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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間犯科帳【後編】
●オープニング【0】
 LAST TIME 『草間犯科帳』――。
 『あぶれる刑事』や『魔法少女バニライム』などの監督でお馴染みの内海良司から、今春開始予定の時代劇『八丁堀裏同心・闇を討つ!』のエキストラ話を持ち込まれた草間興信所。
 何でも内海の大学の後輩である真鍋達夫という演出家がこの作品で監督デビューをするのだが、何故かエキストラが集まらないと相談を受け、先輩として一肌脱いでやろうとしていたのだ。
 だからって探偵事務所に話を持ち込むのもどうかと思うが、結局草間はこの話を引き受け、撮影当日草間零やエキストラ参加者と見学者を伴って、関東近郊のいわゆる時代村に早朝から向かったのである。
 さてその現場であるが、主演の同心・中山平蔵を演ずるのは40歳前後と思しき細身の大部屋俳優・福村清二であった。ちなみに斬られ役が多い俳優で、これが初主演作になる。
 ぽっと出の監督に大部屋俳優からの主演抜擢、古い体質が色濃く残る時代劇の世界では快く思わない者も居る訳で。事実、『タケさん』と呼ばれている年長のスタッフ、助監督・武田は真鍋を小馬鹿にしているのがその言動から見て取れた。
 そんな中、撮影は少しずつ進んでゆく。時代村に一般客も入ってきて、賑やかとなってくる。
 午前11時過ぎ。撮影スタッフたちが一足早い昼休憩に入っていた時、事態は動いた。真鍋の名を騙って呼び出された福村に向かって角材が倒れてきたり、倉庫でぼやまでも行かぬ火事の痕跡が見付かったり……。
 同じ頃、草間たちは内海を問い詰めていた。今回の話の、本当の目的に気付いたから。
 エキストラは口実で、内海は真鍋とその初監督作品を守ってもらおうと考えていたのである。
 さあ、無事に撮影を進め、作品にまとわりつく憂いを取り除くことが出来るのだろうか?

●持ち主は誰?【1A】
 ぼやのあった倉庫――スタッフやエキストラたちは、端の一部分がまるでドリルで削られたかのように丸く抉れていたベニヤ板を取り囲むように立っていた。
 火も煙も見当たらないが、焦げ臭い匂いが残っていることから何かが燃えた――恐らくは目の前にあるベニヤ板――のは明白であった。
 それに、そのベニヤ板の前には封の開いた煙草とライター、そして微塵になった煙草の吸殻も残されていたのだから。
「誰かここで煙草吸ったんだな……。後で持ち主を探してみよう」
 スタッフの誰かがそう言った。可能性としては、ここで煙草を吸っていた者が故意かどうかは分からないが、ぼやを引き起こしたと考えられるからだ。そのもっとも有力な容疑者となるのは、煙草とライターの持ち主であろう。
 が、わざわざ持ち主を探す必要はなかった。何故なら持ち主はこの場に居て、自分から名乗り出たのだから。
「それ、俺んだわ」
 手を挙げて言ったのは、エキストラとして参加していた向坂嵐であった。皆の視線が一斉に嵐に向いた。
「……さっき大部屋に戻ったらなくなってたんだ。昼の休憩入るまでは、1度も大部屋には戻ってない」
 嵐はありのままを話した。実際そうだったのだから。だが、その話だけで簡単に疑いが晴れる訳ではなかった。案の定、嵐に突っかかるスタッフが居た。
「おい、誰がそれ証明すんだよ! でたらめ言って、逃れようとしてんだろ!!」
 しかし、嵐の言葉を裏付けるスタッフも居た。
「いえ、彼は嘘言ってないと思いますよ? だって私、ずっと見てましたもん、彼とか他のエキストラの人たちの様子」
 と言ったのは、嵐や嵐同様にエキストラとして参加していた藤井葛など、撮影B班のエキストラたちを管理していたスタッフの女性であった。
「……そういや俺も見てたなあ。別にこいつ、うろちょろしてなかったと思うぜ?」
「あ、僕もです! 同じエキストラの人と、ちょこちょこっと話してましたよね?」
 スタッフの女性の言葉で記憶が刺激されたのか、他にも何人か嵐の姿を見ていたという者たちが現れた。これだけ証言が出てくるということは、嵐が何がしか目を引いていたのであろう。
「おい、悪かったな。疑ったりして」
 先程嵐に突っかかったスタッフが、すまなさそうに言った。
「いや……」
 嵐が無表情のまま、短く答えた。
「あのー。撮影はどうなるんですかー?」
 そんな質問を投げかけたのは、新撰組の格好をしたスポンサー会社の社長令嬢である銀野らせんだった。らせんの質問に、スタッフたちが顔を見合わせた。
「まさか中断を……?」
 見学者の1人、綾和泉汐耶がふとそんなことを口にした。可能性としてはゼロではない。
「おい、誰かテープ持ってこい! この周辺区切って現場保存だ! それとビニール袋な! 煙草とかそこ入れて、誰か管理してろ! あと、監督にも知らせろ! でも会社と警察とタケさんたちには絶対言うなよ!!」
 この場に居る中で一番上のスタッフらしき者が、矢継早に指示を飛ばした。撮影を中断させる気はないらしい。指示を受け、他のスタッフたちが走り出した。

●内緒ですよ【2A】
 場面は変わって、撮影A班の現場。そこに居た俳優やエキストラ、スタッフ一同はロケ弁当を食べ始めていた。花魁姿でエキストラとして参加していた巳主神冴那の姿もここにはあった。
