテレビでDVDも見ていたりするりょうの姿だった。
 きっとどれにも集中できていないに違いない。
「ぐだぐだね」
「どれか一つに絞ったら?」
 黙り込んだのは、どれもこなせなくなってしまったからだろう。
「俺だって集中したらこれぐらい……3日ぐらい徹夜でやればばっちり」
「そんな無理しないで、毎日コツコツすればいいじゃない。やる時とやらない時のギャップが激しすぎるのよ」
「あー、それは無理。追い詰められないとなんかできないし」
 結局この繰り返しでお約束なパターンに陥っるのだろう。
「……そう言えば、羽澄ちゃんとりょうってどうやって知り合ったの?」
「声をかけられたのが始めてよね」
 その言葉に案の定、ピクリと反応をする。
「あー、そりゃ……なんでいきなり」
「りょうなんかと一緒にいるのも不思議だなと思って」
「………おい」
 さりげなく混ぜられた言葉に対する突っ込みは、あっさりと無視された。
「始めてあった時とかどうだった?」
「そうね、話してもいいんだけど……」
「―――っ、おい!」
 羽澄がクスクスと笑う。
 やっぱり、あの出会い方を公言されるのには何とも言い難い思いがあるのだろう。
「なんだかおもしろそうね?」
「そうなのよ」
 最もただ単に照れくさいだけらしいので、本当に嫌な訳ではないから大丈夫だ。
「………お前等」
 あれはいたって普通な……何処にでも転がっていそうで、有り得ないほどにありがちな出会いだったのだから。



 それはほんの少しだけ昔の話。
 大学に使い……とは言っても胡弓堂の依頼ではなく、美味しそうに出来たケーキの差し入れ。
 柔らかく光の差し込むあの部屋は、とても居心地が良く羽澄の気に入りの場所の一つなのである。
 話をしながらお茶を飲むのを楽しんでも良いし、不在であったとしてもゆっくり待っていればいい。
 そんな事を考えながら、廊下の角を曲がってすぐの事。
「氷伽!」
 必死な声と、伸ばされた手に引き留められる。
 予想外の出来事に驚きながら、咄嗟に何通りかの行動を考えつつ振り返って見た相手は、羽澄よりも更に驚いていたようだった。
 その男の人は明らかに羽澄より年上だったが、周りにいる大人とは明らかに一線を画している。
 もちろん違う意味でだ。
 相手の男は息を飲み、サァァッと青くなる。
 きっと血の気が引くというのはこういう事を言うだ。
 誰かと間違えたのだろう事もすぐに解ったが、解らないのは一つだけ。
「誰、その人?」
 声をかけた途端。今度は目を白黒とさせてから、顔に火がついたように赤くなった。
「あー、その………」
 気まずそうに腕を放し、後ずさる。
 そこで腕を取られた理由に気付いた。
 悪意がまったくなかったのが理由だろう。
「人違いだ、悪い」
 よほど混乱しているのか、それを言うのがやっとの様だった。
 何て解りやすい。
 普通の大人ならもう少し取り繕う面があっても良いはずである。
 何て思ってはしても口に出すような事はしなかったが、代わりににフワリと微笑んだ。
「よっぽど似てるのね、その人」
 それが、始めて出会った時の事。



 事の顛末を話し終え、羽澄は空になった紅茶を注ぎ直す。
「考えてみれば、あのころと全然変わってないわよね」
「……それって」
 途中で言葉を切ったリリィの言いたい事は大体解った。
「傍目から見ればベタベタなナンパみたいよね」
「まさにそれよ」
 今時そんな事やる人いないというぐらい、古くて使い古されたレベルの代物である。
「俺だって解ってるよそんぐらい!」
 ぎゃーと一人で騒いだ後。
 あまりにもいたたまれなくなったのか、とっとと焼きプリンと紅茶を持って自分の部屋へと退散してしまう。
「……反応が子供よね」
「本当にね」
 確かに大人な筈なのだが、こうやって話していると到底そうは思えない時があるのだ。
 むしろそう思える時のほうが多い。
「そんなに似てたのかな?」
 その問は、羽澄がりょうに出会った時にした質問でもある。
「気配も似てる気がしたって言ってたわね」
 角を曲がった時になびいた青銀の髪を見間違えてしまったのだと。
 だから振り返った時に目や顔を見た時に違うと気付いたのだ。
 羽澄の瞳は薄い青ではなく、鮮やかな緑の瞳だったから……。
「………」
 ハタと顔を上げ振り返ると、出ていったはずのりょうが戻って来るなり古くなった封筒をテーブルの上へと乗せる。
 まだ封も何も切られた事のないそれを羽澄とリリィの前で開き、中から取りだした写真を見て僅かに目を細めた。
「ことわっとくけど、今はもう絶対間違えたりしないからな」
 差し出された写真に写っているの3人はすぐに昔の物なのだと解る。
 今より幼いがりょうだと解る少年と、眼鏡をかけたいかにも真面目そうな少年。
 その間で微笑む青銀の髪とアイスブルーの瞳をした少女。
「彼女が、氷伽さん……」
「……始めて見た」
「俺も久しぶりに見た。なっ、似てるみたいで似てないだろ」
 ほんの少し肩を竦めて笑う。
 こう言う時は、とても大人なのだ。
「私たちに見せて良かったの」
「……居たから見れたんだ」
 こういう時の表情から、大人なのだと理解させられる。
 写真を回収すると、ニッといつもの笑みを浮かべてから部屋へと戻ってしまう。
 何て自分勝手なと思わないでもないが、いつもの事だ。
 今取った行動も、羽澄とリリィを信じてこその物だろう。
 言ってしまえばこんなにも短いのに、これだけ深く人を信じる事はそう簡単な事では無い。
 何か切っ掛けが必要だったはずだ。
 写真を見せる事ができるための切っ掛け。
 それが『今』で『二人』なのだろう。
「本当にどうしようもないわよね……でも」
「……うんっ」
 柔らかい声で笑い、席を立つ。
 新しく入れたお茶と余分に持ってきたプリンを一つ、友人のために取っておく事にしよう。
「きっと飛んでくるわ」
「目に浮かぶわ」
 これは、切っ掛けなのだ。
 目を懲らさなければ見逃してしまいそうなほど、些細で小さな出来事。
 スッと息を吸い、呼びかける。
「プリン食べちゃうわよ、りょう」
 それは穏やかな日常に奏でられる鈴のような声。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1282/光月・羽澄/女性/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】

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■         ライター通信          ■
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幸せとかを噛みしめてみたり。
調査依頼系ではシリアスが多いので、
やっぱりこういうゆったりした話は良いなぁと。
プレイングを読んで幸せに浸っておりました。
本当の信用とかは片一方だけじゃ成り立たないと思っていたりします。
人を信用するにも勇気が必要ですし、
信用されるほうにも受け入れるだけの何かが必要だと思いますし。
これが成り立ってこそ対等という気がします。

それでは、書かせていただいてありがとうございました。