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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


再会の二人暮し

 最近、何か妙な感じがする。
 来生十四郎、28歳、独身一人暮し――そう、彼は、一人暮しなのだ。
 にも関わらず、何故か部屋に誰かいるような気がしたり、背中に視線を感じたり。このマンションにそういう噂はなかったと思うのだが……。
 政界ゴシップ・芸能スキャンダル・風俗ネタから三面記事にオカルトまでと幅広く扱う雑誌記者という職業柄、情報網は幅広い。幽霊が出るなんて噂があれば、十四郎の耳に入らないはずがないのだ。
 しかし不可解な視線や気配以上に不可解なことがある。
 それは姿なき彼の存在に対して感じる懐かしいような感覚。
「……」
 多分今日もあるだろうと思っていたが、やっぱり感じたその気配。
 脱ぎっぱなしの洋服や仕事の資料、昨日食べたコンビニ弁当の容器その他諸々で埋まり、足の踏み場もない部屋に、適当に座る場所を作ってTVをつける。
「んなワケねぇだろ」
 誰に対して……そもそも、何に対して言っているのかもわからないまま、憮然とした口調で呟いた。
 幽霊が絶対にいないとは言わないが、なんで幽霊に懐かしさなぞ感じるのだ。
 だからこれは気のせいだ。
 そうやって自分で自分に言い聞かせるのが、最近の帰宅後の日課になってしまっている。そうでもしないと誤魔化しきれないくらいに――そう思っている時点で、すでに認めているようなものだが――その、懐かしい感覚を持つ妙な気配は、明確な存在感を持って部屋の中に在ったのだ。


 ……泥棒?
 その日仕事から帰って来て部屋の中を見た瞬間、十四郎は思わずそんな思考を頭にのぼらせた。
 確か今朝もいつも通り、ろくに片付けも掃除もせずに出てきたはず。足の踏み場もないはずの部屋の中は、何故か、一部が片付けられていた。
「俺、片付けたっけか……?」
 まさか自分の行動を自分で忘れるほどの年ではない。とはいえ、ちょっと物を端にずらしたくらいならば、仕事に集中している間にすっかり忘れてしまった可能性もないとは言えない。
 けれど今目の前に広がっているのはそんな生易しい光景ではなかった。
 床に散乱していた洗濯物が綺麗に畳まれており、テーブルの上や床に所狭しと放り出されていたゴミもゴミ箱へと移動している。
 これだけの大掃除をやろうとしたら、余裕で半日はかかってしまう。
 とりあえず念の為に――多分、そんなわけはないだろうが――貴重品をチェックしてみる。
 ……盗まれた物はなし。
「だよなあ」
 当たり前だ。
 逮捕される危険を犯してまで、盗みに入った家の掃除をする馬鹿がどこの世界にいる。
 しかしこの現象はさすがに少々不気味すぎた。
「こういう時は飲むに限るっ!」
 秘蔵の酒と買い置きの煙草で妙な出来事を頭の隅っこにおいやって、翌日の十四郎は二日酔い気味で仕事に出掛けたのであった。


「……今日はどうなってんだろうな……」
 カチリと家の鍵をまわして、ドアノブに手をかけつつ……十四郎はそんなふうに呟いた。
 勢いよく、扉を開ける。
 本日の部屋の様子は、昨日よりもさらに綺麗に、見事に大掃除がされていた。
 床にはきっちり掃除機がかけられ、溜めていた洗い物もすべて片付き……――
「おい、嘘だろ」
 一応念の為に貴重品をチェックしていた十四郎は、なくなっていたある物に気付いてピキリと青筋を立てた。
 なくなっていたのは命の次に大事だと明言して憚らない酒と煙草。
「……おいこら、誰だか知らねーけどなあ……」
 怒りのあまり、少々肩が震えている。
「いい加減にしろっ! 誰だよ、余計なことしやがって!!」
 姿の見えない何者かに怒鳴りつける――と、背中にふいと気配が現れる。
「お前がだらしないからだ」
 聞こえた声にバッと後ろを振り返った。
 ……そこにいたのは、見知った顔。
 来生一義という名の青年……とっくの昔に死んだはずの人間だ。

 ――ああ、そうか。

 納得する。
 感じていた懐かしさ。
 それは、今は亡き兄の気配だったからなのだ。
「今更化けて出やがって、俺に何の用だ」
 目が合った瞬間、出てきた言葉は思ってもいない悪態だった。
「何を言うんだ。私がどんなにお前を心配したと思ってる」
「あのなあ……ガキじゃねーんだ。自分のことぐらい自分でやれるさ」
「この部屋の惨状を見て、できてると言えるのか?」
「ああ、言えるさ。俺はあれで不便してなかったしな」
 売り言葉に買い言葉。
 言いたいことはもっと別にあったはずなのに。
 十一年前……遠い昔に失われてしまった、家族という名の暖かい居場所。
「私はずっとお前を心配して、ずっと探していたんだ。……やっと見つけたと思ったら、こんな不摂生な生活をしているだなんて。まったく、これではおちおち成仏もできないじゃないか」
 額に手を当てて大袈裟に溜息をついて見せる一義に、十四郎も負けじと呆れた様子で溜息をついて見せた。
「とっとと成仏しろよ」
 半眼で軽く睨んで言ってのける。
 しかし一義はあっさりとその視線を避わして、
「いいや。このままでは成仏できないから、お前が真っ当になるまで見守ることにする」
「はあああ?」
 まったく、冗談じゃないっ!
 突然姿を現わして何を言っているんだか。
 ……だけど。
 ぽうと心のどこかで暖かい光が灯っている。
 たとえ幽霊でも……やっぱり、兄は兄だし、本気で十四郎を心配しているのもわかるから。
 だけどそんなこと、素直に認められるわけがない。
 ほんの少しでも、兄に会えて良かっただなんて思ってしまった自分に腹を立て、去る様子のない一義に頭を抱える十四郎であった。