「……どうしたんです?」
 真鍋は目の前にやってきた同心姿の2人――筆頭同心・田村を演ずる山口さなと、主演の福村だ――を、怪訝そうな目で見た。何故なら2人とも、衣装が先程よりも土ぼこりで汚れていたからである。
「あ、いや……ちょっと慌てて転んじゃって……」
「私の足が彼の足を引っかけてしまいまして。で、そのままごろごろっと」
 さなの言葉に福村が上手く合わせた。転んだなんて嘘だ、本当は角材が倒れてきたのだ。
 けれども真鍋はその2人の言葉を信じたようだった。
「ああ、そうなんですか。怪我はないですね? ないんですか。それならいいですが、後で衣装のチェックしてもらってくださいよ。いいですね?」
 真鍋が2人にやや強く言った。そりゃそうだろう、衣装が破れていたら代わりを用意しなければいけないのだから。
 そこへ、慌てた様子のスタッフがやってきて、真鍋に何やら耳打ちをした。途端に真鍋が眉をひそめた。
「ぼや? ……分かりました、すぐ行きますから案内してください」
 耳打ちしたスタッフにそう言い、真鍋は倉庫の方へ向かおうとした。が、一旦足を止めて福村の方へ振り返った。
「福村さん、後で打ち合わせしますから」
 それだけ言い残し、真鍋はスタッフの後について倉庫の方へ向かっていった。
「福村さん……」
 さなはちらっと福村の方を見た。
「監督も、大変ですよねえ」
 福村は苦笑していた。そして、さなの方へ向き直る。
「山口さん、さっきのことは誰にも内緒ですよ。監督に妙な心配させたくないですからね。言うにしても、撮りが終わってから自分で言いますよ。はは、助けてもらってこう言うのもなんですがね」
「は、はあ……」
 福村は先程の出来事をしばらく伏せておくつもりのようだ。福村がそう言う以上、さなとしても黙っておくしかない訳で……。
「まあ、誰かのいたずらでしょう。さて、私もロケ弁当を食べますか……はは……」
 笑いながら、福村はロケ弁当を配っている所へ歩いていった。
 そんな福村の姿をじっと見ていた冴那は、すっと立ち上がるとどこかへ歩いていった。

●報告【3】
「なるほど、盗まれた煙草とライターがぼやの現場にか……」
 草間は嵐からの報告を神妙な表情で聞いていた。
「そう印象付けたかったんだろうな、犯人は」
 一通り話を聞き、草間が嵐に言った。
「朝、見てたろ?」
「ああ」
 嵐の問いかけに、草間は大きく頷いた。
「お前が煙草を吸おうとしたら、タケさんとかいうスタッフからすぐさま叱責が飛んだよな」
「武田という名前だな」
 見学者として参加していた真名神慶悟がすぐさま補足した。
「そうだ。そいつくらいだ……考えられるのは」
 舌打ちし、憮然として言う嵐。
「罪を被せようとしたのね、きっと」
 頭を振り、呆れたように言ったのは同じく見学者で参加していたシュライン・エマである。
「くそっ! そんなことをしてるから、日本の時代劇はダメになるんだ!! 邪魔する暇あるんなら、どうやったら視聴者や観客が喜ぶか考えろよ!!」
 忌々し気に言う内海。その言葉には、この場に居た全員が同意だった。
「で、お前はどうするんだ」
 草間が嵐に問いかけた。若干の間があってから、嵐が答える。
「俺は……監督のオーケーが出るなら、エキストラを続けたい。ここで怒りに任せて止めて、『やっぱ素人だから』みたいに思われるのもむかつくしな」
「たぶんそれは大丈夫だろ。疑いが晴れてるんなら、あいつのことだ。外したりしない、断言出来る」
 真鍋の性格をよく知る内海がきっぱりと言い切った。内海がこう言うのだから、嵐がエキストラを止めさせられることはまずないだろう。
「だったらいいけどな。それに、何か今の話聞くと妨害する動きがあるんだろ? ……俺の方でもスタッフの動きには注意しとくよ。それでいいか、草間?」
「ああ、頼む。……ともかく気を付けろよ」
 草間が嵐の両肩に手を置いて言った。大きく頷く嵐。
 それから嵐はまた、撮影B班の所へ戻っていった。

●ブレイクスルー【4】
「撮影中にトラブルを起こし、追い落とそうという算段か。どんな世界でも爛れた部分はあるようだが……草間の言う通りだ」
 嵐の後姿を見つめ、にこりともせず慶悟が言った。
「……このままだと、本当に死人が出ても不思議じゃないわね」
 溜息を吐くシュライン。ぼや騒ぎに、刀のすり替え騒ぎ。1日に2つも騒動が起こるなんて、誰かが意図的に起こしているとしか思えなかった。
「お?」
 その時、内海が珍しい物でも見たかのような反応を示した。間髪入れず、女性の声が聞こえてきた。
「何だここに居たのかい、旦那。おや、内海監督も」
 声のした方を見ると、そこには女優のサイデル・ウェルヴァの姿があった。サイデルのすぐ後ろには、天薙撫子の姿も見受けられた。相変わらず撫子は和服姿だ。
「すみません、遅くなってしまいまして……」
 申し訳なさそうに言う撫子。実は草間から連絡を受けていた撫子だったが、諸事情で遅れてしまって今の到着となったのである。
「そこでうろうろとしてたんでね。行く場所が同じだから、一緒に来たのさ」
 サイデルが親指で後ろの撫子を指し示して、ニッと笑った。
「同じ……?」
 怪訝な表情を浮かべる草間。そういえば、どうしてサイデルはここに居るのだろう?
「あたしは仕事だよ。『八丁堀裏同心・闇を討つ!』だっけか、その一応初回ゲストさ」
 なるほど、女優なのだから仕事で居るのは当たり前の話である。
「悪役だな」
 内海がニヤリと笑って言った。サイデルは『魔法少女バニライム』でも悪の女幹部を演じていたのだ、その監督である内海が分からいでか。
「ご明察。悪徳旗本に拾われた抜け忍、て役所さね」
 サイデルもニヤッと笑い返す。
「……らしい役所だな」
 草間は苦笑を浮かべた。
「ま、それはそれとして。何だか面白そうな話してそうだねえ。あたしにもひとつ聞かせておくれよ」
 何か察したのであろう、サイデルがそう尋ねてきた。撫子も来たこともあって、草間はこれまでの経緯を改めて2人に話した。
「はん。また、ややこしい現場に呼ばれたもんだね」
 頭を掻くサイデル。だがその表情からは困っている様子は微塵も窺えなかった。むしろ面白さを感じているのかもしれない。
「……こういう呼ばれ方すんのも悪かあないねえ。ま、出来るだけ力になるさね」
「頼む。万一の時に動けるのは、近くの人間だからな」
 草間がそうサイデルに言った。とその時、シュラインが撫子が思案顔なことに気付いた。
「どうしたの、さっきから難しい顔してるけど」
「あの、もしかしてなのですけれど。この時代劇を撮影している会社の名前は……」
 撫子がある会社の名前を口にした。それに答えたのは内海である。
「そうだ、そこが作ってるんだ」
「やっぱり……」
「何がやっぱりなんだ?」
 草間が撫子に尋ねた。
「……いえ、実は先日そちらの社長さんがうちの神社に来られて……。ほら、芸能関係の方は験を担ぐ方が少なくないですから。その時に、少し気になるお話が……」
「どういう話なんだ」
「そう詳しくは仰られなかったのですが、会社の中が少しごたごたとしているとか……どうとかと、祖父に話しておられました」
「……そうか。それで繋がった」
 慶悟が静かにつぶやいた。
「どうりでなおさら副社長が動く訳だ……」
「現場と上の思惑が一致したってことか」
 やれやれといった様子で草間が言った。上の方は、副社長が社長を邪魔に思っている。現場は現場で、真鍋を邪魔に思う者が居る。……嫌な思惑の一致である。
「……考えてみたら、今の時期ってちょうどいいのかもね」
 シュラインが腕組みをしながら言った。草間がシュラインに尋ねた。
「何がどういいんだ?」
「株主総会までそう遠くないでしょう?」
 さらっと言うシュライン。草間がはっとした。
「合法的に社長を退陣させる気か!」
 撮影に支障をきたすトラブルの発生は、程度次第で社長の責任を追及する事由になり得る。もし――もしも今回の真鍋の起用が社長派の考えであるとすれば、なおさら追及事由となる。
 副社長がそこまで考えているかは分からない。けれども、可能性はゼロではない。上に居る者を追い落とすため、ふざけた算段をし策を弄しているのだから。
「……ますますもって、面白い現場だねえ……」
 サイデルがふっと笑みを浮かべた。

●村上涼おんすてーじ【5】
 さて、サイデルが現場入りするために草間たちから離れた直後、零を連れた村上涼が入れ替わるように戻ってきた。相変わらず2人ともくノ一姿である。
「たーだいまー」
 明るく話しかけてくる涼。その手には何故かロケ弁当が。零も同じロケ弁当を持っていた。
「お昼ですか?」
 何気なく撫子が涼に尋ねた。
「あ、これ? その辺歩いてたら、親切なスタッフさんがくれたのよ。じゃあ零ちゃん、あっちで食べよっかー」
 零を連れ、物陰に向かおうとする涼。
「嘘吐くな、嘘をっ!!」
 草間が汐耶から取り上げたままだった台本を丸め、涼の後頭部を思いっきり叩いた。本日2度目である。
「どっから盗んできたんだっ!! 零を巻き込むんじゃないっ!!」
「あいたーっ!! だってほんとなんだから、おっさん!」
 頭を押さえ、涼がすぐさま反論した。
「だったらちゃんと説明してみろっ!!」
「だからー。戻る途中で面白そうな撮影してるとこあったから、零ちゃんと2人で見てたの。そしたらじきに休憩入って、帰ろうとしたら呼び止められてこれくれたのよ。零ちゃん、そうよねー?」
 涼が話を振ると、零はこくこくと頷いた。
「零、本当か?」
「はい、涼さんが仰った通りですよ」
 零の言葉を聞いた瞬間、草間はばつの悪そうな顔になり、涼はぐいと胸を張った。
「ほーら見なさい、おっさん。じゃ罰として、たった今覚えてきた手裏剣の的代わりに……あ、こらっ、逃げるなっ!!」
 こっそり逃げ出そうとした草間の襟元を、涼がぐいっとつかんで引き戻した。ほ、本気ですか?
「……その現場には誰が居た?」
 不意に慶悟が涼に尋ねてきた。
「え? んーと、私たちみたいな格好した娘が結構居たと思うけど? あー、でも向こうの方がもっとこう、丈が短かったかも。シースルーな部分も多かったし」
 涼が身振りを交えて説明する。涼も零もいわゆるお色気系統のスカートタイプで、足が露な忍者服なのだが、2人が見たのはそれよりもっと露出度が上がっていたらしい。
「あれか……。そこだったら無関係だ」
 慶悟が苦笑いを浮かべた。どうやらどの現場か、慶悟には分かっているようであった。
「何かあったの?」
 そこでようやく涼は皆の様子がおかしいことに気付き、きょとんとして尋ねた。シュラインがそんな涼と零に、改めて経緯を説明した。
「……ただ遊んでりゃいいだけの話じゃなくなったわねー」
 話を聞き終え、しみじみと涼がつぶやいた。
「それでも遊ぶつもりだろ」
 ぼそりと言う草間。すると涼は無言でニッと笑った。……奴は遊ぶ気だ。
「要するに、撮影現場での不祥事装ってるんだ? ていうか、装わなきゃ意味ないみたいだし、話聞いてると。単に撮影中止させるだけなら、別にやるのは撮影現場でなくてもいいしー。やっぱり、その、上と現場の結託でファイナルアンサーって感じ?」
 けれども涼の話の飲み込みは早かった。何だかんだ言いつつも、いい推理力を持っていた。
「……そうだろうな。全く狡猾だ、畜生!」
 吐き捨てるように内海が言った。
「だからまあ、どういうトラブルが起こるか気を付けろと」
「女子大生が金属バット持って乱入とか?」
 草間の言葉に被さるように涼が言った。
「……やるなよっ!?」
 涼の両腕をがしっとつかみ、極めて真剣な眼差しで草間が言った。
「じょ、冗談だってばおっさん……」
 本当に冗談なのかどうか涼の真意はさておき――トラブルには注意しなければならないのは事実である。
「でも、色々と考えられるのよね、トラブルの種類って」
 思案顔で言うシュライン。すると涼が何の気なしにこう言った。
「あー、ありきたりのだとセットが壊れてスポンサーのお嬢さんが怪我とか?」
 一瞬その場が沈黙に支配された。
「ちょ、ちょっと待て……まさか……居るのか?」
 内海が顔を強張らせたまま、誰ともなく尋ねた。撫子以外の全員が、一斉に頷いた。言うまでもない、らせんのことだ。
「……そりゃあ不味いぞ……」
 その内海の言葉は、今までで一番深刻そうに聞こえた。
「スポンサーの規模にもよるが……そんなことになると、局も本気で動き出すからな……冗談抜きに不味いぞ……。何度か俺、それで潰れたり大幅な路線変更させられたドラマ見てんだよ……不味いな……」
 さすがに内海も結構テレビの世界で仕事をしているだけのことはある。その辺りのからくりは、よーく分かっていた。
「なーに、深刻な顔してんのっ! そんなのくノ一涼さんが守ってあげるわよっ!」
 涼が内海をびしっと指差して宣言した。
「あ、噂をすれば……」
 その時、零が誰かが来ることに気付き声を発した。向こうの方から、今話題に上っていたらせんである。
「ターゲット確認! 行くわよ零ちゃん!」
「え、あ、は、はいっ!」
 涼が零を引き連れ、らせんの方へダッシュした。そしてそのまま零とともにらせんの両脇を挟んで、おもむろに腕をつかんだ。
「えっ?」
 突然のことに、戸惑いの表情を浮かべるらせん。だがそんなこと微塵も気にせず、涼は零とともにどこかへらせんを連れていってしまった……。
「あ〜……」
 らせんの声が次第に小さくなっていった。
「……零がだんだん不良になってゆく……」
 草間は熱くなった目頭をそっと押さえた。シュラインがぽむ、と嘆く草間の方に手を置いた。

●注意喚起【6】
 と、そこへ今度は汐耶がやってきた。
「あれは……? そしてこれは……?」
 小さくなってゆく涼やらせんたちの姿と、目頭を押さえている草間の姿を怪訝そうに見ながら、汐耶はシュラインに尋ねた。
「んー……悩める保護者の図、かしら?」
 しれっと答えるシュライン。実に的確な答えであった。
「それより、ぼや騒ぎあったって聞いたけど」
「そう、実はそのことで……」
 そうシュラインに言って、汐耶はきょろきょろと何やら探し始めた。
「あ。これ、ちょっと」
 そして草間が持っていた台本を、くいと引っ張って取ると、パラパラと捲り始めた。
「……確か後半に……」
 台本後半、終わりに近い部分まで捲った所で汐耶の手が止まった。撫子がひょいと台本を覗き込んだ。
「ええと、悪徳旗本の屋敷に、裏同心が乗り込むシーンですか?」
 撫子がそう言うと、汐耶はこくんと頷いた。
「そのシーンがどうかしたのか?」
 ようやく立ち直った草間が汐耶に尋ねる。
「恐らく、この台本の中で危険度がもっとも高いシーン」
 汐耶は草間の顔を見て、それだけ言った。
「なるほど……そうなる、か」
 草間も汐耶の言いたいことを察したようであった。
「ね、どういうこと、武彦さん?」
「こういう時代劇のパターン考えてみろ。最後は悪が成敗されるんだ。つまり人が大勢入り乱れる殺陣シーンだ、ここは」
 台本を指差し、草間がシュラインに言った。
「……それだけに仕掛けてくる隙もある、ということか」
 慶悟が小さく頷いて言った。いちいち例は挙げないが、パターンは色々と考えられる。要注意なシーンであることは確かだろう。
「後は……」
 汐耶は台本を草間に返すと、辺りをぐるりと見回した。すでにもう、時代村には一般客の姿がそれなりに多くなっている。
「トラブルが一般のお客様にまで及ぶと、どうにも出来ないかも」
「それも気を付けないといけないのか」
 草間が大きな溜息を吐いた。やることが次々に増えてゆく。減る様子はまるでない。
「とにかく、打てる手は打っておくぞ。とりあえず、情報が密になるよう撮影現場を行き来してくれ。……殺陣シーンの話はあいつにも伝えておいた方がいいな」
 あいつとはもちろんサイデルのことだ。役所を考えれば、このシーンには絶対居るはずだった。
 かくして――各人が不穏な企みを阻止すべく動き出した。

●隠されし物事【8A】
「……ということなのよ」
 シュラインは草間の言葉を伝えに、サイデルの楽屋を訪れていた。目の前には着替えもメイクも済ませたサイデルが座っている。
「なぁるほど、あのシーンか。そりゃ当然、あたしんとこにも知らせに来る訳だ」
 くくっと笑うサイデル。その姿は、涼たちが着ていたようなタイプのくノ一服。露出度は若干それよりも高いが、色気過多という訳ではない。そして右目には眼帯をつけていた。
「何かあったら、こっちで適当に逸らせるから安心しなよ。監督の思惑もさっきの打ち合わせで分かったし、なんとかなるさ」
「その辺に関してはそう心配してないけど」
 シュラインがくすっと笑って言った。餅は餅屋という言葉があるように、劇中でのことは本職に任せるしかないのだ。
「……いやはや、本当に面白いねえ」
「え?」
「この時代劇のことさ。くく……今時面白い作り方してんねえ。視聴率稼げないだろうけどさ、評価は上がると思うよ? それに一見奇抜に見えるけど、基本は押さえてんのさ」
 と言ってから、サイデルは先程見た現場の様子を話し出した。フレームの中に本筋とは関係ない風景を入れながらも、照明に関して細かく注意を払っていたと。
「ほら、少し前からフィルムからビデオに変わっただろう? あれで画面の質感が違和感感じるくらいがらっと変化したけどさ、照明を工夫すればそんなモン最小限に抑えられるんだよ。もっとも、そのことに未だに気付かない連中も少なくないけどねえ。ハイビジョンが主流になってくると、この辺はますます重要になってくるよ」
「……なるほどねえ……」
 感心するシュライン。だが、サイデルはこうも言った。
「ま、それもこれも……終わりまでいければね」
 その通り、評価うんぬんの話は最後まで完走してからのことである。それが途中で妨害されようとしている今、何としても阻止しなければならなかった――。

●提案【10】
 今回の話のメイン、福村演ずる裏同心が悪徳旗本の屋敷に乗り込むシーンの撮影となった。そこには屋敷の庭先を中心としたセットがすでに組まれていた。
 撮影A班にB班が合流したため、一気にスタッフなどの数は膨らんだ。その場には出演者で同心姿のさな、エキストラである浪人姿の嵐や女剣士姿の葛はもちろん、見学者の草間やシュラインや汐耶、それから内海の姿もあった。
「人が多いな……」
 場違いな人間も居た。眼鏡をかけた頭髪が寂し気な50代半ばの背広姿の男である。男は周囲のスタッフから副社長と呼ばれていた。そう、制作会社の副社長が現場を見に来ていたのだ。
 セットの中では、このシーンの出演者たちが殺陣師によって殺陣をつけられている真っ最中だった。その様子を監督の真鍋がじっと見ていた。
 このシーンの出演者は当然主役たる福村が居る。それから悪徳旗本役の男優も居る。サイデルの姿もあった。涼たちが着ていたようなタイプのくノ一服で、右目に眼帯をつけていた。その役所は悪徳旗本に拾われた抜け忍だ。
 その他、悪徳旗本の家来たちが10人ほど居る。意外と少なく感じるかもしれないが、実は今回のようなシーンであれば、これくらいでちょうどよかったりする。
 というのも、1度斬られて終わりという訳ではなく、斬られて一旦フレームアウトしてから、少ししてまたフレームインするという方法を使うからである。実際、この場に居た殺陣師もそれ前提で殺陣をつけていた。
 ところが、不意にサイデルが異を唱えた。
「監督。このシーン、ガチンコでいった方が面白くないかい?」
「はい?」
 きょとんとする真鍋。ガチンコでゆく、とはつまり殺陣をつけないと言っているような物だ。
「見た所、皆それなりの腕前は持ってるみたいだしねえ……」
 サイデルは家来たちをぐるっと見回し、最後に福村を見た。
「どうだい?」
「監督、私は別に構いませんよ」
 福村が静かに言った。真鍋は少し思案すると、ふうっと息を吐き出した。
「分かりました。そうしましょう。家来の皆さんは、1度斬られたらその場に倒れてください。設定を大勢の家来から、精鋭の家来に変えましょう。カメラは長回し。いくら時間かかっても、テープが切れるまで撮ります」
「えっ、でも監督。そんなことすると尺が……」
「長くなったら編集して切り刻みましょう。短くなったら他のシーンを長くすればいいんです」
 スタッフの1人が驚いたように言うと、真鍋はすかさずそう切り返した。確かにまあ、理屈としては間違ってないのだろうけれども。
「……さすがはあんたの後輩だな」
「普通に撮る奴はそこら辺にごろごろ居るからな」
 草間と内海が小声で言葉を交わした。
 ガチンコでゆくとはいっても、最低限の大枠だけは決められた。
 流れとしては、まず福村演ずる中山が屋敷の庭に乗り込んでくる。続いて屋敷から悪徳旗本が出てきて、次いでサイデル演ずる抜け忍が出てくる。そして中山と抜け忍の会話があって、抜け忍がくないを中山に投げ付ける。それをきっかけに家来たちが出てきて、一斉に中山に襲いかかる。中山は家来を全て倒してから抜け忍と激しい攻防を演じ、最後に悪徳旗本を一刀両断する。と、こんな所である。
 ガチンコ部分は家来たちとの戦いと、抜け忍との戦いの2か所である。
「ガチンコとなりましたが、だからといって主役を斬らないように」
 冗談混じりに言う真鍋。スタッフから笑いが起こったが、草間たちみたく笑わない者たちも居た。
 そして流れを確認するリハーサルが行われ、いよいよ本番が始まる。
「はい本番いきます! よーい……」
 真鍋のその声の後、乾いたカチンコの音が現場に鳴り響いた――。

●本番【11】
 本番開始、全てのカメラが一斉に回り始めた。
 福村演ずる中山が屋敷の庭先に無言で乗り込んでくると、屋敷の中より悪徳旗本が姿を現した。
「ふっ……貴様が噂に聞く裏同心か。どれだけの者かと思っておったが、何だいつぞやの同心ではないか。ふふ、笑わせてくれる」
「いくらでも笑うがいいや。どうせてめえの行き先は、地獄しかねえんだからよ」
 悪徳旗本の台詞に、にこりともせず切り返す中山。悪徳旗本は不敵な笑みを浮かべると、ぽんぽんと手を叩いた。すると縁の下より、人影が飛び出してきた。サイデル演ずる抜け忍である。
「お前さんは……」
 抜け忍の姿を見て眉をひそめる中山。台本上では、このシーンよりずっと前に1度戦っているのだ。
「わしが拾った抜け忍よ。いくら裏同心といえども、忍者の技には敵うまい……ふっふっふ……はぁっはっはっはっ!」
 得意げに言う悪徳旗本を他所に、中山と抜け忍は視線を交わしていた。
「お前さん……このまま立ち去るんなら見逃してやるぜ。こんな馬鹿に義理立てする筋合いねえやな」
「……悪いね、今さら引き返せやしないさ」
 ふっと笑みを浮かべる抜け忍。そして突然くないを中山に向かって投げ付けた。
「今さらね!」
 だが中山は投げ付けられたくないをすっとかわした。間髪入れず中山に襲いかかる抜け忍。中山は刀を抜くと、抜け忍の短刀と刃を打ち合わせた。
「出会えい! 出会えい! 狼藉者じゃ! 斬って捨てい!!」
 悪徳旗本がそう言うと、一斉に家来たちが飛び出してきた。抜け忍とつばぜり合いしている中山を、家来たちが取り囲む。
 家来の1人が中山に襲いかかった。中山は一旦抜け忍を押しやって隙を作ると、すかさず家来を斬った。
「お……おおうっ……!」
 その場に転がり倒れる家来。続いて別の家来が中山に襲いかかった。が、同じようにすぐさま斬られてしまい、先に倒れた家来に折り重なるように倒れた。
 そんな中山の背後から、また別の家来が襲いかかろうとした。中山を突き殺さんかの勢いで。
 ところが――何故か抜け忍が、自らの短刀でその家来の刀を止めたのである。
「誘い水……って言葉、知ってるかい?」
 抜け忍、いやサイデルはその家来役の男にニヤッと笑いかけた。そしてその家来役の男の肩を、短刀の柄の部分で思いきり叩き付けた。

●一気!【12】
「な、何だ!? カ、カット! カメラ止め……」
「カメラそのまま!! 絶対止めんじゃないよ!!」
 突然のことに驚いた真鍋がカメラを止めようとしたら、サイデルが真鍋よりも大きな声でそれを制止させた。
「端から怪しいと思ってたんだ……目が濁ってたからさ。それで誘いをかけたら、案の定だよ、たく」
 呆れたように言うサイデル。それから残っている家来たちの顔をぐるりと見回した。
「はん……まだ何人かねずみが居るようだねえ」
 サイデルがそう言った途端、2人の男が行動を起こした。1人は逃げるべく、もう1人は福村に向かって。
「はうっ!!」
 逃げ出した方の男は、咄嗟に行く手を塞いだ葛によって刀の背でみぞおちへの一撃を喰らい、その場に倒れ込んだ。
 福村に向かった男はというと、刀で福村の喉元を狙って一直線に走っていた。しかし福村は動じなかった。刺していた十手を抜くと、目の前に来た刀をぶっ叩いたのである。すると刀が……折れた。
「なっ!?」
 男は目を疑った。そこに福村のさらなる一撃がやってきた。十手を男の頭に打ち降ろしたのだ。
「ぐぁっ!!」
 崩れ落ちる男。福村はひゅっと十手を振って、こう言った。
「俺を殺すんなら、もっとましな手を考えるんだな。刀を使うまでもありゃしねえ」
 カメラが回っていたため、福村はあくまで中山として動いていたのであった。
「かっこいいっ……!」
 さなが感嘆の声を発した。まさか福村がこれほどの腕前だとは、思ってもみなかったのだ。
「あんな台本でも、演ずる人が演ずれば違うのね……」
 非常に感心する汐耶。実際にこうして迫力ある演技を目にすると、一概に台本だけで良し悪しは決まらない物だと再確認させられた。またその逆も真なり。

 その頃、セット裏手ではあるスタッフ――武田の取り巻きの1人だ――が何やら行動を起こそうとしていた。
「失敗か……! こうなったらセットを壊して……」
 そのスタッフは、このセットの要となっている部位に予め細工をしておいた。セットを壊れやすくするために。
 しかし、そのスタッフが肝心の場所へ行くと、細工は全くなくなっていたのである。
「な……ないっ?」
 驚くそのスタッフの右腕に、突然鋼糸が絡み付いた。先に潜んでいた撫子が『妖斬鋼糸』を投げ付けたのである。
「……きっと来ると思いました」
「なっ、何で! お前たちが出てきてから、細工をしたのに……!」
 このスタッフ、撫子が内海や別のスタッフと一緒にここのセットを見学して出てきた所を見届けてから、細工を施したのであった。だが細工はこうして消え失せている。何故なのか?
「簡単なことです。もう1度戻ったんです」
 種を明かせば非常に簡単なことであった。撫子が内海に目的を話した時、この危険性を指摘されたのであった。なのでこれを上手く逆手に取ることにし、罠を仕掛けたのであった。
「そ、そん、なっ!!」
 鈍い音とともに、そのスタッフはこの場に崩れ落ちた。背後には嵐の姿があった。そう、後ろから思いっきりスタッフの後頭部を殴り付けたのである。
「妙な動きしてると思ったらこれかよ……」
 嵐はちらっと撫子の方を見た。撫子はにこっと微笑み、ぺこりと頭を下げていた。

 場面はまたセットの表へ戻る。
 花魁姿の冴那が左手の甲に星形の痣があるスタッフを引きずりながらやってきた。
「そこで……気絶していたから連れてきたのだけど……」
 と言う冴那。そのスタッフは何やらうなされているようだった。
「う、うう……蛇が……蝮が……錦蛇が……」
「変な話ね……こんな所に居るはずがないのに……」
 そう言い、冴那はそのスタッフを草間の前に置いた。
「ちが……俺は言われた通り角材倒しただけで……だからその蝮をっ……ああっ……!」
「角材?」
 そのスタッフの言葉にさなが反応した。
「人間の幽霊も執念深いみたいだけれど……蛇の執念はそれ以上よ……? よほど……酷いことをしたのかしらね……夢の中でも追われるほど……」
 冴那はそのようにつぶやいた。
 色々なことが起こり、ざわつき始めるスタッフたち。そこへ今度はらせん、やや遅れて涼と零が飛び込んできた。
「スクープ! 武田って人が、怪しい電話してたわよっ!」
「あたし写真も撮りました!!」
 涼の言葉の後、らせんが携帯電話をかざして言った。草間が静かに尋ねた。
「それで……電話の相手は?」
「あの、『副社長』って言ってましたけど」
 零が草間の質問に答えた。その瞬間、視線が一斉に副社長へ向いた。
「しっ……知らんぞ! 何かの勘違いだ! 私は失敬する!!」
 副社長がこの場から逃げ出そうとした。すると、だ。テープの音声らしき者が聞こえてきたではないか。
『殺陣のシーンで斬り付ける奴の何人かに金をつかませたのか。で、事故を装ってあの斬られ役風情を……』
 副社長の顔色が、さっと変わった。それは明らかに副社長の声であった。
『……ほう、最悪の場合はセットを崩すつもりなのか。念には念を、だな。よし分かった、だがもう失敗は許されないぞ』
 セットの裏より、気絶したスタッフを担いだ嵐と、撫子が姿を現した。
『はっはっは、分かっているとも。成功すれば、君を推してやる。だから安心して作戦を進めるんだ、武田君』
「ばっ、馬鹿なっ! あの場には誰も居なかったのに……」
 副社長はもう顔面蒼白であった。
「監督はよい画を撮り、役者は演技をする。ならば陰陽師は……呪を紡ぐ。それが流れだ」
 テープの音声が止まり、代わりに青年の声が聞こえてきた。
「だが副社長が悪事を働く……というのは筋違いだろう?」
 声の主が姿を現した。小型のテープレコーダーを手にした慶悟である。
「よかった、役立ったのね」
 ほっと胸を撫で下ろすシュライン。慶悟が持っていたテープレコーダーは、シュラインが貸した物であった。
「貴様の悪事は、全てこの中だ」
 テープレコーダーを指差す慶悟。副社長が膝から崩れ落ちた。
「ははっ……終わりだっ……全て終わりだっ……終わりだぁっ!!」
 副社長の絶叫がこの場に響き渡った……。

●顛末、そして……【13】
 時は流れて4月半ばの夜7時台、草間興信所。
「大人のゲームが少ないとお嘆きのあなたに。シルバーフィールド社よりこの夏……出る。『八丁堀裏同心・闇を討つ!』」
 テレビからそんなCMが流れた後、『八丁堀裏同心・闇を討つ!』の本編が再び流れ始めた。ちょうど今日から放送が始まったのだ。
「おかげで無事、あいつの監督デビュー作が潰されずに済んだ。本当にありがとう」
 草間興信所を訪れていた内海が、草間に深く頭を下げた。結局警察沙汰にはせず、副社長一派や武田たちが辞表を出すことで今回の騒動はけりがつけられた。様々な影響を考えれば、これがベターな選択なのであろう。恐らくは。
「いやまあ、本来の仕事ですから」
 笑みを浮かべ、答える草間。そして内海は分厚い封筒をテーブルの上に置いた。
「これは今回の代金だ。迷惑料も込みでかなり割り増してある」
「そりゃどうも」
 草間が封筒を手に取ろうとしたら、先に他の手が出てきた。お茶を持ってきたシュラインが封筒を手にしたのだ。
「本当にありがとうございます。今月、色々と支払いが立て込んでて」
 封筒を両手に挟み、合掌するシュライン。いやほんと、今月は妙に請求が多かったのである。
「うほん! それと、これを……」
 内海は咳払いをしてから、また別の封筒を取り出した。封筒には『寿』と記されたシールで封がされていた。これはつまり……?
「わあ、おめでとうございます! お相手は……ですよね?」
 くすっと笑ってシュラインが尋ねると、内海は照れた笑みを浮かべて頷いた。そう、いよいよ内海の付き合っている女優・麻生加奈子との挙式が決まったのである。
「零ちゃん、結婚式ですって。それ用のドレス新調しなきゃね?」
 シュラインが零に声をかけた。
「結婚されるんですか? おめでとうございます」
 内海にぺこんと頭を下げる零。
「はは、ありがとう。ぜひ君たちにも出席してほしい」
「それは喜んで。でも、今度は仕事抜きでお願いしますよ」
 草間が冗談混じりに言った。けれども、何故か内海は草間から視線を逸らした。
「ちょっと待った。まさか、また……?」
「…………」
 内海は無言で大きく頷いた。
「詳しい話は、いずれまた日を改めて」
「勘弁してくれよ、もう……」
 草間が頭を抱え込んだ――。

【草間犯科帳【後編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0024 / サイデル・ウェルヴァ(さいでる・うぇるう゛ぁ)
                    / 女 / 24 / 女優 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
          / 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0381 / 村上・涼(むらかみ・りょう)
                    / 女 / 22 / 学生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 1312 / 藤井・葛(ふじい・かずら)
                    / 女 / 22 / 学生 】
【 1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
               / 女 / 23 / 都立図書館司書 】
【 2066 / 銀野・らせん(ぎんの・らせん)
          / 女 / 16 / 高校生(/ドリルガール) 】
【 2380 / 向坂・嵐(さきさか・あらし)
              / 男 / 19 / バイク便ライダー 】
【 2640 / 山口・さな(やまぐち・さな)
             / 男 / 32 / ベーシストSana 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全21場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい誠に申し訳ありませんでした。ここにようやく時代劇話の後編をお届けいたします。現実世界ではもう梅雨ですが、このお話の中ではまだ3月なんですよね……。
・現実では今回のお話そのもののことはないでしょうけれど、新人監督が年長のスタッフから反感を買うというのはよくある話ではないかと思います。で、真鍋の考え方(と内海の考え方)には結構高原の考えが入り込んでいたりします。それを考えつつ読み直すと、結構面白いかもしれませんよ。
・福村のモデルは言うまでもなくあの人です。ついつい主演などに目がいってしまいますが、こういう人たちが居なくちゃ成り立たない訳ですよ、ドラマなどは。
・あと、最後に何か妙な話が出てきていますが……これについては後日依頼を出しますので、どうぞお楽しみに。
・シュライン・エマさん、78度目のご参加ありがとうございます。実は今回、一番割りを喰らっているのではないかという気が……一応、連絡役としてあちこち動いてはいたんですが。ただ、小型のテープレコーダー持っていたのは非常によかったと思いますよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。